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11 ネコノタマの初恋

「うーん、まあ、それでオレらも困ってるんだけどね。でも今それをここで話し合うのはちょっとまずいと思うんだ」


 オッサンはそう言って、カイトをチラリと見た。カイトは何かに集中しているようで、真剣な目で一点を見つめている。よく見ると、カイトのサングラスに細かい数字や文字、図面のようなものが高速で流れていた。この人どんだけハイテクなんだ?


「……今ここにバグはいないようだ。しかし別の場所から監視はされている。どこからかは断定出来ないがな」


「やっぱりね。じゃあ場所を変えたら監視の目からは逃れそうかい?」


「さあな。この街のほとんどがバグに乗っ取られているから何処へ行っても無理かもしれん。だがここにいるよりかはマシだろう」


「……どうにもオレ達の方が不利ってことだね」


 笑いながらオッサンが言った。カイトはサングラスに流れている情報を見ながら、


「それとネコノタマだが、あいつ勝手に非常階段を下りてるぞ」


「あーあー……全く」


 オッサンは溜息混じりに呟いて、エレベーターを見た。エレベーターの扉は閉まっているものの、電気は通っているようでボタンを押せば動きそうだ。


「あれで下に降りられそうですね」


「これで動かなかったらオジさんは泣くぞ」


 テンちゃんとオッサンはそう言いながらエレベーターへ近づいて行った。テンちゃんが下へ降りるボタンを押すと、エレベーターはずっと展望台で止まっていたのだろう、すぐに扉が開いた。オッサンはよし、と大きく頷いた後、


「オレ達はこれで下に降りてセントラルタワーを出るからカイト君、君はネコノタマを連れて後を追いかけてくれっ」


 びしっとカイトを指さして言った。カイトはそう来ると分かっていたのか、イラつきながらも淡々とこう返す。


「たまには自分で動いたらどうだ?」


「そうしたいのは山々だけど、ネコノタマの居場所はカイト君しか知らないんだからしょうがないでしょ」


 堂々と言っているが、絶対に自分が行くの面倒臭いだけなんだろうな。カイトは溜息を吐いて、何も言わずに踵を返した。


「さて、長いは無用だ。オレ達も行こうか」


 そう言って我先にとエレベーターへ乗り込んでいくオッサン。テンちゃんはほんとにこの人大丈夫なのか、と言いたげな目で見てから、


「さあ、どうぞ乗ってください」


 オレ達に笑顔を向けた。やっぱりテンちゃんはいいなぁ、と思いながらエレベータに向かって歩き出す。しかし後ろにいる赤石さんが動き出す気配がない。振り返って見ると、赤石さんは暗い表情で俯いていた。


「あの……行きませんか?」


 オレが遠慮勝ちに声をかけると、赤石さんは我に返った様子で、


「え?……あ、はい」


 浮かない表情のまま歩き出した。オレも自分のことで精一杯だったけど、赤石さん、死にたいようなこと言ってたよな……。ショックなのはオレだけじゃないんだな。そう思い、ちょっと複雑な心境でエレベーターへ入った。


 ネコノタマは鼻歌混じりに非常階段を下りていた。

彼の気分は今、最高潮だった。テンと言う少女を見てから胸の高鳴りが止まらない。こんな気持ちになったのは彼の人生の中で初めてのことだ。


「フンフフーン、テンちゃーんっ」


 夢心地でひたすら階段を下りる。自分が今何階にいるのか分からないが、そんなことはどうでもいい。この気持ちがいつまでも続けばいい。


「フフフーン……フッ?」


 突然、鼻歌は奇妙な所で止まった。ネコノタマの動きも止まる。階段で立ち止り、天を仰ぐ。彼は今自分がとても重大なことを忘れているのような気がしたのだ。それはこれからテンとずっといられる夢を打ち砕くようなことだった気がする。


 瞬きを二三回した後、ネコノタマは何かにとり憑かれたように元来た階段を駆け上がった。

 すっかり忘れていた、バグの存在を。テンに会う前、彼は街の完全消滅という現実離れした危機感を楽しんでいたのだが今となっては話が違う。テンへの恋心を成就させるにためも、街の存在は不可欠なのだ。


「おい、止まれっ!」


 無我夢中で駆け上がっていると上からそんな声が聞こえてきた。見上げるとすぐ前にはカイトが立っていた。声に気づかなかったらこのまま激突していただろう。


「下りていると思ったらまた上り出して……お前は一体何がしたいんだ」


 呆れた口調でそう言うカイトに、ネコノタマは息も切れ切れに、


「パソ……コン」


「パソコン?それがどうした」


 ネコノタマはしばらく俯いて息を整えてから、


「オニーサン、何でもいいからパソコン無いー?それさえあればオデ、役に立っちゃうかもよー?」


 いつもの口調でそう答えた。

 カイトは少し考えた後、ネコノタマを連れてエレベーターで一階へと下り、事務室へ向かった。


「これでいいのか?」


 一台のパソコンを前にカイトは聞いた。しかしバグによって全てのネット回線は遮断されている。ネットどころか電源さえつくかどうか分からない。


「オッケーェ」


ネコノタマはパソコンの前に座ると、電源のスイッチを押した。すると、一応電源は入った。カイトはそれを見て一瞬眉をひそめる。


「念のため言っておくが、電源はついたとしてもネットは無理だぞ」


「だいじょーぶだいじょーぶぅ」


 ネコノタマはそう言ってインターネットのアイコンをクリックする。当然のようにネットが繋がれていないと画面に表示されるが、構わずネコノタマはキーボードを高速で叩き出した。


「お前まさか……この状態でネットを繋げられるのか?」


 それを見ていたカイトが珍しく驚きの声を上げる。


「ここは電子の世界だからねーぇ。このパソコンだって情報のひとつなんだからプログラムを書き換えれば何だってできるよーん」


「そのプログラムを書き換えることが普通では出来ないんだ。この街の仕組みに気づいたとしても、住民の行動は制限されているから好き勝手な行動は出来ない。なのにお前はその制御さえも解除している。一体そんな方法をどこで知った?」


 するとネコノタマは手を止め、カイトを見てニヤリと笑い、


「知ったんじゃなくてオデが自分で考えて思いついたんだよ、オニーサン。駄目だよぉ、オデらをナメてちゃぁ。こんな大昔に作られたままの世界なんて狭すぎる。そのうちぶっ壊して外に出てきちゃうかもよーぉ?」


 言っている本人は本気なのか冗談なのか、ケラケラと楽しそうに笑っているが、このままでは本当に現実世界へ出てきてもおかしくはないとカイトは思った。今まで情報は管理されるものであり、与えられた行動意外は決してしないと信じて疑わなかった。しかし目の前にいるネコノタマはこの街を作った人間ですら思いもつかなかった方法で進化を遂げている。他にもこうやって管理の手が行き届かなくなる程進化した情報は彼だけではないだろう。


 このことをファイブが知ったらどう思うだろうか。やはり人の情報は生きていると喜ぶのだろうか。そんな考えの中、ふと赤石華絵のことが脳裏を過り、カイトは内心首を横に振った。

 決して全ての情報が進化するとは限らない。逆に時が経つ程に劣化していくケースも少なくはないはずだ。


「さーて、ハッキング成功だよーん」


 ネコノタマが言い、カイトはパソコンの画面を見た。そこには真っ白な空間の中に、床に座ってノートパソコンを開いている少女が映っていた。


「羽井メア?」


 カイトはそれを見て眉をひそめる。


「そう、バグのなりすましちゃーん。この子バグの側についちゃったらしくて、今オデ達を監視中みたいだねぇ。どうにかしないとここでやってることも全部筒抜けだよーん」


「ここは一体どこだ?バグはいるのか?」


「バグが勝手に作ったどこでもない空間だよぉ。でもなりすましちゃんが来れたってことは街のどっかと繋がってるはずだからオデらが行けないこともないみたいー。それとバグはここにはいないみたいだねぇ。……あ、なりすましちゃんが気づいたみたいぃ、なんかやり始めたよー?」


 画面の向こうでは、羽井メアが慌ただしくキーボードを叩いているのが見えた。するとすぐに映像が砂嵐と共に激しく揺れ出す。カイトはそれを見てしばらく考えた後、


「お前はこれをどうにかできるのか?」


「なりすましちゃんだけだったらねー。どうするー?オデにまかせてみちゃうぅ?」


 それを聞いてカイトは頷き、


「分かった。羽井メアは全てお前にまかせよう」


 そう言った。

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