どこにも刺さらない
久しぶり更新すみません…!
「ようこそ我が屋敷へ。今日は存分に楽しんでいってちょうだいね」
私の挨拶を皮切りに、ついに計画していたお茶会がスタートした。
約束通りエリアス様も参加。そして、私の意向で全員がエリアス様に改めて挨拶する時間を設けると提示すれば、招待したクラスメイト(令嬢)たちは、飢えた獣のように食いついてきた。私はエリアス様を餌にして、数多のヒロイン候補を釣ったのである。
「アミーリア。本当にこんなに集めたんだな」
開始早々、エリアス様が目を丸くして私にそう言った。
いつもグラント家がお茶会を主催しても、お兄様の知り合いしか参加しなかった。私は記憶を取り戻してからとにかくエリアス様とゼインお兄様への対応に尽力してきたため、ほかの令嬢や令息と仲を育む暇がなかったのである。……元々のアミーリアも、全然友達いなそうだったし。
「もちろん。今日はみんなで親睦を深める会ですもの。それより、チェスター様はご一緒では?」
「チェスターは大人数が得意でないから、今回は遠慮しておくってさ」
「へぇ。めずらしいこともあるんですね。チェスター様がついてこないだなんて」
せっかくエリアス様をほかの令嬢に任せて、チェスター様に再度情報屋について聞き出そうと企んでいたのに。
まぁいないものは仕方ない。今日は新たなヒロイン代役候補を探すことに集中しよう。
「……それで、ひとつ大きな疑問があるんだが」
「なんでしょう?」
「なぜ、男が俺しかいないんだ?」
そう言うエリアス様に、今か今かと挨拶の機会を待ち望む令嬢たちの視線が突き刺さっている。
「えぇっと、男子生徒のみなさんはご都合がつかなかったようで」
「……へぇ? そうなのか」
めちゃくちゃ怪しまれてる。というか、そんなわけないことは一瞬で見破られているだろう。
「……じ、実は、最初は女子会というものをしようと計画していたんですけど。私が寂しくなって、エリアス様だけは呼んでいいかとほかの令嬢たちに聞いたんです!」
咄嗟に考えた嘘にしては、なかなか出来の言い嘘だと思う。私の我儘でエリアス様やほかの令嬢を巻き込んだってころにすれば、エリアス様も呆れるだろう。きっとこの話を聞いて、いつもの大きなため息を吐いてくれる――と、思っていたのに。
「ふーん。そっか。寂しかったんだ」
「……?」
見たことのない意地悪な笑みを浮かべて、エリアス様はこっちを見ていた。
……なにこの反応。どう返したらいいかわからないんですが。
「それで、みんな改めてエリアス様と話したいってことで、快く承諾してくれました。ほら、ご挨拶を!」
そう言って私が令嬢たちに目配せをすると、わぁーっと波のようにエリアス様のもとへと押し寄せてくる。その人波に流れるようにして、私はエリアス様のそばから逃げていった。
「アミーリア!? ちょっ……!」
「エリアス様~! まずはわたくしとお話してくださいませ!」
「次は私と!」
「その次はわたくし!」
私とクラリッサ以外の女子生徒に囲まれて、エリアス様は身動きがとれなくなっている。少しかわいそうな気もしたが、大嫌いな私とふたりでお茶を飲むよりは幾分かマシだろう。
この光景を見ると、チェスター様が来なかったのはラッキーかもしれない。彼がいたら、こんな人だかり秒で一掃されていただろうな。想像するだけで遠い目になってしまう。
「作戦成功ですわね。アミーリア様」
すっからかんになったスペースに腰掛けて、テーブルの上にあるクッキーをつまんでいると、クラリッサが私の向かいに座った。すぐに侍女がお茶の用意をしてくれて、この空間だけは、しっかりお茶会というものを楽しもうとしている。
「とりあえずは、ね。エリアス様が気に入る令嬢が、ひとりでもいたらいいんだけど……」
「さすがにひとりくらいいますわ。ほら、今話しているカレン嬢なんかは上級生からも人気があるようですし。その次に控えているアメリア嬢は、色気と豊満なボディで留学先の男子生徒を全員惚れさせたとか」
そんな強い生徒がモブとしてこの世界にいたなんて知らなかった。それにしても、以前チェスターが言っていた、エイマーズ家は噂話が好きだという話は本当みたい。
気になってちらりとエリアス様のほうに視界を向けると、さっきまで慌てふためいたエリアス様が楽しそうにカレン嬢と雑談していた。
たしかにとても可愛くて、どこかステラに似た奥ゆかしさも感じる。カレン嬢の後ろで待機しているアメリア嬢も、ステラとは系統が大分違う物の、美人なことに変わりない。そして、たしかにドレスからはちきれそうなほど豊満な胸を持ち合わせていた。
「エリアス様も笑ってるし、うまくいきそうね」
安心して前を向くと、にこにこ笑っていたクラリッサが何故かエリアス様を睨みつけていて、おもわず紅茶を吹き出しそうになる。
「どうしたのクラリッサ!」
「あっ、ごめんなさい! ついついアミーリア様というものがありながらあの男はって感情が湧き出てしまって……!」
そうか。クラリッサは私は本当にエリアス様を大好きで、しかし愛してもらえないから諦めたとまだ思ってるんだ。
「気にしないでクラリッサ。私、もう完全に吹っ切れてるの」
吹っ切れてるどころか、想い人はほかにいるんだから安心してほしい。
「ですよね。アミーリア様の魅力に気づかなかった男なんて放っておきましょう。……それで、アミーリア様」
「なあに?」
「今日は男装されませんの?」
頬を赤らめて私の手をそっと握るクラリッサに軽く眩暈がしたが、彼女にはいろいろと助けてもらっているのも事実。だとしたら。
「この作戦がうまくいって私がエリアス様と婚約破棄できたら、その時はまたやりましょう。男装パーティー」
「ほっ、本当ですかっ!?……これは早急に破棄させねばなりませんわね。わたくしのためにも」
本当はクラリッサが大暴走する未来が見えているためやりたくないが、背に腹は代えられない。このままエリアス様の婚約者となって、隣国の想い人に会えないほうが男装よりよっぽど私には苦痛なのだ。
「ねぇクラリッサ。そういえば、あなたに聞きたいことがあるんだけど」
「はい。なんでもお答えいたしますわ」
「同好会で、魔法薬を開発しているって本当? どんなのを作ってるのか聞きたいなぁって」
クラリッサが〝性別転換の魔法薬〟を私に内緒で研究していることは、お兄様から聞いている。敢えて伏せたのは、彼女がこう聞いた時になんて答えるかを知りたかったからだ。クラリッサは紅茶をひとくち飲むと、いつもは決して音を立てないのに、カチャリと音を立ててカップを置いた。……もしかして、もしかしなくても動揺してる?
「それは完成してからのお楽しみですわ」
彼女の目の奥に潜む怪しげな光を見つけて、私はその薬が一生開発されないことを願った。
全員がエリアス様と一対一で話し終えたタイミングで、お茶会はお開きとなった。
目的を達成できた令嬢たちは、それはもう満足げな表情を浮かべていた。これまで見たことのないくらい柔らかな微笑みで、わざわざ私にお礼を言いにきてくれた者もいたくらいだ。
さすが学園――いや、ラスタ王国イチのモテ男といっても過言ではないエリアス様。婚約者がいようとも、みんな彼を狙っているのが今日でよく理解できた。傍から見てもエリアス様が私を好いていないのは明白だから、それもみんなの恋心に火をつけている要素のひとつだろう。私でもいけるのではないかと。
それほど身分の高くない令嬢たちはどこか引け目を感じているふうにも見えたが、全然気にしなくていいと教えてあげたい。なぜなら、ステラがそうだったから。それでもエリアス様は彼女を選んだ。彼の判断基準に身分は関係ないということだ。
「お疲れ様ですエリアス様。楽しんでいただけました?」
みんなが帰った後、ひとり最後まで残っているエリアス様に声をかける。いい令嬢がいなかったか確認するために、私が残っておいて欲しいと最初に頼んでいたのだ。
「楽しかったというより……なんだか疲れたな」
2時間以上ぶっ通しで令嬢の相手をし続けたエリアス様は、さすがに少し疲れた目をしていた。
「今日はご令嬢たちのお相手をしていただいてありがとうございました。みんなエリアス様とお話しできて、とっても嬉しそうでしたわ」
「……そうか」
「それで、気になる子はいました? ほら、カレン嬢やアメリア嬢なんかとは、随分と長く話し込んでいましたけど」
実際はエリアス様のお気に召した令嬢を炙り出したいだけだが、それだと怪しまれる。だからわざと嫉妬しているような物言いで聞いてみた。
エリアス様はなにか考え込むように俯いて腕を組むと、少しの間口をつぐむ。……そんな真剣に迷うほど、いい子がたくさんいたってこと!?
表情は冷静に。しかし期待に胸を躍らせて待っていると、エリアス様が顔を上げて口を開いた。
「それより先に、アミーリアの考えを聞かせてもらおうか」
「え? わ、私ですか?」
「ああ。まず君が俺がほかの令嬢たちと交流しているのを黙って見ているのも疑問だし、その場を作ったのが君だということになるともっと意味がわからない。今までの君だったら、俺がちょっとでも異性と話すと全力で邪魔をして、所構わず俺を自分の所有物だというようにくっついて離さなかったろう」
エリアス様の言葉の一つ一つが、まるで矢のように私の行動の矛盾を完璧に突いてくる。
「それは~……私も学生になったことで変わったんです。大人になったといいますか」
「じゃあ、長く話していた令嬢をきっちり把握して、俺が彼女らをどう思ってるかを聞き出そうとしてくるのはなにが目的?」
なんとか応戦しても、控えていた次の矢を打ってくる。ここでいちばんベストな答えをしなくては、エリアス様が納得するまで矢の雨は止まらないだろう。
「それはもちろん、エリアス様が心変わりをしていないかの確認です」
「心変わり?」
「私以外の婚約者候補を見つけていたら、という懸念ですね」
ぜひとも見つけてほしい。そうしてその恋を邪魔することで、全力で応援させてほしい。
「……俺は一瞬、君はほかの令嬢に目を向けてほしくてやっているのかと思ったよ」
「……ふふふ。ご冗談を。エリアス様の愛を確認したくて試したんです」
バレてる。一瞬だったとしてもバレてる。
平然を装って返事をしたが、心臓はバクバクしていた。私がエリアス様を本当は好きでないとバレてしまっては、幼い頃からの努力がすべて無駄になる。
同時に、なぜ好きな振りをしていたのかをエリアス様に問い詰められることだろう。その時私はなんて答えたらいいかわからない。ステラというヒロインと結ばれて、私が悪役になるための布石だったなんて言えるはずもないのだから。
だけど――エリアス様は私に愛されていないと知ったところで、悲しいのだろうか。……〝お互い愛のない政略結婚〟と念を押して言っていたし、むしろほっとしたりして。
私に愛がないことがわかったほうが、エリアス様にとってはいいのかも。今よりは円満に、婚約関係を続けていける気もする……って、それがいちばんよくない。婚約破棄は絶対条件なんだから。だとしたらやっぱり、好きな振りはし続けたほうがいい。
「エリアス様」
最近、自分のことでいっぱいいっぱいで、以前みたいにエリアス様に愛を囁いていなかった。ここで昔を思い出させるように、私も渾身の矢を一発お見舞いしておこう。
「愛しています」
微笑んで、心にもないことを口にする。偽りの愛を告げるのは何度目かわからない。そしてこれを伝えたところで、彼の心には少しも響かないことも知っている。
「……そうか」
エリアス様はひとことそう呟いて、くるりと背を向けて帰って行った。
――ほーらね。
私の打った矢は、今日もエリアス様のどこにも刺さらずに、あっけなく地面に落ちて行った。
背を向けたエリアスはどんな顔をしていたのでしょう