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13 さて、これからどうしようか

赤石さんが無事椅子へと腰掛けるのを見届けてからテンちゃんが、


「主、おじょうちゃんってどなたですか?」


 オレを見上げてそう聞いてきた。そうか、テンちゃんはメアちゃんに会ったことが無いんだ。


「オレや赤石さんと同じく消えずに街に残った一人だよ。小学生の女の子で羽井メアって言う名前。バグになりすまして迷惑行為を繰り返してたらしくて、チャットで騒がれてた事件はほとんどその子が犯人みたい」


「どうりで……。主から神出鬼没で正体不明のお騒がせ野郎と聞いた時、バグがそんな無意味なことをするはずが無いと不思議に思いました」


真剣な表情でそう言った。テンちゃんから野郎だなんてそんな言葉が聞けるとは思ってもいなかったオレは、自分が安易な発言をしたことを後悔した。これからはテンちゃんに変な言葉を覚えさせないように気をつけよう、うん。


「今でも十分正体不明のお騒がせ野郎じゃないの?バグは」


 それを聞いていたオッサンが笑いながら言った。止めてくれ、これ以上テンちゃんに言わせないでくれ。


「まあ、それもそうですね」


 朗らかに笑うテンちゃん。これ以上本来のテンちゃんのイメージから離れたくなかったオレは、


「そ、それよりもバグはどこにいるんだろうっ。それが問題なんだよね、テンちゃん」


 無理やり話を逸らした。テンちゃんは大きく頷いて、


「はい。バグには本体のメインコンピューターがどこかにあるはずです。それを破壊すれば、バグを抹消することが出来ます」


「メインコンピューター?オレの目の前にいたヤツがバグじゃないの?」


「主の前に現れたのも勿論バグですが、あれはメインコンピューターから送られてきた虚像なんです。バグは元々コンピューターに搭載されたAIですから」


 ええっと、AIって人工頭脳のことだよな……。そのAIが搭載されたコンピューターが本当のバグ正体で、オレが見た白い仮面紳士は仮の姿ってこと?


「しかし一晩で街を乗っ取るほどなんだからとんでもない情報処理能力を持ったコンピューターだな。バグはトウマのことをただのゲームおたくって言ってたけど、一般人がどうやってそんなものを手に入れられたんだろうね」


 オッサンがそう言い、テンちゃんは少し考えてからこう返す。


「私が作られたのはトウマとバグが出会った後なのでよく知りませんが、ただバグが故障して使われなくなった自分をトウマが助けてくれたと言っていました」


 故障したコンピューターを直せるなんて、十分ただのゲームオタクじゃないじゃん。そう思ったオレは、


「じゃあやっぱりトウマってただ者じゃなかったんだね。一人でコンピューター直せるんだから」


 するとテンちゃんは首を横に振り、


「いいえ、トウマ自身にコンピューターを直す知識はほとんど無かったそうです。バグが指示をして、それにトウマが従う形で修理は完了しました。とても時間と手間のかかる作業だったらしいのですが、トウマは無条件でそれを快諾してくれたようです」


 それを聞いてやっぱりトウマとオレは違う人間なんだな、と実感する。オレだったら分かりもしないコンピューターの修理なんて、絶対途中で挫ける自信がある。


「じゃあトウマがこの街のシステムを作ったというのも、本当はバグがその知識を与えたからなんだな」


 オッサンが言ったではなく、突然カイトの声が聞こえてきた。声のする方を見ると、いつの間にかカイトが立っていた。ついでにネコノタマもいる。


「カイト君、来たなら来たって言ってよ。堂々と立ち聞きなんて駄目でしょ」


 オッサンも驚いたのか、力の抜けた声でそう言った。


「興味深い話をしていたからそれを聞くのを優先した。俺が来たかどうかなんて見れば分かるだろう」


 悪びれもなく言うカイト。マイペースな所はオッサンとよく似ている。


「テンちゃーん。オデ、なりすましちゃんが監視してたパソコンぶっ壊してやったのー。ねえオデ偉いー?かっこいいー?」


 そう言ってテンちゃんにすり寄ろうとするネコノタマ。当然それを見てカチンときたが、オレが止める前にカイトがガシッとネコノタマの頭を掴み、


「待て、そんなことよりも聞きたいことがある。お前はバグの本体がどこにあるのか知らないようだが、今までバグと一緒にいたんじゃないのか?」


 険しい表情でそう聞いた。


「それが……主を惹きつけておくようにと言われ、気づいたら主の部屋に送り込まれていました。トウマがこの世を去ってから私はずっと眠っている状態でしたので、その間に何があったのか分からないのです」


 暗い表情でテンちゃんは答えた。それからテンちゃんは深々と頭を下げ、


「その、お役に立てなくて申し訳ありません。一時はバグの仲間でありながら詳しい情報を何ひとつ知らなくて……。こんなことになるならもっとバグから色々聞いておくべきでした」


 沈んだ声でそう言った。だから何でテンちゃんが謝ることになるんだよ。テンちゃんは何にも悪くなくて、ただバグに利用されただけなのに。そもそもカイトがあんなこと言うからいけないんだっ。これ以上テンちゃんが謝る姿も、カイトに疑われ続けるのも見てられなくなって、


「これ以上疑うのはもうやめてくださいよっ。テンちゃんは巻き添えくらっただけで何も知らなくて当然なんですっ!」


 気づいたらカイトに向かって怒っていた。やばい……こんな怖い人に向かって言ってしまった。今までのオレでは考えられん。視線はカイトをしっかり捉えながらも、内心は膝が震え出すんじゃないかと心配していた。


「ほら、カイト君もすぐに何でも疑っちゃ駄目だよ。燈真君は彼女を作った親みたいなもんだから、我が子が疑われてばっかだったら誰だって怒るでしょ」


 オッサンが弁護してくれて、オレの気は少し和らいだ。テンちゃんがオレの子供ってのは年齢的にも無理があるけど、歳の離れた妹みたいな感覚はある。でも実際オレが守られてばっかりだけど……。


「別に疑っているんじゃない。ただ聞いているだけだ」


 淡々と、でもどこか面倒臭そうにカイトが答える。そんなカイトを見てオッサンは苦笑した後、


「悪いね、燈真君。彼はああだけど、本当は真面目に自分の仕事をこなそうとしてるだけなんだよ。オレなんかよりもずっとこの事件を解決しようと頑張ってるんだ」


「お前がサボってばかりだから全部俺にしわ寄せが来るんだっ」


 オッサンのフォローに、不機嫌そうなカイトがすかさずそう返した。この二人こそ親子みたいだなぁと思う。


「いや、オレも何かカアッとなっちゃってすみませんでした」


 オレと違ってこの人達はバグを何とかしなければいけないっていうプレッシャーがあるだろうからどうしても真剣になるんだろうなぁと思うと、オレも自分のことしか考えてなかったのかもしれないと怒ったことを少し後悔した。


「別に謝らなくてもいい。それからお前もだ。いちいち謝っていたらきりが無いし時間の無駄だ。それよりも先のことを考えろ」


 相変わらず偉そうな態度でテンちゃんにそう言った。でも怒ってはいないようだし、これは彼なりにドンマイ気にするなって意味だろう。そう取っておこう。


「あ・・・はい」


 テンちゃんもこんなこと言われるのは思ってなかったのか、意外そうな顔をして答えた。

 そんなオレ達を見てオッサンは満足気にニヤニヤと笑い、ちょっと照れ臭いような沈黙が流れる。それをかき消すように、カイトが椅子で休んでいる赤石さんをちらりと見ると、


「それより赤石華絵の様子がおかしいようだが」


 小声でそう聞いた。赤石さんは椅子に座って俯いたまま微動だにせず、表情は虚ろでこっちの話し声はまるで聞こえていないみたいだ。


「彼女バグに言われたことで相当ショックを受けてるみたいだ。いつまでもあそこに座らせておくのも悪いから部屋で休ませてあげようか」


 オッサンも声を潜めて言い、カイトはそれに無言で頷いた。そして赤石さんの所へ歩いて行き、二人は二言三言会話を交わしてロビーを出て行った。その姿を見送ってからオッサンは白衣のポケットに両手を突っ込み、再び口を開く。


「さて、これからどうするかだけど。まずネコノタマ君はお譲ちゃんの監視を頼むよ。オレはバグを探すから」


「りょーかいぃ」


 ネコノタマは片手を上げて上機嫌に返事をした。次にオッサンはオレとテンちゃんを見て、


「それから燈真君とテンちゃん。ちょっと話があるんだけどいいかな?」


 そう聞かれ、思わずオレはテンちゃんを見た。テンちゃんもオレを見上げ、無言で頷く。


「はい、大丈夫です」


 オレがそう答えると、オッサンは元のニヤついた顔に戻り、


「じゃあとりあえず場所を変えようか。悪いけどネコノタマ君、ここで少し待っていてくれないかな」


「えーなになにぃ?内緒話いぃ?」


「別にそんなんじゃないよ。ただの凡人同士の悩み相談さ」


 確かにネコノタマは凡人ではないけれど、オッサンも十分凡人に入らないんじゃないかと思う。ネコノタマはそれで納得したのかどうかは分からないけど、


「ふーん」


 それ以上は深く突っ込まなかった。案外空気の読めるヤツなのかもしれない。



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