25 それぞれのその後
「主、どうしてこんなことに・・・」
今だ目を覚まさない燈真の前髪を撫でながら、小さな声でテンは呟いた。燈真が部屋を飛び出してからテンもすぐその後を追おうとしたのだが、なぜかドアがロックされ閉じ込められてしまった。すぐにそれがバグの仕業だと感づいたが、テンにはどうすることも出来ない。途方に暮れながらも諦めることは出来ず、ドアに向かって体当たりしたり、椅子などを投げつけてみたり試行錯誤していると、突然ドアが開いた。しかし自分がここに来た時には全てが遅かった。街の崩壊は回避出来たようだが、燈真が助からなければテンにとって何も意味は無い。
どうしてこんなことに。テンはもう一度心の中で呟いて燈真の頭を抱きしめる。
「テンちゃん・・・」
そう声が聞こえ、振り返るとファイブが立っていた。
「ファイブさん、私は何も出来ませんでした。主を、守れませんでした」
燈真を抱いたまま頭を下げるテンに、ファイブは首を横に振った。
「それは俺も同じだよ」
ファイブは燈真の傍でしゃがむと、彼が手に何かを握っていることに気がついた。指を開いてみると、それは破壊用プログラムの入っていたガラス管で、中身は入っていない。訝しげにガラス管を見るファイブにテンが聞く。
「そう言えば、バグの気配が全くありません。もしや主がそれを使ってバグを倒したのでしょうか」
「うーん・・・」
ファイブはガラス管を見つめながら考え込んだ。そうだとすれば燈真が意識を失うことは無いし、バグがごく普通の学生に倒されたとも思えない。ファイブは視線を燈真の顔に移すと、
「これは本人に聞いてみないと分からないな」
そう言った。
「でも、主の意識が戻らないと・・・」
燈真が生きているのかどうかも分からないのに何を言っているんだと困惑した表情を浮かべていると、
「大丈夫だよ。彼は無事だ、すぐに元気になる」
ファイブは笑ってそう答えた。テンはそれを聞いてポカンとしていたが、
「ほ、本当ですかっ!?」
「ああ、ただ気を失ってるだけだ。死んじゃあいないよ」
ファイブはそう言って立ち上がると、
「それより重症なのは街の方だよ。もう半分消えちゃってるじゃん。こりゃあ直すのに時間かかるぞ・・・」
半壊して随分小さくなった街を見て、大きく溜息を吐いた。
「ここと同じに作ってある街があるだろ。そこに住民を移した方が早いし、今後のことも考えればセキュリティーを強化してある方が安全だ」
カイトが歩いて来てそう言った。しかしファイブは首を横にふって答える。
「それじゃあ駄目だよ。燈真君を元の街に帰すっていうのが約束なんだから」
「・・・相変わらず融通の効かん奴だ」
カイトは眉をひそめる。それをファイブは笑いながら、
「そうかもね。でもカイト君もそういう気持ち、今ではちょっと理解出来るでしょ」
そう言われ、カイトは燈真をちらりと見た後、溜息を吐いてそっぽを向いた。
気がつくと、華絵はいつの間にか眠っていたようだ。目の前のパソコンはつけっぱなしで、いつものゲーム画面が映されている。
仕事へ行く夫を見送り、その後すぐにゲームを始めてからそう時間は経っていない。だが長い間眠っていたような気がして、華絵は頭を軽く振った。
さっきまで何か夢を見ていた気がするのだが、それが何だったのかよく覚えていない。色々なことが複雑に絡みあっていてとても疲れる夢だった。でも重要なことが記憶から抜け落ちていて、どうにも頭がすっきりしない。
でもまあ、どうでもいいことか。華絵はぼんやりとそう考え、ゲーム画面に目を向けた。すると仲の良い黒騎士のプレイヤーから、クエストに誘うメッセージが届いていた。いつもはこちらから誘うのに今日は珍しいと、少し嬉しくなる。
仲が良いと言っても顔も名前も知らない相手だ。しかしこのプレイヤーだけにはなぜか親近感を持っていた。ゲームを始めたばかりで何もかもがよく分からなかった頃、最初に声をかけてきてくれたのが彼だった。口数が少なく自ら話すタイプではないが、何となく自分のことを分かってくれているような気がして安心する。夫や家族よりも気の許せる相手なのかもしれないと、華絵は思った。
そう、ゲームの世界が私の全て。現実なんていらない。
華絵はキーボードに両手を乗せてそう思った。
一方、ネコノタマは全てを覚えていた。
彼はカーテンを閉め切った、朝でも薄暗い部屋で目を覚ました。こちらもパソコンの電源をつけたまま、机の上でうつ伏せに寝ていたようだ。
ネコノタマは顔を上げると、確かめるようにゆっくりと部屋を見回す。そしてつまらなさそうに大きな欠伸をした。
あの後ネコノタマは、ファイブ達のように街を管理する側につきたいと言ったのだが、彼らはそれを受け入れてはくれなかった。おまけにテンとも会えなくなってしまったし、思っていた以上にあっけない終わり方だったと落胆する。それに今まで普通だと思っていた、自分の他に誰もいないこの空間が少し寂しいと感じた。
チャット以外であんなに人と話したことは無く、何かに一生懸命になれたことも無かった。そういうことは面倒なだけでつまらないと思っていたのだが、今ではパソコン相手にひとりで情報をかき集めている方がよっぽどつまらない。
「じゃあ、これからどうする?」
ネコノタマは首を傾げてひとりで呟いてみた。その呟きに答えてくれる相手はもういない。しばらく首を傾げたまま考えた後、キーボードに両手を乗せ、高速で打ち始めた。
今回のような事件はきっとこれだけでは終わらない。自分以外にもこの街の事実を知っている人物が現れるはずだ。そしてもし、何かが起ころうとしているならそれを一番最初に見つけるのは自分でありたい。そしてまた、この暗い部屋から出て冒険してみたい。
今度こそ、絶対にこの狭い現実から抜け出してみせる。ネコノタマはそう誓い、作業に集中出来るように毛布を頭から被った。




