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2話:重装備なヒロイン

 誰かが触れたわけでも、何かをしたわけでもないのに、いきなり光り始めたな。


「こ、これって……まさか、魔法なのでは!?」


 すると突然光が消える。かと思えば、今度は紙の表面に文字が浮かび上がり始めた。


「すげぇ〜。まるで生きている見たいに、文字が走っていく」


 だが――読めない。さっぱり分からん。

 そりゃそうだ、異世界語なんてわかるはずがない。


 周囲の声に耳を傾けると、これまた未知の言葉ばかり。

 ああ、やっぱり……言葉の壁はあるのか。


 と思っていると、掲示板に釘付けになっている民衆の顔色が、どんどん青ざめていく。

 何か――嫌な予感が……。


「########!」


 突然、一人の女性が高い声で叫んだ。

 意味はわからない。けど、悪い知らせが掲示板に書かれたことだけは本能的に理解できた。


 すると、その叫び声が伝染したかのように、周囲の人々がざわめき始める。


「本当に何があったんだよ……」


 不安になりつつ読めない字へ視線を向けているといきなり背中が強く押される。


「ん?何だよ……て……え?」


 掲示板へと殺到し、波のように押し寄せる人々――そして、俺はその波に飲まれる。


「うそっ……待っ、押すな!潰れる!本当に潰れる!!」


 必死に抵抗するが、力のない俺ではどうにもならない。

 圧力で息もできず、身体がギシギシと悲鳴を上げる。

 これはかなり……いや、めっちゃまずい。


「だ……誰か……たすけ……」


 瞬間、走馬灯のようにふと思い出す。昔ニュースで見た“群衆雪崩”――このままだと、俺もそうなるのか。

 転生早々、死因“人ごみに潰され死亡”とか……嫌すぎる。


 ……でも一度死んだのに、こうしてまた青空を見ることができたんだ。

 それだけでも十分、幸運だと思うしかないな。


――俺の異世界ライフ、短すぎたけど楽しかった……。


 半ば諦めかけた俺の意識が、どんどん薄れていく――その時。


 誰かが、俺の手を掴んだ。


 次の瞬間、民衆の波から強引に引き抜かれ、視界が晴れる。


「あ……あぶねぇぇぇぇぇ!! 死ぬとこだったぁぁぁ!!」


 膝をつき、全身で空気を吸い込むと、思わず声を張り上げる。

 本当に終わる寸前だった……。

 転生して20分足らずで“デッドエンド”とかマジでシャレにならねぇ……。


 てか……言葉通じる知り合いなんかいるわけないのに、助けてくれたのは一体?


 そんな疑問が浮かんだ瞬間、頭上からふわりと優しい声が降りてきた。


「ねえ……大丈夫? 怪我ない?」


 ――女の声……てか、日本語!?


 驚いて顔を上げると、そこにいたのは――

 大きなバックを背負い、耳当てで耳と顔を布とゴーグルで隠した、重装備の人物だった。


 布の隙間からは淡い紫色の長い髪が垂れていて、声も高いから、女だってことは分かった。だが、それ以外の情報はさっぱり入ってこない。


「ねえ、聞いてる?」


「あ、ああ! すまん……いえ、すみません。ありがとう……ございました」


 少し怒り気味の声に、慌てて言葉を返す。


「別にいいよ。というか、君、冒険者……ってわけでもなさそうだし。なんの職業やってるの?」


「え、え〜と……う〜ん、強いて言うなら学生?」


 この世界に“学生”ってあるのかは知らないけど。


「学生?」


 あ、これは無さそうか……。


「ほら、学校に行く人達のこと、学生って言うだろ?」


「そんなことくらい知ってるよ」


 いや、あるんかい!

 まるで漫才のズコッ!って音が聞こえてきそうな展開だ。


 すると、彼女は首をかしげながら、ふと質問してくる。


「で、なんで学生さんがこんなところに? 学校に通ってるなら、校内に同じ掲示板あるでしょ?」


 ……これ、なんて答えればいいんだ?

 俺の通ってた学校、別世界だし。


「い、いや〜。あ! そんなことより、なぜあなたは俺を助けに?」


 無理やり話題を変えてみた……が、突っ込んでくるか?


「そりゃあ……困ってる人がいたら助けるでしょ?」


「え? それだけ?」


 まさか、良心だけで見知らぬ俺を助けに来たのか?


 すると彼女は再び口を開く。


「後は……同じ祖国の言葉が聞こえたから。ていうか、『それだけ?』って何? バカにしてるの?」


「同じ故郷!? ということはあなたも日本出身で、異世界転生者!?」


「ちょ、ちょっと待って。落ち着いて。君の言う“日本”とか、異世界転生は……よく分からないけど。私が言ってるのは“セツサ国”のこと。多分、君の国とは別だと思うよ?」


 は? “セツサ国”ってどこだよ。

 明らかに日本語を話してるじゃねーか。

 てか、"セツサ"って雰囲気がどこかで聞いた事あるような……。確か……。


「"切磋(せっさ)"?」


 つい口に出た瞬間、彼女が驚いた顔をする。


「その発音……やっぱり君、“切瑳国”の人だよね? 素人には出せない発音だもん」


 先ほどまでの"セツサ"から"切磋(せっさ)"に変わったな。発音。

 そんなことを思いながら、心の中で再び叫ぶ。


 どこだよその国。


「す……すみません。俺、その国知らないんですけど……」


「え?切瑳国の人じゃないの?じゃあ、あそこの国の……」


 人を前にして小声でボソボソと……。

 だが、この機会を逃すわけにはいかない。


 通じる言語があるということはわかった。

 だが、少なくとも、彼女の言葉はここの国の公用語ではなさそう。

 それに話し方の幼さや身長的に、同い年か下くらい。

 今こそ、前世の反省を活かすとき。


 仲良くなって、長い付き合いができる関係を築かなきゃダメだ。

 もしここで失敗したら、また言葉が通じず、誰とも関われず、虚無に漂うか……餓死するしかなくなってしまう。


「いきなりだけど……君の名前は?」


 まずは名前から。名前を知らなきゃ、関係を深めることはできない……はず。


 フレンドリーに聞いた俺に、彼女は少し戸惑いながらも、ゆっくりと口を開いた。


「……ミーナ」


「ミーナちゃん、ね。よろしく!」


 前世ではオタクだったけど、別にコミュ障でも陰キャでもなかった。

 だからこれくらい、全然余裕――


「急に“ちゃん”付け?」


「あ、すまん」


 やっちまった……たぶん前世でも、こういう距離感ミスが原因で友達が減っただろ。

 きっと、結構あっただろうな。

 そして結局、自分の言いたいことも言えず、心を許せない奴らに囲まれて、不良みたいな人間になってしまった――と。


 あぁ……前世の記憶ががが……。


 俺がそんなふうに頭を抱えていると、ミーナがふと声をかけてきた。


「死にそうになってるところ悪いけど、助けてあげたんだから、一つだけ質問に答えてくれない? 助けてあげたんだから」


 「助けてあげたんだから」って……しかも2回言ったぞ。さっきまでの善良で優しそうな雰囲気、全部吹き飛んだ気がする。


「ああ……命の恩人だしな。俺が答えられる範囲なら、何でも答えるよ」


「ありがと」


 そう言って彼女は、まだ膝をついていた俺にゆっくりと手を差し伸べてくれた。


「あ、サンキュ」


「サンキュ? それ、なに?」


「あ、いや。俺の住んでた国で軽くお礼を言うときに使う言葉。あんま、気にしないでくれ」


 エセ英語とか、前世での言葉が伝わらないというのはなかなかに辛そうだな。


 チャラ語とかスラングとかよく使ってた俺には、これから通じないことだらけかもしれない。


「で、質問って何なんだ?」


 俺がサラッと尋ねると、ミーナは言った。


「簡単なことだよ。さっき君が夢中になって見てた、あの掲示板。あそこに何が書かれてたのか教えてほしいの」


 おお、まじか。早速俺ができる事の中では専門外の頼み事。


「なんでそんなこと聞くんだ? 人がいなくなったら見に行けばいいだろ?」


 首を傾げる俺に、ミーナは一つため息をついた。


「いつもなら、あそこは5分もすれば空くのに、今日に限って全然空かないの。だから、先に見た人に聞いておこうと思っただけ。それだけ長時間空かないってことは、何か大きな出来事があったって証拠でしょ?」


 確かに……さっきからまったく人が減る気配がない。

 むしろ、俺が引き抜かれたときよりも、明らかに人が増えてる気がする。


「それに、私の"使い"の人があのギチギチの中にわざわざ入って見にいってくれてるの。内容がわかればすぐ引き戻せる事ができるでしょ?」


 なるほど。自分のためじゃなく、使いのため……ん? 使い?


「え? お前、“使い”とかいるの?」


 使いって、そんな簡単に雇えるもんなのか?

 いや、もしかして、この世界では人身売買が普通とか? いやいや、でもミーナみたいな優しそうな人が、そんな奴隷的なものを買うとは思えないし……。


 そんな世界史の事しか入っていない空っぽな頭であれこれ考えていたら、ミーナが少し苛立ち気味に言ってきた。


「そんなことより、早く教えてよ。私も暇じゃないんだから」


 彼女は、まるで頬を膨らませているかのように、ぷいっと顔を前へ突き出した。

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