初めて見る顔
放課後、私はほかの生徒たちがいなくなったのを確認してから再度教室へと戻った。するとそこには、学期末イベントの事前準備をひとりでこなすエリアス様の姿が。
計画通り。絶好の嫌がらせチャンス到来……!
私はにやりと悪い笑みを浮かべ、偶然を装い教室へと華麗に登場する。
「いけない! 私としたことが、忘れ物をしてしまいましたわ~! あっ、エリアス様も居残りをしているなんて! なんという偶然!」
胡散臭いひとり芝居をしてエリアス様に話しかけると、エリアス様は私を見て安定のため息をつく。
「……アミーリアか」
そうです。悪役令嬢アミーリアです。本来ならここで現れるポジションはステラのはずですが、ごめんあそばせ。
「イベントの事前準備ですか? よければお手伝いいたします」
「いいや。いい。君がいると進むものも進まなくなる」
そうよ! 迷惑かけて好感度を落とすのが私の目的だもの! 進ませてたまるか!
「そう言わずに。で、準備はなにをしたらいいのです?」
話を聞かないのはいつも通りなため、気にせずにエリアス様の隣に座って机を勝手に動かしくっつける。面倒なのか、エリアス様は止めることもしなかった。
「ああ! そういえばお花を作るんでしたね!」
エリアス様の机には色とりどりの花紙が置かれており、それを見て、私はこのシーンの記憶を思い出した。エリアス様とステラがふたりで花紙を広げ、お花を作る姿が描写されていたことを。
「なぜ君が知っているんだ? ゼインに聞いたのか?」
「え? は、はい。そうです。家でよく、学園の話をするので」
危ない。お兄様が生徒会メンバーでよかった……。
「この紙で花を作ればいいんですよね」
花紙で花を作るのは、前世でもやったことがある。
作り方が書いてある紙を見ると、今回は糸を使ったりして少し複雑になっているが……それでも難しくはない。失敗するほうが逆にたいへんで困っちゃうわ……ん?
黙り込んでいるエリアス様が気になって横を見ると、エリアス様の机の上には花とは思えない代物が転がっている。なにあれ、くしゃくしゃに丸めた――ゴミ?
「……エリアス様、もしかしてこういうの苦手ですか?」
私が聞くと、エリアス様の肩がほんの少しだけびくりと跳ねる。……図星か。
でも、作中でこんな描写はなかった。というか、エリアス様が花紙を取り出したところくらいで、ステラは既に教室に来ていた。
まさか、エリアス様は花を作れないことを隠しながら、ステラに全部作らせていたってこと? それか、一応作ってはいたが失敗作をうまく引き出しの中とかに隠して……エリアス様なら、スマートにやってのけそうだ。作中ではなんでもできる完璧王子として語られていたから、不器用な姿を見せなかったのね。
「俺に苦手なものなんてない」
「はぁ。そうですか」
「君の手伝いはいらないぞ。さっさと帰るんだな」
エリアス様は私に弱みを握られるのが嫌なのか、帰るよう促してくる。だが私とて、ここでおとなしく帰るわけにはいかない。
なんとしても、エリアス様に嫌がらせをして好感度を落としたいのだ。
……そうだわ! ここでうまく花を作れないエリアス様をあざ笑ってやればいいじゃない! それだけで、エリアス様のプライドはズタズタになるはず。
そう思い、エリアス様が花を作る姿を見つめる。が、全然作り方を理解しておらず、またくしゃくしゃのゴミを生み出しそうになっている。
正直――見ていられない。このままでは、エリアス様がイベントで大恥をかく羽目に……それでエリアス様が令嬢からモテなくなれば、婚約破棄にもならず最終的に困るのは私……!
「貸してください! いいですかエリアス様、ここはまず、先にこっち側に折らないと」
私はひったくるようにしてエリアス様の手によって生まれかけたゴミを奪い取り、きちんとお花に成長させていく。
やり始めると結構楽しくて、私は次から次へとお花を量産していった。
「……アミーリア。君って案外、器用なんだな」
感心したように、エリアス様が興味津々に私の手元を覗き込んで呟いた。
「器用っていうか、エリアス様が不器用すぎるだけですよ」
「……俺はこういう作業をしたことがないからな」
王族らしい言い訳をするエリアス様に、おもわず笑みがこぼれてしまう。
「ふふっ。でも、安心しました。エリアス様にも苦手なことがあって」
「……安心?」
「はい。人間ひとつやふたつ、できないことがあっていいんです。そのほうが魅力的だったりしますから」
なんでも完璧な人ももちろんいいが、そういう人は、人間味を感じない。それこそ創作の中の人みたいだ。
読者の時は、エリアス様のことをそんなふうに思っていた。でも、実際同じ世界で暮らすようになって、こういう一面を見られたことはラッキーだと思ったりする。
「君はひとつやふたつじゃあ済まないけどね」
せっかく褒めてあげたのに、相変わらず憎らしい反応だ。まぁ、それでいいんだけど……っていけない。花作りに熱中して、エリアス様を嘲笑うのを忘れていた。
ここらで好感度を落としにかかろうとした途端、急に頭の上に僅かな重みがのしかかる。
「……でも、そんな君だからこそ、今俺のできないことをやっている姿が、魅力的に映るんだろうな」
「……え」
ここで私はようやく気付く。頭の上に乗せられているのが、エリアス様の大きな手のひらだということに。簡単に言えば、私はエリアス様に頭ポンをされているのだ。ついでに言うと、なんか魅力的とか言われて微笑まれている。
――あれ? これ、ステラ同様、準備を手伝ったことで好感度上げちゃった? 共同作業は絆を生む説が、まさかこんなに早く立証されてしまうとは思わなかった。
ていうか、そんな笑顔今まで私に見せたことないじゃない……!
慣れないエリアス様の微笑みに、なぜか心臓がぎゅっとなる。
「わ、私、そろそろ帰ります!」
今日はもう嫌がらせは諦めようと思い立ち上がると、歩き出す私の腕をエリアス様ががしりと掴んだ。……まだ一歩しか歩いていませんが!?
「アミーリア、帰るならせめて、俺に教えてからにしてもらおうか」
さっき、手伝いはいらないって言ったくせに!
その後は結局、お兄様が様子を見に来るまでエリアス様とふたりでお花作りをする羽目になってしまった。器用に花を生み出す私を見て、エリアス様はそれはもう楽しそうな表情を浮かべていた。
……クラリッサ、ごめん。明日、いい報告はできなそうだわ。