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19 メアの限界

「一生懸命やってるなあって思ってたら実はあんなの作ってたのっ?」


 意外と足の速いネコノタマを追いかけながらファイブが呆れ気味に言い、カイトもそれに続く。


「ホテルのセキュリティーを厳重にしているんじゃなかったのかっ」


「なりすましちゃんも言ってたでしょーぉ。今更そんなことしたって意味無いってぇ」


「だからってあれじゃあコントでしょ。もうちょっとマシなもの作ろうよ」


「もう作っちゃったもんは仕方がなーい」




 一人残された部屋の中で、メアは今だ大量に噴出される煙に苦しんでいた。息を吸おうとすれば咳が止まらないし、煙が目にしみて開けられない。


「くそっ」


 悪態をついて右手を滅茶苦茶に振りまわすと、破壊用プログラムがガラス板に触れた瞬間、メアを閉じ込めていた箱は粒子になって弾け飛んだ。煙から解放された後もしばらく咳込んだメアは、


「こんなもので逃げられると思うなよっ」

 そう言って足早に部屋を出た。




「ねえもう走るの止めなーいぃ?」


 息も切れ切れにネコノタマは言い、足を止めてその場にへたり込んだ。


「君走り出しは勢い良かったのに体力無いねぇ。まだ一分も経ってないよ」


「だってどれだけ走ったってこれじゃあ意味ないじゃーぁん」


 ネコノタマは座り込んだまま一歩も動かずそうぼやいた。その視線の先には通路が永遠と続き、その間には分かれ道が何本もある。通路の左右には全く同じ客室のドアが等間隔で並んでいて、ホテルに来た時はこんなに部屋数は多くなかったはずだ。


「まるで迷路だね」


「これも羽井メアの仕業か」


 先の見えない通路を眺めながらうんざりとした顔でファイブとカイトは言い、そのまま立ち止る。フェイブは走って来た通路を振り返ると、


「カイト君、どの部屋だったか覚えてる?」


「そんなものいちいち覚えていない」


「だよねー。オレら完璧迷子だ」


 ファイブがおどけた口調でそう言った直後、再び地震のような揺れが襲ってきた。今度は揺れは治まる気配は無く段々と激しくなり、立っていられないまでに大きくなった。その内揺れに耐え切れなくなった通路の床に地割れの様なヒビが入り、


「おいおい嘘だろっ!」


 床が真っ二つに割れ始めた。


「ねーぇ、割れ目からなんかヤバそうな景色が見えるよーぉ?」


 治まることを知らない揺れの中、呑気に床の割れ目を覗きながらネコノタマが言う。何とか壁につかまりながらファイブも割れ目を覗いてみると、その下はどういう訳か上空何千メートルから見る風景だった。幾つもの雲の切れ目から、真っ青な海が遠くに広がっているのが見える。ファイブはしばし無言でそれらを眺めると、


「ねえ、ここって確か二階だよね」


「・・・ああ。そのはずだ」


 憮然とした表情でカイトも割れ目の先を見下ろした。その間にも通路の崩壊は酷くなり三人の足場も危うくなっていく。


「これはもう落ちるしかないね」


 この状況に諦めがついたのか、フェイブは他の二人に爽やかな笑顔を見せた。


「えーぇ?オデまだ死にたくなーぁい。パラシュート無いのぉ?」


 不満そうにネコノタマが言い、それに誰かが言葉を返す間も無く彼は広大な空へと落ちていった。

通路は脆い砂で作ったかのようにバラバラに崩れ落ち、遂には何も残らなかった。




 目を覚ますと、ファイブは自分が堅く冷たい床の上にうつ伏せで倒れていることに気がついた。ゆっくりと上半身を起こして辺りを見渡す。するとそこは青い空を映す鏡のような床が、三百六十度に広がる何とも不思議な空間だった。空と地平線、そしてまた床に映る空。ずっと眺めていると目がおかしくなりそうで、フェイブは眉間を指で押さえた。


「気がついたか」


 声の方を振り返るとカイトが立っていた。その近くにはネコノタマもすでに目を覚ましている。


「ここが天国ってやつぅ?」


 つまらなそうにネコノタマが言い、


「違うね、地獄だよ」


 聞き覚えのある少女の声が離れた所から返ってきた。ファイブ達の前には羽井メアが立っていて、見下したような冷たい目でこちらを見ている。彼女は最初に見た時よりも青白い光が強くなっていて、体からは光の粒がパラパラと舞い散っていた。それを見たファイブは一瞬眉をひそめた後、


「最初からここに来させるつもりなら、あんな大がかりな迷路はいらなかったんじゃないの?」


 余裕気な笑みを浮かべてそう聞いた。一方メアも表情を崩さず、


「ほんとはあの迷路でじっくり苦しめてやるつもりだったんだけどね。お前らって思った以上にムカつく奴だったからもう顔なんて見たくないんだよ。だから予定早めてここで消してやるんだ」


 淡々と言った。それでもフェイブから余裕の笑みは消えない。「ふーん、そうなんだ」とばかりに無言で頷く。他の二人にも大した変化は無く、カイトは他人事のように冷めた目をしているし、ネコノタマは何が面白いのか一人でニヤニヤと笑っている。

 それがメアにとってはどうしても許せない。考えてみればファイブは最初から自分を子供扱いしていたし、カイトは全くこちらを見ようとしなかった。ネコノタマに関しては言い出したらきりが無い。メアは悔しさと怒りで歯軋りをすると、


「なんでさっきから余裕ぶってるんだよっ・・・ボクにやられっぱなしで今だって殺されそうなくせにっ!自分の置かれてる状況が分かってないような馬鹿には教えてやるよっ!」


 そう怒鳴り散らし、凶器となった右腕を振りかざしてファイブ達に突進してきた。


「あーあー、これだからお子様は。ある意味バグより面倒臭いかも」


 真っ先に自分に向かってくるメアを前に、ファイブはのんびりと白衣のポケットから携帯電話を取りだした。そして慌てる様子もなくそれを開き、ボタンを押す。

 ガラスの箱の時よりも更に早い速度で鉄格子が出現し、メアを閉じ込めた。メアは一瞬怯んだものの、


「こんなの何度も引っかかると思うなっ!」


 そう言って右手を振りまわし、鉄格子を斬りつける。メアの思惑通り鉄格子は粒子へと変わったが、


「っ!?」


 粒子は両手両足へ纏わりつき、瞬時に手錠と足枷へと姿を変えるとメアの体を床に打ちつけた。その衝撃でメアは短い悲鳴を上げたが、すぐに立ち上がろうとする。しかし手足を拘束するそれらは重く、ピクリとも動かない。


「ふざけんなっ!何だよこれっ!」


 どうにか手だけでも動かそうと必死に腕を動かすが、やはり手首につけられた手錠は床に打ちつけられたかのように動かない。そんな様子を眺めながらファイブはメアへと歩み寄り、


「駄目だよお譲ちゃん。同じ手が何度も続くと思ったら大間違いだ」


 そう言ってメアの傍にしゃがみ込んだ。メアはファイブを睨みつけ、


「お譲ちゃんって言うなっ!ボクはメアだっ!」


「ごめんメアちゃん。君さっき自分の置かれてる状況が分かってないって言ったけど、それはお互い様だよ」


 そう言ってフェイブはちらりとメアの右手を見た。メアも怪訝そうにファイブの視線の先を追うと、黒い剣の部分が半分の長さにまで縮んでいることに気がついた。


「な、何で・・・」


 どうしてこうなったのか訳が分からず、メアの瞳が揺れ動く。


「前に話しただろう。お前の体は無理に機能を詰め込みすぎて破裂寸前だと。それが今限界に達したんだ」


「そんなの嘘だっ!」


 メアは叫ぶように言ったが、右手の剣の部分はほとんど残っていなかった。代わりに光の粒が先ほどよりも多く体から出ていっている。


「何だよこれっ!どうして光が出て行くんだよっ!」


「それはメアちゃんの体の一部。君は今、崩壊し始めているんだよ」


 半狂乱になりつつあるメアに、ファイブは悲しげな表情を見せた。目で見て分かるほどに消えていく自分の右手を前に、メアの表情は凍りつく。


「嫌だ違うっ!ボクは絶対に消えないんだっ!ボクは、ボクは・・・バグに選ばれた存在なんだっ!」


 泣き叫び、動かない手足を必死にばたつかせる。そんな姿から目を逸らすように、ファイブはカイトを見ると、


「カイト君、このまま体が徐々に消えていくのを待つだけなのは可哀相だ。・・・楽にしてあげてほしい」


 メアに聞こえないように小さな声でそう言った。カイトは無言で頷くと、メアへゆっくりと近づく。


「ひっ・・・」


 まだカイトの右手に変化は無いが、ただならぬ様子にそれまで暴れていたメアの動きがぴたりと停止した。


「な、何だよ。何がしたいんだよっ!」


 精一杯虚勢を張るものの相手に通じるはずもなく、カイトの右手がほんの少し動いたことでメアはこれから何が起こるのか分かってしまった。


「や、やめてよっ!もうしないからっ!ボクにはもう何も出来ないからっ!」


 殺されると分かった瞬間、無意識にメアの口からそんな言葉が出ていた。しまったと一瞬そう思ったが、今さら撤回することも出来ず、何より死が恐ろしい。


「もう手遅れだ。お前を助けることは出来ない。このまま自分の体が崩壊してゆくのを見ると正気ではいられなくなるぞ」


「違うっ!バグが助けてくれるんだっ!」


 この後に及んでもまだバグを信じ続けるメアに、カイトも憐れとしか言い様が無かった。だからと言ってこのまま放置すれば悲惨な結果になるのもよく分かっているため、メアが話すことに集中できている内に楽にしてやろうと、カイトは気づかれないように右手をコートの裏へと隠した。



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