22 崩壊する街
はっきりと自分の考えを口に出した。テンちゃんはほんの少しの間、唖然とした表情を見せていたが、
「いえ、それは私の役目ですから主は何もしなくていいんですよ」
「そうじゃないよ。オレは誰にもやってほしくないんだ」
テンちゃんは理解出来ないと言いたげにオレを見てくる。オレは一呼吸置いてからこう続けた。
「確かにテンちゃんの言う通り、新しい街で逃げ延びた方がバクに見つからない可能性もあるし、ファイブさん達の努力も無駄にせずに済むから一番良い方法なんだと思う。でもオレは、どうしてもこれ以上バグから逃げたくないんだよ」
「主っ、ではどうするつもりなんですかっ!」
業を煮やしたようにテンちゃんは言った。
「オレは戦うよ。最後まで人間の意地を見せてやるんだ」
自分でもさっきまで混乱していたのが嘘のようだ。それどころか今までの人生の中でも一番闘争心を燃やしていると言ってもいい。オレがようやく覚悟出来たのも、ここでもやっぱりテンちゃんの存在があったからだろう。
「ファイブさん達が三人がかりでも敵わなかったんですよ?主一人でなんて無謀ですよっ」
「いや、オレだから出来ることがあるんだよ」
オッサン達は自分を犠牲にしてまでバグからオレを守ってくれた。逆にバグにとってもオレが最大の目的であり、弱点でもある。それならオレの行動ひとつでバグを窮地に追い込めるかもしれない。
「主、何をするつもりなんですかっ?」
無言で立ち上がったオレを見て、テンちゃんの顔が強張った。オレがどんな行動を取るのかと、警戒しながらじっと見てくる。
「ほんとうにごめん。テンちゃんの気持ちも、ファイブさん達の思いもこれでも理解してるつもりなんだよ。でも分かったんだ、今ここで逃げたら一生後悔するだろうし、今度バグに見つかったらこうやって助けてくれる仲間はもういないって」
どうか分かってほしいと念じながら、オレは丁寧にゆっくりと答えた。でもテンちゃんは、
「駄目です主っ!」
テーブルを両手で叩き、凄い剣幕で怒鳴った。驚いて体がびくりと跳ねてしまったが、オレもここで負ける訳にはいかない。変わり無い態度でテンちゃんに向き合う。
「主っ、貴方の覚悟も本物だと思いますが、行動することだけが良い結果を生み出すとは限りませんっ。それに主を行かせてしまえば、皆さんの努力も無駄になってしまいますっ。私は主にどんなに嫌われても構わないっ、でも絶対にこの部屋を出ていくことだけは許しませんよっ」
そうだよな、テンちゃんだってオレと同じ、いやそれ以上の覚悟があるんだ。ちょっと威勢よく臭い台詞吐いた程度で気持ちが揺らぐわけがない。
「そんな、オレは何があってもテンちゃんを嫌ったりはしないよ」
テンちゃんとは対照的に、オレは笑顔で首を横に振った。テンちゃんも少し表情を和らげたが、オレが携帯電話を手に取るのを見て訝しげな顔をする。
「主、一体何を・・・?」
オレはそれに答えなかった。多分テンちゃんの方がオレに幻滅するだろう。何て自分勝手で往生際の悪い奴なんだって。
オレは携帯電話を壁に向かって力の限り投げつけた。携帯電話って結構頑丈に出来てたりするからこれで壊れるかどうかは分からないけど、テンちゃんの注意を引きつけるのには十分だろう。
案の定、テンちゃんの視線は鈍い音を立てて床に転がった携帯電話に移された。それからテンちゃんが反射的に転がった携帯電話へと走っていくのを見て、オレはドアに向かって猛ダッシュする。
「主っ!」
テンちゃんの声が聞こえた時には、オレは部屋を出てドアを閉めていた。ごめんテンちゃん、最後にこんな別れ方で。そう思いながらも、テンちゃんに追いつかれないように全速力で廊下を走り抜け、階段を駆け下りる。幸運なことに部屋は二階だったから、持久力がそんなに無いオレでも息を切らす前にホテルから出ることが出来た。でも問題なのは外の様子で、
「え?何これ・・・」
オレは茫然とその場に立ち竦んだ。目の前の道には、車が宙に浮かんでいる。車だけではない。冷蔵庫や炊飯器、巨大な看板までもが絶対にありえない場所で浮遊している。信号機はビルの壁から真横に伸びているし、電柱はまるで地面にめり込んでしまったようにてっぺんだけが道路から顔を出していて、電線も切れたり絡まったりで滅茶苦茶になっている。それらは時々、電波の悪い映像みたいにブレたりノイズ音を出したりしていて、ここは本当に電子の世界なんだって思い知らされた。
「そうだ、驚いてる場合じゃないっ」
オレは我に返ると、後ろを振り返った。ぼーっと立っている間にテンちゃんが追いかけて来るんじゃないかと心配したが、誰も気配も無くほっとする。それからセントラルタワーを目指してまた走り出した。
「あれ・・・?」
しばらく走っていると、行く先に誰かがふらふらと歩いて来るのが見えた。
「赤石さんっ!?」
よくよく見るとそれは赤石さんで、オレがそう叫ぶと虚ろな目でこちらを見た。
「赤石さんっ、どうしてこんなところにいるんですかっ」
駆け寄ると赤石さんは不思議そうにオレを見た後、
「あなたは・・・確か柏木燈真君・・・?」
首傾げた。
「はい、そうです」
赤石さんの顔は昨日よりも更にやつれている。なのに表情だけは明るく、
「見て、とうとう街が滅びるわ」
嬉しそうにそう言った。オレは赤石さんの今までの言動を思い出し、複雑な気持ちになりながらもこう返す。
「いいえ、オレが止めます」
すると赤石さんは驚いた顔を見せたが、すぐにクスクスと笑い出し、
「無理よ燈真君。もう崩壊は始ってる。あなたもすぐに楽になるわ、諦めなさい」
それからなぜかその場に座り込むと、こう続けた。
「私ね、早く消してもらおうと思ってバグを探しに行ったの。でも歩いている内に夜が明けちゃって、気づいたら街はもうこうなってたわ。それですごく安心したの。何だ、最初から街の崩壊は決まってたじゃないって。だからもう私、ここから動かないわ。疲れたんだもの」
言い終えると赤石さんは項垂れるように下を向き、そのまま黙り込んだ。
「それでもオレは、やれることはやってみようと思います」
オレはそう言い残し、赤石さんに背を向けて走り出した。そんなオレに赤石さんの狂ったような笑い声が追いかけて来る。
「無理よ無理ぃっ!誰にも止められないわぁっ!」
セントラルタワーへ着くと、まず目に入ったのが昨日と同じ開きっぱなしになったエレベーターだった。迷わず中へ入ると勝手にドアが閉まり、ボタンも押してないのにエレベーターは動きだす。行き先は展望台だ。
この先にバグが待っている。そう思うと恐怖と緊張が蘇ってきそうになり、オレは深呼吸をして自分を落ち着かせた。
エレベーターが展望台へ着き、ドアが開く。エレベーターを出て目の前に広がる風景に、またもやオレは言葉を失った。ここからではまるでおもちゃのように見える家やビルが途中で突然途切れ、その先は何も無い真っ白な空間が広がっている。それはタワーを中心に三百六十度同じで、空も水彩絵の具で描いたみたいに途中から白い空間に溶けて無くなっていた。
あの先の、真っ白な空間は何なのだろう。あの中に消えてしまった街の一部はどうなってしまったのか・・・。オレは今自分の見ている風景が理解出来ず、その場に立ち竦んでいた。
「来てくれると信じていましたよ、トウマ」
聞き覚えのある声が聞こえて、オレはビクリと肩を震わせた。ゆっくりと声のする方を振り返ると、やはりそこにはバグが立っていた。そしてその後ろには、大きなカプセルが三つ綺麗に並んでいる。カプセルには丸い窓がついていて、
「あ・・・」
オッサン、カイト、ネコノタマの顔が見えた。皆眠っているように目を閉じている。
「安心してください、トウマ。三人とも、まだ生きてますよ」
まだ、と言うことはオレの返事次第で三人がどうなるかは分からないってことだな。オレはそう確信し、バグを睨みつけて言う。
「バグ、オレはアンタと話をしに来た」
バグは大きく頷くと、
「それでは場所を変えましょう。ワタシは先に行って待っています。あの場所にはトウマの思い出が詰まっています。貴方もきっと気に入りますよ」
そう言って優雅にお辞儀をすると姿を消してしまった。その後すぐ、バグの立っていた場所に重厚な木製のドアが床から音も無く上がってきた。
本当にドア一枚しかないけど、これをくぐればあの場所とやらに行けるんだよな・・・。オレはそう考えた後、ドアではなく三人が閉じ込められているカプセルに向かう。カプセルは卵みたいに真っ白でつるんとしている。どこからも開けられそうな部分が無いので救出は諦めると、オレは三つのカプセルの前で深々と頭を下げ、
「こんな所に来ちゃってごめん、皆。でもオレ、絶対にバグを止めてみせるから待ってて!」
そう大きな声で言うと、今度こそドアに向かって歩いて行った。
ドアは古い屋敷にありそうな洒落た作りで、おとぎ話に出てきそうな不思議な光景だった。普通だったらこのドアくぐっても何処へも行けないんだけどな、と思いながら恐る恐るドアノブを回してみる。するとドアの向こうには住宅街が広がっていた。驚きながらも興味本位に裏側も見てみるが、同じくドアの向こうには住宅街。これがあの有名などこでもドアなのか。
オレはドアを目の前にひとしきり関心した後、
「よしっ」
気合いを入れて中に入って行った。




