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悪役と言われた令嬢の生き方。

作者: 不知火螢


「イザベラ、話があるんだ」


 背後から声を掛けられ、足を止めて振り返る。その先にいた一組の男女の姿に、不快に感じつつも、それを表情に出さないようにぐっ、と自制する。

 わたくしの婚約者であり、我が国の第一王子であるカイル殿下。そして、最近よく名前を聞く機会の多い女生徒、エメ・イディオータ伯爵令嬢。おかしなことに、二人は仲睦まじく手を繋いでいた。


 イディオータ伯爵令嬢は、使用人の女性に生ませたという私生児で、平民として育っていたところを父親に引き取られたという。赤みの強い髪と緑の瞳を持つ彼女は、愛らしい容姿と天真爛漫で明るいその性格の持ち主だ。貴族ばかりの学園では何かと話題になり、最近ではエメ・イディオータの名前は聞かない日がない程である。

 そんな二人が近頃、仲睦まじく話をしていたり、外出しているところを何度も目撃したという話が学園中に広まっていた。


 カイル殿下とイディオータ伯爵令嬢は一度視線を交わし、その後強く頷き合ってからわたくしと向き合った。なお、二人は周囲の生徒が自分たちをどういう目で見ているのかなど、全く意に介していないようだ。

 小さく息をつき、繋がれた手は見なかったことにする。


「……今ですか? それでしたら場所を」

「あぁ、実は、君との婚約を破棄させてほしい」


 二人の姿を認めた瞬間から、非常な嫌な予感しかなかった。その為、場所の移動を提案するが、わたくしの言葉を最後まで待たずして、殿下は口を開いてしまった。

 ここは、国中の貴族子息子女が集まる、学園の廊下。周囲にはわたくし達以外の生徒も大勢おり、殿下の言葉に周りはざわつき出す。

 殿下の言葉は、このような場所で繰り広げる話題とは、あまりにもかけ離れた内容だった。


「……カイル様、本気ですか?」

「あぁ。君のことは好きだ。でも、それは恋愛感情じゃないって、彼女と出会って分かったんだ。君を王妃に、彼女を側室にとも考えたがそれじゃダメなんだ。僕は、エメに隣に居てほしいって、これが真実の愛だって、気づいたんだ……!」

「……さようでございますか。では、わたくしもそれ相応の行動をとらせて頂きます」

「すまない、ありがとう。そしてこれからもどうか、不甲斐ない僕を、近くで支えてほしい」

「……では、わたくしはこれにて失礼いたします」


 殿下の言葉に明確な返答をせず、会話を終わらせる。

 わたくしたちの言葉に周囲は更にざわつき、殿下の隣に佇んでいたイディオータ伯爵令嬢は、勝ち誇ったように笑みを浮かべた。

 わたくしの言葉を、婚約破棄に対する是と捉えた二人に対し、周囲は信じられないように凝視している。しかし、自分たちの世界に浸っている二人は、周囲の視線の意味など意に介さず、手を取り合って喜び合っている。


 わたくしと殿下は婚約関係であったが、元々は従兄妹という関係である。婚約がなくなっても、「イザベラは従妹として王子である自分を支えてくれる」と思い込んでいるのだろうと、誰にでも容易に想像できた。

 

 ――先ほど、ご自身で「破棄」とおっしゃられていたことに、気づいていないのでしょうか。


「ありがとうございます、イザベラ様! ――破滅に追い込んでやりたかったけど、これで我慢してあげるわ。悪役は悪役らしく、とっとと表舞台から去りなさいよ」


 イディオータ伯爵令嬢が駆け寄ってわたくしの手を握り、感謝を告げる。そして後半はわたくしにだけ聞こえるように囁いた。

 イディオータ伯爵令嬢は、醜悪としか言いようのない笑みを浮かべており、それをわたくし以外には見られていないと思っているようだ。あまりにもその姿が滑稽すぎて、口元が緩みそうになるのを堪え、何も言うことなく踵を返して騒動から離れるために歩き出す。


「……えぇ、それ相応の行動をさせて頂きますよ、わたくしの顔に泥を塗りたくって下さったお礼を、しなくてはね」



「お父様、お母様。お話したいことがありますの。お時間いただけますか?」


 その日の夜、わたくしが両親であるクロフォード公爵夫妻に、学園での一幕をありのまま話すと、当然ながら二人は激怒した。我が家の跡継ぎであるお兄様は、お父様の代理として領地にいるけれど、きっとお兄様もお二人のように怒ってくれただろう。

 何せ娘には一切の非がない上、本来ならば誰もいない場所で告げるべきことを大勢の前で告げたせいで娘が恥辱を受けることとなったのである。

 そもそも、わたくしと殿下の婚約は、個人の感情でどうこうなるものではない。一国の王子とその国の公爵令嬢の婚約は政略的な意味合いが濃く、そこに恋愛感情が芽生えることがあっても最初から色恋が理由で結ばれるようなものではない。


「婚約破棄、とはっきり申されましたから。破棄させてほしい、と。殿下はおそらく気づいていませんが、自分が破棄『される側』であるとご理解されていないようでした」

「……王の器ではないと思っていたが、やはり第一王子はだめだな。自分がどういう立場にあるのかまるで分かっていないとは」


 お父様の口から、上位貴族にあるまじき盛大なため息が漏れだした。

 現在、わが国には王妃殿下を母に持つカイル第一王子殿下のほかに、側室を母に持つアシル第二王子殿下がいる。

 王妃殿下、御側室様、どちらかに国王陛下の寵愛が偏っているということもない。そのため、クロフォード公爵家の娘であるわたくしと婚約しているカイル殿下が、王太子になられるのは秒読みだろう、と目されていたのだが。


「あなた、わたくし、明日にでも登城して、兄上に今後どうされるおつもりなのか、念のため確かめて参りますわ」

「そうだな。まずは、陛下の意向を確認しなければ。……まぁ、陛下のことだから、結果は目に見えている気もするが」


 クロフォード公爵夫人であるお母様と国王陛下は、異母兄妹である。女性には王位継承権がなかったためか、非常にきょうだい仲がよく、陛下は異母妹であるお母様を溺愛していると有名だ。

 公の場では威厳を保たれているが、私的な場ではわたくしのことも、息子の婚約者ではなく、お母様の娘、姪として可愛がってくださっている。


 そして、わたくしもお母様も、陛下がどうするおつもりなのかは、それとなく予想がついている。


「明日にでも、陛下の使いが来てもおかしくないな」

「えぇ、王妃の実家に口先で丸め込まれて、イザベラをカイルの婚約者にしてしまいましたけれど、兄上はカイルではなくアシルの方に王位を継がせたいと思っているようですもの。人格、能力共にアシルの方が王に向いているのは、誰の目にも明らかですわ」


 わたくしとカイル殿下の婚約が整う前、わたくしはアシル殿下との方が親しかった。それでもわたくしがカイル殿下の婚約者になったのは、単に母が王妃で先に生まれた兄を王にした方が、いいだろう、と判断されたからである。

 それが、十年ほど前のこと。そして十年の時が流れ、幼い頃には見えなかった本人の資質が見えてきた。その結果が、あの婚約破棄騒動、ということである。

 上位貴族の間では、第一王子派と第二王子派に分かれている。我が家は一応、第一王子派ということにはなっているが、アシル殿下を支持したい、というのが本音だ。


「何はともあれ、婚約破棄を言い出したのは殿下であり、そのきっかけを作ったのはイディオータ伯爵の娘だというのであれば、彼らにすべての責任を取らせよう。王家から持ち出した婚約に対し、一切の落ち度がないにも関わらず一方的に婚約破棄を言い出したのだ。ならば、遠慮なく婚約を破棄させていただこう。まさか、クロフォード家を侮辱しておいて平穏な未来が訪れるとは思ってはいまい」

「お父様、残念ながらカイル様はとても残念な方ということをお忘れですよ。殿下にとっては、大勢の生徒の前で婚約者以外の女と手をつないで、婚約者に婚約破棄を提案するは、侮辱ではないようですよ。何せ、今後も支えてほしいと仰っておりましたもの」


 もっとも、婚約者ではないカイル殿下を支える義理などないが。ご即位されれば話は別であるが、おそらく、そんな未来は訪れないだろう。

 

「伯爵の嫡子であっても王妃になるには少し難しいというのに、伯爵の庶子、それも平民を母に持つ娘を王妃にするつもりらしいですわ。公爵家の後ろ盾を自ら捨てて、どうして自分が王に成れるなど思えるのでしょうか」


 わたくしの言葉に、お父様は大きく頷いた。


「女に惑わされ、現実を見ることのできないような男を、王に戴くつもりなど毛頭ない」


 とはいえ、従妹としての情がないわけではないので、あまり酷いことにならないよう、フォローだけはしたいと思う。

 そして翌日、アシル殿下からの連絡を受け、彼の訪問を快く受けたクロフォード家の怒りの矛先が、王家へと向けられることはなくなった。



「久しぶり、ベル」

「ご無沙汰しております、アシル殿下」


 国王陛下の使いとして、第二王子殿下アシル様が我が家を訪問され、両親と殿下の間でしばらく話し合いがなされた。

 わたくしはその場に同席することを許されなかったため、話し合いの主題とその結論は知らない。しかし、どう考えてもわたくしとカイル殿下の婚約、そして今後に関することであろう。


 殿下は両親との話し合いの後、わたくしを庭園へと散歩に誘い、そのまま二人で並んで歩く。邸内では話をしにくいという話題なのだろう。

 こうして、二人きりで歩くのはとても久しぶりで、少しだけ緊張する。

 これまでは、カイル殿下の婚約者という立場だったので、従兄弟と言えど、アシル殿下と二人で並んで歩く、など決して許されることではなかった。しかし、もしかしたらこれから、許されるかもしれない。そう考えると、胸が少し、高鳴った。


「ベルと兄上の婚約は兄上有責の破棄。ベルの婚約者は僕になり、それに伴い、近く立太子することになった。兄上には情けで男爵位を授けて臣籍降下、ということになったよ。一応、公爵夫妻も納得してくれた」

「さようでございますか」


 それが妥当な落としどころ、というところだろう。

 カイル殿下では王の資質なし、と陛下が見限ったことで、アシル殿下を正式に後継者と認めることになったようだ。

 予想していたことではあるが、何とも言えない感情が胸に湧き上がる。


「卒業したらすぐに結婚することになるから、婚約期間はほとんどない。こんなことになってしまって申し訳ないけれど、これからよろしく」

「はい。こちらこそ、不束者ではございますが、よろしくお願いいたします」


 卒業まではあと半年ほど。幼少期以来、交流を全くしてこなかったので、この半年の間にある程度親交を深める必要はあるだろう。

 隣に並んでいた殿下が、わたくしと向き合うように立ち、そっ、とわたくしの手を取った。


「……こんな形になってしまったけれど、僕は、ベルと婚約できたのは嬉しい。でも、ベルはこれでよかったの?」

「……わたくしは、カイル殿下との婚約が決まってから、いずれは王妃になるものとして生きてきました。クロフォード公爵家の娘イザベラとしてではなく、次期王妃として生きてきたのです」

「うん。ベルが努力をしていたのは、よく知ってる」

「ですがそれは、カイル殿下を愛していたわけではありません。いえ、もちろん、幼馴染としての親愛の情はありますが。それは、カイル殿下もそうでしょう」


 十年、傍にいた。しかし、恋愛感情は生まれなかった。カイル殿下も同じで、エメ・イディオータ伯爵令嬢に何かを見出したのだろう。わたくしには理解できない「何か」ではあるが。

 そして、わたくしの心には幼少の頃からカイル殿下ではなく、目の前のアシル殿下がいた。それでも、カイル殿下と結婚し、王妃として支えていくつもりだったのだが。


 結婚し、子を産み、次代を育て、民を慈しみ、貴族の模範となり、国の顔となる。

 

 ――わたくしの人生を、全て捧げる覚悟もしていた。


 しかし、それを裏切ったのは、カイル殿下である。わたくしの献身を、当然のものと勘違いしたのもまた、カイル殿下なのだ。


「まぁ、今となっては詮無きこと。今後はアシル殿下に誠心誠意、身も心も捧げてお仕えする所存です。アシル殿下は……わたくしに、愛を与えてくださいますか? 全てを捧げるわたくしを、報いてくださいますか?」

「全身全霊でベルのことを愛して、ベルの覚悟を受け止め、国ごと守り抜くことを約束する。これまで、立場上言えなかった言葉も、余すことなく伝えていく。好きだよ、ベル。子供のころから、ずっと君だけが好きだった」

「わたくしもです、アシル様……」


 目が熱くなる。嬉しくて、涙がこぼれそうになる。

 しかし、淑女として教育されたわたくしは、外では感情を表に出してはならないと教えられているため、表情を崩すこともできない。

 そんなわたくしの事情などお見通し、といわんばかりに、アシル様のその逞しい腕に抱きしめられた。


「結婚式が今から楽しみだな。ところで……このあと、ベルは何をするつもり?」

「あら、何のお話ですか?」


 アシル様がわたくしの耳元でささやく。顔をあげてにこりと笑えば、アシル様は少し困ったように眉尻を下げて笑った。


「まぁ、いっか。僕は兄上には感謝もしているんだから、手心を加えてあげてね」

「ふふ、何のことかわかりませんが、善処いたしますわ」


 アシル殿下のお願いには、できれば叶えて差し上げたいけれど。


 さて、どうしましょうか。



 わたくしとアシル殿下の婚約が結ばれ、カイル殿下が男爵位を授与されることが、正式に公表された。カイル殿下は学園を卒業次第、王籍を抜けて男爵となる。与えられる領地は王都からほど近い場所にある、領地は小さくとも豊かな土地らしい。思いのほか、陛下は陛下なりに、息子をきちんと愛していたようだ。

 翌日、カイル殿下が来ている、と連絡を受けて応接間へと向かうと、そこには聞き慣れた人物が怒鳴り散らす声が聞こえてきた。


「そのように声を荒らげるものではありませんよ、カイル様」

「イザベラ! これはどういうことだ!!」

「どうもこうも、そのようにがなり立てなくても聞こえている、と申し上げているのです」

「ふざけるな! 一体、何をしたんだイザベラ!」


 わたくしが応接間に入った瞬間、こちらを睨みつけた。

 そんな予感はしていたのだが、いよいよ、これは本当に何も分かっていないなと理解する。  

 早々に見限ってよかったと思う一方、どうしてこうなってしまったのだろうか、と残念にも思う。


「わたくしは何もしておりませんわ。ただ、父に『学園で大勢の生徒の前でカイル様に婚約破棄したいと言われた』とだけ報告しただけです」

「そんなわけないだろう!? なんで婚約破棄の話だけで僕が男爵などに落とされ、エメが伯爵に存在を消されるんだ!?」


 存在を消された、ということは除籍の手続きも済んだということだろう。つまりそれだけ、陛下はお怒りだった、ということだ。


「それが理解できるのでしたら、きっとカイル様は今も、わたくしの婚約者であり、近いうちに王太子として盤石な地位におられたでしょうね。わたくし、無駄な説明は嫌いですが、最後の情けです。カイル様にも理解できるように、説明して差し上げますわね。父にクロフォード公爵、母に王妹を持つわたくしと婚約していたからこそ、カイル様はその御身に価値があったのです」

 

 第一王子カイルと第二王子アシルの評価。

 第一王子派と第二王子派の、水面下での派閥争い。

 イザベラ・クロフォードの真の価値。

 国王と王族の違い。


 これらを正確に理解できていなかったから、わたくしとの婚約を破棄され、カイル殿下は王太子レースから落選し、かの女子生徒は存在をなかったことにされたのだ。


「陛下――あえて伯父様と申しましょうか。伯父様にとっての最重要項目を、殿下はご存じですか?」

「父上の? ……いや」

「わたくしを――溺愛する異母妹の娘であるわたくしを、自身の息子と縁組させることです」


 正直、大多数の人間には理解されないだろうが、カイル殿下には理解できるだろう。それだけ、陛下の母上へ執着ぶりは異常なのだ。

 お母様が、お父様と結婚する際に一悶着が起きたそうなので、貴族の間では周知の事実ではあるのだが、その度合までは理解されていない。幸いなことに、その執着は歪んだ愛情ではなく、度の過ぎる過保護という方向性なのでお母様自身もさほど気にも留めてはいないが、その過保護の範囲がなんと、娘のわたくしにまで適応されているのである。

 その結果、わたくしを嫁に出すのはいやだ、となり。自身の息子、わたくしにとっては従兄弟となる王子二人のどちらかと結婚させることを決めたのだ。


 そして、わたくしを王妃にする――正確には、お母様を次期国王の祖母にすることが、陛下にとっては非常に大切なことなのだ。


 その事実を思い出したのか、カイル殿下の顔色が悪くなる。

 陛下とて、自分の血を引く息子を愛していないわけではない。ただ、それ以上に、異母妹の血を引く姪の方が重要なのだ。


「ご理解いただけましたか? わたくしが何かをするまでもなく、殿下が婚約破棄の話題を、それも不特定多数の人々の前で不用意にされた時点で、殿下の未来は決まってしまったのですよ」

「そ、んな……」

「事実ですわ。殿下、どうか現実から目を背けないでくださいませ。それに、重要でありながら、殿下が理解できていないことがまだありますわ」

「な、なんだ?」

「殿下は確かに王族ではありますが、王ではありません。殿下とわたくしの婚約は、王命でございました。それを、陛下に許しを得ることなく破棄しようなど……時代が時代ならば、反逆と見做されても致しかたないほどの愚行なのですよ」


 王の命令は絶対だ。王が白と言えば、黒も白となる。それが、王の持つ力。

 わたくしの言葉に、ようやくその事実に思い至ったのか、殿下の顔はもはや、青白い、を通り越して真っ白になっている。


 伯父様は、基本的にはお母様が絡みさえしなければ、良き君主と言えるだろう。王妃殿下と御側室様、それぞれの実家に権力を持たせぬよう、どちらに平等に接し、その息子たちであるカイル殿下とアシル殿下に対しても、あからさまな肩入れをすることはなかった。

 その程度には、政治バランスを取るのがうまい方だったが……今回、ついにカイル殿下を見限られた。


「殿下、どうか、従妹からの、幼馴染からの最後の忠言として耳を傾けてくださいませ。どうか、エメ嬢のことは切り捨てなさいませ。彼女は今、陛下の王命に逆らった罪人も同然にございます。殿下は陛下のご子息であられますので、情けをかけられた状態です。そんな状態で、エメ嬢を庇いだてでもされた暁には、完全に陛下から見限られますよ」

「なぜ、エメが罪人同然など……」

「わたくしと殿下の婚約は王命です。その婚約を破談にした、殿下がその意を固めた直接的な原因は、彼女です。言い換えれば、彼女さえいなければ、わたくしたちの婚約は今も続いていたことでしょう。つまり、エメ嬢にそんなつもりはなくとも、王命に逆らったも同然なのですよ」


 ここまで説明して、ようやくカイル殿下は現実を受け入れたようだった。

 すっかり肩を落とし、ここに来られた時とは違う人のように意気消沈している。


「はは。そんな簡単なことも分からないから、僕は父上に見限られたのか。王子である僕に、公爵ではなく、男爵など……」

「……殿下に与えられる土地は男爵領となるため、さほど広くはありません。しかし、非常に肥沃な土地で、裕福な生活が保障されています。領地が広くなれば、それだけ管理は煩雑となり、責任も増えましょう。かの地を選ばれたのは、陛下の、殿下への最後の温情。良き伴侶を、お選びください。わたくしに言えるのは、それだけですわ」

「あぁ、そうだな……イザベラの紹介なら、不安はない。もし、いい人がいたら紹介してくれるか?」

「……えぇ、殿下の、お望みとあらば」


 にこりと微笑めば、殿下も緩やかに、笑みを浮かべた。


 ――あれだけ醜悪な笑みを浮かべていたあの女の最期は、愉快なものになりそうね。


 わたくしが手を下すまでもなく、わたくしの顔に泥を塗りつけた女は、その愚かさにふさわしい末路となりそうだ。

 


 学園を卒業後、少ししてからカイル殿下はリウォード子爵令嬢と結婚された。わたくしが目をかけていた令嬢の一人で、いずれ王妃の側近に、と考えていた優秀な令嬢だ。

 彼女は非常に優秀であるのだが、容姿はとびぬけて美しい、というわけではない。そのせいで、婚約者であった伯爵子息から一方的な婚約解消をされたのだ。

 言葉は悪いが、あまりにもお買い得すぎて、カイル殿下に紹介したのがきっかけだった。


『いいですか、殿下。そもそも、エメ嬢は確かに愛らしい容姿をしていましたが、言ってしまえばそれだけの女子生徒でした。成績は下から数えた方が早く、貴族の淑女として最低限身に着けていなければならない教養もありませんでした』

『う、うん……その愛らしさを好ましく思っていたけれど、今となっては、どうあっても、彼女を王族の妃どころか、貴族の夫人に迎えるのは無理だと、よくわかる……』

『そのことに気づけて頂けたのでしたら、今は十分です。あとは、男爵となられる殿下を支えられる夫人にふさわしい令嬢と婚約を結ぶだけですが……実は、一人、ご紹介したい令嬢がいるのです』

『前にも言ったけれど、イザベラの紹介なら、不安はないよ』


 もちろん、リウォード子爵令嬢には、事前に話を通したうえで、殿下に紹介した。

 一方的に婚約破棄を言い出した王子とと、一方的に婚約を解消された令嬢。この事実だけを並べると、分かり合えることはなさそうではあるが、思いのほか、二人の相性は良かったようだ。二人とも、もう後がない、と思い込んでいたせいかもしれない。

 わたくしが思っていた以上に早く、二人は婚約し、仲睦まじく、穏やかに愛を育まれた。


 卒業と同時に殿下は王籍を離れてご自身の領地へと向かわれたが、リウォード子爵令嬢は、殿下について行った。結婚式は領地でささやかなものにするらしい。

 わたくしとアシル様も招待されているので、王太子夫妻、ひいては王家は二人の結婚を祝福しているのだと表明するために、参加する予定である。


 わたくしとアシル様の結婚式は、当然、王家の権威を知らしめるために豪勢なものとなった。国民たちにも顔見せをするためにパレードも実施された。

 

「兄上も幸せになってくれてよかった。ベル、本当にいい人を紹介してくれてありがとう」

「いえ、わたくしも従兄として、幼馴染として、カイルが不幸になるのは望んでいませんでしたから。それに、リウォード子爵令嬢を紹介したのは、彼女が優秀だから、というだけ以外にも理由がありましたし」

「そうなの?」

「はい」


 わたくしは珍しく、にこりと満面の笑みを浮かべた。

 王籍を離れたことに加え、わたくしがアシル様と結婚したことにより義兄妹となり、家族として付き合うことになった。その為、名前を呼び捨てにしてほしいと言われて、「カイル」と呼ぶことになった。

 カイルにも、私的な場ではまた、義兄として「イザベラ」と呼んでほしい、とお願いしている。


 わたくしにとって、カイルは嫌いではなかったし、結婚は王家とクロフォード家を強く結びつけるためだけのものだった。それゆえ、アシル様への想いはただ静かに胸に秘めておくだけのつもりだった。

 しかし、そんな彼女の考えを変えたのは、エメ嬢の軽率な一言だった。


「わたくし、悪役なんだそうですの」

「なんだい? それは」

「エメ嬢に言われたのです。わたくしは悪役で、エメ嬢に意地悪をしてカイルに捨てられ、両親もろとも破滅させられるのだ、と」

「……それはまた、随分と面白い話だね」


 初対面でいきなりエメ嬢はわたくしを呼び止め、「あんたになんてカイルも王妃の立場も渡さないんだから!」と宣言したのだ。彼女が何を言いたいのかは分からなかったが、わたくしにとっての敵であるということだけは理解できた。

 敵であるというのであれば、芽が出ないうちに徹底的に潰す。それが、公爵令嬢として、そして次期王太子妃としてわたくしが教育されたことだった。


 そして、心に決めたのだ。悪役だというなら悪役らしく、徹底的に黒幕に徹しましょう、と。決して自らの手を汚さず、そして自らの信条である偽りは口にしないということを守りつつ。


 エメ嬢は父親に除籍され、二度と貴族を名乗ることはできない。わたくしから奪ったと思い込んでいたカイルには切り捨てられ、そして、彼は自分とは真逆の女性を生涯の伴侶として選んだ。

 エメ嬢は、自身の容姿に絶対の自信を持っていたが、逆に言えばそれしかなかった。

 対するカイルが伴侶に選んだのは、容姿は地味と評価されがちだが、それ以外は完璧な淑女であるリウォード子爵令嬢。そもそも、彼女は地味なのではなく、自身を着飾る方法を知らなかっただけである。

 今ではすっかり垢抜けて、すでに麗しき未来の男爵夫人としての貫禄を見せている。


 エメ嬢がカイルの結婚式に呼ばれることは決してないが、生きていれば噂に聞くことはあるだろう。


 わたくしは自らの矜持を保つため、決して悪事と言われるようなことはしていない。ただ、両親にありのままに話をし、カイルに現実を教えただけだ。


 そもそも、彼女は婚約者のいる男性と恋仲になるということが、どれだけ危険なことであるというのかを、全く理解していなかったのだろう。それも、王命によって結ばれた婚約だ。

 エメ嬢が真実を知ることはないだろうが、自分の不用意な発言が全てのきっかけであるとは思いもよらないだろう。


「本当、面白い話でございました。結果的にわたくしとカイルの婚約はなくなりましたけれど、わたくしはアシル様と添い遂げることができて、本当に幸せに思っております」


 愛を得、矜持を守り、身の程知らずは排除した。


 これからの人生も、わたくしは胸を張って、生きていく。


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― 新着の感想 ―
これはしょうがない。 乙女系世界は罪人の流刑地。キチガイが日々転生してくる刑務所ですから。
現実でもそうだけど、やはり不倫した時のリスクは女の方がめちゃ大きいな
もしアシル殿下がいなかったら夢と面子を潰された国王陛下は怒り狂ってただろうな…(笑)
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