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Wind Breaker  作者: 雨野 鉱
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夢雫2

 白夢一、  鬼区 


 自ら燃える一つの星が中心にあり、その燃える星のまわりを、自らは燃えることのない星々がひた回ります。燃えることのない星が適度な大きさを持ち、燃える星と適度な距離を保ちながら燃える星のまわりを回る時、そこに“命”が宿るのです。命はやがて嵩を増し、形を変え、複雑化し、別れ、水に、大地に、命を張り巡らせる。その幾多の修練の後に、自らを認識できる命が誕生します。

 これは、その命が宿ったある星のお話です。このお話が“あなた”の星からどれくらい過去のことか、どれくらい未来のことか、どれくらい近いか、どれくらい遠いかを“私”は知りません。私はただ、そのお話を知っているだけですから。

 その星にはあなたの星と同じように、多種多様な種族があり、言語があり、文化があり、国がありました。命は森羅万象に左右されつつ、殺し合い、奪い合い、愛し合い、命を連綿と紡いできました。

 その命の群れの一つとして、シルフというものがありました。風を自由に操ることを得意とする命の集団です。また別の群れとして、ドワーフというものがありました。これは、土を自在に操ることを得意とする命の集団でした。森羅万象のうち、シルフたちは多少なり風に関して自由であり、ドワーフたちは多少なり土に関して自由な振る舞いが許されました。なぜかは分かりません。何度も言いますけれど、私が知っていることと言えば、誰かの古い記憶を紡いだこのお話だけですから。

 ドワーフとシルフは仲が良くありませんでした。考え方や特性が異なると命は命を嫌います。似た者はくっつきあい、異なる者は反発し合うように命はできているようです。もっとも例外はどの世界でも起こりうることですが、大局的には、二つの命は互いを嫌っていました。

 嫌うから奪い合うのか、奪い合うから嫌いになるのか。その順序を私は知りません。しかし経験としてその摂理を心得ています。両者は奪い合い、殺し合い、知恵と憎しみを増やしていきました。その果てに、両者はあなたの生きる星のことも知りました。見つけたのは偶然でしたが、捜していた目的はより強い力を手に入れることでした。自分たちより強い武器を持った者から学び、ドワーフを、シルフを駆逐したい。ただそれだけを願いに、貴方の生きる命の星から、どちらも学びました。結果的に幾多の種族の中でドワーフとシルフは、際立って星を席巻する種族となりました。

 このようなわけでこれからお話することは、貴方にとってどこか信じられなくて、そのくせにどこか身近に感じてしまうような話です。誰に話しても良かったのですが、たまたま貴方と巡り合ったので、お話することにします。あなたもまたこのことを誰かに語っても構いません。どの道誰も興味を持ちません。みな日々を生き残るのに精いっぱいですから。

 私があなたに語るこの時を仮に“今”と言い、それより前の時間を“昔”と述べることにしましょう。

 “昔々”、シルフの王国に、イオスというシルフの女の子がいました。記録によるとその正確な名はイオス・テレジウム・エルナイシェア……と、どこまでも果てしなく続くのですが、面倒なので、イオスという名にしておきましょう。名称は簡潔な方がよいでしょう。

 この娘はもちろん風を自在に操る力をもつ種族の一人でした。さらにこの娘の場合、他のシルフよりもその力はだいぶ秀でていました。それもそのはずです。彼女は何せシルフの中でも王族の身分でしたから。王族は命が生じた瞬間から王族であったわけではありません。命が群がった際、一番強いものが“王族”を名乗っただけのことです。王族の祖先とはそもそも、他者の血を最も流させた者なのです。この娘はそういう一族の子孫にあたりました。血が王を名乗るので王、というわけですが、神話の時代を過ぎたこの当時はすでに、まわりの大抵のシルフたちは“王族は王族だから単に偉い”あるいは強いと信じていました。王が血を名乗るので王というわけです。

 “大抵の者”ということわりを入れたのには、実は訳があります。

 あなたの星、あなたのいる世界もそうかと思いますが、世界は妬むか妬まれるかで動きます。どんな世界もこの真理の歯車から逃れることはできません。シルフ達の世界にもこの真理が通用しました。つまり、王族だから尊いと考える者ばかりがシルフの国に存在するのではなく、王族だから憎い、王族だから妬ましいと考える者もまた、少なからず、いました。そうした者たちは大抵、貴族と呼ばれる、生きることにさして忙しくない暇なシルフばかりでしたが、そのシルフ達が、なんとドワーフの一部と結託して、この王国をひっくり返そうとしました。クーデターです。

 王娘であったイオスは、幸いにして殺されませんでした。彼女を守ろうとする勢力が命がけで彼女を守護し、かろうじて生き延びさせました。けれど、それ以外は何もかも壊れました。王制が壊れ、王宮が壊れ、王族の命が壊れ、クーデターを計画した貴族たちの仲も壊れ、貴族たちの存在理由が壊れ、残ったのは膨大な命の群れであるシルフの民たちによる共和制でした。クーデターが結局革命となったのです。その後、シルフたちは議会を作り、そこで意見を交換し合い、物事を決めて行く方針をとることにしました。封建制の終焉です。

 前がどちらかという議論は置いておいて、議会はゆっくりとですが、前に進んでいきました。シルフたちは貴族や王に頼らず、自分たちは物事を決め、作っていく道を少しずつ進んでいきました。しかし、それを良く思っていない異分子は、共和制がまだ産声を上げた当時、いくらか残っていました。

 “いくらか”と軽く言いましたが、そういう命は放ったらかしにしていると黴菌のようにたちまち増殖し、毒素をまき散らすものです。ですから議会はそういう異分子を刈り取るために、ある機関を設けることにしました。それはシルフの民が法を乱さないよう取り締まる法の執行機関とは別に、設けられました。

 アクリターク――。

 なぜそのような名前なのかを、私は存じていません。ただそういう名で発足したこの議会直属の組織の仕事はよく知っています。要するにこの組織の仕事は、国家の転覆を図る者を、事件が起こる前に事前に見つけ出し、情報を吐かせ、根絶やしにすることでした。諜報と暗殺を専門とする、あまり外向けに自慢できない秘密組織でした。

 イオスは、その中に所属していました。クーデターを生き延びたこの少女はその時すでに、“大人”のシルフになっていました。“少女”とか“大人”と、あなたに分かるように言葉を使っていますが、実はそのような言葉はこのシルフの世界にはありません。彼らはその概念を幻体ウォナン実体ヘスペロという言葉で代用しています。子ども=ウォナン、大人=ヘスペロです。幻体、実体というのは、また今度、機会があったらお話しましょう。

 イオスは自分の素性を隠して、生きてきました。それはそうです。他に知れれば間違いなく捕縛され、民衆の前で処刑されます。でなければ異分子たちの一部に担ぎ出されて、国家転覆に加担されて、やはり失敗するか戦いに敗れるかして、命を失うことになります。ですから、イオスは自分の素性を誰にも明かしませんでした。

 そのイオスはとにかく、アクリタークのメンバーでした。なぜその道を彼女が選んだのでしょう。アクリタークとして生きるというのは大変暗い生き方を選んだということです。土の中よりも暗いかも知れません。とにかくイオスは、王女として生きてきた華やかな世界とは全く異なる暗い世界に身を置き、そして生き延びてきたのです。今に至るまで。


 その日も、イオスたちアクリタークは“任務”を行っていました。七人のチームは鬱蒼と生い茂る黒い大きな森の中を、音もなく走っていました。

 この森はドワーフ達の国にありました。ドワーフ達の国といっても、このころのドワーフ達の国は自称“王族”たちが互いの権力を競い合って、全体としてあまりまとまりがありませんでした。小国の集合体です。ですから、森には確かにドワーフの生息域があり、そこには何匹かのドワーフが肩を寄せ合って棲んでいましたが、どのドワーフが森を正式に所有しているかははっきりとしていませんでした。

 けれど森にしてみれば、そんなことはたいした問題ではありませんでした。森にとって国境など無意味でしたし、そもそもこの森は土地勘のない者が興味半分で侵入すると、まず生きては出られない深い森でした。切り開きここを耕作地にしようとする物好きなドワーフも、この土地がどうしても欲しいという物好きなシルフもおらず、結局のところ森は森のまま放っておかれていました。

 けれどそれが、よからぬことを企む者たちにとっては好都合な空間となっていました。つまりシルフの議会が警戒するような反政府組織たちの温床になっていたのです。

 イオスは、そういう“怪しからぬ命”の棲みつく深い森を、いま他の六人の仲間と共に走っていました。飛ぼうと思えば風を操り森の上を飛ぶことはできましたが、そんなことをすれば森に息をひそめているドワーフ達の仕掛けた兵器で撃墜されてしまいますから、それこそ狩人のように気配を殺し、入手した情報を信じてひた走っていました。

 七人のアクリタークは隊長のアルギロを除き、バディを組んでいます。イオスのパートナーは、フェルマといいました。イオス同様、フェルマも優秀な隊員でした。それにイオスよりも、いいえ、アクリタークの誰からも人気のある女性でした。みなフェルマのことが好きでした。けれど今はそんなことを思っている場合ではありません。アクリタークのメンバーたちの頭の中はおそらく、隊長であるアルギロの下した作戦行動と、反政府組織の相貌、予期される戦術展開の反芻で一杯のはずでした。

 森を渡る夜風に変化がありました。風に何かが溶け出し、風が澱んでいるのです。シルフであるアクリターク達はすぐにそれがドワーフ達の殺気であると理解しました。アクリターク達は装備している刃物に魔の風を帯びさせ、バディと共に敵の兵力と彼我の距離を警戒して進み続けます。

 まもなく風が死に、無風となり、続いて爆風が地面から上がります。ドワーフ達は戦いに火薬を好みます。あなたの世界の血に飢えた人間たちによく似た兵器を使って、他の命を奪います。散弾銃、榴弾砲、ライフル、対戦車ロケット、軽機関銃、地雷、仕掛け爆弾……このような兵器を利用して

 アクリタークに対し、ドワーフ達は戦を仕掛けてきました。土を操ることに特別秀でたドワーフ達はその魔の力を、武器の材料を調達するために、あるいは武器を作るために利用していました。魔の力を間接的に使うことを、ドワーフ達は好みました。好んだというより、それしかシルフに対抗する術を持ちませんでした。一方のシルフ達は魔を直接的に使えるほど、高い魔を供えていましたから。

 しかし直接間接の違いはあるにせよ、考えてみればどちらもつまらない力の使い方でした。けれどどちらも、その使い方こそが最善であると信じていました。いいえ、あるいは信じていなかったとしても、魔は戦うために使うほかありませんでした。なにせこの世界は、考えている間に後ろから首を刎ねられてしまう時空ですから。刎ねられる前に刎ねるしかないのです。魔を使って。

「アイソン!?アイソン返事をしろ!!」

 森の中に硝煙があがり、つむじ風が舞い、火災が起き、悲鳴があがりました。珍しくイオスのことが好きだった隊員の一人ディアメは、ドワーフの仕掛ける弾幕を避けながら、いなくなったバディのアイソンを探していました。

「アイソン!」

「私はこのまま、何一つかなわず……消えてしまうの……いや……そんなの……」

「アイソン!しっかりしろ!!」

 ディアメがようやく見つけだしたアイソンは大怪我をしてうなされていました。助け上げようと彼女の身を起こした時、アイソンの下に仕掛けられていた爆弾がさく裂し、二人は即死しました。トラップはドワーフの十八番です。ドワーフの森での作戦行動で死にかけた仲間を救おうとするのは死ぬのと同じことを意味します。アクリタークの中でも一番若かったこの二人はそのことを、文字通り命を持って学びました。もう手遅れですが。

 イオスは、自分のバディのフェルマと一緒に、逃げていました。敵は待ち構えていたかのように、大勢、現れました。迅速かつ極秘を求められる秘密行動のため最小限の装備しか持ち合わせていないアクリタークにとって、これは死を意味します。イオス達アクリタークが捕まえた敵から情報を得てこの森の特定の座標を目指してきたように、敵もイオスたちの情報を握っていたようでした。情報漏洩の代償は最前線の命に払わされました。

 銃弾と爆撃の雨を逃げながら、イオスとフェルマはいつしか敵の本拠地である要塞の中に侵入していました。中には想定をはるかに上回るたくさんの兵隊たちが集っていました。

 イオスとフェルマはドワーフたちに捕まりました。ただでさえ薄暗い、無骨な建造物の、さらに最奥の取調室へと二人は連れていかれました。そこには、隊長のアルギロもいました。彼は傷一つ追っていませんでした。鎖につながれてもいませんでした。笑みも涙も浮かべず、アクリタークのこの隊長はイオスの方を見ていました。

「漏洩は、お前の仕業か!」

 イオスはアルギロに向かって怒鳴りました。そうです。今回の作戦の失敗は、このアクリタークの部隊長アルギロの仕業でした。裏切り者です。

 アルギロは何も言いませんでした。イオスが仲間を裏切った理由をいくら問い質しても、しばらく何も言いませんでした。あまりにイオスがうるさかったのでドワーフの兵隊がイオスを殴り、殴り続けて、静かにさせました。それから、アルギロは静かに話しました。

「こんな世界、俺はもううんざりだ」

 殺し合いに満ちたこの血まみれの世界を、アルギロは激しく呪い、嫌っていました。そしてその呪縛から解放される方法をずっと彼は執念深く探していました。“恋人”とともに解放される方法を。

「フェルマ……」

 アルギロは膝をついてフェルマの手を握りました。そしてドワーフの方を見ました。ドワーフは、この兵隊もまたニコリともせず、フェルマの手錠を外しました。フェルマは困惑した表情一つせず、ただ悲しそうにうつむいていました。

「フェルマ?」

 その空間の中で困惑したのは殴られて血を垂れ流すイオスだけでした。後は皆、これから何が起こり、何が終わるのか分かっているかのような冷たい石のような表情をしていました。

「ごめんなさい」

 フェルマがぽつりと言いました。この美貌を湛えた憂い顔のシルフの娘も、アルギロの共犯者でした。二人は二人でこの“世界”から脱出するために、ドワーフと取引をしていました。

 シルフに対し魔の力で劣るドワーフはその対抗の手段となる知識や知恵を得るために、あなたたちの世界へよく足を運びます。けれどその足の運び方、というのはとても厄介な魔法でした。シルフの中でも、よほど知恵と魔力を持たなければ異界との往復などはできませんでした。

 ドワーフ達は、世界を行き来するための装置というものを開発しました。その装置にはしかし、命が必要でした。どの命でもいいわけではなく、とても強い魔力を供えた命。ドワーフ達はその宛を探してきては、命を装置に組み込み、世界を行き来するための扉を開き、必要なものを必要最小限の行き来で手に入れていました。

 ドワーフは強い“命”を狙っている――。

 そのことを知ったアルギロとフェルマはある取引を思いつきました。ドワーフ達に強い“命”を提供し、そのかわりに、ドワーフの装置を使い、あなたのいる世界へ引っ越す。そのためにドワーフ達にイオスを差し出す準備を行ってきたのです。顔は美男美女の二人でしたが、考えていることはとても残酷で身勝手でシルフ的な二匹でした。それによって今、イオスは一人だけ鎖につながれているのです。

「……」

 シルフの二人が部屋を去った後、このことをドワーフに聞かされた時、イオスは泣いてしまいました。なぜ泣いていたのか、心の奥底まで私は知りません。けれど私が仮にその場で彼女の代わりだったら、やはり泣くかもう一度叫んだかもしれません。

 けれどイオスの涙は、まもなくピタリと止まります。部屋を出てドワーフ達の装置のある部屋に行くまでに、彼女は横たわるアルギロとフェルマの遺体に気付きました。二人は既に用済みだったので、ドワーフに首を刎ねられたのです。愛欲と幻想のせいで理性の眼を失ったシルフ二人の結末は滑稽で、ちょっとした悲劇でした。

「ふふっ、ふっ、ふっふふ……ふふ」

 冷たい廊下を歩くイオスの昏い笑い声だけが響きました。最初ドワーフ達はこのシルフの娘は頭がおかしくなったのではと思いました。でもそんなことはどうでもいいことでした。頭がおかしかろうと何だろうと、ドワーフ達はイオスという命が手に入ればそれでよかったわけですから。

 装置のある部屋の重い扉が開きます。

 ドワーフ達に連れられて、装置の傍にある解剖台の上にイオスは早速載せられました。この後はドワーフ達の予定によれば手際よくイオスを解体し、必要な臓器と命の素を取り出し、装置に搭載するということになっていました。

 重い扉が閉まりました。残されたのはあるドワーフの研究者一人だけでした。扉の外に兵隊はいましたが、この時扉の中にいたのは発作のような笑いを続けるイオスと、載せられたシルフの身を案じる、悲しそうな表情のドワーフの研究者でした。

 このドワーフは、名をホスロウといいました。

 ホスロウにも、子どもが三人いました。病弱だけれど奥さんも。男は子どもたちの中でも一番賢くて自分に似ているベンジアスという子どもを一番かわいがっていました。けれど今はその子どもたちがどこにいるのか、わかりません。仮にいる場所が分かったとしても、会わせてもらえない境遇に、男はありました。優秀な魔導技師のホスロウはただ装置の開発のためにこの要塞に連れてこられ、司令官に子どもたちの命を質として握られているのでした。

 ホスロウの目に、イオスが自分の子どもの姿と重なりました。そのせいでしょう。どうしても装置にイオスを組み込むことがためらわれました。

「シルフの娘」

 ホスロウは意を決したようにイオスに語りかけました。

「ここから逃がしてやり」

 ホスロウには、考えがありました。さっき二人のシルフが死んだことを兵隊たちから聞きました。それをうまく使って、装置が一見完成したように装い、その一方で娘を逃がしてやろうと思ったのです。もちろんそんなことをしたのが兵隊たちにばれたらおそらくホスロウ自身も質の子どもも殺されるかもしれません。けれど、ホスロウもこれ以上自分が“この世界”で生きて行くのが限界だったのです。どこに行っても逃げ場のないホスロウは、爆弾をもっていればいっそ爆弾を抱いて死にたいと考えていました。アルギロたちと似ていますが、行こうとしている世界が違っていますね。

「私はもう、誰も殺したくない。犠牲にしたくない」

 死ぬ前に、一つでも命を助けられれば。そう思ったホスロウは自分を犠牲にしてイオスを助けようとしました。

 ホスロウはまず、外の兵隊たちに、さっき死んだ二人の馬鹿な男女――つまりアルギロとフェルマの死体――を解剖室内に運び込ませました。装置について疎い兵隊たちはホスロウに適当な口実を与えられると「そんなものか」と思って言われた通り動きました。

 重い扉が開けられ、また閉められ、装置のある部屋には死体が二つ増えました。ホスロウは装置を偽装するために大急ぎで解剖台に載せたアルギロとフェルマの死体を解体し、必要な部品を、命の素を装置に取り付けました。部屋は一面血まみれでした。

「さて、これでよし」

 ホスロウの手の込んだ偽装が終わりました。このころにはもう、イオスは笑っても泣いても居ませんでした。ただ黙ったままじっとホスロウの作業を見ていました。作業の終わった血まみれのホスロウはイオスの拘束具を外してやりました。

「いいかい。生きるんだ。最後まで、どんなことがあっても生きるんだ」

 ホスロウは目に涙を浮かべながら、そう言いました。

「……」

「まだお前さんはやり直せる。ここを離れて……」

 ゴアンッ!!!

 その時、装置のある重い扉の外に控えていた兵隊たちは、背後の扉の向こうから聞こえたすさまじい音に仰天しました。驚いて扉を開くと、そこにはバラバラになったホスロウの死体が転がっていました。

「……入ってきちゃったの?……滅亡と不足の世界へようこそ」

 緊急事態を認識し、誰かに伝えなければと思ったドワーフの兵隊たちはけれど、次の瞬間にはサイコロのような肉片に変えられていました。

 クチャクチャクチャ……

「これが、私を思いのままにもてあそんだ命の味……」

 夥しい量の血が埋め尽くす床の上に、イオスがいました。その口には、同じアクリタークのメンバーだった二人の男女の命の素がありました。装置に入れられていたのを、外して、噛んでいました。

 クチャッ、クチャッ、クチャッ……

「相変わらず苦くて不味い……」

 シルフがシルフの肉を口にすると、傷が回復します。けれどそれは禁忌とされていました。ですから普通のシルフはそのことを知らず。知っている者はシルフの歴史を研究する学徒くらいです。あとは実際にその身で試した者のみです。

 幼い頃、イオスは試していました。生き残るためでした。自分を助けようとしたシルフが自らの肉を切り、イオスに食べさせたことがあったのです。その時に、イオスは禁忌とされる回復術を覚えたのです。

「生きるわ。どうせ死ぬ命だとしても」

 イオスの右手には、部隊長だった裏切り者の刃が握られていました。

 クッチャ、クッチャ………ペッ。ベチョッ!

「生きるわ。ひた巡るこの身の定めが何であろうと」

 イオスの左手には、ドワーフの兵隊が手にしていた兵器が握られていました。

「生きるわ。どんな手を使ってでも」

 血だまりを出たイオスは、次々に要塞の中に待機していた兵隊たちを殺していきました。今度は完全に油断していた兵隊たちは、イオスに出遭うや否や彼女に切り裂かれるかグチャグチャに潰されました。闘いつづけるうちにイオスは、風を死なせるとシルフ達が忌み嫌ったドワーフの武器をアレンジして使えるようになりました。

「土から咲いた命の群れども。お前らは花と同じ。さっさと土に散れ」

 司令官も、結局イオスによって命を失いました。イオスは要塞を焼き払った後、森をも焼き払おうか考えましたが、思いとどまってやめました。焼いたのは要塞と、その中に居合わせた無数の命のなれの果てだけです。

 アルギロを隊長とするこのアクリタークの一部隊は、結局イオスを残して全滅しました。アクリタークの本部へ戻ってきたイオスは一度、別の部隊に加えられましたが、外されました。誰もバディを組むことができなかったからでした。本人もバディを嫌がったし、周りも彼女とのバディを好みませんでした。かといって隊長の素質もあまり彼女にはありませんでした。

 しかし彼女の能力は、“殺し”という一点で高い評価を受けていました。そして政治的な考え方も働き、シルフの国や議会は、イオスを抹殺しようとか自由の身にしようとは思いませんでした。結果的に、イオスは唯一、アクリタークの中で単独行動をするシルフとなりました。そしてもう一つ、これは非公認ですが、アクリタークの中で唯一ドワーフの兵器を使うシルフになりました。彼女がどこからドワーフのもつ兵器を調達するのかは、シルフの中では誰一人知りません。ただ噂によれば、森に行くのだそうです。あの裏切りに満ちたドワーフの黒い森に。私がイオスについて知っている話は以上……いいえ、もう一つだけ。森からそう遠くないドワーフ同士の紛争地帯に送り込まれたイオスが“黒い森”に逃げ込んだ後、もう一度森から出て紛争地帯に戻ったことがありました。遠くから戦場を観測していたシルフが議会にその様子を伝えていました。

「議長。ヘニッヒ准将の第六旅団五千九百名が」

「どうした?何があった!?早く答えよ!」

「いえ、あの……」

 風に舞いながら、シルフの報告者は反シルフ派の大軍の末路をどう報告していいのか分かりませんでした。

「死神……」

「なに?」

 それは一つの竜巻でした。武器を振り回す竜巻でした。風の精霊としての力を最悪の形で行使しているイオスの姿でした。彼女は手にした武器弾薬に風を纏わせ、群れて襲い掛かるドワーフたちの全身に止むことのない鉄火の雨を降らせていました。

「その身に浴びなさい。洗いなさい。この銃弾と引き換えに、天国はあなたたちにあげる」

 地獄のようなその“雨”のあと、ドワーフという命の群れはただの骸に変わりました。紛争地帯は黒い森から戻った“竜巻”のあと、親シルフ派、つまりシルフの国の息のかかったドワーフたちの手で平定されました。そしてこの紛争がきっかけで、ドワーフの世界も大きく動き出しました。互いに殺し合っている場合ではない、本当に殺すべきはシルフであるという潮流はドワーフ達の手を繋ぎ合わせました。小国が同盟関係を次々に結び始めたのはこのころからです。けれどドワーフ全体の国の統一まではまだ、長い道のりがありました。もっと強烈で危機的な“何か”が必要だったのです。

 さて。

 アクリタークの死神――。

 いつの頃からか同僚にそう呼ばれるようになったイオスの戦いの場は、気づくとシルフやドワーフの国だけではなくなっていました。シルフやドワーフの絡む事件というものはあなたの世界でも起きていますから。それを駆逐するために、イオスは派遣されます。どこに派遣されるにせよ、遭遇は避けたいものです。敵と認識されれば間違いなく消されるでしょう。生きて逃げ切るなど望むべくもなく、ましてや殺し返すなんて…………凡その命には叶わないことですから。




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