3話:宣戦布告の理由
「は!? 言葉が分からない!?」
「お恥ずかしながら……」
自分の不甲斐なさに頭をかくと、前から妙なオーラが漂ってきた。
この感覚……前世でも何度か味わったことがある。
そう――。
どうしようもなく呆れられた時のオーラだ。
「さっき、学生って言ったよね?」
「いや~……学生とは言ったけど、この国の学生とは言ってなくて……」
申し訳なさでうつむいていると、ミーナが特大のため息をついた。
「……分かった。ごめんね、変なこと聞いちゃって」
そう言うなり、彼女はくるりと背を向ける。
まさか、この流れは――。
「それじゃ、私もう行くね」
やっぱり見捨てられるやつだぁぁぁ!
「え、ちょ、待っ!」
こんな未知の空間で一人にされては、俺の人生終了だ。
せっかくさっき生き残ったのに、意味がなくなる!
必死に手を伸ばすが、ミーナは俺を巻こうとするように足を止めず、人ごみの中へ消えていく。
「くっそ! 頼むから行かないでくれ!」
呼び止めるように大声を張り上げ、必死に追いかける。
だが俺の声が聞こえないふりでもしているのだろうか。どんどん人ごみに紛れていった。
「あぁ~もう! また人込みかよ! 掲示板の時だけで十分だっての!」
嘆きながらも、この先の生存のために、俺はいやいや人ごみへとダイブする。
「どこ行ったんだよ、ミーナ!」
周囲を見渡し、人をかき分けながら必死に探していると――。
「ん? あれは……!」
視界に飛び込んできたのは、ミーナの頭に巻かれていた布が揺れる後ろ姿。
「ミーナ! 待ってくれ!」
人の名前を大声で叫ぶのは失礼だと分かっている。
だが、言葉が通じて会話ができる。
そして、この異世界におけるヒロインになりえる女の子。
逃すわけにはいかない!
その時、視界に強烈な光が飛び込んできた。
人ごみの先から漏れ出す光へ――ミーナが歩いて消えていく。
「はぁ……はぁ……待って……頼む……!」
体力は限界に近い。
だが、ここで男の意地を見せるべきだ。
最後の力を振り絞り、光へと走り抜けた――。
ようやく目の前が開けた、その瞬間。
周囲から大量の叫び声が響き渡った。
「は?」
なんでみんな叫んでいるんだ?
頭に素直な疑問が浮かんだ、その時だった。
「######!!!」
右側から、耳をつんざくようなおっさんの絶叫。
同じタイミングで――。
ドゴン!!
鈍い音と共に、俺の体は宙を舞い、地面へと叩きつけられた。
一体……何が起こったんだ……。
気づけば周囲の人々が、俺を囲むようにぞろぞろと集まり始めていた。
うるせぇ……。
声とか、足音とか。
――掲示板の前では俺なんか見向きもしなかったくせに。
混乱で意識がぐるぐると回る中、ゆっくりと目を開ける。
倒れた馬。その後ろには荷台。
俺の頭から流れ出す血。
……間違いない。馬車に轢かれたんだ。
しかも、脇腹も足も腕も激痛だらけ。外傷だけじゃない、中身も相当やられてる。
その瞬間、俺の頭にひとつの言葉が浮かんだ。
――これは、また死ぬのでは。
いや、待て。この世界には魔法がある。
治癒魔法とかあるだろうから、助かる可能性はあるはずだ。
ただし、その場合は治療費とかでエグいことになりそうだが……。
とにかく、周りの人間がガヤガヤとうるさい。
足音と声が頭に突き刺さって仕方ない。
その刹那。
耳に響き渡ったのは、聞き覚えのある女の声だった。
つい十分ほど前に聞いたばかりの声。
次の瞬間、いきなり体を揺すられ、無理やり起こされる。
「おい、重傷者を揺さぶるとか正気かよ……」
「え!? い……生きてる?」
……なんだよその反応。大けがしてる相手に失礼すぎだろ。
てか待て。なんで俺、こんなに流暢に話せてるんだ?
「ねえ! 大丈夫!?」
「あ、ああ……大丈夫だ。生きてる……生きて……る」
気づけば――焼けるような痛みも、体の中をかき回されるような感覚も、すっかり消えていた。
「よかったぁ~。危うく人殺しになるところだったぁ~」
いや……さっきから失礼なセリフ連発してないか、この子。
「……もしかして、ミーナか?」
ゆっくりと瞼を開けると、案の定そこにはミーナがいた。
俺の体を抱きかかえて――。
その時、もうひとつ気づいた。
目を隠していたゴーグルが外れ、赤い瞳が露わになっていたのだ。
整った二重と大きな瞳。……正直、美しい。
俺が見惚れていると、ミーナはいきなり俺の手を取って、早足で路地へと引っ張っていく。
「一旦ここを離れるよ。……君に聞きたいことができた」
事情説明もなく、俺はただ、ずるずると引きずられていった。
路地を抜けてしばらく歩いたところで、俺はミーナに連れられて人の集まる建物へと入った。
どうやら店――ではなく、もっと冒険者らしい場所らしい。
「おーい、シェリルー! 今、手空いてる?」
カウンターに向かって声をかけるミーナ。俺はその横で周囲を見渡した。
剣や弓、盾を携えた連中ばかり。間違いない、ここはギルドだ。
「あ、あらミーナちゃん! ごめんなさい……今、手が離せなくて!」
慌ただしく姿を見せたのはシェリルという女性。
ラノベでよく見る受付嬢……ってやつだろうか。
彼女は抱えていた書類の山をカウンターに置くと、汗を拭いながらため息をついた。
「いえ、急に来たのは私たちだから気にしなくていいよ。それより……なんだか今日は人が多くない?」
「ええ……今朝、掲示板を見た人たちが一気に押し寄せてきちゃって」
掲示板……そういえば俺が来た時も、何やら騒いでいる人がいたっけ。
やっぱりただ事じゃなさそうだ。
「それで、掲示板には何が書かれてたの? 私、まだ見れてなくて」
「じ、実は……」
シェリルは言い淀みながらも、重苦しい内容を口にした。
「隣国のポント・マサ大帝国から、“植民地になるように”っていう、脅迫まがいの宣戦布告が届いたの」
「はぁっ!? だって隣国とは仲良しで、貿易だって順調だったじゃない!」
ミーナが声を荒げると、シェリルは気まずそうに視線を落とす。
「私もそう思ってたわ。この国に生まれてからずっと、一番の友好国はポント・マサ大帝国だって聞かされてきたし」
「わけわかんない……確かに最近は植民地を増やしてるって噂はあったけどさ」
二人の会話を聞いて、俺もだんだん事情が見えてきた。
ポント・マサ大帝国にとっては、対等な貿易より一方的な搾取のほうが得ってわけだ。軍を動かしてでも。
「悪い、ちょっと聞くけど……この国って――」
「ここはハティシリ王国だよ」
「そのハティシリ王国は、何を主要輸出品にしてるんだ?」
普通なら、植民地化なんて軍事費の無駄遣いだ。
それでも元が取れるほどの価値があるってことは……。
「えっと……確か魔鉱石と香辛料かしら。ハティシリ王国の料理がおいしいって言われてるのは、香辛料のおかげで……」
「それだ!!!」
シェリルさん、ありがとう! でも同時に馬鹿野郎!
地球の歴史で言えば、香辛料は金にも匹敵する価値を持っていたんだ。
「ていうか魔鉱石って、どんなことに使えるんだ? 俺、そのへん疎くて」
そう尋ねると、ミーナが自分のバッグをゴソゴソと探り――短剣を取り出す。
「用途はいろいろ。よくあるのは刃物系の武器とか、魔法の杖に埋め込まれてる魔力を蓄える中間素材だね」
「お、おお……刃が光ってる」
彼女の短剣を目の当たりにした俺は、魔力の“ま”の字も知らないくせに、思わず見とれてしまった。