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クラリッサ・エイマーズ①

 入学してから一か月が経った。

 相変わらずステラは登校することはなく、学園でもステラの存在に触れる者は誰もいなくなった。

 

 クラリッサというヒロインの代役を立ててからというものの、私は彼女と一緒に〝エリアス様とクラリッサをくっつけて、婚約破棄してもらおう作戦〟を実行し続けた。作戦は順調に進み、ふたりの仲は徐々に深まっている――と言いたいところだが。


 実際は真逆で、なにもうまく進んでいない。

 エリアス様の目につくところで何度もクラリッサに悪態をつき、人前では彼女をまるで使用人のように扱ったりしていた。最初こそ、〝アミーリア様が取り巻きのクラリッサをいじめている〟と噂されたが……次第に雲行きが怪しくなった。

 その理由はただひとつ。

 私にひどく扱われているクラリッサが嬉しそうにしているから、本当にいじめられているように映らないのだ。

 荷物を持たしてもにこにこしながらそれらを運び、飲み物を買いに行かせたら頼んだものより多く買ってきて、「遅い!」と叱咤すれば「ごめんなさい~っ」と言いながら何故か照れている。……怒られるのが好きっていう趣味でもあるの?


 クラリッサ本人はきちんといじめられ役を演じていると言うのだから、正直私も口絵お出せずお手上げ状態だった。

 でも、今のところほかにいい案が思いつかない。ステラが戻ってくる気配もないから、私はこの作戦に僅かな希望を見出して縋りつくことしかできずにいた。それに、物語が始まってまだ一か月。諦めるにはあまりに早い。


 ……だけど、不安しかない!


 振り返ると、クラリッサが私の荷物を持ったままにこりと微笑んだ。そこは怯えてくれないと! 私が嫌々荷物を持たせている意味がないじゃない!


「アミーリア、少しいいだろうか」


 そこへ、しばらくぶりにエリアス様がやって来て私に話しかけてきた。学園に入学してからは顔を合わせる機会が増えたせいか、王宮に遊びに行くこともほとんどなくなった。そのため会話をするのは、窓枠を挟んで話したあの日以来だ。そこから何度もエリアス様の前でクラリッサに悪態をついていたが、いつもスルーされていたのに。


「あらエリアス様。ごきげんよう」


 足を止めて、エリアス様に満面の笑みを送る。今日はあの鉄仮面男――じゃなくて、チェスターと一緒にいないようだ。


「俺がなにを言いたいか、大体わかるか?」

「? さあ、なんでしょうか」


 三週間ぶりに話しかけてきてなにを言いたいのかなんて、わかるわけないだろう。ひとつ確信しているのは、きっといい話でないことはたしかってことくらい。


「君は俺の忠告はなにひとつ理解していないようだから、いい加減見るに堪えなくなったんだ。……彼女は君の使用人かなにかか?」

「……!」


 き、きたー!

 ついに、エリアス様がクラリッサを庇うイベントが発動したわ! 興味がなくて無視しているのかと思ったけど、やっぱりずっと気にかけていたのね!


「いいえ。彼女は私のよき友人のひとりですが」

「……君は友人に自分の荷物を持たせるのか?」


 エリアス様が眉間に皺を寄せる。いいわ。この調子よ。もっと煽ってやるわ。


「彼女が私を慕っているというので、役に立ってもらっているだけです」

「本当は嫌だけど、君が怖くて言うことを聞いているだけかもしれない。……アミーリア。自分の行いがものすごく品位を下げていると感じたことはないのか? 毎日毎日友人を下僕のように扱って。俺は君を見損なった」


 ふん。見損なうほど元から私に期待もしていなかったくせによく言うわ。

 エリアス様はクラリッサのほうへ歩み寄ると、持たされていた私の教科書やノートを取り上げた。


「クラリッサ。君がこれを持つ必要はない。アミーリアになにかひどいことをされたら、今後は俺に言ってくれ」


 私には見せない柔らかな表情と物言いで、エリアス様はクラリッサににこりと微笑んだ。


 ――まさに期待通りの展開! ここから始まるふたりのラブストーリー! さあクラリッサ! エリアス様の善意に全力で応えるのよ!


 おもわずガッツポーズしたくなるのを必死で抑え、クラリッサの動向を窺うと、クラリッサは俯いて肩を震わせている。

まさか……泣いているの? 

だとしたらここへきて素晴らしい名役者よクラリッサ! 彼女が本領を発揮できるのは、大好きなエリアス様と実際に言葉を交わしてこそだったのね! 


 私のテンションはMAXまで上がっており、目はギンギンになっていた。


「もう大丈夫だ。怖かったろう」


 エリアス様もクラリッサの様子に気づいたのか、優しく手を差し伸べる。

婚約者を侮辱した挙句、目の前でほかの令嬢に構うなんてエリアス様もじゅうぶんクズだと思ったが、そもそもこんな行動を取らせているのは私自身なのでやっぱり私のほうが悪なんだろう。入学して初めて、今がいちばん悪役令嬢って役をこなせている気がした。


「……い」


 黙っていたクラリッサがやっと口を開く。しかしなにを言っているのか聞き取れず、私もエリアス様も首を傾げる。


「……返してください! これはわたくしが好きでやっていることなんです!」


 すると、急にクラリッサが大声を上げた。それだけではなく、エリアス様からひったくるようにして私の教科書やノートを奪い返す。


「大体、怖いのはあなたですわエリアス王子! よく婚約者よりわたくしを優先できますわね! あなたのそういった軽率な行動が、アミーリア様を傷つけているのだとわからないのですか!? 入学してから一か月黙ってましたけど……見るに堪えないのはこちらのほうですわ!」


 呆気にとられているエリアス様に向かって、まくし立てるようにしてクラリッサが言う。その様子を見て私の興奮して熱くなっていた全身が、サーっと冷たくなっていくのを感じた。


「ちょちょちょっとクラリッサ!」


 これ以上変なことを言わせないように、すぐさまふたりの間に割って入る。


「……あなた、自分がなにを言っているかわかっているの? せっかくエリアス様が助けてくれたのだから、素直にお礼を言わないと……」


 エリアス様に聞こえないよう、小声でクラリッサを正気に戻そうとするも、彼女の暴走モードは止まらない。


「いいえアミーリア様! これ以上はわたくしが我慢なりませんわ! エリアス王子、あなたはこれだけアミーリア様と一緒にいるのに、いったい彼女のどこを見ているのです!? 周りの目がある中で婚約者に冷たくあたるなんて、わたくしのほうがあなたを見損ないましたわ! そんなだから、アミーリア様に愛想を尽かされ――」

「わー! ストーップ! もういいわクラリッサ!」


クラリッサがとんでもない爆弾を落とすギリギリのところで、私は飛びつくようにして彼女の口を両手で塞いだ。

大声につられてか、いつの間にかギャラリーが集まっている。これ以上暴走したクラリッサをここに置いてはおけない。


「ごめんなさいエリアス様。彼女、今日は調子が悪いみたいで。きっと私がひどく扱ったストレスが原因かと……。責任を取るために、早急に救護室へ連れていきます! それでは!」

「お、おい、アミーリア……!」


 クラリッサの肩を抱いて、逃げるようにその場を立ち去る。背後からはエリアス様の声が聞こえる。

そういえば、彼が私を引き留めようとしたのは、これが初めてのことだった。


クラリッサ編(?)は次回で終わりです

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