↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

不が富が

作者: sinsin
掲載日:2026/10/30

 アルミ箔が内側に貼られた黒い弁当箱入れにお手製のベーコンエッグサンドを突っ込む。出かける直前に作って、焼きたての食パンが香ばしいままラップで包んでおいた。目玉焼き部分の白身が焦げるのが嫌だから半熟でフライパンから盛り付けて、パンにペーコンの油を染み込ませながら粗挽きの胡椒を振りかけるのがこだわり。

 リュックにそれを入れて、スケッチブックを脇に挟んで、気持ちいい基準を超えてうっとしい太陽の光をまぶしく浴びながらドアを開いた。

 文明の力はこういう景色には通用しない。最近はコンピューターが絵とか文章も作ってくれるそうで、もう未来のものだと思っていたことが現実化していることをひしひしと感じるのだけど、直接感じることで動く心はいつまでも忘れたくはないし、より一層広がる感覚を探せないか、美大生として僕は考えていた。


 目的地は人工的に植えた木が並ぶ公園だった。そろそろ暑くなる季節に緑を発揮している葉の間から、ちらちらと日光が僕の目に線を送ってきた。一台のカメラであるものを撮るのが普通だと思っていた時代から、カメラを複数並べて被写体を三次元で捉えて構成する技術も最近はあるらしく、これまた技術の発展に興味が沸く。そこで、今僕がやろうとしている、単純な視点で美しいものを捉えようとする考えもまた、古臭い過去の行為だと思われるようになっていくのだろう。

 と言いつつ、言い訳とも思えることを振り返る。その三次元で捉える技術は、飽く迄「被写体」のための技術であり、ワンポイントの画から考える芸術とはまた違うものではなかろうか――寧ろこういう分別をすることで、それぞれの技術の長所や活かし方を考えていくことが大事なのだろうし、理系ではない私は、それで生み出すものに心を動かされるかどうかだけ考えればよいとしか思わない。

 なんて偉そうに、かなり建設的な意見を考えられている自分に自惚れて、座れそうな場所を探してぐるりと見まわす。ふと、柄もない真っ白な紙コップが、木々に囲まれた広い空間にポツンと置かれているのが目についた。マナーの悪い奴が落としたにしては、飲み物を注ぐ側が地面に付いて、普段使われるであろう時とは逆さまに堂々と置かれているのが不思議だった。

 近づいて更に気づいたのは、天を向いているその紙コップの裏側の真ん中に白いタコ糸が刺さっていることだった。糸を追うと木の方に行っていて、茂みの奥の休憩用の小屋に向かっていた。気味が悪いと思わなくはなかったけれど、なんだか面白いと思って拾ってみた。中を見て、なんだか納得した。


『自由研究のための糸電話です』


 小さな丸い文字で書かれたメモは、紙コップの中で飲み口を塞ぐように貼られていた。つまりは、子どもの時に遊びでしかやっていなかった、糸の振動で声を伝えるあれで調べようと思っているようだった。

 こんな場所に置きっぱなしにして具体的に何が分かるのか、今何を調べたいからここに置いているのか、不特定多数の人間が来る中で踏まれたりしてもいいのか――疑問だけはわんさか出てくる状況ではあるのだけれど、それ以上に僕は、自分が最近考えていたことにも繋がる発見を、この糸電話からも感じた。

 スマートフォンが発展し、どこでもなんでもという文化が発展した現代だが、「距離」にまつわることはまだ発展していないだろうとも言える。ワープやテレポーテーションといった技術は当然現実化している訳ではないし、空気だけで自分の状況を遠くに届けることはできるはずもない。

 しかし、この糸電話という機能は、遠くの人との「距離」を細い糸で繋いでいて、空気の振動によって生まれる「音」という機能の根源を司るものとも言える。未来のものだと思っていたものが現実化するというのは、こういう意識を見直してのものなのかも知れない。


 紙コップを置きなおしてこの糸電話の研究者の思考に思いをはせていたら、やけに空腹をひどく感じた。背負っていたリュックを降ろして弁当箱入れを取り出し、中を確認すると、黄身が破れてラップがべたべたとしていた。ここへ電車で来る時に激しく揺れて、座席と背中で潰してしまったらしい。

 仕方ない……スケッチブックをリュックに入れてからラップをむいて歩きながら齧ると、半熟卵が無造作に広がった中にベーコンの油と胡椒の刺激がのし上がるその味も、人々がのんびり休めるよう整備されたこの公園でフガフガと食べる分には心も豊かだと思えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。