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おじいちゃんの工房道具を持って異世界転移したら、伝説の職人になった件

作者: 桜木ひより
掲載日:2025/11/26

桐谷樹は祖父の古い工房で、段ボール箱に囲まれて座り込んでいた。


半年前、唯一の肉親だった祖父が亡くなった。

それから三ヶ月後、勤めていた会社が倒産。

二十八歳の樹は、職も家族も失った。


「おじいちゃん、俺これからどうしよう……」


誰もいない工房に、声が虚しく響く。


手元にあるのは、祖父の形見である工具セットと、手書きの文字がびっしり詰まった設計ノート。

ページをめくると、几帳面な字で書かれた家具の設計図と、細かなメモ。


『角を丸くすると、手触りが優しくなる』


『座る人の体に合わせて、角度を調整すること』


『完璧じゃなくていい。心を込めることが大切だ』


祖父の口癖が、メモの端に記されていた。


町の小さな家具職人だった祖父は、丁寧な仕事で評判だった。

樹も子供の頃、よくこの工房で遊んだ。

木を削る音、木屑の匂い、祖父の優しい笑顔…。

すべてが、今は思い出の中にしかない。


樹は工具セットを抱きしめ、涙をこぼした。


「おじいちゃん……会いたいよ」


その時だった。


工房の奥にある古い扉が、淡く光り始めた。

今まで開いたことのない、物置への扉。

吸い込まれるように、樹は立ち上がり、扉に手をかけた。


ギィ、と音を立てて扉が開く。


次の瞬間、眩い光が樹を包み込んだ。




目を覚ますと、樹は森の中に立っていた。


「え……?」


周囲を見回す。見たこともない大きな木々。聞こえるのは鳥の鳴き声と風の音。

しかし樹の手には、しっかりと工具セットと設計ノートが握られていた。


「夢……じゃない、よな」


頬をつねってみる。痛い。現実だ。


どうやって帰ればいいのかわからないまま、樹は森を歩き始めた。

しばらくすると、木造の建物が見えてきた。中世ヨーロッパのような、素朴な村。


「あ、あの!」


小さな声が聞こえた。


振り向くと、薄汚れた服を着た少女が、壊れた椅子を抱えて困っていた。

茶色の髪、大きな瞳。十歳くらいだろうか。


園子が抱える椅子の脚は、完全に折れていた。


「大丈夫?」


樹は思わず声をかけた。

少女は驚いたように顔を上げ、それから泣きそうな顔で言った。


「この椅子、村長さんからもらった大事なものなのに……壊れちゃって。直せる人を探してたんだけど、みんな忙しいって……」


「見せてくれる?」


樹は椅子を受け取り、観察した。

作りは粗雑で、ただ板を組み合わせただけ。釘の打ち方も雑だ。

でも、少女にとっては大切なものなのだろう。


「直せるよ」


「本当!?」


少女の顔が輝いた。


樹は工具セットを開き、折れた脚を丁寧に外した。

幸い、予備の木材が近くに転がっていた。

祖父に教わったように、木材を測り、切り、削る。


手が自然に動く。祖父と過ごした日々が、体に染み付いていた。


「使う人のことを考えて作れ」


祖父の声が、心に響く。


樹は脚を丁寧に取り付け、さらに座面の角を丸く削った。

手触りを優しくするために。座り心地を良くするために、座面の角度も微調整する。


「できた!」

完成した椅子を少女に差し出した。


少女は恐る恐る座り、それから目を丸くした。


「すごい!全然違う!こんなに座りやすくなってる!」


嬉しそうに椅子の上で体を揺らす少女を見て、樹の胸が温かくなった。


「本当にありがとうございます!あの、お兄さんのお名前は?」


「桐谷樹。樹でいいよ」


「私はミラ!樹お兄ちゃん!」


その時、がっしりした体格の男が近づいてきた。

ひげ面で、作業着には木屑がついている。


「おい、お前、今の技術……どこで習った?」


男の声は驚きに満ちていた。


「俺はこの村の大工、バルドだ。今お前がやった仕事、見せてもらったぞ。すごい腕だな」


「いえ、祖父に教わっただけで……」


「謙遜するな。この村で、あんな丁寧な仕事ができる奴はいない」


バルドは真剣な顔で続けた。


「なあ、うちの工房を使わないか?俺も手伝う。お前の技術を、この村の人々に広めてやってくれ」



バルドの工房は村の中心にあった。中には粗雑な作りの家具が並んでいる。


「恥ずかしい話だが、俺たちは速く作ることばかり考えてた。丁寧に作るという発想がなかったんだ」


バルドは苦笑した。


「この村の人たちは、家具なんてただ使えればいいと思ってる。

でも、お前が直した椅子を見て、俺は気づいたんだ。

本当の職人の仕事ってのは、こういうことなんだって」


樹は設計ノートを開いた。祖父の設計図が、丁寧に描かれている。


「これ、俺の祖父のノートなんです。椅子、テーブル、棚……いろんな家具の作り方が書いてある」


「すげえ……こんな細かく書いてあるのか」


バルドは感嘆の声を上げた。


その日から、樹とバルドは共同で家具作りを始めた。

最初の依頼は、宿屋の女主人・エルザからだった。


「テーブルがガタガタで、お客さんに申し訳なくて……」


金髪の美しい女性だった。優しい雰囲気で、樹を心配そうに見つめる。


「任せてください」


樹は設計ノートを見ながら、テーブルを作り始めた。

木材を慎重に選び、丁寧に削る。脚の長さを正確に揃え、接合部分を滑らかに仕上げる。


バルドは樹の仕事を黙って見ていた。


「なあ、樹」


「はい?」


「お前の仕事を見てると、木と会話してるみたいだ。一つ一つの工程に、意味がある」


「祖父が言ってました。木は生きていたものだから、敬意を持って扱えって」


樹はそう話しながら木を撫でた。


「使う人が笑顔になってくれるなら、時間がかかってもいい。丁寧に、心を込めて作る。それが祖父の教えです」


完成したテーブルは、美しく安定していた。エルザは目を輝かせた。


「素敵……こんなテーブル、見たことない」


その後、村人たちから次々と依頼が来た。

椅子、棚、ベッド。

樹は一つ一つ丁寧に作り、バルドも樹の技術を学んでいった。


「角を丸くすると、手触りが優しくなるのか」


「そうです。小さな子供がいる家では、特に大事なことです」


ミラは毎日工房に来て、掃除を手伝った。


「樹お兄ちゃん、すごいね!みんな笑顔になってる!」


「ありがとう、ミラ。お前が椅子で困ってたおかげで、俺は自分のできることに気づけたんだ」


樹はミラの頭を撫でた。孤独だった日々が、少しずつ遠ざかっていく。



ある日、一人の青年が工房を訪ねてきた。

痩せ型で、真面目そうな顔つき。


「あの……俺を弟子にしてもらえませんか」


青年の名はレオン。十八歳で、孤児だという。


「俺、ずっと居場所がなくて……でも、樹さんの作る家具を見て、俺もこんな風に誰かを笑顔にしたいって思ったんです」


樹はレオンの真剣な目を見て、頷いた。


「いいよ。一緒に学ぼう」


「師匠!」


レオンの目に涙が浮かんだ。


それから数日後、もう一人の弟子が来た。

トーマス、二十五歳の元兵士。筋肉質な体だが全身に傷跡があり、寡黙な印象だった。


「戦争で、家族を全員失った」


トーマスは静かに言った。


「剣を振るうのにも、生きる意味がわからなくなった。でも、あんたの工房を見て……何か、心が動いたんだ」


樹はトーマスの目を見た。そこには、自分と同じ喪失の痛みがあった。


「俺も家族を失った。寂しいよな」


「……はい」


「でも、ここなら新しい居場所が見つかるかもしれない」


こうして、工房には家族のような仲間が集まった。

レオンは不器用で、最初は失敗ばかりだった。


「くそ、また割れた……」


「大丈夫だよ、レオン。俺も最初はそうだった」


樹は優しく声をかけた。


「完璧じゃなくていい。使う人のことを考えて、心を込めて作れば、必ず伝わる」


レオンは何度も挑戦し、ついに椅子を完成させた。


「できた……できたんだ!」


レオンは泣きながら椅子を抱きしめた。


「初めて、何かを成し遂げた。初めて、自分に価値があるって思えた」


「よく頑張ったな」


樹はレオンの肩を叩いた。


トーマスは無口だったが、細かい彫刻が得意だった。


「昔、母親が木彫りの人形を作ってくれてた。それを思い出しながら彫ってる」


トーマスの手から生まれる彫刻は、繊細で美しかった。


「素晴らしいよ、トーマス。お母さんも喜んでると思う」


「……ありがとうございます」


トーマスは初めて、小さく笑った。


夜、みんなで食卓を囲む。

バルド、ミラ、レオン、トーマス、そして時々エルザも加わる。


「いただきます!」

ミラの元気な声。


「樹の料理、うまいな」

バルドが笑う。


「師匠、明日はあの棚を仕上げます」

レオンが真剣な顔で言う。


「俺は彫刻の続きを」

トーマスが静かに頷く。


賑やかな食卓。笑い声。温かい空気。

樹は思った。一人じゃなくなった。ここに、新しい家族ができた。



工房が軌道に乗ったある日、樹は設計ノートの最後のページに気づいた。

それは今まで開いたことのないページだった。


そこには、祖父の手紙が貼られていた。


『いつきへ


このページを開く時、お前はきっと職人として歩き始めているだろう。


俺がお前に伝えたかったこと。それは技術だけじゃない。


誰かのために何かを作る時、それが俺の生きた証だ。


俺の技術は、お前を通じて生き続ける。


お前が誰かを笑顔にする度、俺も笑顔だ。


完璧じゃなくていい。心を込めることが大切だ。


お前が幸せなら、それが何よりの親孝行だ。


いつでも、お前を見ているよ。


祖父より』


樹の目から、涙が溢れた。


「おじいちゃん……」

声が震える。胸が熱くなる。


「ありがとう。ありがとう」


バルド、ミラ、レオン、トーマスが心配そうに集まってきた。


「樹、どうした?」


「大丈夫です。嬉しい涙だから」

樹は笑顔で涙を拭った。


「みんな、聞いてくれ。俺、新しい看板を作りたいんだ」



数日後、工房の前に新しい看板が掲げられた。


『桐谷工房


創始者:桐谷宗一郎


継承者:桐谷樹』


祖父の名前と自分の名前が、並んで刻まれている。

村人たちが集まり、祝福の言葉をかけてくれた。


「素敵な看板だ!」


「これからも、よろしく頼むよ!」


エルザが優しく微笑む。


「樹さん、幸せそうね」


「はい。やっと見つけたんです。自分の居場所を」


夕日が工房を照らす。


その日の夜、みんなで食卓を囲んだ。


「いただきます」


バルドの豪快な声。


「樹お兄ちゃん、今日のスープおいしい!」


ミラの笑顔。


「師匠、明日は新しい技術を教えてください」


レオンの真剣な顔。


「俺も、もっと上手くなりたい」


トーマスの穏やかな表情。


樹は空を見上げた。星が綺麗だ。


「おじいちゃん、見てる?」

心の中で語りかける。


「俺、ちゃんとやってるよ。一人じゃなくなった。新しい家族ができた」


「これからも、おじいちゃんの技術で、たくさんの人を笑顔にするから」


「だから、安心して見守っててね」


窓の外で、看板が月明かりに照らされて輝いていた。


『桐谷工房』


祖父の想いを継いで。

大切な仲間たちと共に。

樹の新しい人生が、今ここから始まる。


「さあ、明日も頑張ろう。みんな」


「おう!」


笑い声が、温かく工房を満たした。


異世界で見つけた居場所。

血縁を超えた家族の絆。


祖父の技術は、こうして生き続ける。


誰かを笑顔にするために。

心を込めて、丁寧に。


それが、桐谷工房の誇りだった。


【完】

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