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ヒロインに笑いかけたら逃げられました

幼い頃にそう決めた私に抜かりはなかった。


『アミーリア、エリアス第二王子だ。ご挨拶なさい』

『はい。お父様』


 八歳になると、私はお父様に王宮へ連れていかれた。ついにこの時が来たのかと、その日の道中はドキドキしっぱなしだった。

 王宮に着いた私を待っていたのは、後にヒロインと恋に落ちるエリアス第二王子で、そこで私はそのままエリアス様と婚約を結ぶこととなった。いわゆる政略結婚の相手に、名家公爵令嬢であるアミーリアが選ばれたのだ。


『これからよろしく。アミーリア』


 記憶を取り戻していなかったら、ふわりと微笑むエリアス様に心を奪われていたかもしれない。物語のように、彼を心から愛していたかも……。でも、未来を知っている私は婚約が決まった時も舞い上がることはなかった。幼いエリアス様の姿を見られたことには若干興奮したけど……。

 エリアス様にはなんの恨みもなかったが、今後のために彼に嫌われるための行動は今の内からやっておかねばならない。


『エリアス様ぁ~今日も会いにきましたわ~』

 そのため興味はなくても、うざったいほどエリアス様に好き好きアピールをし、

『私がいないお茶会には参加しないでくださいませ!』

 束縛し、

『まぁ! 素敵なプレゼントをありがとうございます。ですが私、もっと高級なものが欲しかったですわぁ。色もあまり好みでないし……』

 とにかくわがまま放題しまくった。


 私が傲慢なうっとうしい女でいることで、エリアス様は学園で出会う控えめで天使のような正反対の性格をしたヒロインに惹かれることになるのだ。作中でエリアス様の心境が語られていた時に、このように言っていたから間違いない。


『……はぁ。君は変わらないな』


 私の予想通り、年が経つにつれてエリアス様の私を見る目は冷めたものに変わっていった。顔を見るたびにため息を吐くようにもなった。すべて計画通りよ! おーほっほっほ!


 こうして悪役令嬢になるための準備は着実に進んでいたが、すべての対人関係を物語通りに進めることはできなかった。例を出すとしたら――ゼインお兄様だ。


 ゼインお兄様は物語でエリアス様の恋敵役その1として登場するそこそこメインキャラ。アミーリアと違い性格は控えめだが、これもまたアミーリアと真逆に秀才だった。魔法もできるし勉強もできる。

 アミーリアは兄ばかりが褒められることをよく思わず、唯一お兄様が苦手な剣術の稽古にだけ着いて行き、うまく剣を扱えないお兄様を嘲笑った。

 昔は仲が良かったのに急に妹から冷たくされ、そのせいで女性が苦手になり異性と距離を置くようになったゼインお兄様だが、ヒロインに初めて優しくされて、その純粋さと女性らしさに惹かれ恋に落ちる。 

 本当は積極的にアピールしたかったものの、ヒロインをいじめているアミーリアの兄ということ、妹を止められなかったという後ろめたさからなかなか行動に移せず、その恋は叶わなかった。

 結果的に恋に敗れはしたものの、いいところまで頑張っていた記憶がある。私の周りにも〝ゼイン派〟は何人もいた。いわば最強の当て馬役。


 それになんといっても、殺人未遂を犯したアミーリアが国外追放で済んだのは、ゼインお兄様が必死に王家を説得してくれたからだという背景がある。嫌い合っていても、たったひとりの妹をお兄様は見捨てられなかったのだ。

 なんて優しいお兄様。そんな事実を知りながら冷たく接し笑いものにするなんて私にはできない!

 仲がよかろうが悪かろうが、お兄様が王家を説得してくれるって行動はきっと変わらないだろう。それに、お兄様はとても素敵な男性だ。万が一、なにかの間違いでヒロインが惚れてしまっては、私がエリアス様と婚約破棄できないから困る。

 それに、こんなに素敵なお兄様が失恋して傷つくところも見たくない。だから女性が苦手にならないよう、冷たくせずにたくさん甘えることにしよう。そうすれば、ヒロイン以外の素敵な令嬢と恋に落ちるルートが開かれるかも。


 あくまで私の目的は、エリアス様と婚約破棄するためにヒロインとくっつけて、エリアス様の愛するヒロインをいじめた罪で国外追放されること。だからお兄様を救済したって、なんの問題もない。みんながハッピーエンドになれれば、これ以上幸せなことはないのだから。


『ゼインお兄様~! 一緒に遊んで~!』

『今日もかい? まったく、アミーは僕がいないとダメなんだから』

『だって私、お兄様大好きだもの! エリアス様より好きよ! かっこよくて、魔法もすごくて、自慢のお兄様なの!』

『それは嬉しいな。僕もアミーが大好きで、自慢の妹だよ』

『私になにかあったら、お兄様が助けてくれる?』

『当たり前だろう。僕が必ず守るよ。可愛いアミー』


 私が甘え倒したおかげで、兄妹仲は冷めるどころか燃え上がっていた。ゼインお兄様のシスコン度は年々増していったが、今のところ異性を避けている様子もない。計画通りよ! おーほっほっほ!


 ヒロインとほかの重要キャラクターたちとは、〝とき★まじ〟の舞台となるラスタ王立学園で出会うこととなるはずだ。私はその日を待ち続け、ひたすらエリアス様にうざがられ、時にはお兄様に甘える生活を続けた。


 ――そして時が過ぎ、十六歳になった。

 今日はついに、私にとってのXデー。そう、魔法学園に入学する日だ。

 ついに〝とき★まじ〟の物語がスタートする。準備は万端だ。


「……いい。最高の仕上がりよ。アミーリア」


 入学式へ向かう前、部屋に備え付けてある全身鏡を見て私はおもわず呟いた。鏡に写っている自分は、それはもう満足げに恍惚な表情を浮かべていた。


「最高の悪役顔よー! アミーはこうでなくっちゃ!」


 紫色の大きな瞳は目尻にかけて吊り上がり、生意気な猫のよう。

 艶のある青みがかった銀色のロングヘアーは、風が吹いてなくても勝手になびきそうなほどサラサラだ。

 コルセットがなくともしっかりくびれがあり、すらっとした手足にピンと伸びた背筋。漫画で見るより、実際見る方が何倍もスタイルがいい。


「お嬢様、そろそろご出発の時間かと……」

「えっ!もうそんな時間!?」


 後ろで待機していた侍女が、空気を読んで声をかけてきた。自分に見惚れているあいだに時間がきてしまったらしい。私は急いで馬車に乗り込み、学園へと向かった。

 ひとつ上のお兄様は生徒会の仕事があるため、私より先に登校している。どうせなら一緒に登校したかったが仕方ない。


 学園の門の前に到着すると、真新しい制服に身を包んだ新入生たちで溢れかえっている……かと思いきや、ほとんど人はいなかった。ギリギリに到着したため、ほとんどの生徒が既に入学式の会場である大ホールに行ってしまったようだ。

 

 馬車から降りると、私は目の前にそびえ立つラスタ王立学園をじっと眺めた。


 ――ここで今から一年間、私は悪役令嬢、アミーリア・グランドとして生活する。


 破滅回避はしない。私は待ち受ける運命をまるっとそのまま受け入れる。その覚悟は、記憶を取り戻したあの日からできている。

早い話、私は悪役令嬢というポジションに関してやる気満々だった。やる気レベルだけでいうとMAXである。


「よーし! 待っててね! イケメン令息!」

「ひゃっ!」


 私が両手を挙げてそう叫んだ瞬間、後ろから小さな悲鳴が聞こえて振り返る。するとそこには物語のヒロイン――ステラ・ティアニーの姿があった。

 

 風がざわっと吹いた。ステラの薄桃色の前髪が揺れる。隙間から見える青い瞳は私を捉えると、なびく髪に負けないほど大きく揺れた。

 ……これがヒロイン! なんてキラキラしてるの! びっくりしてる顔もかわいい!


 生ステラにおもわず歓喜の声を上げるところだった。

 ていうか、こんなところで先にステラに会えるなんてチャンスじゃない? まだ少しだけ時間はあるし、私の破滅に協力してもらえるよう話しかけてみようっと。 


「あなた、ちょっと顔貸してくださる?」


 警戒されないよう、できる限りの満面の笑顔でそう言った……つもりだった。


「……ひっ!」


 目の前のステラの顔が急に青ざめる。え、なんで?

 もしかして、具合でも悪いんじゃあ――。


「ねぇあなた、だいじょう――」

「怖すぎっ! やっぱり私には無理っ!」


 ステラはいきなりそう叫ぶと、そのままくるりと背を向けて、学園とは逆の方向へ走り去って行ったのだ。


「……へ?」


 なにが起こったかわからず、私は固まった。

 そして話は最初に戻る。


「ま、待ちなさいヒロイン!」


 焦っていたとはいえ、せめてステラと呼べばよかった。しかしそれでは、どうして名前を知っているのかとまた無駄な恐怖を与えてしまう気もする。

 結果、必死の叫びも虚しく、ステラはそのままどこかへ消えてしまった。馬車にも乗らず、自身の足だけで。


 そしてそのまま、彼女が戻ってくることはなかった。


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