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恋人? いいえ。ただの〝婚約者〟

 ヒロインステラに逃亡された後、私は呆然としたまま入学式へと向かった。既に最初の挨拶は始まっており、五分の遅刻だった。

 遅刻者用に準備されたいちばん後ろの椅子に座ったまま、私は頭を抱える。


――初日にヒロインに逃亡されるってどういうこと!? そんなことある!? 私がなにをしたっていうの!?


 怯えたステラの顔が脳裏に焼き付いて離れない。私の笑顔って、そんなに怖かったのだろうか。学園長の挨拶はおろか、二年生代表であるお兄様の挨拶すらなにも耳に入ってきやしない。


 ……いけない。まずは冷静になるのよアミーリア。

 これは〝とき★まじ〟の世界なんだから、ステラがいなくなるわけない。さっきはなぜか……私が話しかけたせいで逃げてしまったけど、後からひょっこり顔を出すはずだわ。そうでないと、物語が始まらないもの。ステラだって、不遇な環境から逃げたくてここへ来たのだから、帰る場所はほかにない……はず。


 私は自分にそう言い聞かせると同時に、はやる気持ちを抑えきれずステラに接触したことを後悔した。

 アミーリアがステラをいじめていた大きな理由は、婚約者であるエリアス様と仲良くしていたからだ。協力を頼むのは、ふたりが仲良くなってからでもよかったのに。今後は様子を見ながら、シナリオ通りに物語を進めていくだけにしないと。


 改めて反省したところで、入学式は終わりを告げた。そして新入生はそのまま教室へと案内されることになった。

 大ホールを出る際、出口付近に立っていたお兄様とばっちり目が合う。お兄様は私を見てふわりと微笑むと、ひらひらと手を振ってきた。すると、周りの女子生徒たちが黄色い声を上げる。

 突然のことにびくりと肩が跳ねつつも、私もお兄様に手を振り返した。……女性嫌いでなくなったお兄様は天然の人たらしになったようだ。


 教室へ行き席に到着するも、やはりステラの姿は見当たらなかった。彼女の空いたままの席を眺めながら、私は小さなため息をつく。


「浮かない顔をしてどうした? アミーリア」


 すると、頭上から聞き慣れた声が降ってきた。

な にげない言葉を発しているだけなのに、まるで愛の言葉かのように甘い声。高すぎず低すぎず、聞いていて心地がいい。声だけでここまで褒めることができるその相手は――。


「……エリアス様」


 この物語のヒーロー。エリアス・ローウェル。このラスタ王国の第二王子であり、現段階では私の婚約者。


「君がため息なんてめずらしいな」


 エリアス様はそう言うと、物珍しいものを見るような眼差しを私へと向けた。

 透き通るようなミルクベージュの髪に、赤茶色の瞳。白と紺を基調とした学園の制服も抜群に着こなしており、すらっと長い脚がスタイルの良さを際立てている。

 ただそこに立っているというだけで、周囲の視線をひとりじめする。それがエリアスという男だ。

 数日前も会ったというのに、いざ物語がスタートしてから彼を見ると、改めてとんでもなくイケメンだと思う。前世では、一生関わることがなかったくらいの。


「……どうした? アミーリア」

「えっ? い、いや、少しぼーっとしてしまって」


 なにも反応を示さない私を見て、エリアス様が僅かに眉間に皺を寄せる。

 いけない。おもわず無言で見つめ返しちゃったわ。

 ……ああ、そういうえば、物語だったらここでステラが登場してエリアス様にぶつかって、ふたりが初めて顔を合わせるっていうイベントが起きたんだっけ。

 それで私が「ちょっと! 私の婚約者にわざとぶつかるなんてどういうつもり!?」っていちゃもんをつけて、エリアス様だけでなくクラスメイトからも「なんか怖い女」って思われるのよね。


「ああ! それくらいのかましなら私にもできたのに! 一体どこへ行っちゃったの!」

「ア、アミーリア?」


 開始早々に物語を狂わされて焦り、一度落ち着き――次は怒りが湧いてきた。もちろん怒っている相手はステラを逃亡させてしまった自分自身だ。


「アミーリア、なにか探しているのか?」


 頭を抱える私を見て、エリアス様が心配そうに声をかけてくれた。いや、これは心配というより、情緒不安定な私に引いているようにもとれる。

 エリアス様の顔を見て、私ははっとして冷静さを取り戻した。ステラを探しているなんて、なんの関わりもない今の段階で言えるはずもない。しかし、エリアス様は完全に私の様子がおかしいことに気づいている。どうにか誤魔化さないと。


「ごめんなさいエリアス様。なんでもございませんわ」

「でも、〝どこに行ったの〟と言っていたろう?」

「私が探しているのはいつも、エリアス様、あなただけですっ」

「……」


 きゅるんっと上目遣いに首を傾げてエリアス様にそう言うと、エリアス様の口の端がひくついた。


「……そうか。なにもないならいいんだ。ああ、それと、大事なことを言い忘れるところだった」

「大事なこと?」


 私が聞き返すと、エリアス様が小さく頷いてまた口を開く。


「今日から俺たちはクラスメイトにもなるわけだが、学園はあらゆることを学ぶ場所だ。だからいくら婚約者といえど、あまりその関係をひけらかすような行動は控えたい」

「と、いいますと?」

「……ここではいつもの感じで俺に接するのはやめてほしいんだ」


 人の目もあるからか、小さな声でエリアス様はそう告げてきた。言いづらかったのか、斜め下に目線をずらしたあと、またちらりとこちらを見て、私の様子を窺っている。


「いつもの感じって、具体的にどういうことでしょう?」


 言いたいことは理解しているが、わざとわからないふりをした。こう答えると、いちばんエリアス様を困らせると自分でわかっているからだ。

 案の定、エリアス様は面倒くさそうにため息をついた。私がついたのより、もっと大きなため息を。


「必要以上に構えと言ったり、スキンシップをとろうとしたり……そういった行為だ」

「えぇ? 私たち恋人同士なのに、どうしてダメなんですの?」


 長い髪を人差し指にくるくると巻き付けながら、私は猫撫で声を出した。


「……はぁ。やっぱり、君にはなにを言っても無駄みたいだな」


 これ以上話しても意味がないと思ったのか、エリアス様は諦めたように俯くと、右手で髪をくしゃりと掻きあげた。

 私だって、できることなら聞いてあげたい。無理にうざい女を演じるのにも、まぁまぁ飽きてきたし。でも婚約破棄が無事に終わるまでは、エリアス様の好感度を落とさないといけないんだもの。このままステラが戻ってこなくて、エリアス様と結婚――ってことになったら最悪の結末だし。


「最後にもうひとつ大事なことを言っておくけど」


 エリアス様は私の座っている席の机に手をつくと、そのまま耳元に唇を寄せてきた。そして、無駄にいい声でこう囁いた。


「……俺たちは恋人同士じゃない。親が決めたただの〝婚約者〟だ」


 甘い言葉を囁くような素振りで、辛辣な言葉を浴びせ終わると、エリアス様は颯爽と私の前から去って行った。そんな彼の背中に向かって、私は心の中で叫ぶ。


 ――そんなこと、わざわざ言わなくてもわかってますから安心してください!


 私の運命の人は、追放後に出会う黒髪のイケメンだもの。

 ていうか……ここ数年のわがまま放題が効いているのか、実際の物語よりもエリアス様から嫌われているように思えるのは気のせいかしら。


*おまけ小話


「アミー。せっかくの入学式なのに、ずっと憂鬱そうな顔をしているね」


 帰りの馬車で頬杖をつき窓の外を眺めていると、お兄様が心配そうに顔を覗き込んでくる。


「もしかして、エリアス王子になにか言われた?」

「いえ。そんなことないわ。ただ……」

「ただ?」

「……仲良くしたいと思った女子生徒に笑いかけたら、逃げられてしまって」


 お兄様にはなんでも話せるほど信頼関係を築けていたため、ぽろりと弱音を漏らす。


「逃げられた?」

「ええ。頑張って話しかけたのよ。精一杯の笑顔で……ほら、こんな感じ」


 ステラに話しかけた時と同じようにお兄様に笑いかけてみると、お兄様は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした後、くすくすと笑い始める。


「ふはっ。アミー、君は本当にかわいいね……!」

「え? え? なにがおかしいの? お兄様」

「アミーは知らないだろうけど、君の作り笑顔って、ほかの人からしたらちょっと怖く感じちゃうかもしれないな」

「……」

「あ、でも自然な笑顔は天使のようだし、僕にとってはもはや全部がかわいいよ!」


 黙りこくる私を見て、お兄様がすかさずフォローを入れてくる。

 ――私の作り笑顔が怖い? そんなわけないじゃない。アミーリアはそこそこ美人にキャラクターデザインされているんだから。


 そう思い、窓を鏡代わりにしてにこりと口角を上げ微笑んでみる。そこにはまるで般若のような顔をしたアミーリアのぎこちない笑顔が映っていた。

 ……これは逃げられても仕方ないかも。


「大丈夫だアミー! 元気出して! その子ともきっと仲良くなれるさ!」


 お兄様の声が、右から左へとすり抜けていく。


 こうしてヒロイン不在という最大の問題を抱えたまま、〝とき★まじ〟という物語は幕を開けた。



続きは本日の夜更新予定です(2023年7月26日記載)

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