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長く付き合うなら~ポロTSI~

「うん…、これ、悪くない。いや、すごくいいね。」



先日、支店長と担当さんが、営業を終えた仕事場の裏口から入ってきた。勝手知ったる場所とはいえ、もう誰も来ないと思っていたから、突然の人影に驚いてしまった。



「そろそろ車検の時期だと思いまして…。」



そういうと、乗り換えプランとしてSUVなんかのパンフレットを持参してくれた。今乗っていたのは、先代モデルのポロGTというモデル。もともとはお義父さんがルポというフォルクスワーゲンの小型車に乗って往診に行っていたのだけど、そのルポという車種が無くなり、その当時一番小型のモデルだったのがポロだったので、ポロに乗り換えた。



ちょっとスポーティーなモデルが良いとのことで、ポロGTiというモデルにしたのだけど、1.4リッターのエンジンにターボとスーパーチャージャーがついて180馬力、40扁平という薄いタイヤに硬い足回り。じゃじゃ馬と呼ぶにふさわしい味付けで、アクセルがとても過敏で、信号が青になった時に軽くアクセルを踏んだだけでもホイルスピンを誘発した。齢82歳のお義父さんには、ちょっと気難しすぎて、一年で乗り換えとなる。



乗り換えた車は、少しパワーを抑えたポロブルーGTという車種。1.3リッター強のターボエンジン。少しマイルドになったと思ったのだけど、それでも140馬力ほどのエンジン成れど、同じく40扁平の足回り、過敏なアクセルは同じ味付けで、ちょっと気を抜くとホイルスピンを誘発するのは変わらなかった。我が家は一つ目の信号を曲がるとワインディングロードになっているのだけど、マニュアルスポーツカーより気楽に同等以上のペースで走れてしまう。そんな感じだったので、初めての車検の時、お義父さんは85歳となり、その運転の難しさからハンドルを持つことはなくなり、免許を返納した。それから、また二年がたち、お義父さんも鬼籍に入られ、普段は奥さんの往診車兼通勤車として使われていた。



支店長は、現院長である奥さんのマイカーとして使うことを想定して、多分SUVを勧めてくれたのだけど、生粋のクーペ好きの奥さんは全く興味を持たない。ポロを乗り換えるとすれば、同じようなコンパクトで、普段大きめの車を運転しているお義母さんがスケールダウンしてもらうための車にしたいという思いがあったので、フォルクスワーゲンならポロ一択ということになった。



比較対象として、ちょっとお義母さんが気になっていたMINIを試乗しに行った。重いステアリング、硬い乗り心地、操作が難しいインパネ周りと高齢の人には少し難しい部分があったが、見た目は気に入ったらしい。僕の印象は、あの小さなボディーで、もっと大きな高級車の乗り味、堅牢さを感じるボディ、安心感のある強いブレーキと、一昔前のドイツ車に感じた剛性感はとても素晴らしい車だと感心した。親会社のBMWが作っただけあって、そういうフィーリングになったのだろうとは思うが、流石にお年寄りには勧めづらい部分もある。



それからフォルクスワーゲンのディーラーに行き、ポロを試乗させてもらう。一番ベーシックなグレード。ディーラーを左折して一つ目の信号に至るまでの間に冒頭の言葉が僕の口から出た。MINIも運転しやすく、コンパクトだけどとても高級感のある乗り味だったけど、このポロのフィーリングはもっといい。軽快なハンドリング、今日乗ったばかりなのに2年くらい所有しているかのような運転しやすさ、1リッターとは思えない必要十分なパワー、65扁平の柔らかい乗り心地なのだけど、不安になるような撚れ感を感じさせない足回り。高速道路やワインディングを走ればMINIの良さの方が上回るだろうが、ほとんどの時間を費やすであろう街乗りの運転感覚は断然ポロの方がいい。そして、GTやGTiのようなタイヤの硬さもなく、変速のギクシャク感もない。乗り心地は良く、パワーもあり、疲れにくそうな質感を感じた時、ポロの本当の価値とは、このベーシックなTSIに違いないと確信し、どうして今までこのベーシックモデルに乗らなかったのか、自分の馬鹿さ加減にあきれてしまった。



「トヨタで一番開発費が掛かっている車って何かわかる?カローラだってよ。」



そんなことを昔友人が言っていた。高級なスポーツモデルではなく、一番売れて、一番世界の人から批評されるであろうモデルに一番お金が掛けられるというのは、考えてみれば至極当たり前のことだ。今のトヨタで言えばヤリスだろうし、フォルクスワーゲンで言えば、ポロTSIに違いない。



同じ車種なら最高グレードを選びたい。一番豪華で、一番パワフルなモデルが最高に違いないと思っていた。年を取って、少しずつ自分の使用用途に合ったモデル選びという方が重要なのだと頭ではわかってきたのだけど、大きなホイールに薄いタイヤ、低い車高に使いきれない馬力。そんなものにどうしても魅了されてしまう自分が今でもいる。カーグラフィックでは、田辺さんや松任谷さんがベーシックグレードの良さ、扁平率の高いタイヤのバランスを言っていたのが、やっとこういうことなのだと理解した気がする。



ベーシックなポロは、究極の下駄クルマと言ってもいいだろう。それも、高速からワインディング、普段使いまですべてをこなす素晴らしい車だと思った。整備を繰り返し、10年以上乗っても変える必要性が見いだせないかもしれないなと思わせるほどの良さがあった気がする。



「お義母さん、ポロの方がお勧めです。」



そういったのだけど、中身は全然違うものの、ポロからポロに乗り換えることに目新しさを感じず、派手で美しいカラーバリエーションのあるMINIと落ち着いた色しか選べないポロを比べると、どうしても諸手を挙げてポロを選べないらしい。



その気持ちも分かるから、車選びは難しい。



ただ、自分が見栄を張らない生活に根差した車を選ぶときは、絶対にベーシックなモデルを優先して選ぶようにしよう、そう心に決めた。



お義父さんの最後の車が、このポロTSĪだったら…。もっと豊かな最後のカーライフを送ってもらえたかもしれない、そう思うと、ちょっと残念な気持ちになってしまった。

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