思ってたのとなんか違う
昼休みを終え、私たちは教室へと戻る。
さっそく今日から作戦開始だ。ひとまず、エリアス様が近くにいるタイミングで私がクラリッサにいちゃもんをつけてみることにしよう。
クラリッサをいびる→エリアス様が目撃&止めに入る→クラリッサとエリアス様が接触――ってとこまでいけば、今日はじゅうぶんかしら。
まだ時間はあるし、原作と同じペースで恋を進めてもらえばじゅうぶん間に合う。
放課後。
廊下側の開いた窓際の席で、エリアス様はチェスターと雑談をしていた。その時、クラリッサが廊下を通りかかる姿が見えた。
これって、いいタイミングじゃない?
そう思い私が教室からアイコンタクトを送ると、クラリッサはすぐに気づき足を止めてくれる。
私はいそいそと廊下へ行くと、エリアス様から見えやすい場所に立って、目の前に立ち尽くすクラリッサに向けて口を開いた。
「ちょっとあなた、エリアス様の視界にわざと入ろうとしないでくださる? かわいい顔をしているからって、調子に乗らないことね」
顔を近づけてクラリッサを睨みつけると、クラリッサは一時停止した。私の迫真の演技に見惚れているのだろうか。
クラリッサと真逆に、周囲の生徒たちはざわついている。そして誰もが、クラリッサに同情の眼差しを送っていた。
横目でちらりとエリアス様の様子を窺えば、彼は険しい顔をして私たちのほうを見ていた。よし! うまくいってる!
ここでもう一押しすれば、きっとエリアス様が声を上げて間に入ってくるわ。エリアス様は責任感だけでなく正義感も強いもの。それに婚約者の不祥事を、黙って見過ごせるわけもない。
「聞いてるの? 私を無視するなんて、どういうつもり――」
「人前でか、かわいいなんて……お恥ずかしいです! きゃーっ!」
「……へ?」
なぜかわからないが、エリアス様が間に入ってくる前に、クラリッサは両手で顔を覆って反対方向へ走り去ってしまった。
……またヒロイン(代役)に逃げられてしまうなんて、どういうこと?
「なに今の。なんだか嬉しそうに見えたわね」
「いじめじゃなかったのか?」
傍観していた生徒たちも、クラリッサの態度に戸惑いを隠せていないようだ。なんなら私がいちばん戸惑っているのだが、これはいったい……。
「アミーリア」
「は、はいっ」
突然横から声をかけられ、肩を跳ねさせる。
顔を右に向けると、相変わらず眉をひそめたままのエリアス様が私をじっと見つめていた。
「……今のはなんだ? 彼女とは仲良くしていただろう。喧嘩でもしたのか」
「えっ? い、いやぁ……」
エリアス様、私がクラリッサと学園で一緒にいることを知っていたんだ。
クラリッサが意味不明な返しをするから、いじめじゃなくて喧嘩と思われてしまっている。
「入学早々くだらない騒ぎを起こすな。君と仲良くしてくれているんだ。きっといい子なんだろう。大事にするべきだと俺は思う」
「で、ですが彼女は私のエリアス様に……!」
エリアス様が呆れたように忠告してきたのに対し、苦し紛れの言い訳をしようとすると、チェスターが私とエリアス様を隔てている窓を思いっきり閉めた。
これ以上私の言葉を聞きたくない、むしろ顔も見たくないと、そういうことなのか。
「うわ、あれはちょっと悲惨……」
「チェスター様もアミーリア様相手に強気だな」
傍観者たちはそんな私を見て丸聞こえの陰口を呟きながら口角を上げている。……くそう。チェスターのせいで笑いものになっちゃったじゃない!
羞恥心を抱いた私は、とにかくこの場から一刻も早く去りたいと思った。とりあえず、クラリッサの後を追ってみようかしら……。さっきの態度はなんなのかも気になる。
すると、廊下の角を曲がったところで膝を抱えて座り込むクラリッサを見つけた。周囲に誰もいないのを確認して、私は小さな声でクラリッサに声をかける。
「クラリッサ? こんなとこに座り込んでどうしたの?」
「……アミーリア様」
顔を上げたクラリッサは涙目になっており、声も震えている。
「本当にどうしちゃったの――」
「申し訳ございませんんん! わたくし、アミーリア様のお役に立てなくてっ……! どうぞ煮るなり焼くなり好きにしてくださいませぇぇ!」
「え、えぇ? 落ち着いてクラリッサ!」
どうやら作戦をうまく実行できなかったことを悔やんでいるらしい。会話を聞かれないよう、私は慌ててクラリッサを宥める。
「最初なんだからうまくいかないことだってあるわ。それより――さっきの反応はなんだったの?」
ほかの生徒たちも言っていたが、私に暴言を吐かれたクラリッサは何故か照れており、心なしか嬉しそうにも見えた。
「……わたくし、たとえ演技だったとしてもアミーリア様に初めて〝かわいい〟と言われて、舞い上がってしまいました」
ぐす、と小さく鼻を啜って、クラリッサはぽつりと呟く。
「な、なるほど?」
正直、理解が追い付かない。エリアス様に言われて舞い上がるならわかるが、どうして私にかわいいと言われるのがそんなに嬉しいのだろう……。
それにクラリッサは誰がどう見ても美女だし、〝かわいい〟なんてこれまで何度も言われているのでは。
「でもねクラリッサ。作戦がうまくいけば、私ではなくエリアス様からもいっぱいかわいいって言ってもらえると思うわ。それ以上の愛の言葉だって」
「……エリアス様から」
「そうよ。あ、それにね! エリアス様がさっきこう言ってたの。クラリッサはいい子に違いないから大事にしろって。これはつまり、エリアス様はクラリッサに好印象を抱いているってことよ」
「いえ! わたくしはそれよりもアミーリア様から――はっ」
言いかけて、クラリッサは焦った顔をして口を閉ざした。私たちの間に沈黙が流れる。
どう見ても様子がおかしい。もしかして、私になにか隠し事をしているのだろうか。でも、今のところ敵意を向けられている感じもないし……むしろ……。
「ごめんなさい。なんでもございませんわ。アミーリア様の言う通りですわね。次からはうまくやってみせますわ!」
「え、ええ。頑張りましょうね」
彼女が私を見る目はいつも眩しくて、好意しか感じられなかった。
クラリッサは元々私を慕っていたわけではない、というのが原作のデフォルト設定のはず……。これは、私の思い上がりなのだろうか。