クラリッサ・エイマーズ➁
「アミーリア様、申し訳ございません……!」
裏庭に移動した後、クラリッサが涙目で謝罪をしてきた。もうこれも見慣れた光景になってしまったが。
「どうぞ煮るなり焼くなり好きに……」
「どっちもしないから。その代わり、私の質問に正直に答えてくれる?」
「……はい」
しょぼんとした顔で、クラリッサが返事をする。
「クラリッサは、エリアス様が好きなんじゃあないの? それと、私に協力してくれるって言葉は嘘だったの?」
ここまでくると、確認せざるを得ない。
どう考えても、クラリッサの行動はおかしくて、エリアス様のことを好きだとは思えないものばかり。
それは単に彼のことを好きではないからなのか。それとも、私に従うのが嫌で作戦の邪魔をしたいのか。もしくはそのどちらもなのか――。私はただ、クラリッサの本音が知りたかった。
「……ひとつは本当で、ひとつは嘘です」
覚悟したように、クラリッサがスカートをぎゅっと握りながら答える。
「それは、エリアス様を好きなのは本当だけど、私に協力はしたくなかったということ?」
「違いますわ! 逆です!」
「ぎゃ、逆?」
「……アミーリア様のお役に立ちたいというのは本心です。本当です。でも……嘘でも、エリアス様を好きだという演技はわたくしにはできませんでした。見れば見るほど苛立ちが募るばかりで……」
エリアス様へ恋情ではなく、苛立ちが募るのだと彼女は言う。私はさっぱりわけがわからず、なんだか頭が痛くなってきた。
「ちょっと待って。クラリッサはいつからエリアス様が好きでなくなったの? 私とここで最初に話した時は、まだ好きだったはずでしょう?」
原作通りにいけば、幼い頃に出会ったエリアス様に一目ぼれしているはずだ。そして、実際にお茶会で会ったことがあるという言質も取った。なにより、私の『エリアス様が好きなんでしょう?』という質問を否定しなかった。
「……申し訳ございませんアミーリア様。あの時は、アミーリア様があまりに自信満々だったので言い出せなかったのですが……わたくし、元々エリアス様のことなど好きではないのです」
「……えっ! えぇっ!?」
衝撃的すぎて、二段階で驚いてしまう。
「クラリッサはお茶会でエリアス様を好きになったはずじゃあ……」
「たしかに、初めてエリアス様とお会いしたお茶会で忘れられない出逢いがあったのは事実です」
「そうよね!? それがエリアス様でしょう? いまさら私に遠慮なんてしなくていいから、あなたの気持ちを正直に聞かせて」
そう言うと、クラリッサは熱い眼差しを私に向けてくる。私はすべてを受け止めるつもりで彼女を見つめ返した。
そのなかで、ふと気づいたことがある。そういえば私、クラリッサにエリアス様を好きな気持ちを否定されたこともなかったけれど――肯定されたこともなかったと。
「……では、正直にお伝えさせていただきます」
一気に緊張感が増し、空気が変わる。
生唾を飲みこんで、私はクラリッサの言葉を待った。
「わたくしの忘れられない出逢いの相手は……アミーリア様なのです」
「わ、私!?」
「はい。アミーリア様は覚えていますか? グランド家主催のお茶会のなかに、〝男装お茶会〟というものがあったことを」
「……男装、お茶会」
そういえば、昔そんなことをした気がする。
いつも同じようなお茶会をしているのに退屈して、お兄様と一緒になにか変わったことをやってみようと話して、令嬢も男装をすることを条件とした新しいお茶会を開催したんだっけ。
私も初めての経験だったから、お兄様や侍女に協力してもらってノリノリで男装して、それが案外いい感じに仕上がって。
半ば強制的に参加していたエリアス様は終始興味なさそうだったけど――。
「まさか、クラリッサはそのお茶会に参加して……」
嫌な予感がする。この予感が的中しないことを願うが、それはきっと叶わないのだとこの時点で悟っていた。
「はい。そこで男装姿のアミーリア様を見て……わたくし、それからあなたのことが忘れられなくて」
当時を思い出しているのか、クラリッサの頬がぽっとピンク色に染まる。
「学園でまた会えるのをずっとずっと楽しみにしておりましたの。わたくしが心からお慕いしているのはアミーリア様、あなただけですわ! 普段の姿もとっても美しくて強くて凛としていて……今のお姿で男装されたら、それはきっともう世界一素敵な……ああ、ごめんなさい。少々涎が」
上品に口の端をハンカチで拭うクラリッサを見て、私は妙な恐怖を感じつつひとつの確信を得る。
つまりクラリッサが一目ぼれしたのはエリアス様でなく、男装姿の私だったのだと。
よりによって私はクラリッサが訪れるお茶会で原作とは違う行動をとってしまい、彼女の想い人を変えてしまっていたのだ。
――ヒロインには逃げられるし、ヒロイン代役の好きな人も変えちゃってるし、私ったらなにしてるの!
どちらにせよ、クラリッサがエリアス様を好きでないのならヒロインの代役にクラリッサを続投させることは不可能だ。この感じを見ると、この先彼女がエリアス様を好きになる未来もまったく見えない。
「じゃあ、入学してからずっと私に話しかけてくれていたのも本当に純粋な好意から……?」
「もちろんですわ。わたくしのお目当てはアミーリア様だけですもの。だからエリアス様狙いでアミーリア様に近づくようなほかの令嬢たちと、一緒にされたくありませんわ」
原作では、あなたがまさにその代表のような令嬢だったのだけれど……。どうやらこの世界のクラリッサは純粋にアミーリアを好きになってしまっているようだ。
「アミーリア様がここでわたくしを頼りにしてくれたことは、心の底から嬉しかったんです。それに、ずっと知らなかった本音も聞けて……。わたくしはアミーリア様がエリアス様を好きだと思っていましたから、婚約破棄したがっていると知って内心嬉しかったのです。……わたくしにも、チャンスがあるのかと思ったりして」
そのチャンスのある相手がエリアス様だったら、今頃私の思惑通りにいったかもしれないのに。人生って、なかなかうまくいかないものね。ここまでうまくいかないのも珍しいが。ていうか、なんのチャンスがあると思っていたんだろう。
「アミーリア様の夢を叶えてあげたいとも、真剣に思いました。それと同じくらい、アミーリア様はエリアス様のせいでたくさん傷ついてきたのだとも……! だから、国外追放までされたいと願うようになったのだと思うと、わたくし、エリアス様のことが許せなくて。アミーリア様はこんなに素晴らしい人なのに」
私が隣国に本命がいることを隠して変な伝え方をしちゃったから、クラリッサに誤解を招いてしまったのか。でも、正直に話してもうまくいっていたとは到底思えない。クラリッサを代役に選んだ時点で、作戦の失敗はほぼ決まっていたと思う。
「本音を言うと、アミーリア様の希望通りエリアス様と恋仲になり、散々惚れさせたところでこっぴどく捨ててやろうかと思っていましたの。でも、無理でしたわ。わたくし、アミーリア様を傷つける方とはどうあっても分かり合えません。……結果、こんな事態になってしまいごめんなさい。作戦はわたくしのせいで失敗です」
肩をすくめて落ち込むクラリッサを見て、なんともいえない気持ちが込み上げてきた。またイチから作戦を練らねばならないのはたいへんだが、本来利用し合うだけの仲だったクラリッサが自分のためにここまで怒ってくれたことは、ちょっぴり嬉しくもあったのだ。
「いいえ。もとはと言えば、私が無理矢理クラリッサを巻き込んだだけだもの。やりたくないことをやらせて、私こそごめんなさい」
「そんな! わたくしも作戦には乗り気でしたので! だってアミーリア様がエリアス様と婚約破棄して、学園で悪女と噂されてしまえば、アミーリア様は孤立してわたくしだけがアミーリア様を独占できたでしょう!? ……はあ。失敗して残念ですわ」
「ちょっと待って。そんな恐ろしいこと考えてたの?」
「あっ。つい本音が。……アミーリア様にいじめられるのも、なかなか刺激的でしたわ。あっ、また本音が」
やはりクラリッサはクラリッサ。卑劣なところはばっちり健在らしい。彼女の愛情は純愛とは遠いところにあるのだろうと、今の発言を聞いて思った。同時に私が手を下さずとも、彼女は〝おもしれー〟を簡単に超える〝超変わった女〟だったとも。
「アミーリア様。作戦はうまくいきませんでしたが……これからもわたくしと仲良くしてくださいますか?」
不安げに、クラリッサが私に問いかけた。正直、彼女に変な目で見られていると知って身の危険を感じなくもないが、この一か月一緒に過ごしていたからわかる。彼女は悪い人ではない。真っすぐで、とても可愛いことも知っている。
「……ええ。そうね。仲良くしましょう」
「本当ですかっ!?」
いまにもしおれそうな花がぱあっとまた蕾を開くように、クラリッサは目をまんまるにして嬉しそうに笑った。この笑顔を私でなく、エリアス様に見せてくれれば……。そんなことが頭を過ったものの、目の前でにこにこと笑う彼女を見ていたら、次第にどうでもよくなった。
「ただし、私は絶対自由になりたいから、今後も協力してくれると助かるわ」
「はい! アミーリア様のお役に立てるならば、今度こそなんでも! でも、国外へ行く際は教えてくださいね。わたくしも一緒に行きますからっ」
本当にどこまでも追いかけてきそうなクラリッサを見て、私はおもわず苦笑する。クラリッサもこの学園生活で、私以外の人を見つけてくれたら嬉しいな……。
*おまけ小話
「ねぇアミー。エイマーズ伯爵家の令嬢と仲良かったよね?」
クラリッサの本音を聞いて数日後、帰りの馬車でお兄様がそう言った。
「ええ。クラリッサよね? 彼女がなにか?」
「いや、うちに魔法研究同好会っていうのがあって、僕のクラスメイトがそこの会長をやっているんだけどさ。おもしろい新入生が入って来たって言ってて、それが彼女のことだったんだよ」
そういえば、最近放課後になるとすぐにどこかへ行っていたような。
私の知らないうちに同好会に入っていたのね。教えてくれてもよかったのに。
「へえ。クラリッサったら、いったいどんなおもしろいことをしたのかしら」
「なんでも、新たな魔法の開発が夢みたいで。それが〝性別転換できる魔法薬の開発〟とか。そんな発想なかったって、会長も興味津々だったよ」
よくある世間話のひとつとしてお兄様は話してくれたのだろうが、私にとっては聞き捨てならない言葉だった。
クラリッサ、あなたその薬を在学中に開発して、出来上がったら私に飲ませるつもりね?
「……どうしたのアミー。そんな固まっちゃって」
「お兄様、その薬は危険よ! 下手したら私が男にされてしまうわ!」
「えぇ!? こんなに愛くるしいアミーが男に!? ……………………それはそれで可愛いんだろうけど」
ずいぶんと長い間があったが、勝手に想像しないでもらえるかしら。
「なにを言ってるのお兄様! 私が一生お兄様の妹に戻れなくてもいいの!?」
「う……それは困るな。でも、どんなアミーでも僕は愛せる――」
「お兄様! 会長にクラリッサを見張るように言っておいて!」
「わ、わかった!」
激甘お兄様にはなにを言っても無駄なので、強引に話をまとめにいく。
……クラリッサと仲良くするって返事は間違えだったかしら。新たな悩みの種を増やした私は心の中で強く叫ぶ。
ステラ、やっぱり一刻も早く戻って来て!