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兄と婚約者

「お願い――っていうのは?」

 

 神妙な面持ちで、エリアス様とチェスター様がこちらを見る。


「えっと、それぞれべつの頼み事になるのですが。まずチェスター様からよろしいでしょうか」


 わざわざ確認してあげているのに、チェスター様はうんともすんとも言わず、ただじっと黙って私を見ている。その瞳はまるで「早く話せ」と言っているようだった。声に出して言ってもらっていいかしら? と、喉元まで込み上げた言葉をギリギリで飲み込む。


「友人から、チェスター様が所属している騎士団は王都で有名な情報屋と繋がりがあると聞きました」

「……お前の友人などひとりしか覚えがないが。なるほどな。よくうちの内情を知っている。さすが噂話と人脈作りが趣味のエイマーズ伯爵の娘」


 呆れたようにチェスター様が呟いた。エイマーズ伯爵って噂話と人脈作りが趣味なんだ。なんか、前世でいうキラキラ女子と同じような趣味ね。


「それで、よかったらその情報屋さんを紹介してほし――」

「断る」

「……そこをなんとか――」

「こ と わ る」


 粘ってみせると、今度は一字一句やたらと圧をかけた言葉で拒否されてしまった。こうなるのはわかっていたが、理由も聞かず突っぱねなくてもいいのに。


「で、俺への頼みってのは?」


 エリアス様からも頼んでもらおうと思ったが、そのエリアス様に話を打ち切られてしまった。くそう。情報屋については、今度チェスター様とゆっくり話せる機会を設けてその時話そう。


「エリアス様には、今度私が主催するお茶会に来てほしいというお願いです」

「お茶会? ああ、そういえば最近開いていなかったな」

「当日はたくさんのクラスメイトを招待して、親睦を深めたいと思っています。ぜひ、エリアス様もご参加を。……よければチェスター様も」


 べつにあなたは来なくていいけどね! そう思っていたのに、さっきのような食い気味の「断る」はチェスター様から発せられなかった。エリアス様が参加するとなれば、自分も護衛として参加しなければという責任感からだろうか。


「……わかった。そういう会なら、参加させてもらう。日程が決まり次第教えてくれ」

「ありがとうございますっ!」


 これでクラリッサと考えた作戦を実行できる!

 笑顔でお礼を伝えると、エリアス様が少し間を置いて口を開いた。


「じゃあ、俺たちは行くが――君もうちの馬車で送ろうか?」

「えっ?」

「はぁっ?」


 私とチェスター様の声が重なった。私が驚くのは普通だが、チェスター様まで私と同じくらい驚いているのは如何なものか。私は仮にも婚約者。同じ馬車で帰ったとて、なにもおかしなことはない――だが。


「どうしたのですかエリアス様。これまで一度も誘ってくれたことなんてなかったのに」


 めちゃくちゃ嫌われているのを自覚している身からすると、この誘いは逆に怖い。周りの目もないところで私に優しくするなんて、エリアス様になんのメリットもないだろうに。


「君がちゃんとお礼を言えたから」

「……お礼?」

「そう。頼み事をしたあとに、やっとお礼を言えるようになったんだなって」


 こんなことで褒められるとは、幼児にでもなった気分だ。とはいっても、そんな自分を形成したのは自分自身なのだけど。

 ……というか、褒められるってあんまりいいことじゃあないわよね? 最近、悪役令嬢としてきちんと振る舞えていない気がする。あくまでエリアス様からの好感度は、最低の状態を保ちたい。

 ここは馬車に同乗して、馬車内で大暴れして、僅かに上がった好感度を下げる作戦にしよう。


「それではお言葉に甘えて、私もご一緒に――」

「アミー!」


 最後まで言い終える前に、私の声が馬鹿でかい声によってかき消される。


「……ゼインお兄様」

「まだ残ってたのか! まさか……兄様であるこの僕を待っててくれたのかい? そうだろう! なんてけなげで可愛い妹なんだ!」

「お兄様、私、まだなにも言ってないけど」


 実際にはそうなのだが、エリアス様に誘われたことで私の予定は当初と変わってしまったのだ。お兄様、ごめんなさいね。


「ゼイン。生徒会の仕事か? 遅くまでお疲れ様」

「エリアス王子。いらっしゃったのですね。申し訳ありません。気づかなくて」


 歳はお兄様のほうが上だが、身分的にはエリアス様のほうが上のため、お兄様もエリアス様には敬語を使っている。そう考えると、エリアス様を〝お前〟呼ばわりしているチェスター様ってすごい。


「学園に入学してから、アミーリアは前と比べてずいぶんいい方向へ変わっていると思う。これもゼインが学園で頑張ってくれているおかげかもしれないな」

「……? アミーは昔からずっといい子ですよ」


 最高にかみ合わない会話を前に、私はすぐさまこの場を立ち去りたくなった。

 ふたりに真逆の対応をしているなんて、絶対言えない。こうならないためにこれまでできるだけふたりと同時に会わないようにしていたのに。

それでも仕方なく一緒になった場合は、当たり障りなくやり過ごしてきた。今日もそれで乗り切るしかない。ずばり、適当にさっさと会話を終わらせてゼインお兄様を帰らそう作戦に変更よ。


「グラント家の人間がそうやってこいつを甘やかすから、エリアスが苦労することになるんだろうな」


 黙っていればいいものの、よけいなところで口を挟まないでチェスター様。


「失礼。チェスター、今のはどういった意味だい? 兄として聞き捨てならないな」


 案の定、お兄様がチェスター様の言葉に反応してしまった。ああもう、話をややこしくしないで!


「お兄様、これはよくあるチェスター様のおもしろいジョークよ。ほら、よく言うじゃない。喧嘩するほど仲がいいって。私とチェスター様って、そういう関係なの」

「そうなの? 初耳だなぁ」


 ちょろいお兄様は、私の言うことはなんでも信じてくれる。お兄様がちょろくて本当によかった。


「俺も初耳だ――」

「チェスター様?」

「……」


 またもやチェスター様がよけいなことを言い出しそうだったので、私は笑顔で、しかし目元には精一杯の怒りを込めてチェスター様を睨んだ。ヒロインも逃げ出すほどの私の鬼の睨みに、あのチェスター様も押し黙り目線をさっと逸らされた。


「ゼインお兄様、私、今日はエリアス様の馬車で一緒に帰ろうと思うの。だからお兄様は先に帰ってもらっていい?」

「えっ……そ、そうか。そうだよな。アミーは……僕よりエリアス王子を……」


 あきらかにゼインお兄様が動揺している。あれ。なんだかよけい面倒くさいことになりそうな気が……。


「エリアス様よりお兄様のほうが好きってずっと前から言ってたのにそうかアミーも大人になって心変わりしたんだなむしろそんな思い出もすっかり忘れてるのかもしれない僕だけがずっと大事にしてたんだ虚しいな大体どう考えても僕と一緒に帰るほうが効率がいいのにわざわざエリアス王子の馬車で帰るってつまり僕が邪魔だからひとりで帰れってことで」

「お兄様! お兄様! 戻ってきて! 私、やっぱりお兄様と一緒に帰りたい!」


 虚ろな目でぶつぶつとノンストップで喋り出し廃人のようになったお兄様に後ろから抱き着いて、なんとか意識をこっち側に取り返す。


「そうか! うんうん、兄さんと一緒に帰ろうね!」

「というわけで、ごきげんようふたりとも~」


 ぱあっと笑顔になったお兄様と手を繋ぎ、私は馬車で暴れる作戦を泣く泣く諦めることにした。


「……なんなんだあの兄妹。数秒でも関わりたくない」


 チェスター様の大きなため息と。


「うーん。というか……俺の前でほかの男と手を繋ぐのか。アミーリア」


 エリアス様の鋭い眼差しに、私は気づくこともなかった。



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