ヒロインの代役
「わたくしがエリアス様とっ!?」
昼休みも残り半分を過ぎたところで、ひとけのない裏庭にクラリッサの声が響く。
「そう。あなた、本当はエリアス様のことが好きなんでしょう? お茶会で出会ってからずっと」
「えっ? そ、それは……」
気まずそうにクラリッサが視線を泳がせる。なんてわかりやすい反応だろう。
「あたりでしょう? こう見えて私、観察力があるの。だからクラリッサがエリアス様を好きなことくらいすぐに気づいたわ」
本当は前世の記憶のおかげだけれど。
「……」
クラリッサはなんと答えたらいいかわからないというように、斜め下を見つめて口をつぐんだ。
エリアス様目当てで私に近づいたことまでバレていると思っているのかしら。そんなことまったく気にしていないし、むしろ私からすると好都合なのに。
「あの、わたくしの気持ちは一旦置いておくとして……どうしてアミーリア様がわたくしとエリアス様の仲を取り持とうとするのですか? アミーリア様はエリアス様をそれはもうたいへん好いているのだと、入学前から噂になっておりましたのに……」
婚約が決まってから数年間、あれだけエリアス様に付き纏い続けてきたのだ。私がエリアス様にぞっこんだというのが王都中の噂になっていることなんて、私自身も把握している。
「そうね。その通りだわ。……クラリッサ。私を慕ってくれるあなたにだから言うのだけど、私、エリアス様との結婚より大事なことを見つけたの。そのためには、この婚約は私にとって枷になる」
「……大事なこと?」
瞳を丸くさせて前のめりになるクラリッサに、私は大きく頷きを返す。
「それはね、自由よ」
正直に他に好きな人がいるっていうと色々と面倒だし、今の時点で彼の名前も知らないから、それはとりあえず伏せておこう。
私が悪役令嬢である物語から解放されて、エリアス様の婚約者という立場からも解放されて、その先にやっと自由がある。
自由を手に入れられれば、私は大好きな人がいる隣国に行って、そこで永遠に暮らすこともできる。嘘はついていない。
「自由、ですか?」
「ええ。早い話、私はエリアス様には相応しくないの。もし王太子妃になれなんて言われても、なれる自信がないわ。それよりも自由に好きなようにして生きたいって最近気づいたの。それに――私はこの先も一生、彼に愛されることはないから」
憂いを帯びた目線を意識しながら言ってみる。ちょうどよく風が吹いて、私の長い髪を切なげにゆっくりと揺らしてくれた。ナイス風! いい演出効果よ!
「愛されない人のそばに居続けるのは、もううんざりなの」
「……アミーリア樣がそこまでお考えになっていたなんて知りませんでした」
そりゃあそうよね。そんな素振り、誰にも見せたことなかったもの。そもそも最初から好きじゃなかったなんて知ったら、どんな反応するのかしら。ちょっと気になる。
「だからクラリッサ! あなたに協力してほしいの。立場上私から婚約破棄なんてできないし、そんなことをしたらお父様やお母様になんと言われるか」
「それは……たしかにそうですわね。王家との婚約を勝手な私情で破棄するなんて、考えるだけで恐ろしいこと……」
「でしょう!?」
私はエリアス様から婚約破棄してもらうしかないのだと、クラリッサに熱弁する。
「しかし、わたくしは一体なにをすれば……」
「そんなの決まってるでしょう。最初に言った通り、あなたとエリアス様が恋に落ちたらいいのよ。本当に好きな人ができたら、エリアス様も私との婚約を考え直すわ。クラリッサは私の言う通りにしてくれるだけで、絶対にエリアス様をモノにできるから! 私、彼の好みは熟知しているの」
「……そ、そうなのですか?」
その割に、全然エリアス様とうまくいってないように見えるけど? と、クラリッサの顔に書いてあるが、彼女の抱えている不安は華麗にスルーした。
「でも、そんな簡単にうまくいくでしょうか? エリアス様とアミーリア様の婚約は、エリアス様の両親――つまり、国王陛下が慎重に相手を選び決めたこと。責任感のあるエリアス様が、別の女性を好きになったという理由だけで婚約破棄をするとは、わたくしには思えないのですが……」
さすがクラリッサ。目の付け所がとてもいい。
彼女の言う通り、エリアス様は責任感の強いお方だ。この国をよくするために、幼い頃から難しい勉強をしていたのも知っている。そのためどんなに私がうざくとも、婚約関係を続けてきた。それは〝とき★まじ〟本編でもそうだった。
だからこそ、私の行動が重要になるのだ。
「そこに関しては私に考えがあるの。例えば……か弱い同級生を見るに堪えないほどいじめるような女が自身の婚約者だったら、エリアス様も考え直すと思わない?」
「それはそうかもしれませんが……まさか、アミーリア様の考えって」
私の意図に気づいたのか、クラリッサがごくりと生唾を飲みこむ。
「ええ。私、エリアス様の前であなたにひどいことを言ったりしてわざと嫌われようと思うわ! あなたもどんどん、エリアス様に私の悪事をでっちあげて報告してほしいの!」
「そそそ、そんなことしたらアミーリア様がどうなるか……!」
「全然構わないわ! 私、国外追放にされるくらい過激な罰を望んでるの! そこまでしなきゃ、エリアス様は婚約破棄してくれないと思うわ!」
「こ、こくがいついほう……」
青ざめるクラリッサに、私はにっこりと微笑む。そんな私を見て、クラリッサの顔がさらに青くなった。
「私にいじめられていると知れば、エリアス様はあなたのことをすごく気にかけると思うの! ふたりの距離は縮まって、作戦通りエリアス様がクラリッサに惚れれば、自分の想い人をいじめる私への怒りは相当なものになるはず。そのまま悪女の私に愛想を尽かして、婚約破棄! どう? いい案でしょう?」
「……アミーリア様、改めて聞きますが、本気ですか?」
「もちろん」
一片の迷いもなく即答する。
この作戦でいけばステラ不在でも当初予定していたように、実際にひどい嫌がらせや闇堕ちをせずとも断罪されることができる。
「クラリッサも大好きなエリアス様と結ばれるんだし、悪い話じゃあないはずよ」
「……アミーリア様はどうするのですか? 悪女という噂が広まって、本当にいいのですか?」
「ええ! ……あ、でも、できたらこっそり陰で仲良くしてくれると嬉しいわ」
「……」
てへへ、と後ろ頭を掻きながら笑うと、クラリッサは悩ましげな表情を浮かべた。私と仲良くすることが面倒なのか、はたまたこの作戦に乗り気でないのか――いや、そんなわけないわよね。彼女にとっては、いいことしかないもの。損をするのはあくまで私だけのはずだ。
「……わかりました。アミーリア様の頼みならば、引き受けさせていただきます」
大きく深呼吸をした後、クラリッサが覚悟を決めたようにそう言った。
「本当!?」
「はい。わたくしがうまく立ち振る舞えるかはわかりませんが」
「大丈夫。エリアス様はか弱くて可憐な乙女が好きだから、そういった女性を意識すればイチコロよ!」
エリアス様に近づくためだけに私に媚びを売り続けたクラリッサだもの。エリアス様を手中に収めるためなら、なんだって器用にこなせると思う。
「一緒に頑張りましょうね。クラリッサ! 私、あなたがいてくれてほんっとうによかったわ!」
精一杯の感謝を込めてクラリッサの手を両手でぎゅうっと握る。
ステラがいなくなってどうしようかと思ったけれど、クラリッサのお陰でなんとかなりそう。形は違えど、この世界でも原作通り彼女と協力し合えることはどこか嬉しい。それに、今世では最後に裏切られる心配もない。
「……アミーリア様」
クラリッサは翡翠色の目を細めて、眉を下げて困ったように笑った。
ああ、早くその可愛い笑顔をエリアス様に見せてあげたいわ。




