恋人? いいえ。ただの〝婚約者〟(side エリアス)
ラスタ王立学園入学式。俺は朝から憂鬱だった。なぜなら――。
「……今日から二年間、アミーリアと朝から夕方まで一緒なのか」
俺にはアミーリア・グランド という婚約者がいる。
現国王の父と親交深いグランド家の令嬢で、第二王子の俺は八歳の頃、両親の意向で彼女と婚約を交わすことになった。
そしてそれから八年後――十六になった今も、未だにその婚約者がどうにも好きになれない。
凛として美しい見た目からは想像もつかないほど、彼女の性格は最悪だった。
幼いころから侍女たちへのひどい我儘に、俺への束縛、贈り物への苦言。言い出せばキリがない。
それに加え、顔を合わせるたびに俺への愛を語る割には好かれようと頑張ることはなく、ひどい我儘ばかり。俺がどんなに嫌がっても空気を読まず、馬鹿でも言える薄っぺらい愛の言葉を並べ追いかけてくる。
アミーリアがしているのは、ただの〝好きの押し売り〟だった。当然、俺はそんな彼女を好きになるどころか、冷めていくばかりだった。現国王の父が決めた相手でなければ、即婚約破棄していたと思う。
そんな彼女と同じ学園に入学するのだから、楽しみよりも憂鬱が勝ってしまうのは、もはや仕方のないことだった。
「……はあ。行くか」
本人に会う前に早速ため息を漏らした俺は、これから新生活が始まると思えないほどの低いテンションで学園へと向かった――が。
入学式を終えたころ、大きな違和感に気づいた。
あまりにも平和すぎる。というか、なぜアミーリアは話しかけてこない? まさか寝坊したのではないだろうな?
そう思い辺りを見渡す。すると、いちばん後ろの列にアミーリアはいた。だがどこか元気がなさそうに見える。
俺と同じ空間にいることがわかっていて、俺を探す素振りをまったく見せないことに少し驚いた。彼女もさすがに入学式ではおとなしくできるのかと、新たな発見を得た。
……まぁどうせ、教室に行けば真っ先に騒ぎ立ててくるんだろう。
しかし、そんな俺の懸念は無駄だったと気づかされる。なぜなら、俺が教室に入ってもアミーリアはまったくこちらに気づかない。女子生徒が俺を見て黄色い声を上げても、少しも興味がなさそうなのだ。
ただ席に座ったまま抜け殻のようになっていて、心ここにあらずという感じだ。
普段なら俺を見つけるなり餌を見つけた獣のように飛びついてきて、周囲にこの餌は自分のものだと知らしめたがる――というよりは、どれだけ自分が俺を好きかをやたらとアピールするのに。
「浮かない顔をしてどうした? アミーリア」
いろいろと考えた結果、様子のおかしい婚約者を放っておくことはしなかった。下手に放置してあとからアミーリアに騒ぎ立てられては、そっちのほうが面倒だと思ったからだ。
「……エリアス様」
「君がため息なんてめずらしいな」
もしかしたら、俺の気を引くためにわざとこんな態度をとっていたのかもしれない。しかし、彼女がため息をつく姿は初めて見たような気もした。
アミーリアは相変わらずぼうっとした顔で、何度も見ているであろう俺の顔を凝視している。
「ああ! それくらいのかましなら私にもできたのに! 一体どこへ行っちゃったの!」
「ア、アミーリア?」
かと思えば急にわけのわからないことを叫び、俺を混乱させ続ける。
本当にどこかおかしくなったのでは……という心配と、あまりに情緒不安定なアミーリアにどう接していいかがわからない。だが、先ほどの言葉からなにかを探してることだけは瞬時に理解できた。
「ごめんなさいエリアス様。なんでもございませんわ」
「〝どこに行ったの〟と言っていたろう?」
「私が探しているのはいつもエリアス様、あなただけです」
しかし、アミーリアはいつもの調子を突如取り戻したように軽口を叩いて、俺の問いかけを誤魔化したのだ。頼んでもない上目遣いは俺を苛立たせ、無意識に口角がぴくりと反応する。
「……そうか。なにもないならいいんだ。ああ、それと、大事なことを言い忘れるところだった」
彼女の探しものなんて正直どうでもいいし、やはり話しているだけでどっと疲れると感じた俺は、仮にも婚約者にこう言い放つ。
「ここではいつもの感じで俺に接するのはやめてほしいんだ」
「いつもの感じって、具体的にどういうことでしょう?」
わかっているくせに小賢しい。俺に少しでも好かれたいのなら、嘘でも理解があるふりをすればいいものを。馬鹿なうえに馬鹿なふりまでする必要があるのか。
「必要以上に構えと言ったり、スキンシップをとろうとしたり……そういった行為だ」
「えぇ? 私たち恋人同士なのに、どうしてダメなんですの?」
大きなため息をつき丁寧に説明してやっても、アミーリアは一向に理解を示さなかった。これ以上話したところで意味がないと思った俺は、最後にもうひとつ、大事なことを告げる。
「……俺たちは恋人同士じゃない。親が決めたただの〝婚約者〟だ」
アミーリアが俺を恋人だと勘違いしていたようなので、改めて現実を突きつけておく。
俺たちは親に決められた婚約者。そこに決して、恋だの愛だの存在しないのだと。