有閑マダムのお悩み相談室~恋とは冷めるもの
皆さん、こんにちは~!
『フランのお悩み相談室』のお時間ですわ~!
今日もこの私、フランが皆様の抱えるお悩みをさくさく解決しちゃいますわよ~。
今日の相談者はアルヴォにお住まいの「アマリリス」さんです。アルヴォにはとっても美しい湖があるのですよね。わたくし、大好きな街ですわ。
もしもし、「アマリリス」さんでいらっしゃいますか?
わたくし『フランのお悩み相談室』のメインパーソナリティを努めるフランと申しますわ。
わたくしのファン?あらまあ、嬉しいことを仰いますわね。
早速、本日のご相談内容をお伺いしてもよろしいかしら。
旦那様のことでお悩みなのですね。
結婚して15年、息子さんもいらっしゃる。はい、はい。……まあ!旦那様が浮気をなさっていると。
あら~。それは「アマリリス」さんもさぞやお悔しい思いをなさっているでしょう。
全くもう。男という生き物は、本当に仕方のないものですわね!
いえね、わたくしも身に覚えがありますの。うちの夫が若い頃にちょっと、ね。
ええ、その雌猫とはとっくに手を切らせましたけれど。あの時は、それはそれは揉めたものですわ。
あらやだ、申し訳ございません。つい熱くなっちゃいましたわ。今は「アマリリス」さんの旦那様のことですわね。
それはいつ頃からですの?
ふむふむ。今の女は2年程前から。
今の、ということは過去にもあったのですわね。
え、何回も?
それは……他所の旦那様にこう申すのは失礼とは存じますが、それはもう不治の病のようなものだと思いますわ。今の女と手を切ったところで、また同じ事を繰り返しますわよ。
「アマリリス」さんもそれはお分かりなのでしょう?
そうですか。それでも、旦那様を愛しておられるのですのね。
こんな良い奥様を放って目移りするなんて。わたくしの目の前に「アマリリス」さんの旦那様がいたら扇ビンタをかましているところですわ。
婚約者時代や結婚して数年は大切にしてくれていた……そうですか。政略結婚とはいえ愛し合っておられたのですね。その記憶が忘れられず、苦しんでおられる。お辛いですわね……。
これはもう、「アマリリス」さんの意識を変えるしかないでしょうね。
今の貴方様は失礼ながら、旦那様へ依存しすぎていると思いますの。だから、その愛情を余所に向けるのですわ。
何でも良いのです。
趣味を見つけるも良し、ペットを飼うも良し。
自分へ一身に向かっていた愛情が薄くなったら、旦那様も焦り始めるかもしれませんしね。
え?あら、既に色々やってみたと。
浮気?まあ、それはいけませんわ!ああ、身体の関係はなかったのですね。失礼致しました。
旦那様が嫉妬して下さるかと期待して、他の男性と表面的に親しくなってみたという事ですわね。
だけど旦那様は全く動じなかった。
そうですか……。
これから少し厳しいことを言いますわ。どうかお怒りにならず、耳を傾けて下さいませね。
恋というのは、いつか冷めるもの。ですが冷める間に、育つものがあります。それが「情」ですわ。
夫婦とは、情愛を育てていくものだと私は考えております。
ですが残念ながら、「アマリリス」さんの旦那様はそれを良しとしていない。きっと彼は女性に対して、常に新鮮なときめきを求めているのでしょうね。
だからね、「アマリリス」さん。
もう諦めておしまいなさいませ。
若い頃の熱さなど、どうあがいても蘇りませんもの。
それができないから苦しんでおられる?
ええ、ええ。重々承知しております。
でもね。その苦しみはいずれ終わります。
だって……貴方には切り札があるでしょう?
あら、お分かりにならない?息子さんですわ。
今、息子さんはお幾つですの?16歳ということは、彼が成人して当主となるまで、あと10~15年くらいかしらね。
息子さんが実権を握ったときに――
家庭を顧みず浮気を繰り返した親と、自分を慈しんで育ててくれた親。どちらを優遇するか、考えずともお分かりでしょう?
旦那様が自由に使えるお金は、かなり制限されるのじゃないかしら。
お金も無い、しかもお年を召した殿方を相手にする女性なんていないですわよね。余程の物好きでない限りは。
そうなったときに旦那様が縋る相手は……「アマリリス」さんしかいませんわねえ。
だから、それまでの我慢ですわ。
とはいえ、息子さんに依存しすぎてはいけませんわよ。
彼だっていずれ結婚なさるのですからね。付かず離れず、ですわ。
気が軽くなった?
それはよろしゅうございました。
ええ、ええ。はい。こちらこそ、ありがとうございました。それでは失礼致しますわ。
夫婦にしろ何にしろ長く続けていると、また様々な問題が生じて来るものですわね。
「アマリリス」さんに安寧が訪れることを、切に願っておりますわ。
それではまた来週お会いしましょう。さようなら~!
◇ ◇ ◇
「どうした?ずいぶんとご機嫌だな」
昼下がりのガーネット侯爵邸。
ふんふんと鼻歌を歌っているフランシス夫人に、夫であるガーネット前侯爵が声をかけた。
「あのね。以前お悩み相談室にご相談された方が、お手紙を下さったの!」
「ほう」
「その方、旦那様の浮気に悩んでらしたんだけど。私へ相談したおかげで憑き物が落ちたみたいにすっきりしたって、書いて下さったの。今はご友人と趣味に精を出されているらしいわ」
「良かったじゃないか。お前もカウンセラー冥利に尽きると言うものだろう」
「ええ、本当に。私の予想では、あの相談者はエイムズ子爵夫人だと思うわ。エイムズ子爵の浮気癖は社交界でも有名だし。何より、エイムズ家の紋章にはアマリリスが入っているもの」
前侯爵は顎髭を触りながら記憶を巡らせる。
「エイムズ子爵……ああ、あの男か。以前、夜会でどこぞのご夫人を口説いているのを見かけたな。手を出した女性の夫と、決闘騒ぎになったこともあるらしい。懲りない奴だな」
「全く。殿方の浮気癖というのは、何とかならないものかしら」
フランシス夫人は、キツい視線を夫へ向けた。その責めるような目つきに、前侯爵がたじろぐ。
「っ、俺のことを言っているのか?あんな昔のことを」
「された方はどんなに時間が経っても忘れないものでしてよ」
「勘弁してくれ……」
前侯爵は妻を宥めるべく抱き寄せようとしたが、夫人はふいっと身体を躱してしまい、その手は宙に浮いた。
「何でも好きなものを買ってやるから、機嫌を直してくれ。宝石なんてどうだ?」
「この歳で宝石なんて要らないわよ。そうねえ……私にリッジナの屋敷を使わせて貰えないかしら?」
「リッジナの別邸か」
「今は使ってないでしょう?あれを改装したいの。庭も綺麗にして、お茶会を開けるようにしたいわ」
「しかし、クライヴの許可を得ねばならないだろう。今の当主はあいつなんだから」
フランシス夫人が自分をじぃっと見つめる目線に、前侯爵はその意図に気付く。
「……はぁ、分かったよ。俺から息子へ話を通そう」
「ありがとう、貴方!修繕が終わったら、孫たちも自由に出入りできるようにしましょ。あの子たちも、たまには親から離れたい年頃だもの。ああ、楽しみ!」
夫人は夫の頬へキスをすると、嬉しそうにくるくると回る。その様子を「何だ、いい歳をして子供みたいに」と言いつつも、前侯爵は愛おしそうな表情で眺めていた。
今日もガーネット侯爵邸は平和である。
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