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選定

 ――某年某日某所にて


 


「うーん、そろそろ補充するかあ」


 やや痩せこけた暗い印象で30代くらいの男が呟いた。

 薄暗い部屋でパソコンのモニターの明かりだけが室内をわずかに照らしている。


「昨日の戦闘での損害を含めたこちらの残りは?」


 傍にいた別の男が尋ねる。

 その男は背が高くやや巻き毛の長髪で、鋭い目つきをしている。


「昨日は2人死んだから残りは36人中26人だァ。やるなら早いほうがいいぞォ」


 男の問いに答えたのは人間ではなかった。

 全長は60センチメートルほどの薄紫の肌をし、

 細長いしっぽをしたまるで絵本に出てくる悪魔のような見た目の生き物だった。


「そうか。じゃあ1人補充してくれ」

「了解した。いつも通りチョイスは俺に任せてくれるなァ?」

「好きにしろ」


 長髪の男が答える。

 悪魔のような生き物はニタニタと笑うと、姿を消した。


「次は強いのが出てくるといいなあ」

 痩せこけた男は椅子にもたれかかりながら呟いた。


 

 *  *  *

 


 その日は気持ちのいい5月の陽気の朝であった。

 赤葉高校前の通学路は登校してくる生徒で溢れている。

 その中を一人眠そうに大きなあくびをしながら歩く生徒がいた。


「よう、水岡。やけに眠そうだな?」

「徹夜でネトゲのせい」


 水岡政人は眠たそうに眼をこすりながら答えた。

 クラスメイトに話しかけられるもひどく眠いため、

 簡潔にかつ短く回答し、のそのそと教室を目指そうとする。


「もしかして、また油井と遊んでたのか?

 いい加減あんな奴とつるむのはやめとけよ」


 不登校気味の油井とは、幼稚園からの仲である。

 複雑な家庭環境で育った油井は、

 あまり学校には馴染めず疎まれていたが、

 水岡だけは変わらずに接していた。

 他の学友たちにとっては、

 水岡がなぜ油井との関わりを保ち続けているのかが理解できなかった。


 水岡はいつものように事を荒立てない程度に反論しつつも話題を流す。

 そうしていると、後ろから自転車に乗った男子生徒が追いつき水岡たちの隣で止まった。


「堀井!教室に着いたら昨日の古典の宿題写させてくれ!!

 学校にプリントを置いてきちまったからやってねーんだよ!!」

「いいけどその代わりジュース奢れよ」

「わかってるって!水岡は……、眠そうだな」


 水岡はあくびで返事をする。


「また徹夜で油井とゲームだってよ。

 睡眠時間は授業で確保するらしいぜ」

「まったく、学校をなんだと思っているんだ」

「宿題忘れた谷口には言われたくないな」

「おっしゃる通りで」


 いつものような高校生らしい平和な日常であった。

 これから過酷な運命が待ち受けているとは誰も思いもしなかったであろう。


 そうこうしているうちに教室に着いたが、

 授業が始まるまで時間がある。

 各々の席に荷物を置くと、

 堀井からプリントを渡してもらった谷口以外は雑談をすべく、

 他の男子たちの集まっている席に向かう。


「うぃーっす」

 堀井はあいさつをしてその輪に入っていく。

 水岡もあくびをしながらも集まる。


「そういや聞いたか?

 いま流行りの例の集団失踪事件、ついに南良高校でも起こったらしいぞ」

「けっこう近いな……

 やっぱりすごくでけえ組織のテロリストが潜んでんのかな」


 ここ最近はあるとき突然集団失踪が起こるという奇妙な事件が続いていた。

 失踪した者の行方もその原因もわからず、

 テロ集団による拉致事件の方向性で警察は必死の捜査をしているが、

 一向に手がかりは掴めていない。


 また、失踪はしないものの、

 あるとき突然複数の人間の記憶が失われ、

 気が付くと別の場所をさ迷っていたという現象も起こっている。


 件の集団失踪事件との関連性は不明だが、

 巷では様々な憶測が飛び交い、

 半ばオカルトのような一説も信じられつつあった。


「怖い怖い。でも、そのおかげで休校になったりしねえかなー」

「あーそれいいね」


 水岡は少し元気になりながら答える。


「お前、今日はやけに眠そうだな」

「油井と徹夜でネトゲだってよ。

 それで野球部もやってんだからすげえよ」

「しかも野球のときは性格変わるもんなお前。

 まったく、油井とつるんでんのはお前くらいだよ本当に」

「まあ油井とは趣味が合うしな」


 水岡は再び目をこすりながら答えた。

 すると、チャイムが鳴り、教師が教室に入ってきた。

 席を立っていた生徒はみないそいそと自分の席に着く。


「ホームルームを始めるぞー」


 水岡も席に着き、窓の外を眺めながらあくびをした。

 雲一つない青空であったが、気分はまったく晴れやかにならない。


(限界だ。寝よう)


 教師の話を右から左へと流し、

 教科書による壁と前席の生徒を利用し机に突っ伏す。

 いつもと同じような一日が始まりを告げた。


  同じようにビルの屋上から空を見上げている2人組がいた。


「終わったらすぐに回収に行くわよ」


 ビル風を受け、長い黒髪がさらさらとたなびく中、

 白く透き通るような肌をして、

 胸元の大きく空いた黒いドレスを着た淫靡な雰囲気の女性が告げた。

 その女性は腰のあたりになぜか華やかな柄のうちわを付けている。


「素直に言うこと聞きますかね」


 もう1人の丸めの体型をし、

 丸いサングラスをかけた怪しげな小男が尋ねた。


「大丈夫よ、いざというときは私に任せなさい」


 女性は妖艶な笑みを浮かべた。

 そこへフッと悪魔が現れる。


「そろそろ始まるぜ。よく見とけよォ!」


 一限目の授業は現代文であった。

 水岡は机に突っ伏して深く眠っている。

 文章を読み上げるクラスメイトの声はいい子守唄となっている。


 そこへ突如、まばゆい光が辺りを照らした。

 寝ている水岡はまったく気づかない。


 その後、窓の方から爆音が轟いた。

 クラス中の人間が窓の外を見た。

 水岡も目が覚める。


(変なヤンキーでも攻め込んできたかな。

 それともついに核弾頭でも撃ち込まれたかな)


 水岡も呑気に体を起こし、

 窓の外の様子を窺おうかとするが止めた。


(まあ、どうでもいっか)


 再び眠りに付こうとした。

 水岡以外の校内の人間は全員外を見ている。

 数秒後、クラス中に水気のある破裂音が響いた。


 突っ伏している水岡の頬に奇妙な感触がする。

 顔を起こしてみると、水岡以外の教室の人間の頭がすべて吹き飛んでいた。

 水岡は頬についたものを手で取る。

 それはしわがあり、長細く濃い肌色をしていた。

 途端に胃液が駆け上ってくる。

 あまりの惨状に耐えきれず嘔吐した。


「なんだこれ……」


 嘔吐したせいか、この惨状のせいかわからないが、涙を浮かべていた。

 何が起こったのかも、どうしたらいいのかもわからず、ただ立ち尽くしている。


「おめでとう。あなたは選ばれたわ」


 教室の扉を開け、二人組の男女が入ってきた。

 女の方は微笑を浮かべながら近づいてくる。

 水岡は動くことができなかった。


「あなた、随分とかわいい顔をしているわね」


 女は水岡の頬をそっと撫で口づけをした。


「これはご褒美よ」


 水岡は訳がわからず、ただ反射的に頬を制服の袖で拭う。


「俺たちに着いてきてもらおうか」


 もう一人の太った男が告げた。


「い、いったいこれはどういうことなんですか?

 これはあなたたちがやったんですか!?」


 ただただ混乱していた。

 慌てている水岡を女はじっと見つめる。

 その瞬間、水岡はその瞳の魔力に引き込まれるように心を奪われ、

 落ち着きを取り戻した。


「それは後で話すわ。今は時間がないの。私の言うことを聞いて」


 思わず無言で頷く。

 それを確認すると、男が両手を広げた。


「飛ぶぞ。俺の腕に掴まれ」

「え?」

「言った通りよ。これから飛んで移動するのよ」


 そう言うと女は男の右腕に掴まった。


「もう片方が空いてるぞ」


 訳が分からなかったが、

 水岡は見よう見まねで男の左腕に掴まった。

 男は教室の窓の外を向く。


「しっかり掴まっとかないと落ちるからな」


 水岡はゴクリと唾を飲み込む。

 男は片足を半歩後ろに出した。

 まるでこれから短距離走をするような体勢になった。


「道を作ってくれ」

「やるわよ」


 そう言うと女は手を払った。

 次の瞬間、女の体が鮮やかな翡翠色に光った後、

 暴風が巻き起こり教室の窓が薙ぐように破壊された。

 ガラスや窓の枠は外の校庭に向かって落ちていった。


「いくぞ」


 教室を出る直前、水岡が振り返ると、

 先ほどまで辺り一面に散らばっていたはずの肉片や血が消えていた。


 男は半歩下げた足で地面を蹴った。

 すると、男の体が緑色に光った後、

 ちょうど斜め45度くらいの角度で水岡たちの体が空に向かって飛び始めた。

 速さはちょうど電車くらいだろうか。


 水岡は驚きと空に飛んでいる恐怖とで死に物狂いで男の腕を掴んでいた。


「一応、飛んでいる間は重さが減ってるはずだから、

 掴まっているのもそこまでしんどくないだろ?

 地味な能力だけどな」


 しかし、返事をすることができず、

 全身に風を受けながら落ちないようにただただ必死にしがみついているのであった。


 

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