もう一度、S市で
Hとバンギャちゃんのお陰で佐和子の緊張の糸は殆ど解けていた。
懐かしいLIVEハウスの情景を客席から眺める。
「あぁ、あの時、こんな風に見えていたんだ。」
そう思いながら哀愁に耽っていたところ、Hがのそのそとアコースティックギターのチューニングをはじめてカポを付ける。
何が行われるのかと様子を伺うと、
「昔の佐和子は〜ドラムスティックだった〜。」
「今の佐和子は〜ウッドベース〜。」
と、昔のガリガリ時代より幾分ふくよかになった姿をイジりだす。
「あんた…それ以上言うと…。」
「ベースは下手なのに〜ウッドベース〜。」
「おいっ、缶ビール取り上げるわよ。」
「…まっ、飲もうや。」
即興ソングが得意なHは人の失敗は蜜の味といわんばかりにイジリ倒してくる。佐和子は悪い気こそしないものの「そんなに太ってないのだけれど…。」と、お腹あたりを摘んでみた。
彼なりのサポートだった。些か不謹慎であったり不器用ではあるけれど。
いよいよ、リハの時間だ。
2人きりの二度目のステージ。
入念に時間いっぱいを使って音作りをした。
雑な演奏をしたくない。そこに、以前の佐和子とは違うLIVEへの意気込みが表れていた。
「ベースの返し、もう少しください。」
機材こそ前バンドと変わらなかったが、アコースティックスタイルということ、椅子や譜面台を借りての演奏だったことが、まだ二度目だった佐和子にとって、リハは大切な時間だった。
一方Hといえば飄々とこなしていた。
音色への拘りは殆ど無く、カポの位置を変えて、数曲歌い上げてPAにあれこれと要求するも淡々とこなして来た実績が伺える。
無事にリハが終わった。
逆リハだったので、2番手の我らは最後から2番目の出演となり1番手が最後のリハとなる。
2人してビールを飲みつつも真剣な眼差しで一番手のリハを眺めていた。
全バンドが終わったあと、出演者は客席側に全員集まった。技術志向な者、パフォーマンス重視、楽しいからやってます組、本気で臨んでます組など、個性豊かな対バンだ。
ブッキングを組んでくれたトリのバンドのギタリストが各々の紹介をする。
大体がバンド名を言い、「よろしくお願いします。」の一言で拍手をする流れだった。
トリのバンドはB´zのコピーバンドで、松本仕様にサングラスをかけていた。機材から何まで松本仕様。リスペクトを感じた。
「そんなこんなで!本番楽しんで頑張りましょう!よろしくお願いします!」
「お願いします!」
残すところ約数十分。
リハが終わった頃地下から地上へと上がると、真っ先にほろ酔いのバンギャちゃんと昔のバンド仲間、大御所ボーカリストとその彼女がいたので、駆け寄った。
「あっ!佐和子ちゃんだ〜リハ終わったと?」
「うん、無事にね。」
「今ちょうど、話しよったとよ。あのパンクな佐和子ちゃんが、アコースティックスタイルってどんなんかねぇって。」
「ふふ。見てればわかるわ。暴れるだけがパンクスじゃないもの。」
「ふぅ〜かっこいい!はやくみたいなぁ、2番手でしょ?すぐじゃん!わくわくだぁ!」
ほんのり顔を火照らせたバンギャちゃんが怒涛のラッシュで畳み込む。横の大御所ボーカリストに佐和子は話しかける。
「今日は本当に、ありがとうございます!」
「いえいえ、間に合って良かったです。楽しみにしています。」
「はい!全力でするので、楽しみにしていてください!」
横のローディ兼彼女さんも微笑みながら頷く。
彼女自身も弾き語りをしているミュージシャンだ。
さらに大御所ボーカリストと共に過ごす時間も長いとあれば、着眼点は確実にギターボーカルに注ぎそうなものだが、全体を見ますと言わんばかりに、佐和子への激励を投げかける。
古いパンクスのバンド仲間も着々と到着していた。
その中にはスラップ師匠のKもいた。
特別早口でテンションの高いKは今回もシラフだが、ガタイの良い身体を縦横無尽に躍りながら、開演を待ちわびる。
「もう、ベース辞めたかと思ったじゃんか。」
「あはは。とんでもないです、辞めれませんよ、ベースは。」
「がはは!それでいい、それでいい。俺の娘なんて数時間で飽きたぞ(笑)」
「ウケますね、それ(笑)Kさんの血が入ってたら名プレイヤーになりそうなのに。」
「まぁ、彼氏のことで頭がいっぱいなんだろうな。」
「彼氏……。」
ふとAのことを思い出しそうになるも、頭を振って振りほどく。今はLIVEに専念すべき時だ。
「スラップ…はしねぇだろうなぁ。」
「スラップはないですね。アコースティックですし。」
「ガーン!見たかったぜ、佐和子のスラップ。」
「今度教えてくださいよ(笑)」
「代わりに使ってないベースくれよ(笑)」
使ってないベース…Aと交換したSGモデルが思い浮かぶ。
「ありますよ、使ってないの。」
「うぉー!まじかよ!今度持ってこいよ!」
「わかりました。」
「メシでも食いに行こうぜ。F市まで行くからよ。」
「飲んでいいですか?(笑)」
「おう、たらふく飲め!俺は飲めんけど(笑)」
そうこう古い仲間と話し込んでいると、いつの間にかHの姿が消えていた。あいつは人混みに紛れると、不思議なほど見つからなくなる。佐和子の中では勝手に「カメレオン現象」と呼んでいた。
狭いLIVEハウスの入口付近にはバンドマン達で溢れかえっていた。その中のどこかに…いた。主催者のB´zコピーバンドの方々と話し込んでいる。
佐和子が近づくやいなや、
「おう、ラストにB´zしようぜ!」
と、アルコールもだいぶ回っており興奮気味だ。
「一度も練習したことないじゃない…。」
と、呆れる佐和子だったが、ワガママ大魔王の耳には届かず、お馴染みの何とかなるって!を発動させる。
でも主催のバンドへのリスペクトもあり、なによりB´zは好きだったし、何かこいつといれば楽しそうなことが起こる気がして、承諾した。一曲も弾けず、何を弾くかも知らされず、LIVEは開演した。
1番手が冷めた会場を温めてくれ、2番手の佐和子達の出番がやってくる。
楽しみだ。今からの30分が。
バンギャちゃんたちの笑顔も。
大御所ボーカリスト達の真剣な眼差しも。
ワクワクを隠しきれないKの姿も。
古巣の仲間たちの顔も。
そして何より。
もう一度、S市で音を鳴らせることが。




