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霧の中の攻防②

  静まり返った住宅街の辺り一面に薄い靄がかかっている。

 その中をひと際濃い霧の塊が、

 何かを引きずるような音を立てながら、

 ゆっくりと歩くような速度で移動している。


 十字路まで差し掛かったところで動きが止まる。

 ほんの数秒のことだったが、

 何かを引きずるような音も止まり、

 より一層静けさが増す。


 再びその霧の塊が動き出そうとしたときだった。

 その塊に向かって水岡の生成した黒い槍が放たれる。

 槍は何にも命中せずに路面に突き刺さったかと思うと、

 さらさらと砂のように消えていった。


 霧の主は動きを止めた。

 すると、道路の脇の塀が大きな音を立てて崩れてくる。

 慌ててそちらの方を見ると、

 翡翠色のいかにも重厚そうな翼が大きく広がっていた。

 天花である。


 霧の主が迎撃を指示するより早く、

 大男の姿が突如現れ、

 その場に槌を振り下ろす。

 ガキンと鈍い音が響くと、

 その衝撃で散らばった破片が加速し始め、

 やがては恐ろしいほどの勢いになり、

 天花の方へと向かって行った。


 しかし、重厚な翼によって防がれる。

 一度姿を眩まして別の角度から狙おうとしたときだった。

 目の前に黒い剣を持った水岡が現れた。

 突然の出来事だったので体は動かない。

 そのまま切られるも、体は再び霧の中に消えた。


「華憐さん、今だ!!」

 水岡の叫び声と同時に辺り一帯に強風が吹きつけた。

 反撃をしようとしていた大男は、

 思わず腕で顔を覆う。

 全身に強風を受けながらもかろうじて周囲を確認する。

 どうやら、こちらの位置はまだバレていない。

 そう安堵したときだった。


 先ほど塀を破壊してやってきた翡翠色の翼が、

 大地を揺るがすかのような衝撃で、

 道路を叩き壊しながら大男の方に進んできた。


 こちらの位置を把握しているわけではなさそうだった。

 それでも確実にこちらに向かってきていた。

 大男は慌てながら周囲を見回す。

 そして、付近にあった電信柱に近付き、

 そこへ槌を横から打ち込んだ。


 ゴンと小さな音がしただけで、

 電信柱はビクともしなかった。

 大男の両腕に黒い模様が現れる。

 槌を打ち込んだ部分からメキメキと音を立てながらヒビが入る。

 ゆらりと傾いたかと思うと、

 踏切の遮断機のように一気に倒れていった。


(これくらいはいけるかな)

 その先にいた天花は、

 敵の正確な位置もわかったので、

 そのまま突き進んで潰してやろうとする。

 ……が、ふと違和感を覚え思いとどまる。

(やっぱりなんかおかしい……)


 その倒れてくる電信柱に異様な勢いを感じた。

 本能的に後ろに飛び退く。


 大男の正体――通称フラットのコア能力は、

 能力者が力を加えた物体を介して、

 その力を異常なまでに増幅させるものである。


 風を切る音を立てながらギロチンのような勢いで倒れてきたそれは、

 ホットケーキに刺したナイフのように、

 いとも簡単に道路にめり込んだ。

 最終的には元あった位置から180度近く向きを変えていた。

 道路には地割れが起こったかのような直線状の穴ができていた。


 フラットのコア能力は初見で仕留めるのが理想だが、

 扱いの難しさからこれまでほとんど失敗している。

 だが、彼らには別の秘策があった。


 フラットが天花が退いた隙に、

 急いでそこを離れようとしたときだった。

 翡翠色に光る人間がとんでもない速さで向かってきた。


「ようやく見つけたぞ」


 犬養は渾身の力を込めてフラットに翡翠色に光る拳を見舞う。

 ゴン、と鈍い音が響いた。

 今度は確かな手ごたえがあった。

 フラットの持っていた槌は後方へ吹き飛ばされ、

 フラット自身は横の塀へ叩きつけられる。


(こいつら、俺たちがカーブミラーを双眼鏡で覗いて、

 位置を確認していたのに気づいてやがった……

 さっき確認したときに映っていたやつは囮だったのか……!)


 実際にフラットのいる位置は、見えている位置と違うことを銅野は看破していた。

 この霧は幻であることを疑い始めたのは、

 霧の中を通っても水滴ひとつ付かないことに気付いたときである。

 さらに、後方から反射していた何かの光の正体についても、

 こちらを観察するための双眼鏡の類だと気付いていた。

 そこで、敵が3人固まっていることを確認した銅野が、

 あえてカーブミラーに写るように先を走った。

 銅野以外はみな付近に潜んで襲撃する。

 そういう策であった。


(よしッ!今度こそ命中した。

 これなら……!)

 水岡は勝利への糸口を掴みつつあると感じていた。


 だが、更なる追撃をするべく接近した犬養は、

 追い詰められているはずのフラットの顔に、

 薄気味悪い笑みが浮かんでいるのを見た。


 この霧を発生させている主であるM2のコア能力は、

 本来は幻覚を見せるコア能力である。

 ただし、幻覚には霧が付き物だという本人のポリシーにより霧を主体として使用している。

 もっとも、M2曰く、霧を多用することで相手に霧のコア能力だと誤認させられるメリットがあるという。


 このコア能力はエネルギーの高い物体は幻影で覆うことができない。

 フラットの発生させた破片に幻術を用いてその位置を相手に誤認させれば、

 初撃で確実に仕留めることができるが、

 それができないのはそのためである。


 そして今、吹き飛ばされた勢いを利用して、

 フラットが何かを避けるように壁に体をくっつけるような姿勢をとった。


(この変な動きからして、幻じゃねえな。

 何か大きなものが来る)

 そう犬養が直観したとき、M2は一度コア能力を解除していた。

 それは隣に立っている男がこれからすることの前では意味をなさないからである。


 周囲の霧が晴れ、犬養の右側2,3メートルほどに現れたフラットと、

 20メートルほど後方のM2の姿に加えて、男の姿が現れる。

 水岡たちの方向を向いて、

 黒い模様が浮かび上がらせて両手を出していた。


 フラットがその分厚く鈍重な体を目一杯道路の端の壁に寄せた。

 それと同時に構えていた男の両手から赤黒い光線が、

 謎の高音を響かせながら発射される。


 光線が犬養の横を通り過ぎる頃、

 水岡は体を翡翠色に発光させながら能力を発動させていた。

 みぞおちの辺りから出てきた物体を盾のような形にして目の前に出現させる。


(この程度の攻撃なんてすぐに防げばいい)

 この後どう攻撃に移ろうか考えていると、

 腹部に激痛が走った。

 後ろから華憐の悲鳴が聞こえる。

 何か違和感を覚えて自分の腹部を見てみると、

 着ているシャツに大量の血が滲んでいた。


「どういうこと、だ……」

 そのまま力が抜けていき、前のめりに倒れ込む刹那、

 先ほど出現させていた盾を見た。

 穴どころか傷一つついていなかった。

 まるで手品のように盾をすり抜けたのだ。


「もうお前たちは防げない」

 光線のコア能力の主は満足そうに呟いた。


 人が手で物体を掴もうとしたとき、

 気の遠くなるような確率で、

 手を構成しているすべての分子がその物体をすり抜けることがある。

 これをトンネル効果という。


 その男、久野ことガンマのコア能力は何もない状態であれば、

 同系統のコア能力にしては控えめな威力の光線を発射するだけである。

 だが、対象を時間をかけて観察し続けて解析することで、

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を発射することができる。


 つまり、その対象以外の物体はすり抜けるので、

 絶対に防御することができない光線を放てるのである。

 今回は水岡たち5人にのみ命中するよう生成している。 

 水岡たちはもはや狩の対象となってしまった。


 水岡が倒れ込んだのと同時に、

 ゆっくりだった時間が再び加速する。

 続けざまに耳障りな高音を響かせながら数本の光線が飛んでくる。

 後方にいた銅野たちはとっさに横に飛び退き第二撃をかろうじて避ける。


 その間、犬養は舌打ちしながらも可能な限り最速で水岡の方へと向かった。

 幾多の光線の間を潜り抜け、

 ほんの数秒の間に水岡を担ぐと次の十字路の右へと飛んで行った。


 再びノイズのような高音が響く。

 犬養たちの後を追うように数本の光線が現れたが、

 2人には命中することはなく彼方へ飛んでいった。


 ガンマは今度は数本の光線を鳥かごのような形状にして、

 正面の銅野たちの方向へ発射する。

 先ほどのは肩慣らしかのように洗練された形状の光線だった。


 しかし、既にそこに銅野たちの姿はなかった。


「原理はわからないがあの攻撃は防げない。それだけは確かだ」

 銅野は標的が犬養たちに向いている間に華憐と天花を引き連れて、

 十字路の角を曲がりできるだけ奥へと走っていた。

 角を曲がった瞬間、塀から光線の数本が貫通してきたが、

 間一髪で免れていた。


 ちょうど次の十字路に差し掛かったところで、

 上空から犬養が水岡を抱えて目の前に着地した。

 着地の衝撃による痛みで意識を取り戻した水岡は吐血する。


「水岡くん!!」

 華憐は足を速めて銅野を追い抜き犬養に追いつく。


「だ、大丈夫です。

 意識ははっきりとしてます……

 コアも無事です……」


 水岡は気丈にふるまいながら答える。

 それは油断して負傷したことへの情けなさと、

 またもや足を引っ張ってしまっていることへの申し訳なさから来ている虚勢でもあった。

 そうでもして自分に言い聞かせないと、

 このまま力尽きてしまう気がしていた。


「とりあえずこいつはもうこれ以上は無理だ。

 安全なところへ連れて行くぞ」

 犬養はいつも通りの機嫌の悪そうな表情は変わらなかったが、

 その左腕からは血が流れてきていた。


「犬養くん!!」

「問題ねえ。

 それより足を止めるな。

 今は少しでも距離を取るぞ」

 再び走り始めようとしたときだった。


「ぐッ……!」

 今度は銅野がうめき声を上げた。

 振り返ると左肩を押さえていた。

 その服に赤い模様が浮かんでいる。


「銅野さん……!!」

「大丈夫だ。

 水岡くんほど重症ではない。

 それより先を急ごう」


 銅野は静かに走り出した。

 それに続いて犬養も水岡を背中に抱えたまま再び走り出す。

 華憐たちも無言でそれに続く。

 その瞬間に少し後方に数本の光線が壁を貫いて現れ、

 彼方へと飛んで行った。


(そういえば山でも助けてくれてたな……)

 犬養に抱えられて揺られながら、

 水岡は初めての戦闘のときのことを思い出していた。

 確かに途中で離脱はしたが、

 敵の攻撃からは守ってはくれていた。


(このままじゃまた足手まといだ……

 これじゃ前と変わらない)

 水岡は犬養におぶられて移動しながら焦りを感じている。

 いつも見慣れた道をこのような形で通ることになるなんて想像したことはなかった。


 そこで、腹に疼きを覚えつつも気丈に振る舞いながら言葉を発した。


「ボクに……考えがあります」


 

今回は2話続きます。

もし理由が気になるなら、詳細は進捗報告をご覧ください。

次回の投稿は2/20(金)の予定です。

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