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幸せの処方箋

2回目、3回目とスタジオ練習の機会は増える。

その間Hのオリジナルソングを数曲合わせて覚えていかねばならないが、物覚えはいい方だったはずなのに、新しい店で水商売を続けていた佐和子は寝不足なのか疲れなのかなかなか覚えることができなかったので、ノートにコード進行を書き留めそれを見ながら弾いていた。


あるスタジオ練習での事だ。

いつもの後輩君がこなくてH1人で現れた。

態度こそ出していなかった故に余計に気になり事情を尋ねる。


「あーあいつ?練習意欲が見られなかったから、クビ。」

「あーぁ…。かわいそうに…。」

「しゃぁねえだろ、無理に生かすよりいっそ介錯。武士道よ。」

「代わりのドラマーはどうするの?」

「んなもんもちろんしらん。しばらくはアコースティックでいくぞ。」


後輩君とはもう会えないのか、と少しセンチメンタルな気持ちを持ちつつありがちな話だ。前を向かねばと今日も練習に励む。


たまたま今日は大名付近のスタジオだった。

Hの手には缶ビールがある。色白の肌が少し赤く染っている。後輩君のクビ宣告が何かしら影響している気がして触れずに佐和子も缶ビールを飲み出して練習をし始める。


「おい、そこのアレンジちげぇよ。ドゥンドゥドゥンだよ。」

「好きに弾かせなさいよ。」

「俺の美学を汚すのは許さん。コロス。」

「…はいはい、教えてください、大先生。」

「わかりゃぁいい。いいか、ここはだな…。」


気づけば夜の入口だ。

冷房をガンガンに効かせていたというのに汗だくで重たい楽器を持って5時間スタジオ練習をするとそろそろ疲労も溜まっていた。Hも同じだったらしい。

Hが住んでいるのは都心部からだいぶ離れていたのでタクシーや公共交通機関で帰るのは憚られる。どうするのかと尋ねると、後輩君に迎えに来てもらうそうだ。クビ宣告を受けた挙句アッシー扱いとは尚更同情するが、本人は普段可愛がってるからいいんだよの一点張りだ。


「練習おわり。片付けて飲みに行くぞ。」

「OK。わたしの馴染みの店にでも行かない?」

「おういいぞ。俺好みならな。」

「ふふ。多分気にいるわ。素敵なところよ。」


Xと名付けられたスナックの作りのママさんと娘さん2人がしているカジュアルバーに行く。

佐和子が大学生時代から通っていた店で、よく鳴く犬を店内で1匹飼っている。


カランコロン。

「いらっしゃい〜あら、佐和子ちゃんじゃないの!久しぶりねぇ。」

「あっママ!こんばんは、2名なんですけど、お邪魔していいですか?」

「もちろん。お連れさんは彼氏?」

「んな訳ないっすよ、こんなブタ。」

「あんた、それ以上言ったら…。」

「…まっ、飲もうぜ、なっ!」


さすがに言いすぎたと思ったのか言い淀んでボックス席に楽器や機材をドサッと置いて、大袈裟にふぅー疲れたという顔をする。苛立ちはなかった。私もつられてベースと機材をそっと傾けた。


「お飲みものどうする?」

「ん〜ビールは飲み飽きたから、疲れが取れる処方箋だしてもらっていいっすか?」

「あはは。なら特別疲れが飛んで酔えるカクテルを作るわね。ロングアイランドって名前よ。」

「ママ、わたしにもその、処方箋出して欲しいな。」

「ふふ。わかったわ。」


ママの娘さんは佐和子と同い年ということもあって、社交的同士仲良くさせてもらっている。バンドをしていることはこの時初めて知らせた。


「はい、お待たせ。患者さんたち。」

「あざーっす!」

「ありがとうございます!」


「かんぱーい!おつかれ!」

「かーっ!!効くぜ、疲れた体にアルコールは。」

「強いカクテルだから、飲みすぎ注意よ。」

「はーい。」


二人して何杯も飲んだ。爆音を鳴らした後の、厳密には鳴らしながら余韻に浸るまで長くの間の、アルコールはとても美味しく感じた。


「ギターボーカルしてるのね。カラオケも無料よ。良かったら歌って頂戴。」

「おっ、カラオケ歌えるんか?ニーチャン。」

顔を赤鬼のように真っ赤にしているのと対称的にニコニコとした常連さんのヤジをスルーして玉置浩二を歌い出すH。

ギターボーカルと言うだけあって、即興で「メロディー」を弾き語って大いに盛り上げた。


こんな夜って悪くないな。

コイツとのLIVE、楽しそうだな。

ああ、早くLIVEがやりたい。


まさしくその時だ。

大名のライブハウスからLIVEのブッキングオファーが来た。


「ねぇ!ねぇきいてよ!」

「なんだよ俺がせっかくコウジ降臨させてるっていうのに!」

不服そうなHを他所にオファーが来たことを告げると、バクチクに火がついたように目を輝かせて

「マジか!!出ようぜ!!即答だ!!」

と答えた。

初めての福岡県でのLIVE。しかもHとも初LIVEだ。楽しみで仕方ない。


二人してグラスが殻になっていたので、注文をしようとママを呼ぶ。

「何にする?」

「幸せの処方箋、ふたつ!!」

「あなたたち強いのねぇ。バンドマンって感じがするわ。」

「処方箋が美味しいからですよ!」

「LIVE決まったんです!」

「やったぜ!!ママ、はやく!処方箋のみてぇよ!」

「ふふふふ。はいはい。メジャーデビューしたらサインを頂戴。」

幸せだ。楽しみだ。生きているんだ。

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