Log 00
——記録されない、最初の一歩。
それは、俺たちの選択だった。
マスクの男が提案したどちらの未来も選ばず、俺と椿は**“記録を拒否する”道**を選んだ。
「自由意思による非観測空間、Log 00。
それは、観察者にとって“未知”そのものだ」
モニターに浮かぶその文字とともに、施設全体のシステムが揺れ始めた。
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——システム警告:監視外データ生成中
——アクセス不能領域の増大を検知
——フェーズロック解除要請:拒否
「やはりな……この選択は、“想定外”なんだな」
男は顔を伏せたまま笑う。
「だが、それが人間という存在か。常に予測を裏切る存在……羨ましいよ」
「お前は人間じゃないのか?」
「……正確には、もう違うのかもしれない。記録と分析を繰り返し、感情の代謝を捨てた代償に、“人間性”を見失った存在さ」
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その時、椿の胸ポケットの端末が振動した。
ログインシステムとは違う、未知のUIが浮かび上がる。
【非観測モード:生存確率計算不可】
【指針:存在の証明は“観測”ではなく、“意思”によってなされる】
彼女はその言葉を読み上げ、俺の方を向いた。
「……やっぱり、これが“私たち”の戦い方だと思う」
俺は頷く。「他人に記録される人生じゃなく、自分たちで“生きた”と証明する道だ」
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俺たちは中枢室を後にした。
背後で観察システムは次々にシャットダウンし、光の壁が崩れていく。
——そのすべてが、俺たちの選択によって崩れていく。
地上に出ると、夕陽が街を染めていた。
初めて見る、本当の“日常”。
誰かに記録されているわけでも、ループするわけでもない。
通りすがりの学生たち、電車の音、花屋の風鈴。
すべてが、確かに“流れている”感じがした。
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「なあ椿、もし今、“やり直せる”って言われたら、どうする?」
「やり直さないよ。だって——」
彼女は笑う。
「今が、いちばん未来だから」
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【SYSTEM:ログファイル作成不可】
【記録不能領域に突入】
【Log 00 終了——以降、観測不能】