再記録 -Trα-
——「ログファイル回復:朝比奈トオル(Trα)」。
その名が端末に表示された瞬間、
俺の胸に焼き付いていた“最悪の記憶”が蘇った。
椿を殺した男。
最も多くのループで、俺を絶望させた相手。
——そのはずだった。
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「……トオルが、生きてる……?」
「いや、これは“記録”だ」
椿が画面を睨みつけながら言う。
「本体じゃなく、“ログとして復元された人格”……観測ログの断片から構成された人工存在よ」
「まるで……デジタルゴースト、ってことか」
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記録データ:Trα起動
知識レベル:Bランク記録処理者
意識レイヤー:回帰的パターン生成中
画面の中に、あの笑みが浮かぶ。
挑発的で、残酷で、でもどこか哀しげな——トオルの顔だ。
「久しぶりだな、シオン。……ずっと、お前の“ログ”を見てた」
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「……お前に、何が分かる」
「分かるさ。お前が何度も椿を助けようとしたこと、何度も死んだこと、そして……“記録の外”へ逃げたことまで」
「俺は、お前を“観察する側”に回った。
そして気づいたんだ——“記録されないもの”こそ、最も危険だって」
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椿が間に入る。
「あなたの目的は何?」
「統合だよ」
「この“記録の断絶空間”と、既存の観測領域を再接続する。
観測者にとって空白があるのは耐えられない。空白は、“脅威”だからな」
「つまり……私たちを、またログに戻すつもりか」
「そう。“Log 00”を終わらせ、世界を“整える”。」
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その時、端末にアクセス警告が走る。
【Log 00領域に強制記録フィールドが侵入】
【椿の存在ログ書き込み:試行中】
椿の身体がふらつく。「——なっ……!? 頭の中に……誰かが“書き込もう”としてる……!」
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「椿、立て!」
俺は椿を抱えて立ち上がる。
「おい、トオル。お前が観察するっていうなら、見せてやる」
「何を?」
「俺たちが、自分で自分を“定義する”姿だ。」
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俺の端末が震える。
ログインカウントは表示されない。
だが、エラー表示だったはずの画面に、新しいUIが立ち上がる。
【LogIn_Override:自由定義領域/起動】
その瞬間、光が弾ける。
俺と椿のログが、一時的に融合し、
**観測不能な“自律空間”**が生成される。
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「これは……!?」
トオルの声が乱れる。
「ログじゃない。これは——俺たち自身が“今、ここで決める”生の領域だ!」
椿の目が覚め、俺と共に光の中を駆ける。
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ログの外。観測不能領域。
そこに残ったのは、自分で定義する「生の意味」。