黒い記録(ブラックログ)
——4月3日 午前7時00分。
ログイン、3回目。この日、最後の挑戦。
俺はベッドの上で深く息を吐いた。
2度のやり直しを経て、わかったことがいくつかある。
1. 椿は誰かに殺される運命にある。
2. 朝比奈トオルは、その実行犯か、あるいは関係者。
3. そして——やつも“ログイン能力者”だった。
能力の存在を他人に知られたのは、初めてだ。
だが、もっと気になるのはトオルの言葉だった。
> 「アイツ(椿)は“知ってる”んだよ。お前と同じことを」
椿も……?
目を閉じ、記憶を掘り起こす。
あの日、椿が死んだ現場。
あの手紙と、瓶。あれも何かの“装置”だったのではないか?
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学校に着くと、俺はいつも通り教室に入り、誰よりも先に椿に話しかけた。
「椿……話がある」
彼女は少し驚いたように目を見開く。でも、逃げない。
「……やっぱり、気づいてたんだね」
その一言で確信した。椿も、ログイン能力者だ。
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昼休み、屋上。
俺たちは人気のない場所で対峙していた。
「いつからだ?」俺は尋ねた。
「中三の時。目が覚めたら、同じ日を繰り返してた。最初は偶然かと思ったけど……やっぱり違った。記憶だけが、残ってた」
彼女は遠くを見つめながら、話す。
「でも、誰にも言えなかった。……信じてもらえないと思ってたから」
「それで、“実験”してたのか。……何回も死んでみて」
「違う!」椿の声が跳ねた。「私は、誰かに殺されたの。何度も。毎回、犯人が違った」
「……何?」
「一度は図書室で、次は音楽室、そして……教室。全部、時間を戻さなきゃ説明できないくらいに、バラバラだった。でも……一つだけ、共通点があるの」
椿がこちらをまっすぐ見つめた。
「犯人、全員——“ログイン能力者”だったの」
——能力者が複数いる?
——この世界には、俺たち以外にも……?
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午後の授業は、まるで耳に入らなかった。
思考がどこまでも深く沈んでいく。
「なぜ、能力者が椿を狙うのか」
「彼らはどこから来たのか」
「俺の能力は本当に“ただの巻き戻し”だけなのか」
そして——
このループを終わらせるには、何をすればいいのか
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放課後。
俺と椿は、再び教室ではなく、校舎裏の旧館へ向かった。
そこには使われていない“視聴覚室”がある。防音、施錠可能。人気もない。
「ここにいれば、安全なはず——」
言いかけたその時、ガシャンッという破壊音が鳴った。
背後の窓が割れ、何かが飛び込んでくる。
「伏せろッ!」
俺は椿をかばいながら転がった。そこにいたのは、黒いパーカーの人物。顔はマスクで隠されている。手にはナイフ。
声は、変声機で歪められていた。
「ようやく“このルート”まで来たか。シオン、椿。お前たち、よくやったよ」
「誰だ……お前」
「俺か? 名前なんて意味ないよ。この世界じゃ。お前たちみたいな“選ばれたログ者”にとってはな」
その言葉に、椿が息をのむ。
「あなたも……能力者……?」
「俺たち全員、同じプログラムの中にいる。そうは思わないか? 毎日同じ日を繰り返して、失敗したら巻き戻る。それは“現実”じゃない——“監視された箱庭”だ」
俺の頭に、一つの単語が浮かぶ。
——実験。
「何を知ってる。お前は、俺たちがどうしてこんな力を持ってるのか、知ってるのか?」
「教えてやるよ。……ただし、“ログイン可能回数”を0にしてからな」
そう言うと、マスクの人物は俺にナイフを向けた。
同時に、視界の端に表示されるシステムメッセージが浮かぶ。
【SYSTEM:ログイン可能回数 残り:0】