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もうひとつの可能性(side エリアス)

「どうしたエリアス。浮かない顔をして」


 ひとけのなくなった教室でひとり考えごとをしていると、いつしか俺がアミーリアに言ったのと同じ言葉を親友のチェスターに投げかけられる。シチュエーションがあまりに似ていて、もはやあの日が懐かしく感じた。


「なにか悩みか?」

「悩み……そうだな。アミーリアがやはりおかしいように思って」

「またその女のことか。あいつがおかしいのは昔からだろう」


 チェスターの言う通り昔からおかしな女ではあったが、学園に入学してからというものの、なんだか俺の知らない方向に向かってどんどんおかしくなっている……気がする。


「まぁ、あいつは最近も問題を起こしていたしな。お前が頭を悩ませるのも無理はない」


 問題というのはいじめの件か。

 アミーリアが取り巻きの令嬢をいじめているという話は、つい最近まで一年生の生徒の中で広まっていた噂だ。

 アミーリアが廊下でその令嬢に難癖をつけていたのは、すぐ近くで見ていた俺もよく知っている。そしてその後すぐ、俺はアミーリアに警告した。〝友人は大事にしろ〟と。

 しかし彼女は俺の言うことを聞かずに、まるで俺に見せつけるかのように、いつも視界の届く範囲で友人の令嬢を使用人扱いしていた。

 移動教室のたびに荷物を持たせ、飲み物を買いに行かせ、時には「遅い!」と叱咤までしていた。


 どこからどう見てもいじめといえるが、一部では、〝いじめられている側の令嬢が嫌がっていないように見えるから、いじめではないんじゃあ?〟とも囁かれていた。そのため、俺はしばらくふたりを観察することにした。

 その結果、取り巻きの令嬢はあまりにアミーリアが怖くて、怖がっている素振りすら見せることができないのではと推測した。


 アミーリアにいじめられているかわいそうな令嬢を救わなくては。助けられるのはきっと俺しかいない。

 王子の婚約者、かつ公爵という爵位を持つ彼女に物を言える者は学園にほとんどいないと言ってもいい。アミーリアの兄は学年が違うため、この件について知らない。知ったとしても、妹に甘すぎて役には立たない。

 大体婚約者がいじめをしているなど、俺の品位にも関わる。みっともない真似をやめてもらうために、俺はふたりの間に割って入った。


しかし、その結果――。

 

「その件は結局勘違いとわかったじゃないか。エイマーズの令嬢は望んでアミーリアの言うことを聞いていたようだし、あの日以降ふたりはすっかり仲良しだ」


 なぜかエイマーズの令嬢――クラリッサに、俺が猛烈に怒られたことは記憶に新しい。


「あの女も相当おかしなやつだったからな。おかしい同士が群れているのは見るに堪えん」


 チェスターは右手を額にあてて、小さなため息をつく。


「……チェスターはあの時、クラリッサが俺に言った言葉を覚えているか」

「? さあな。俺は途中でお前がふたりと話しているのに気づいた。会話をすべて聞いてはいない」

「こう言われたんだ。〝これだけアミーリアと一緒にいるのに、いったい彼女のどこを見ているのか〟と」

「ふん。その言葉をそのままそっくり返してやりたいな。ぽっと出の小娘に、これまでエリアスがどれほどあの女に振り回されたかなんて理解できまい。そいつはあの女に洗脳されているんだ」


 俺も最初はそう思った。俺のほうがずっとアミーリアと一緒にいたんだ。彼女の性格はよく知っている。でも時間が経つにつれて、妙にその言葉が俺の中で引っかかっていることに気づいた。

 ――俺は本当に、アミーリアのことを知っているのだろうか。

 思い返せば、彼女が俺に向ける好意は、どれもこれも薄っぺらい。その薄っぺらさが俺を苛立たせ、結局彼女も俺の見た目と権力しか見ていないのだと実感させられていた。アミーリアの頭の中は空っぽで、本人自体も薄っぺらい中身のない人間なのだと思っていた。


 しかしどうだろう。アミーリアが薄っぺらい好意をぶつけてくるのは、本当に俺に対しての好意が薄いからなのではないか。

 そう考えると、好きだと言う割に好かれる努力をまったくしないのも理解いく。彼女はあくまで婚約者だから俺を好きなふうに振る舞っているだけで、実際はどうでもいいのではないか。それとも、俺がいつまで経っても冷たいことに嫌気がさし、知らないうちに彼女もまた、俺に冷めきっていたのではないか。

 これまで一度もそんな可能性を考えたことはない。しかし、それを考えさせる言葉をあの日、クラリッサに言われたのだ。


『そんなだから、アミーリア様に愛想を尽かされ――』


 途中でアミーリアが止めに入り、最後まで聞けなかった言葉。焦った顔で誤魔化すアミーリアは、その先を決して俺に聞かれたくないように見えた。

 しかし、俺は馬鹿ではない。そこまで言われてしまえば、もうすべてを聞いたのと同じである。

 

 クラリッサの言葉が真実かどうかはわからない。

 ただもし真実だったのなら、アミーリアが急に恐ろしい女に思えた。なぜなら、アミーリアの俺に対する態度は最初からずっと変わらない。ゆえに、途中で冷めたというのは少し考えにくい。

 そうなると残る選択肢は、〝これまで通り我儘で傲慢で俺を大好きなアミーリア〟か〝そもそも最初から俺を好きではないアミーリア〟になる。


「チェスター。アミーリアは俺を好きだと思うか?」

「……なんだその気持ち悪い質問は」


 一度疑いを持つと、すべてが怪しく見えるのは人間の性なのか。

 思えばアミーリアが我儘を言うのは俺の前ばかりで、兄のゼインと一緒にいる時はほとんどそういったことをしていなかった。今だって、クラリッサと普通に仲良くしている。

 俺にだけああいった行動をとっていたのだとしたら……なんのために?


「好きどころか、世界がお前と自分だけで回っていると思ってるような女だろう。アレは」

「……しかし、彼女がものすごく計算高い女だとしたら」

「ないな。ありえない。アレはどこからどう見てもただのアホ女だ」


 清々しいほどのチェスターの一刀両断に、俺はおもわず笑ってしまう。


「ふっ……ははっ! 仮にも俺の婚約者だぞ」

「お前がアレのことで気持ち悪い質問をしてくるからだ。鳥肌が立つ。今は様子がおかしくてもそのうち戻るから放っておけ」

「そうだな。俺の考えすぎかもしれない」


 もやもやが晴れかけたところで外を見ると、空は綺麗なオレンジ色に染まっていた。


「そろそろ帰るか」


 立ち上がり、チェスターと共に校門へ向かう。久しぶりに今日はぐっすり眠れそうだ――。


「エリアス様! チェスター様!」


 そう思っていると、後ろから俺たちを呼ぶ声が聞こえた。チェスターとほぼ同時に振り向くと、そこには息を切らしたアミーリアが立っていた。

 ……俺の姿を見かけて、走って追いかけてきたのだろうか。

 ちらりとチェスターのほうを見ると、「ほらな。言ったろう」というような表情を浮かべて俺を見ている。


「アミーリア。まだ残っていたのか」

「はい。あの、少しだけお時間よろしいですか?」


 既にずいぶんと馬車を待たせてしまっているが、ここまできたらあと数分待たせてもあまり変わらないだろう。


「構わない。だが、手短に頼む」

「ありがとうございます。実は、エリアス様とチェスター様、それぞれにお願いがありまして……」


 両手を合わせてにこりと微笑むアミーリアを見て、俺たちは顔を見合わせた。


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