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霧の中の攻防③

 霧の塊、レッドコアズの一行はゆっくりと歩みを進めている。

「敵の動ける範囲は限られている。

 焦らず着実に距離を詰めていけば問題ないね」

 M2は悠然と告げた。


 爆発音のような激しい音が響く。

 電信柱が民家にめり込み、

 建物を半壊させたのであった。

 時折こうやって、フラットが電信柱を媒介にして能力を用いて、

 辺りの建物を破壊しながら、

 彼らは埃を叩いて回るように進んでいる。


 4本目の電信柱を消費したところで幸運にも、

 先ほどの攻撃により土手っ腹に穴の空いた水岡のものと思われる流血の跡を発見する。

 これが先に続いており、道標となっている。

 フラットたちは周囲を破壊して回るのをやめ、

 これを目印に進むことにした。


 十字路を右に曲がり、20メートルほど進んで行くと、

 その血の跡が1軒の民家へと続いていた。

 残念ながら近くに電信柱はないため、

 他の方法で確かめる必要がある。


 フラットたちは開きっぱなしになっている門の前で一度立ち止まる。

 玄関のドアノブには破壊された跡があり、

 閉めることができず半開きになっている。

 どうやら当たりのようだった。


 そこへガンマは数発の光線を躊躇なく撃ち込む。

 さらに横にある庭の角に見える物置にも2発ほど撃ち込む。

 しかし、手ごたえはなかった。


 ゆっくりとドアを開いて家の中に入ると、

 ドアに掛けてあった風鈴がチリチリと音を立てた。


 床をきしませながらも、

 霧に身を包み血痕を辿っていく。

 それは洗面所に続いていた。


 洗面所で血痕は途切れる。

 どうやらもうここにはいないのかもしれない。

 舌打ちをしながら引き返そうかとしたとき、

 洗面所のそばにある浴室のドアが少しだけ開いていたのにM2は気付く。

 よく見るとうっすらと緑黄色の気体が噴出していた。


「塩素だッ、そこから離れろ!!!」

 後方にいたM2は血相を変えて叫んだ。



 数刻前、自宅で迎撃することを提案し、

 仕込みにとりかかっていた水岡は身を隠す場所を考えていた。

 庭の角にある物置ならちょうど入ることができる。

 時間はないのですぐに向かおうとするも、

 どうにも足がそこへ向かうのを躊躇った。

 しかし、ほかにどこに隠れようがあるのか。

 半ばやけになって玄関に入ると靴箱が目に入る。

 なぜだかここがしっくりくる気がした。

 中身をすべて能力で分解し、

 人が入れる空間を作り隠れることにしたのだった。


「本当にいいの?」

 振り返ると天花がいた。

 ほかの皆は配置に付いたようだった。


「ああ、かまわない。

 思いっきりやってくれ」

「そう」

 去っていく天花を背に水岡は靴箱の中へ入り込んだ。


(音だ。音をよく聞くんだ)


 敵の能力は視覚的に惑わせてくるが、

 どうやら音まではかき消せないようだった。

 故に敵が中へ入ってくるかどうかは、

 足音などを頼りに捕捉できるはずだ。


 靴箱の中は木の臭いがするほかは静寂である。

 心臓の鼓動だけが聞こえる。


(早く入ってこい……)

 そのまま数分が過ぎた。

 ほんの数分であったが、

 水岡にとっては緊張と恐怖に満ちた長い長い地獄のような時間であった。

 時折、荒療治で済ませた腹部がズキリと疼き、

 声が出そうになるのを必死にこらえる。


 水岡は自ら発生させた物体は自身には機能しないことに着目し、

 傷口を固めて止血するために用いた。

 幸い、狙い通りに血は止まり応急処置代わりにはなったようだった。


(もしここに来なかったらどうしよう)

 こちらの狙い通りに相手が血の跡を辿って来てくれる保証はない。

  ひょっとしたら、このままここで待ち続けることになるかもしれないという焦りもあった。


 目を閉じ身を屈めて待っていると、

 みぞおちにあるコアからわずかな刺激があった。


(近い……!)

 敵がここまで追ってきたのがわかり息を殺す。

 敵はもうこの敷地に足を踏み入れようとしている。

 しかし、直前でその足がピタリと止まった。


(どうした……?)

 ほんの少しだけ靴箱の戸を開けて、

 室内に敵が迫ってきている証拠である霧が入り込んでいないか、

 確認しようかとしたときだった。


 本能が体中に危険を知らせた。

 敵がコア能力を発動させるのを感じ取った。

 次の瞬間、頭の真上を敵の光線がかすめる。

 だが水岡には身を屈めていれば直撃はしない、

 敵はわざわざ下方向には攻撃しないだろうという確信があった。


 それでも、すぐ隣に死がこちらを覗いている状況に動悸は激しくなり、思わず吐き気がした。


(早く、入ってこい……!)

 そう念じていると、ドアノブが軋む音と風鈴の音が響いた。


(来たッ……!)

 水岡は目を見開き息を止める。

 そして、敵が靴箱の中を確かめないことをひたすら祈った。

 心臓の音は外に聞こえるかもしれないと思えるほど激しい。

 敵はそのまま玄関を上がったようで、

 床の軋む音が重なっているのが聞こえ、

 だんだん遠ざかっていく。


(まだだ……!)

 水岡は必死に外に逃げ出したい衝動を抑えている。

 音がしないよう針の穴を通すように、

 最大限に気を遣いながら息を吸い込み整える。


(あいつらが洗面所まで誘導されたら駆け出すんだ。

 でもそのときはコア能力で背中を守るべきなのか……?

 そもそもバラバラに行動して一人はすぐ傍にいたら……?)

 ある程度は想定していたはずだが、

 ここにきて不安により生じた自問自答が始まってしまう。

 それでも、なんとかそれを振りほどき、

 予定していた次の行動を反芻しようとする。


(そうだ……

 この緊張感は盗塁だ)


 1点を追う最終回。ワンアウト一塁。

 水岡は全神経を相手投手に向けながらリードしていた。

 今考えてみると最終回に盗塁などありえないが、

 それでもあのときは少しでも塁を進み得点することに必死になっていた。

 そのときの緊張感を思い出していた。


 こんな状況で思い出すのが部活のことだったので、

 思わず吹き出しそうになる。

 思った以上に野球が体に染みついているらしい。

 自虐したおかげで落ち着きを取り戻した。


 そして再び平常心で全神経を集中させ、そのタイミングを窺う。

 そこにはもはや緊張はない。


 そこへ、敵の叫び声が響く。


「塩素だッ、そこから離れろ!!!」

 それを聞いた瞬間、最高のタイミングと速さで体が動き出していた。

 洗面所の罠はあわよくばといったところで本命は別にあった。

 蹴破るように玄関のドアを開け大声で叫ぶ。


「天花!!今だ!!!!!」


 ガンマたちが攻撃をする間もなく、

 天花にとって可能な限りの最大出力で放たれた巨大な翼による手刀が、

 水岡の自宅を木端微塵に粉砕しながら家の中にいた3人に直撃した。


(俺の未練も、ぶっ壊してくれ!!!!)



 水岡はこの作戦を自ら提案した。

 華憐たちや、天花でさえも再三確認したが、

 ついには水岡は自宅ごとおびき寄せた敵を葬ることをよしとした。


 地面は揺らぎ、その衝撃は空気中を伝わり激しい崩壊音とともに周囲の家のガラスを割る。

 衝撃で水岡は前方に飛ばされる。

 砂煙が周囲には立ち上り、

 M2の発生させていた霧以上に視界が塞がれた。

 が、すぐに静寂を取り戻し、

 家があった場所からは微かなうめき声が聞こえた。


(これで、俺の帰る場所はなくなった。

 でもいいんだ。

 これでやっと迷いを断ち切れる)


 変わり果てた自宅をぼんやりと眺めながら水岡は立ち上がる。


 負傷した脇腹を押さえながら、

 敵の様子を確かめようと近付いたとき、

 1本の光線が砂煙を貫いてきた。


(さすがに、これをもう一度食らったら今度こそ死ぬなあ……)


 ゆっくりとした時間の中でそう諦観したが、

 彼を襲ったのは正面の光線ではなく、横からの衝撃だった。

 家の前から真横に5メートルほど吹き飛ばされる。

 反射的に受け身を取り、着地の衝撃に嘔吐しそうになるも、

 なんとかこらえ自分がいた場所に目を見やった。


 そこに立っていたのは犬養で、こちらを一瞥すると、

 目にも止まらぬ速さでがれきの中に突っ込んでいった。


 よろよろとしながらも再びそこに行ってみる。

 光線の主であるガンマのコアを的確に破壊し、

 残りの2人が戦闘不能であることを確認し終えていた犬養が座り込んでいた。


「油断しすぎだ、バカ」


 

 ***

 


 手痛い傷を負いながらも勝利を収め凱旋した水岡たちを迎えたのは、重苦しい雰囲気であった。


 数名のメンバーに少ない言葉で労われた後、

 いつも以上に険しい表情をした南禅寺からこう告げられた。


「スキルスティーラーを討伐しに行ったナスタチウム班は全滅したようだ」



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