〝おもしれー女〟は作れる
昼休みになると、私はすぐに裏庭へと向かった。
ここは校舎をぐるりと周らなくてはならないため、貴重な昼休みにわざわざここまで来る者は滅多にいない。だから、考えごとをするにはおあつらえ向きだ。
私はちょうどいい場所に置いてあるベンチに腰掛けると、ひとりで使用人に用意してもらったサンドイッチを頬張った。
公爵令嬢であるアミーリアが誰もいない日陰でひっそり地味なランチタイムを過ごしているなど、ほかの生徒たちは知る由もないだろう。
ちなみに普段は食堂へ行くのだが、あそこに行くといつもお兄様と鉢合わせてしまうので今日は避けることにした。だってお兄様に会うと、最短でも十五分は解放してもらえないんだもの。
「はぁ~っ。やっぱりヒロインがいないと、どうにもならないわよねぇ」
悪役令嬢は悪行をしなければ意味がない。つまり、いじわるをする相手が必要なのだ。そうでなければただの性悪な令嬢で終わる。
そしてそんな悪役からヒロインを守るのが、エリアス様を始めとするイケメンたちの役目。そうすることで読者の好感度を上げ、ヘイトはすべて悪役へと向かわせる。
悪役令嬢というのは物語における強烈なスパイスのようなもので、やってることは非道であるが、それらはすべて、結局ヒロインのロマンスを盛り上げるためにすぎない。
「今の私はスパイスにもなれていないわ……」
口の端についたチリソースをぺろりと舐めて私は落胆した。このチリソースのほうが、よっぽどこの世界の役に立っている。
「ステラが戻ってこないんだったら……いっそ代役を立てる、とか?」
そこでふと思いついたのが、エリアス様と恋に落ちる別のヒロインを勝手に作り上げる、という作戦だった。
エリアス様がステラと仲良くなったきっかけは、ステラがエリアス様の立場に臆することなく自然に接してくれる変わった令嬢――いわゆる〝おもしれー女〟だったから。そんな些細な行動が、エリアス様との距離を急激に縮めることになる。
普通の令嬢は婚約者の私が怖くてなかなかエリアス様に近づけなかったが、ずっと田舎町の子爵家にいたステラはそもそも私のこともよく知らなかったっていうのも大きなポイントといえる。
「だったらこっちでエリアス様好みの〝おもしれー女〟をステラとは別に用意するまでよ。どうしてもっと早く思いつかなかったのかしら!」
暗闇に一筋の光が見えた気がして、おもわず立ち上がる。
シナリオ強制力がないのなら、エリアス様がステラ以外と恋に落ちないなんて決まりはない。
無事にヒロイン代役が見つかった暁には、その子に協力を仰いで私とエリアス様の取り合いをしてもらおう。もちろん、そこで私は漫画通りの嫌な女を演じればいい。そうしてふたりがいい感じになったところで婚約破棄してもらえば、晴れて私は自由の身だ。
国外追放処分まではいかないかもしれないが、婚約破棄されて心身ともに疲弊しすべてを捨てて隣国へ――って感じで行けば、黒髪イケメンも私を哀れんでくれるかも!
「エリアス様の婚約者の座を奪えるなら、ここの令嬢たちなら誰でも喜んで協力してくれそうだけど……」
とはいっても、エリアス様はきっとおもしれーだけで落とせる相手ではない。
それに、ステラほどの輝きと透明さを持ち合わせた美女はなかなかいない。加えて彼女はヒロインというだけで魔力に関してはチート能力も持っており尊敬できる対象でもあれば、不遇な背景を乗り越えていくっていう〝手を差し伸べたい欲〟を掻き立てるけなげさもある。
ステラと同じ条件をすべて満たすのは無理難題だけど、なにかひとつでも同じ条件を持ち合わせている子が見つかれば――。
「アミーリア様! 見つけましたわ!」
そう思ったところで、私を呼ぶ甲高い声が聞こえた。声のほうを見ると、金髪の美女が巻き髪を揺らしてこちらへと駆けてくるではないか。
「ものすごく探したんですわよ。ああ、見つかってよかった!」
「……えーっと、クラリッサ?」
僅かに息を切らして、彼女――クラリッサは、にっこりと満面の笑みを浮かべた。
クラリッサは物語上ではモブに近いサブキャラで、わかりやすく言うと悪役令嬢の取り巻き役である。いつもアミーリアと行動し、ステラへの嫌がらせも一緒にやっていた。しかし、実際に手を下すことはせずに私の後ろで笑っていることが多く、最後なんて国外追放が決まったアミーリアを見捨てて、自分は無関係だといわんばかりに身を潜めていた卑怯な令嬢である。
学園に入学してからすぐに彼女に話しかけられ、流されるがままに一緒に行動することもあった。
この一週間、ステラのこと以外は基本的に上の空で『ああ、彼女がクラリッサか……』くらいにしか思っていなかったが――。
「……いい。すごくいいわ」
改めてクラリッサを見た今、気づいたことがひとつ。
クラリッサはステラにも負けず劣らずの美女だということ。
「あなた、魔法は得意?」
「え? 実力試験では全体の真ん中あたりの成績でしたが……」
「そう。不躾な質問にはなるけど、なにか悲しい過去があったりは?」
「いいえ? 特にありませんわ」
わかってはいたが質問してみる。そして当たり前に、ステラのような設定がクラリッサに盛り込まれていることはなかった。
だけど大丈夫。彼女には、輝きと透明感がある。肌は白いし、金髪がキラキラしてるし、顔だけじゃなくてスタイルもいい。綺麗の中に可愛らしさもある顔立ちで、彼女ならじゅうぶんエリアス様と結ばれるヒロイン、ステラの後継人になれる素質を持ち合わせていると思う。
「あとは……出身はどちらで?」
「エイマーズ伯爵家ですわ」
身分も申し分ない。身分差という恋の障害……って萌えポイントはなくなってしまうが、逆に言えば両想いにさえなればすんなりとうまくいきやすいってことだ。
「そういえば言い忘れていました。アミーリア様とエリアス様とは、グランド公爵家主催のお茶会で幼い頃何度かお会いしたことがありますの!」
グランド家主催のお茶会……やりすぎてどれか覚えていない。
というか、クラリッサがアミーリアに近づいた理由って、エリアス様を好きだったからじゃないっけ?たしかそんな感じのことが、物語の終わりに記載されていた気がする。
昔お茶会でエリアス様にひとめぼれしたクラリッサは、どんな形でも王子のそばにいたくて、婚約者の私に媚びを売っていたと。
つまり――クラリッサはこの時点で既にエリアス様に気があるってこと。こんなに都合のいいことはない。
「あなたに決めたわクラリッサ!」
「えっ……? な、なにを?」
「私があなたの願いを叶えてあげるから安心なさい! 幸せにしてあげる!」
「よくわかりませんが、とても逞しくて素敵ですわアミーリア様!」
クラリッサはまったく意味不明の状況だろうに私を称えてくれた。髪だけでなく、瞳もキラキラ輝かせ真っすぐに私を見つめてくる。ああ、なんてかわいらしい。こんな目で見られたら、きっとエリアス様もイチコロね!
私にいじめられたって嘘を吐くことだって、元々卑劣な性格をしているクラリッサならなんの罪悪感もなくやってのけるはず。本来では私を裏切るという行為で見せたその卑劣さを、今世では私のために使ってもらうわ。
「おもしれーは作れる! はい、復唱して! クラリッサ!」
「おもしれー? は作れる! ですわね!」
待っていてエリアス様。あなた好みの美人で頑張りやなおもしれ―女を、もうすぐ連れていきますから! そのまま是非恋に落ちてもらって、その後はすぐに婚約破棄しましょうね。
隣で微笑むクラリッサを見ながら、私は根拠もなくこの作戦がうまくいく気がしていた。