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プロローグ

 皆は、この世界にどれほどの国家が存在しているか知っているだろうか。


 俺こと――木野内 結斗(きのうち ゆいと)は知っている。

 なんなら、世界の国旗や名前、場所。

 歴史的に重要な偉人だって頭に入っている。


 俺が国……いや、世界そのものに惹かれるようになったのは中二の頃。

 授業で第一次、第二次世界大戦を習ったとき、ふと「なぜこの国はこんな戦法をとったんだろう?」と思ったのがきっかけだった。


 そこから調べてみたら、教科書には載っていない個性豊かな考えや作戦がゴロゴロ出てきて。

 それがやけに面白かったんだ。


 ――こういう話をしていると、よく「頭が良くて優等生なんでしょ?」なんて思われる。


 だが、現実は甘くない。


 俺は昔からサボり癖がひどく、好きなこと以外にはまともに取り組んだことがない人間だった。

 「めんどくさい」「やりたくない」と永遠に駄々を捏ね続けて、結局は何もしない。

 そして気がつけば、あまり頭のよろしくない高校に進学して、そこでも「環境が悪い」と言い訳してサボる始末。


 平日の昼間から外をうろつく、不良まがいな存在になっていた。


 ――そんな俺は今も例に漏れず、真っ昼間から行きつけの本屋で地理の本棚を眺めていた。


「う〜ん……どれもアメリカとか韓国とか中国とか。有名どころしかねぇな」


 このへんはネットで調べればいくらでも情報が出てくる。

 わざわざ本を買う必要はない。


「どうせなら※ユーゴスラビアとか、今は無き国のやつでもいいんだけどな……」


 俺が求めているのは、ネットじゃなかなか出てこない細かい解説が載っている。

 そんな本だ。


 そう考えていると、突然――トンッと頭に何かが当たった。


 咄嗟に振り返ると、そこには五十代くらいで顎に髭を生やした店長が立っていた。


「よぉ、ボーズ。今日も相変わらずのサボりか?」


「あ、店長。勘違いすんなよ? 俺はサボりじゃなくて、“勉強に必要なBOOK”を買いに来ただけだ」


「ははっ、そういうことにしといてやる」


 気さくに笑う店長は、手に持った本を俺に見せてきた。


「ほれ。お前が好きそうなやつ」


「俺が好きそうなやつ?」


 つまりは地理関連、あるいはめちゃくちゃマイナーな国の解説本……か?

 小学生の頃からの付き合いだ。

 きっと俺の趣味は理解してくれているはず。


 期待を抑えきれずに表紙を見てみると――。


「ん? 『異世界で不老不死と瞬間治癒を持った私は、世界旅行に出た件』? ……って、これラノベじゃねぇか」


 長い付き合いの中で、一体何を見てきたんだ?この人は。


 すると店長はニヤリと笑い、気色悪い目でこちらを見てくる。


「ふふふ。今、お前“今まで何見てきたんだよこのおっさん”って顔したろ?」


「わかってて持ってきてたのかよ……」


「安心しろ。ボーズがこの作品を好きになるだろうって根拠は、ちゃんとある」


 店長は、手元にあるラノベを俺に向けて表紙を開いた。


「こ……これは……!?」


 思わず声が出る。

 そこには、普通のラノベとは比にならないほど緻密な世界地図が描かれていたのだ。


「ははは。どうだ、驚いたか? それな、主人公が旅する国の歴史や文化、国旗まで載ってるんだ。しかも地図上で、どこの国か一発でわかる」


「へぇ〜……すげーな」


 ラノベって、こんなに細かく国を解説してくれるもんなのか?

 いや、この作品のコンセプトだからか。


「極めつけは、主人公が不老不死ってとこだな。時代が変わって国が滅んだり、戦争が起きたり。物語は複雑だが、一度ハマれば抜け出せねぇ沼コンテンツ――らしい」


「らしいってなんだよ。あんた自身は読んでねぇのか?」


「ああ、実は息子が読んでたんだ。大学生にもなってラノベ読み漁って……本屋やってる親父としては、もっと別の本を読んでほしいんだがな」


「は〜……」


 店長の愚痴を適当に流しつつも、俺の心臓は興奮でドクドクとうるさかった。


 だって、この世界地図。まじで完成度が高すぎなんだから。

 国境線、国旗のデザイン、歴史背景。細部までリアルに作り込まれていて――もう、完全に俺のツボだった。


「店長。これ、買うわ」


「お……おう。即決かよ」


 即答した俺に、店長は目を丸くして固まった。だが、そんなことはどうでもいい。


 ラノベなんて一度も読んだことのない俺が「面白そう」と思った初めての本だ。

 今すぐ手に入れて、読んでみたい。


「じゃ、レジ行くぞ……って、あんた動かね〜のかよ」


 固まったままの店長を見て、ため息をつく。


「ほら、これ金な」


 面倒になった俺は、直接代金を手渡す。


「あ、あぁ……まいど……」


 店長を横目に、そのまま店を後にする。


「よっと」


 買ったラノベをエコバッグに詰め、自転車のカゴに放り込み、そのまま飛び乗る。


「楽しみだな……。ラノベは初めてだけど、アニメならよく見てたし」


 心を躍らせながら、俺は青信号の横断歩道に差しかかった。


 そのとき――。


 ププーーーッ!!


「……は?」


 右手から、猛スピードのトラック。


 ドガシャン!!!


 衝撃音が響いた。思考が追いつく暇もなく、俺の身体は宙に舞い――そして闇に沈んだ。


 ――そう、俺はそこで死んだのだ。即死だった。

※20世紀にヨーロッパのバルカン半島に存在した国。1990年代に内戦を経て解体された

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