王子妃は問う『鏡よ鏡よ鏡さん、世界で一番美しい女性はだあれ?』
「鏡よ鏡よ鏡さん、世界で一番美しい女性はだあれ?」
『遥か東方、イウスヤマト皇国のシズカ第一皇女ですよ』
「……えっ?」
右を見て左を見て後ろを見て確認する。
うん、ここはアシュクロフト侯爵家の王都タウンハウスの私の部屋。
侍女もいない。
じゃあ私の質問に答えたのは……鏡?
私ソーニャ・アシュクロフトが少々浮かれていたことは認める。
アンティークの素敵な鏡をいただいたものだから。
そして鏡の中の私の表情があまりにも喜色に溢れていたものだから、思わず話しかけてしまったのだ。
「……鏡さん、私の名前は御存じ?」
『もちろんですよ。我の新しい御主人、ソーニャ様』
「……合ってる」
えっ、何これ?
何これってことはない。
先日、第一王子ダライアス殿下と私の婚約が正式に成立した。
それで王妃様から由緒ある『幸せの鏡』が贈られてきたのだ。
「あなたは魔道具だったのね?」
『さようです』
「王妃様もあなたが魔道具であることは知っていたのかしら?」
『どうでしょう? 普通は鏡に話しかけたりはしないものですので』
それはそうだ。
『鏡よ鏡よ鏡さん』などとメルヘンに浸った自分の行動に赤面する。
「先ほどあなたは私の質問に答えてくれましたね」
『はい』
「どんな質問に答えることができるのですか?」
『我の管轄は美と恋愛についてです。美と恋愛については知ることができます。ただし……』
どうしたんだろう?
鏡が困っているように思える。
『……特に恋愛についてはプライベートなこともございます。御主人であるソーニャ様の命令ならば我は情報を開示しますが、他人の詮索はあまり褒められたことではないかと』
なるほど、淑女らしくないということね。
「わかりました。秘匿されていない一般的な情報を伺うことは構わないということですね?」
『はい』
「イウスヤマト皇国のシズカ第一皇女というのはどのような方なのですか?」
『『皇国の解語の花』と呼ばれる皇女です。大変聡明で、一度会った者の顔は忘れないと言われております。また芸術的なセンスに優れ、特に詩吟と舞に高い評価を受けていますね。まだ一五歳で婚約者を定めていないこともあり、イウスヤマト皇国では大変な争奪戦が繰り広げられております』
「美しいだけでなく、大変な才女ということですね?」
『はい。美女ランキングには付加価値が重要ですから』
「美女ランキング? 付加価値?」
要するに美女ランキング一位の方が世界一の美女ということだろう。
では付加価値とは何?
『外見的な美しさだけではランキングは決まらないということです』
「そうなのですね?」
『正確に申しますと、美しさは外見だけでは決まらないのです』
「と言いますと?」
『美しいと思う感情は主観的なものであり、世の人の好悪と不可分なのですよ』
「好悪……つまり好悪を左右する要素として付加価値が重要になると」
『さようです』
わかってきた。
美の基準は人によって違うし、その基準も好悪の感情に左右されてしまう。
だから……。
「美人ランキングというより、好感度ランキングに近いのですか?」
『総合的に美人を測ろうとすると好感度ランキングに近くなる、と申しましょうか。しかし知識や技術、マナー等も大いに加味されますから、単純な好感度だけではありませんね』
「えっ? それでは平民は不利ではありませんか?」
知識や技術、マナー等の教育を受ける機会が少ないから。
『当然不利です。宝石も原石のままでは石ころとさほど変わらない、というのに似ていますね』
「……その通りですね。美しくあるためには努力が必要と」
『さようです。ラース王国の聖女ミリアやエルブブ連邦の『賢者の娘』エレオノーラは、平民でも高ランクですけれども」
他人事ではない。
私はポールナイア王国第一王子ダライアス殿下の婚約者なのだ。
恥ずかしいランクにいてはいけない。
「ちなみに私は何位なのでしょうか?」
『ソーニャ様は美女ランキング一四一八位です』
「……微妙な順位ですか?」
『ポールナイア王国内では一〇位ですよ』
「……やっぱり微妙」
ダライアス殿下は王太子、そして王になるお方。
婚約者たる私が国で一〇位ってどうなんだろう?
「国内ではどなたが私より上にランクされていますか?」
「ランクの上の方から申し上げますと……」
ふんふん、悔しいけれども納得できるお方達だ。
王妃様や才媛として知られる伯爵夫人など、私より年上の方々は仕方ない。
でも年齢の近い令嬢方には負けていられない。
ダライアス殿下の恥になってしまう。
「ランキングを上げるにはどうしたらいいですか?」
『生まれつきの顔貌や神からいただいた恩恵などは、簡単に変えられないでしょう』
「わかります」
それが大きいのだろうけれど。
『地道に教養やマナーを向上させていくことが重要ですね』
「……近道はありませんのね」
『比較的近道と言えば、ソーニャ様は身体能力値が低いですね。向上余地が大きいですよ』
「ダンスは苦手なのです」
すぐ疲れるし、相手に気を使うし。
『基礎体力が必要ですね。なるべく体を動かすことから始めて、護身術を習うなども有効かと思われます』
「護身術ですか。考慮の余地がありそうですね」
このどんくさい身体は何とかしたいと思っていたのだ。
鍛えるいい機会だと思うことにしよう。
『それから心の持ちようも重要です』
「心の持ちよう?」
『ソーニャ様は我を手に入れることができました。その結果自分に足りないもの、やるべきことに気付かれた』
「運がありましたね」
『何事も前向きに考えるがよろしいでしょう。ランキング上位に悲観的な方はいません』
そうだ、私は将来王妃になるのだ。
民を導く者は常に前を向いていなければならない。
「努力しますわ」
『幸せの鏡』が微笑んだ気がした。
◇
――――――――――王宮にて。王妃殿下とアシュクロフト侯爵の会話。王妃視点。
「ソーニャもやる気になりましたか」
「はい、お心遣いありがとう存じます」
正式にソーニャがダライアスの婚約者と決定する前に、既に予備的な妃教育は始まっていました。
教師陣から良くも悪くもないという評価が下されていたのです。
私は少々不満でした。
しかし私にも覚えがあることです。
目標が見えにくいので、どこまで何をしていいのかわからない。
だからソーニャにあの鏡を贈りました。
「儂には教えてくれたのですよ。鏡の秘密を」
「あら、そうでしたの?」
親子仲の良いこと。
羨ましいわ。
「美女ランキングが三桁になったと、大喜びしておりました」
「いいことですね」
「王妃様はあの鏡が魔道具だということは御存知なのですよね?」
「もちろんです」
「いや、ソーニャが王妃様は御存じないだろうと言うものですから」
「ああ、あの鏡はウソを吐くのです」
「は?」
「ソーニャには内緒ですよ」
でなければ手放すはずがないではありませんか。
私も当時の王太后様から『幸せの鏡』をいただいた当時、鏡の言うことは本当だと信じていました。
努力が目に見えるようで、夢中になったことを覚えています。
でも段々鏡の言うことに矛盾が多いと思うようになりました。
鏡を問い詰めたら白状しましたけど。
「ソーニャが本当に知性を身に付けた時、鏡のウソに気付くでしょう。鏡を必要としなくなるまで努力を続けさせてくださいな」
「はあ……」
「心配ありません。『幸せの鏡』の名の通り、幸せになるための優しいウソですから」
「ちょっと可哀そうですな。あんなに喜んでいたのに」
「努力は身になりますよ。決してムダにはなりません」
「いえ、そういうことではなく……」
侯爵の歯切れが悪いですね。
何でしょう?
「ソーニャは鏡に、ダライアス殿下が自分を愛していると聞いたようでして」
「あっ!」
そういえばあの鏡は、美と恋愛について知っているという触れ込みでした。
他人の恋愛について鏡に聞くのは、野暮で下卑た行為として美女ランキングが下がるからしないでしょう。
自分の恋愛について聞く手があったとは。
考えたことがありませんでした。
「殿下に愛されているとわかって幸せ、と申すものですから」
「あら、可愛いこと」
鏡が言ったことは本当かどうかがわからないです。
でもソーニャは若い。
努力している限り魅力が増しますよ。
ダライアスのハートもガッチリ掴めると思いますが……。
「協力いたします。ソーニャを決して離さぬよう、ダライアスに言い聞かせておきますからね」
「ハハッ、よろしくお願いいたしますぞ」
どうやら『幸せの鏡』は、こっちにも仕事を押し付ける気のようです。
まったくお茶目なんですから。
でもウソとも言い切れない、幸せな未来のための方便なのでしょう。
美も愛も儚い幻のようなものですからね。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
適当なことばかり言って、いつかこの鏡割られるんじゃないのと思われる方。
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