23 ドアの向こう
そこはのどかでどこにでもありそうな、閑静な住宅街だった。時は夕暮れで、町全体が紅く染まっている。
「もしかしてここ・・・」
オレは家のデザインや配置を注意深く見ながら、嫌な予感がしていた。この場所は確かに見覚えがある。ここはそう、オレが考えたゲームに出てくる町と同じだ。こんなものを見せられては、気に入るどころか逆に気味が悪い。
ここでも人の姿が無いのは同じだが、オレの住む街とは違い人が生活していた気配が全く無い。家はどれも長年雨風凌いだ汚れなどは見当たらず、つい最近建てられたばかりみたいに綺麗だ。庭を覗いてみても、物干し竿があったり子供のおもちゃが散乱していたりなんてことは無く、まるでモデルハウスのように整えられている。ついでに言えば表札も無いし、よくよく見ればとんでもなく不自然な町だ。
「こんなとこに住むのは嫌だなぁ・・・」
オレは独り言をつぶやきながら歩いて行く。そう言えば、バグは待っていると言っていたけど、この町のどこで待っているのだろうか。それ以前にオレは自分がどこら辺を歩いているのかもよく分かっていない。ゲームで作るのと実際に歩いてみるのは感覚が全然違う。
話し合う前にたどり着けるかなぁ・・・。不安になってきて、キョロキョロと辺りを見まわしながら歩いていると、一件の家が視界に入った。それは周りを木の塀で囲まれた立派な日本家屋だった。他の家は新築同様なのに、この家だけはずっと昔からそこに存在していたような深い色合いを持っている。
「こんな家作ったっけ・・・」
オレは首を傾げながら門をくぐって庭へ入ってみる。庭は白い小石を敷き詰めた枯山水になっていて、綺麗に手入れをされた植木や鯉を泳がせた池もある。何でこの家だけこんなに豪華なんだ、そもそもここはほんとに民家なのか?普通では考えられない規模にビビりながら、オレは今更勝手に入って大丈夫だったのかなぁと心配し始めた。少々ビクつきながらも前に進んでいくと、家の引き戸が開けっ放しになっていた。
「すいませーん・・・、どなたかいませんかぁ?」
誰もいないと分かっていても開いた引き戸に向かってそう尋ねてみる。勿論返事は無く、人の気配も無し。
中を覗いてみると夕暮れ時のせいか、薄暗い。広い玄関は高級な木材が使われているらしく、素人目でも重厚感が分かる。いかにも年季の入っていそうな大きな柱時計にアンティークなシャンデリアなど歴史のありそうな物が飾られていて、和風な外観とは違い中は古い洋館のようだった。
玄関を上がったすぐ前にはスリッパがひと組用意されていて、まるで誰かが来るのを待っているかのようだ。入ってみたのはいいものの、どうしたらいいのやらと迷っていると、静寂の中からふいに音楽のような音が聞こえて来た。耳をすませてみると、それはオルゴールの音で廊下の奥から聞こえている。
「お邪魔しますよぉ」
何となく中に入れと言われているような気がして、オレは靴を脱いでスリッパに履き替えた。
バグは先に行って待っていると言っていた。どうしてだか分からないけど、待っているとしたらこの先にいるような気がしてならない。それだったら早く出迎えてくれればいいのに。何でオレがバグを探さなければならないんだ?そう不満に思ったが、オルゴールの曲が気になってオレは吸い寄せられるように廊下へ進んで行った。
何だっけ、この曲。どっかで聞いたことある気がする。そう考えながら歩いていると、廊下は途中から中庭へと飛び出して優雅にも景色を見ながら渡れるようになっている。まるで旅館のような渡り廊下を抜けると、オルゴールの音はますます近くなってきた。オレの立つすぐ前には展望台で見たのと同じようなドアがある。音はその向こうから聞こえてきて、この家でバグが待っているとしたら多分ここだろう。
オレは大きく深呼吸をしてドアをノックした。すると返事の代わりにひとりでにドアが開き、部屋の全てが見渡せた。
そこは昔の著名人が住んでいた豪邸の一室です、とどこからかそんな説明が出てきそうな客間だった。英国から直接買いつけてきたような豪華な家具で統一されていて、オレのような貧乏学生には居ずらい程の高級感が漂っている。そして部屋の真ん中にある大きなソファーには、問題の男が当たり前のように座っていた。
「このオルゴールはトウマが幼い頃祖母からプレゼントされた物らしく、よくこの部屋に来ては音色を聞いていました。今ではもう、本物は残っていませんけどね」
バグはそう言って、テーブルに置かれたオルゴールの蓋をそっと閉じた。木で作られたシンプルな箱で、それが閉じられた途端再び静寂が戻る。
「ようこそトウマ、貴方の世界へ。そしてお帰りなさい」
バグは立ちあがるとお決まりとなった優雅なお辞儀をする。オレはその場に突っ立ったまま、
「オレの家はここじゃない。築二十五年、1LDKのアパートが我が家だっ」
びしっと答えてやった。バグはクスリと笑いながら小さく頷くと、
「確かにそうですね。実際には貴方が過去、幼少期に育った家ですから」
分かりきったように言う。そういう所が無性に腹が立ち、
「実家もこんなデカイ家じゃないし、アンタはトウマのことは知っててもオレのことは何ひとつ知らないんだろ」
気づけば他人には見せたことも無いようなつっけんどんな態度を取っていた。しかしバグはそんなこと気にもしていないようで、
「まあ落ち着いて。とりあえず座って話しませんか?」
ソファーの向かい側にある大きな椅子を引いてそう言った。正直オレも立ったままでは居心地が悪かったので、ここは素直に勧められた椅子に座る。バグもソファーに座ると、組んだ両手を膝の上に置いた。
「さて、まずは何から話しましょう」
そう改まって言われると、オレも何を話していいのやら迷う。言いたいことや聞きたいことは沢山あるけど、得体のしれないこの男にどうやったら理解されるだろうか。
「もしオレがずっとここにいるって言ったら、街は消さないでおいてくれる?」
どんな可能性でもいいから何か解決方法は無いかと、オレはまずそう質問してみた。
「それは出来ません」
大体予想はついていたが、バグは首を横に振って即答する。
「何で?街は別に関係ないでしょ」
バグは変わらない微笑を浮かべたまま、
「関係ありますよ。あの街はワタシが作ったのも同然ですから」
そう言った。確かトウマに町を作る知識を与えたのはバグだってカイトが言ってたよな。でもそれはこの小さな町であって、オレの暮らしている街ではないはず。訳が分からずポカンとしていると、
「街を作るための必要な知識を人間に伝えたのはワタシなんです。この技術を未来で活用してほしい、それがトウマの最後の願いでしたから。ですがそれはとんでもない間違いでした」
表情は変わらないものの、落胆したような声でバグは言った。
「結局そのせいで人間は滅び、データーのオレ達だけが残されたから?」
バグは大きく頷く。
「ええ。ワタシが人間という生き物をもっとよく理解し、安易に信用しなければこんなことにはならなかったでしょう。しかもその街に貴方が残されていると知った時には言い様の無い後悔と申し訳ない気持ちに苛まれました」
必要以上に自分を責めているところはテンちゃんと似ているなと思った。人間に知識を伝えたのはバグだけど、その後それをどう利用するかはその人の判断と責任だろう。なのにバグはそれを全部背負おうとしたから暴走してしまったのだろうか。
「何でバグが後悔するの?オレは今の生活に満足してるよ」
オレがそう言うと、初めてバグの表情から微笑が消えた。まるで顔の全部が仮面のように表情が無い。もしかしてこれは怒ってるのか?でも別に変なことは言ってないぞ。ビクつきながらも様子を窺っていると、
「貴方のそんな姿を見ているのが一番辛いんですよ」
すぐに微笑に戻ったものの、溜息混じりに答えた。その声はどこか悲しげで、オレはますます分からなくなる。
「もし貴方が家族や親友と分かれ離れになり、長い年月を経てやっと出会えたと思ったら相手は想像もできないような劣悪な環境の中で生きていて、本人はそれでも満足していると言ったらどうしますか?」
突然そんな質問をされて、オレは驚くのと当時に答えに迷った。その劣悪な環境っていうのが程度にもよるけど、オレだったら早く戻って来いよって言うだろうな。・・・って言うか待て。その劣悪な環境にいるのがバグにとってはオレだってことなのか?




