八滴
八、疑惑
明かり一つない下水道。目を開けていても、閉じていても変わらない。
カチャチャンッ!
「ウ……ウォ……」
人骨とゴミでつくった串刺しトラップを回避した残り一匹を追う。
ブオンッ!
落ちていたタイヤを拾って投げる。最後の一匹はそれもかわす。けれど跳ねて転がるタイヤがその先に仕掛けてある別のトラップを発動させる。
「!」
魔隷が壊したファンの羽根でつくった“カニバサミ”が下水から飛び出す。
ゾクシュッ!
羽根に挟まれ魔隷の左腕が肩から千切れ、しかも体は俺の方へ吹っ飛ばされる。
「おかえり」
「ゴ……オェ……」
目を閉じたまま、ソフトボールを放るように、下から上へ、“強化”したばかりの左腕を強引に動かす。
ボジャッ!!
「お前らの大好きなアンダーグラウンドは悪いけど俺の巣になった」
握っていた左手のバールの鉤部分が末期の魔隷の顎を貫通する。
グイッ。
「ミミズがモグラに敵うはずないだろう」
ガチガチガチ、ガチャンッ!!
バールで引き寄せている間に右腕の“強化”も済ませる。
ボッ!!
有刺鉄線を巻きつけた右拳が魔隷の鼻から上を吹き飛ばす。
「!」
頭を吹き飛ばされ、地べたでジタバタしている魔隷の上に、俺は蟲ケヌサピエを展開する。まもなく黒い小さな靄が魔隷を覆いつくし、肉を、魂を音もなく侵す。
ガランガランッ。
残されたバールを拾い上げる。戦いが始まってからおろしておいたバックパックの中に放り込む。
「これで今日は四十一匹。……減らねぇなぁ……」
バックパックからタオルを取り出して顔を拭い、タオルをしまう。Tシャツの上に改めてジャケットを羽織る。
「戻れ」
右手の有刺鉄線が崩れる。体の中を砂が流れ、そして出て行くような感覚。そして出来上がる巨大な泥団子。目は見えなくても“強化”を解除していない耳と鼻と感覚器官が察知する。
「散ってろ」
泥団子が静かに砕ける。細かな微粒子の姿で俺の周囲を常に飛び続ける。
「……気配は、もうない」
工具のつまったバックパックを再び背負う。
ジャバ、ジャバ、ジャバ、ジャバ、……
魔隷の気配を感じなくなった俺は近くのマンホールから外へ出る。久しぶりに目を開き、眩しすぎる夜景に目を慣らす。顔面のすぐ内側を砂が流れるような感覚に浸りながら、俺は魔隷を探して再び地上を歩き始める。
歩きながらポケットの中のラジオの電源を入れる。イヤホンを片耳にさしこみ、警察無線に合わせる。同時に携帯端末を取り出す。数日前に壊した魔隷から奪ったものだ。ボタンを押す。
ピー、ザザザー……ピィイイ……
間もなくして無線を拾う。
「こちら本部。どうぞ」
「こちら○九。現在、姥湯理市内で複数のボヤと見られる火災を確認」
「了解。……ただ今本部にも通報あり。姥湯理市在住の女性から爆発音のようなものを確認したとのこと。どうぞ」
「○九了解。住所をお願いします」
無線を聞き、さらにボタンを押す。
時限発火装置による火災。
電磁パルスによる停電。
県内全域及び隣県にまで仕掛けた小さなパニックを断続的に引き起こし、警察を俺の都合のいい場所に誘導する。それはつまり、俺のいない場所のこと。
「今夜は東部の祭り騒ぎ。……こっちは仕事に集中できる」
ラジオをしまい、携帯端末をしまう。
ピロリン、ピロリン、ピロリロリンッ。
しまったばかりの携帯端末が不意に音を上げる。ネット回線の通話か。
「もしもし」
「あっ、直哉~?今どこ?」
「そいつはきっと俺が壊した。電話には二度と出られない」
「え?」
無造作に言って電話を切る。またすぐに電話がかかってくる。
「壊れたと言ったけど」
「もしもし?」
電話回線。……ああ。
「……イオス、か」
今度は相手が違った。声の主はイオスだった。さらに番号を教えてあったのを今更思い出した。
「今、どこにいるの?」
「おそらく県の北西部」
「具体的には?」
「さあて、ここは……どこだ?」
周囲を見渡す。近くに目印となるものは何もない。
「とりあえずお前の部屋じゃなさそうだ」
ガチョンッ。
冗談を言いながら目を“強化”し、遠くを見る。一キロ先に道路の案内標識が見える。
「○○自動車道入口……国道△△号……錫尼市まで九キロ。そう書いてある」
「……やっぱり」
「何が?」
「近くにいるの」
「イオスが?」
「私じゃないわ。ラヴラよ」
「!」
その言葉に凍り付く。俺の近くにあの、ラヴラがいる?
「この国に来て初めてラヴラの気配をつかんだ。さっきよ。……その辺で目印になる建物は?」
「似た色の建物が猥雑で雑然と配置されているだけ。土の中のほうがまだマシだな」
「ちゃんと探して」
「分かった……」
強化した目で周囲をくまなく見つめる。そのうちに消防署の存在に気づく。
「……北錫尼第三消防分署。そんな看板がある」
「今、調べる」
数秒してイオスから回答がある。
「場所はソーマのいる場所から約五キロ離れた音失子美術館。方向としては南東」
「確かか?」
「ええ。敵が接近して尻尾を出したということは、既に私たち一人一人を潰す用意ができている。おそらくそういうメッセージよ」
「かかってこいってことか。ふっ、じゃあまず俺から潰されにいくよ」
「馬鹿言わないで。一緒にやるの。十分でそっちに着くから、一人で……」
ピッ。
回線を切る。
「馬鹿を言うな?それは俺のセリフだ」
これは俺の獲物だ。俺が殺す。…………待てよ。
「楽しみの最中に寝首をかかれるのは、馬鹿らしい」
ラヴラとの戦いに気をとられている隙をイオスに突かれるのも、面白くない。
「……」
イオス。
コイツは、信用できない。
「が、戦力にはなる」
ピロリン、ピロリン、ピロリロリンッ。
「水希殺しを殺すのは、何も一人じゃなくたっていい」
確かに俺一人の力で解決したいとは思うが、その後にあんなシルフにこの俺が殺されたら、死んでも死にきれない。
「最善の仕掛けを望み、最悪の故障に備えよ、か」
ラヴラを殺して用が済んだら俺は消される可能性がある。……どこかの善良で間抜けなドワーフのように。
ピロリン、ピロリン、ピロリロリンッ。
真っ向勝負なら五分だろうが、向こうが得意とする急襲を受けたら、結果は分からない。
ピロリン、ピロリン、ピロリロリンッ。
「何だよ」
「一人で先走るのはやめなさい」
「ああ、さっきのか。ごめん。画面に間違って触れたせいで、通話が切れた。ちゃんとお前を待ってる」
「本当ね?」
「ああ。俺一人じゃ相手の出方が分からない。倒すにはお前が必要だ」
無表情でそう言って、待ち合わせ場所をイオスと確認後、俺は電話を切る。
「倒す、じゃなかった。壊す、だ」
誰を?ラヴラを。
「壊す」
どうして?水希を殺したから。
「壊す」
それから?さあ。どうせ“どこかの誰かさん”が殺しをふっかけてくる。
「そうなれば壊す」
誰も信じない。
信じなければ、誰にも奪われない。信じなければ、失わない。
奪われてたまるか。この身体を。
失ってたまるか。この気持ちを。
「ふむ」
腕時計の時刻を確認する。十二月二十九日午後十時二十二分。
「早く来やがれ」
イオスを待っていて暇だった俺は近くを散歩して回った。歩いているうちに、広い駐車場の設けられたコンビニを見つけた。夜を徹して荷をどこかへ搬送するトラック野郎たちがエンジンを切り、つかの間の休息をそこかしこでとっていた。
「……」
トラックを見ているうちに、体の中を砂が勢いよく流れる感じを覚える。俺はたぶん、興奮している。
「……くく」
無人のトレーラー一つにそっと乗り込み、再び拵えた右手指先の有刺鉄線を鍵穴に突っ込む。
ニヤリ。
想像が現実と分かり、弄る。終わらせ、安心して降りる。もちろんドライバーには見つからないように。
「お待たせ」
約束通り、十分きっかりでイオスは現れた。
「ああ。待った」
自販機で買った炭酸水の残りを飲みほし、ペットボトルを握りつぶす。
「……」
「どうかしたか?」
手の中で圧縮したペットボトルをチップにまで粉砕したあと、それを粉雪のように手のひらから散らせながら尋ねる。
「変わったわね」
電灯で光る粉雪を見つめながら、イオスが言う。
「俺が?」
「ええ。まるで別人」
「人は変わる。変わらないのは死人だけだ」
「……」
「それより、ラブラがいるんだろう。この先の音失子美術館に」
「そうね」
無用な警戒をさせないために、俺はイオスの前を歩く。イオスは俺の後についてくる。体中のセンサーをフルにして、三六〇度全方位に対し警戒を敷く。今仮にイオスに何かされても迎撃する自信はある。仮に何かされたとしても……。
「ん?」
美術館の門扉は深夜にもかかわらず、開いていた。まるで入ることを促しているかのように。
「なあ」
「何?」
「やっぱり中はブービートラップだらけなのか?」
さっき標識を探したような望遠眼にはできない。トラップを探している最中にイオスに後ろから攻撃された場合、うまく対応できない恐れがある。視野を戻している最中に首を吹き飛ばされたら厄介だ。
「待ち伏せ攻撃を企てている以上、それはほぼ間違いない。注意して前に進みましょう」
「了解」
俺は門扉をくぐる。くぐったところに、敷地内の地図がある。俺とイオスは地図と美術館の簡単な概要を眺め、歩を進める。
音失子美術館――。
規模は地下二階。平屋建て一部四階建て。
現代美術をより多くの人間に知ってもらうために造られたとか。めでたい話だ。
「う、うう……」
門扉をくぐってすぐは広場のような空間がある。段々畑のような階段を四段ほど上ると、そこが美術館の入り口になっている。
「助けて、くれ、え」
正面から見ると、中心の建物がおそらく四階建てなんだろう。右手は案内地図からすれば、大きくはない展示室がいくつもあって、左手は企画展示ができる広い部屋があることになる。
「苦し……い…………」
そして現段階で目にすることはできないが、俺たちの足元の下、すなわち地階には倉庫や講義室もある展示会場があるらしい。
「痛い……」
主階。すなわち俺はまだ一階にいる。建物にすら入っていない。つまり美術館前の広場。
「うう、ううう……」
その広場に、たくさんの人間が倒れている。現に、俺の足元にも、身なりのいい老人が倒れている。
スンスン……
鼻を使い、老人が本物の人間であること、そして横たわる彼と地面との間に不可解な臭いを確認する。
「トラップ……」
「助けようとして動かすと下に隠れている爆弾か何かが作動する。違うか?」
「正解。胴を動かせば魔隷に変異するよう内臓に仕掛けがある。ラヴラの十八番よ」
イオスが懐からサイレンサーと拳銃を取り出している。
「そうか。助けられないなら、楽にしてあげないとな」
イオスが頭部を撃ち抜く前に、俺は倒れる老人の首に右足を乗せる。体重をかけながら一気に足を動かし、首の骨をへし折る。
「弾の無駄だ。行こう」
「……」
「どうした?ほかのもヤッたほうがいいか?」
「いえ。何でもないわ」
他の人間爆弾は無視し、俺たちは美術館へと入っていった。
「いいニオイだ。たぎってくる」
「……」
「戦の臭いだ。イオスは慣れてるだろ、こういうの」
「……先を急ぎましょう」
館の入口は、広場から入って反対方向にあった。すなわち建物を反時計回りにグルリと回った裏手にあった。そこから内部へ侵入した瞬間、充満する臭気に一瞬気を失いそうになるも、肺に急ぎ作った浄化機構を作動させ、正気を維持する。すでにこの時点で人間なら死んでるな、こりゃ。
「使いこなせているのね、ドワーフの力を」
自らの周りに風を起こすシルフの娘が言う。
「ああ」
使いこなしているらしい俺はただ答える。使いこなしているかどうか。知らねぇ。どっちでもいい。とにかく俺のやりたいことに支障をきたす一切は壊す。そのための武器が、鎧が、装置が体から生じるのなら、それで良し。あとは、知らねぇ。あの血色の悪い貧弱娘に支配されようが、俺が押し倒し引っぱたいて支配しようが、どっちでもいい。
「来るわよ!」
その時、正面展示ホールとその右となり、屋上テラスへ続く階段に魔隷の姿を確認する。末期の魔隷?少し様子が違うようにも見える。ああなるほど、この瘴気……きっと変異を促しているんだ。じゃあ、少しは、楽しめるかな。
「この中に、いるのかどうか」
歓迎の“もてなし”に備え、サイレンサーを外したイオスがつぶやく。目線は背後の、入口右隣視聴覚スペースに向けられている。そこにも一匹いたか……。
「ラヴラの正確な位置はわからないのか?」
自分の左斜め前の切符売場のブースの中から肉を食う生々しい音が聞こえる。耳障りだ。食うなら控室で食え。
「この澱んだ空気じゃ、とても無理」
「そうか。じゃあ、殺しつくすしかないな」
展示ホールと切符売場の間に伸びるギャラリースペースからさらに濃い瘴気を感じる。確かギャラリーの先には展示室がいくつかあった。……展示室が魔隷の“巣”か。
「上と下、どっちから攻める?」
「俺は暗い方がいい。だから下はヤルよ。俺が」
「なら私はテラスに行くわ!」
「了解。生きていたらまた広場で会……」
俺が言い切る前に、右背後の視聴覚スペースの魔隷がとびかかってくる。俺とイオスは離れ離れになる。
「それで?何で壊されたい?十二・七ミリライフル?四十ミリ榴弾?二十ミリ砲弾?対戦車ロケット砲?対空ミサイル?」
オブジェが並ぶ展示ホールに取り残された俺は失笑しながら自分を囲む魔隷の数を正確に数える。目と、耳と、鼻とを使って。
「「「「「「「ヴォアアアアアアアアアアアアッ!!!」」」」」」」
全部で七匹。
「どいつもこいつもみじめでいじけた顔してんなぁ」
そのうちの一匹が俺にとびかかってくる。ダメだ、その速度の場合、一斉にとびかからないと。数を頼みにしないと。
「はあ~」
とびかかって来た魔隷の右手の攻撃を防ぎ、その手首を左手でつかむ。そのまま即手首をひねりつつこっちの体に引き寄せ、魔隷の腕をビンと伸ばす。
「悪いが飛び道具が欲しいならとりあえずテラスへ行け。俺は、“こっち”専門だから」
ゴシャアッ!!
「ヴウオオッ!?」
ホールに入る際に作っておいた有刺鉄線付の右拳を、魔隷の伸びきった右腕の肘関節に下からぶち込む。関節が四十五度を超えて逆に曲がる。
「あと六匹」
言いつつ、右こぶしの中に握るダガーで魔隷の首を払う。吹き上がる血しぶきが俺にかかる瞬間、テラスに向かう階段からオレンジの閃光がこちらに向かって一直線に走る。首を刎ねた魔霊の胴体に光はぶつかり、死骸を炎で包む。イオスの親切か、それとも、どさくさに紛れて俺の命を狙ったか。
「どうも」
テラスへ続く階段に向かって礼をいい、魔隷に視線を戻す。
「グルルルルルルル……」
「あれ?」
六匹だったはずの魔隷はいつの間にか数が補充され、しかもさらに増えていた。
「食い終わったか。まあいい。来いよ。お前ら全員二度と腹が減らねぇように壊してやる」
黒い蟲ケヌサピエの入った瓶のふたを開け、床に置く。蟲が小躍りを始める。
パパパンッ!!パンパンパンッ!!
イオスの放つ銃声の谺を遠くに聞きながら、俺も展示ホールで、魔隷相手に踊り始めた。
「ふうう……」
バックパックの中の工具をすべて使い果たした俺は、魔隷が破壊したオブジェの中の鉄筋を手に取る。
「エギャ、アハハッ!!」
「生き生きしてるじゃん」
闘ううちに驚異的な速度で変異した末期の魔隷がこっちに加速してくる。速い。これぐらい速いと、それなりにゾクゾクする。
顔以外の全身が甲殻に覆われていて、まるで巨大な昆虫が迫ってきているような感じだ。
ガガ。
約二メートルある鉄筋の先っぽ、つまり穂先を地面に落とす。すなわち下段の構え。
ジジジ。ガッチャン。カチャチャ。
落とした棒の先端部分に炸薬を充填つつ、自分は膝をやや曲げ、体を前に低く倒す。
「エアアア!!」
こっちの身長の二倍はある、異常に長くて異常に巨大な魔隷の左腕が俺の顔面めがけて迫る。
ゴオオッ!
異常。とはいえ、攻撃は単調。要は異常に見えるだけの“突き”。
ブオン。
鉄筋を瞬間的にひねるように動かし、右から左へ魔隷の腕を受け流す。
「!」
炸薬付きの穂先が魔隷の顔面に向く。中段の構えの位置で俺は静止する。
「壊れろ」
魔隷が崩れた体勢を戻す前に、俺は前足を踏み込みつつ、穂先を魔隷の顔面にぶち込む。
カッ! ボゴオオンッ!!!!
魔隷の顔面が爆発する。よろめきつつ、倒れる。
プシュウウアッ!
触手のようなものが一本、吹き飛んだ首から血しぶきをあげて生え伸びる。スイカのような巨大な眼球が二つくっ付いた触手は釣竿のようにしなりながら、奇声を上げる。体が立ち上がろうとする。
ゴシャッ!!
「!!」
ヌルヌルの触手の根元を俺は有刺鉄線付の右手で抑え込み、左手に握ったナイフで切り落とす。魔隷はそれで、完全に動かなくなる。
「ふう、ふう、ふう、ふう……」
静かになった展示ホールを見渡す。何十匹もいた魔隷たちはことごとく消した。黒い靄蟲の出番はひっきりなしだった。
「どうした?もう打ち止めか?」
ホール東側、つまり入口から見て左手奥の方にある展示室を見る。ギャラリーの通路はとうに壊れていて、魔隷たちは展示室の壁を突き破って次から次へと現れては襲い掛かって来た。けれど今はもう、出てこない。どの展示室からも。
「火は、やめとくか」
火でも放って展示室はすべて灰にしておきたかったが、地階に用事があるからやめる。そのまま展示ホール奥にある、地下へと続く階段に向かう。
「……いなくなってる」
階段に向かう途中、壁に設けられた大きなガラス窓から広場が見え、門扉が見える。倒れていたはずの人間はもう見当たらない。魔隷にされて俺を襲ったか、それとも上にいるイオスを襲ったか。
「ふん、向かってくるなら消す。それだけだ」
自分の生き方を口にして、俺は地階へと降りて行った。
電気が、明滅する地階。
階段降りてすぐに広がるのはやはり展示スペース。展示ホールと同じくらい広い。そして主階部分と同じように、展示ホールの奥、つまり階段から一番離れたところには展示室がある。きっとあれも“巣”だろう。
「どれどれ……」
階段降りてすぐの案内図はさらに、空調機械、電気を管理している部屋、講義室、その他の展示室の場所を示している。
「子供絵画教室なんてのまであるのか、ふ~ん」
フッ。
電気がすべて消える。
――私ハ幼子ノ時カラ今ニ至ルマデ嫌イナモノハ変ワラナイ。
暗闇のスピーカーから突如“館内放送”が響きだす。ふん、つまらない演出だ。この声の主がラヴラ、か。
「……」
暗闇。たいしたことのない利をもって得意になる敵。別に、なんてことはない。いつもとたいして変わらない。
「「「「ア、アアハアア、アガアアアアアンッ!!!」」」」
闇の中で首謀者の声がしたところで、魔隷の声がしたところで、いつもとたいして変わらない。
――ソレガ何カ分カルカ?
「大勢だな」
カチャ、タタタ……。
目を閉じて念じ、耳と鼻に細工を施し、視覚からもたらされるはずの情報を補い始める。
……。
空気中の微粒子を鼻で細かくかぎ分け、空気を震わす振動を耳で一つずつ識別する。一階で襲ってきた魔隷と同じか、それ以下の連中が周囲に確認できる。
――計画ノ邪魔ダヨ。私ハ私ノ予定ヲ狂ワス存在ヲ激シク憎ム。今ノ貴様ガソレダ。
「じゃあ、次は……」
有刺鉄線とナイフを放棄する。じいさんの家にあった長い包丁、要するに日本刀を準備する。その間もカサカサと余念なく暗闇を移動し続ける魔隷たち。二十二、二十三、二十四匹……か。
シュンッ!!
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「?」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
そんな驚くなよ。俺から仕掛けるからって。
ザシュンッ!!
「ヴォアアアアアッ!?」
「闇はお前たちだけの味方じゃない」
一階ではカウンター攻撃に徹した俺は今度、先制攻撃に打って出る。
「動けよ。立ち止まっている奴から壊すぞ」
ドグシャッ! ゴバンッ!! ヒュボッ!! ビシッ! ドムッ、シュパンッ!!
魔隷。その中でも、硬いボディーに覆われていない奴を見つけ出し、剣を宙に滑らせては、断つ。
サソリのような甲殻の長い尾を手にした魔隷。
ゴシュンッ!
ダニのように手足に対して腹部の巨大化した魔隷。
バシュッ! ドバンッ!!
その反対に、ガガンボのように手足ばかりが長く細く伸びた魔隷。
スパアンッ!!
暗闇の中で一旦は逃げようとし、けれど逃げられず、戦うしかないと覚悟した末期の魔隷たちが応戦してくる。
ドガッ!! バキバキッ! ズダンッ!!
その一切を、断ち尽くす。
「!」
そのうちに、トンボのように羽の生えた魔隷まで出てくる。新種の中の新種だ。
――不逞ノ輩。次元封鎖ヲ除ケ。サモナクバ貴様ノ粗末ナ命ヲモッテ解ケ。
ゴッ!
「やるじゃねぇか」
黒い靄蟲が食いつくせず転がる死骸を避け、地階西端の講義室に移動する。セミのような翅と口吻、ハチのような翅と針、トンボのような翅と顎が遅れて室内に充満する。
「何されたらそうなるんだ?ふふ、まあ、どこかの、誰かの下した因果って奴か」
先生風に口を叩いた後、剣を構え直し、一端カウンター攻撃に戻る。久しぶりに殴られる。久しぶりに蹴られる。久しぶりに噛まれる。久しぶりに刺される。
「なるほど。俺の今の変形スライダクランクじゃ、これはキツイな」
ガチャンッ!カッツン!チイィンッ……
「が、それもしまいだ。お前たちの往復運動、芸がなくてもう飽きたよ」
ジュバッ!!
“久しぶり”を命がけで堪能した後、ウザッたい羽音を鳴らして飛び回る一切合切を斬り刻む。今度は講義堂が修羅場と化す。
――私ノ傀儡ヲ利用スルダケデハ飽キ足ラズ、ソコマデ皆殺ストハ……
何を言ってやがる。まあ、どうだっていい。
「まだまだ……」
途中で刀が折れる。散らかるアートから材料を適当に見つけ出し、再生する。
――モハヤ許サヌッ!
ドオオオオオオンッッ!!
セミ、ハチ、トンボ似の魔隷を蹴散らしていると、講義堂南の壁をぶちやぶって巨大なゴキブリが現れる。
ガキンッ!
「何だよ、こいつ」
このゴキブリの攻撃が重い。おそらくこの中では一番重い。
ゴゴゴゴゴゴゴッ!!
刀で受け止めきれない。壁を背にしても、壁ごと破壊される。
ドゴオオオオンッ!!
「くそがっ!!」
体当たりを受け、俺の体が講義堂西の壁を破壊する。その壁はもろかったけれど、その次の壁はものすごく硬い。どうやら建物と地面の境界らしい。
プシャアアアアアアア。
「!!」
上から何かが降ってくる。それは魚を捕まえる網のような形をしていた。
「ちっ!」
上の気配を探ると、クモを思わせる形の魔隷が一匹待機していた。
まずい!身動きが取れない。
“クモ”がゆっくり降りてくる。たぶん生きたまま食うつもりだろう。それとも子どもを産みつける気か。
「!?」
こっちに徐に近づいていた“クモ”が凍りついたように一瞬とまる。
「ああ、俺もおまえも、それどころじゃねぇよな」
俺が背中でぶち破った講義堂西の壁に出現する巨大シルエット。クソゴキブリめ。
ガダダダドゴオオンッ!!!
「ぐあああっ!」
ゴキブリのタックルがもろに内臓を直撃する。内臓の隔壁防御が間に合わなさすぎる!
ヌチャ……。
ゴキブリが離れる。俺の頭の上にいたクモは俺より悲惨な姿になっていた。ひしゃげ、零れ散る体液が俺を絡め取る糸の粘りを若干弱める。
バゴンッ!!
糸うんぬんを言う前に、ゴキブリの触覚がぶつかり、俺は南に伸びる通路を弾き飛ばされる。触覚だけで、この威力かよ……。
「ぐ、ううむ……」
何か、何かないか。アイテムは。材料があればいい。材料。
「?」
匂いがした。そのとき、俺の大好きな匂いが背後からした。驚いて後ろを振り返る。
……。
小さな部屋の向うに、俺の大好きなものが密集している。
ガンッ!!
扉の取っ手を破壊し、部屋の中に侵入する。
「……やった、はは」
機械室。しかも機械室には地上へと続く階段が続いている。最高だ。最高に面白いぜ、この美術館。
ズビャアッ!!
タマが、泥団子が機械に取り憑く。いつも通りに。
「あははははっ!最高だ」
ダンッ!!
地上に続く扉を蹴り破る。
「クロノメータエスケープ、案内車、トランスレータ、連結棒、バネ付き開閉器、製じょう器、エピサイクリックリバーテッドギア……」
地階から主階へと駆け上りながら、ゴキブリを抹殺する算段を必死に考える。何が最適か、何が最高か、何が最善か、何が最悪か、考えれば必要なものは次々に浮かぶ。
「来いっ!俺はここだ!早く、来い!!」
一階にあがってすぐ。走るうちに出てきた場所が主階西の企画展示室の裏だと知る。クモと心中しそうになったのと同じ造りの通路を通り、講義堂真上の企画展示室を走り、とうとう展示ホールに戻ってくる。
ドゴッ! ドゴッ! ドゴッ! ドゴッ!
企画展示室の方から聞こえる轟音。絶対に通り抜けられない幅の通路を無理やり登ってきたか。
ドゴオオンッ!!
「と見せかけて、やっぱりな」
展示ホールの床が一気に抜ける。下には例によって巨大なゴキブリがいる。企画展示室の方は、別の囮だろう。雑魚なりによく考えやがる。
「だが、今度はそううまくいくかな」
床を這う砂の影。機械を食らいつくした泥団子が俺の元に戻る。
「ははは、少しイオスの真似といこうか」
一階から地下一階へ飛び降りた俺はゴキブリのタックルを躱す。躱しつつ、その合わさった翅の隙間に手榴弾を押し込む。
「見様見真似でつくったから、うまくいくかな~」
標準型の四秒待ちじゃなくて、〇秒信管。
カッ! バオオンッ!!!
しかも中には通常の二倍の二〇〇〇個の細かい破片。あと、靄蟲も交じっている。
「ギュキィィィィィ――ッ!?」
「そうか。地獄味の炸薬はそんなに気に入ったか」
対戦車地雷をゴキブリの周りに巻き終えた俺はゆっくりと標準型の手榴弾を一つ作り上げる。ゴキブリの肢はまもなく、俺の作った“粗悪”な地雷を踏む。
シュドオオオンッ!!!
「火と踊れ。火と絡め。火と溶けあえ。そして火と重なれ」
ドドドドドオオオオオオンッ!!!
地雷の爆発によって誘爆が起きる。起きずとも、体勢を立て直そうとして動かした肢や体が次々に地雷を踏んでしまう負の連鎖。
ゴキブリは、火の塊と化す。
「オノレエエェェ……」
「?」
その時だった。ゴキブリの方から声がした。アレ、喋れたのか。
ブシュウウウウ……。
冬虫夏草のようにゴキブリの背中から植物のようなものが天に向かって伸びたかと思うと、それらはたちまち太くなり、枝のようなものを伸ばし始める。強い硫黄臭。
ヒュヒュヒュンッ!!
枝はけれど、枝と言うより触手だった。巨大ゴキブリの触覚に近い速度でそれらは周囲のあらゆるものをひっぱたき破壊していく。
ドンドンドンッ!!
「ソーマ!」
触手を斬ったり触手から逃げ回ったりしているうちに、聞き覚えのある声が上からふってくる。ああ、生きていたのか、アイツ。……当たり前か。
ギュルルルオンッ!!
触手は牽制らしい。その証拠に、ゴキブリから伸びる幹は徐々に太くなっていく。
「貴様コソ死ナネバナラヌ!!」
幹の一部にコブができ、貌らしきものになり、ギラギラ光を上げる真っ赤な両目が完成する。
「ラヴラ!」
イオスの大声が響く。
「……なるほど」
やっぱりこのゴキブリ野郎が“館内放送”の主か。よかった。せっかく“イベント”を考えたんだ。考えて、考えて、考え尽くしたんだ。どうしたら、こいつを最悪の形で葬れるかを。
「ラヴラ、次元封鎖はあなたがやったの!?」
風の精霊の尋問の声が、その手に持つ十二・七ミリライフルの銃声とともに館内を木霊する。
「ヨクモ、私ノ全テヲ、台無シニシタナ!」
我を失っているのかどうか、相手は質問に答えない。届いたのはライフルの銃弾だけで、丸太のような太さの触手が直撃を受けて千切れ、地面にすさまじい音を立てて落ちる。
台無し――。
さっきからその文句は俺に言っているのか?それともイオスに言っているのか?
「貴様ダケハ絶対ニ殺ス!貴様ノヨウナ風デモ土デモ人デモナイ狂オシキ存在ハ、アッテハナラヌ!!」
ギュリュンギュリュギュリュギュルンッ!!
ラヴラの触手が高速旋回しながら次々と建物を、俺たちをはたこうとする。移動しているうちに、壊された案内掲示板を見つける。
「……機械室がまだあったのか」
地階北東端に固まる部屋の案内に目が留まる。空調機械室に電気室……
ドゴンッ!!
「つっ!」
触手が弾き飛ばしたブロック片が腹に直撃する。その衝撃で体は浮き、壁まで飛ばされる。
ミシミシッ!
壁に亀裂の走る音がする。あれ?ひょっとして壁じゃなくて俺の体からか?
シュンッ!!
「!」
その瞬間、目の前にイオスの背中が突如現れる。手には物騒な筒を持って。
シュパンンッ!!!
対戦車ロケット砲が火を噴くと同時に、俺の方に発射を知らせる噴煙が立ち込める。煙の中、発射された砲弾のブースターの点火と発光を見る。
ドガアアアアンッ!!
ラブラの生える幹を狙ったロケット砲はけれど、直撃せず、幹を守る触手三本を爆滅させる。
「ウオオオオオオオオッ!!」
でもロケット砲の出す二千度の高熱は確実にラヴラの体表を焦がす。貌は、口以外の穴が全て爛れてくっついている。目鼻を失った妖精から悲鳴が上がる。
「大丈夫?」
「ああ、ありがとう」
形だけの礼を言い、俺とイオスはまた離れ離れになる。次々に再生する触手の攻撃をかわしながら俺は地階を移動する。主に北東端を中心に。
ブゥー……
「やっと来たか」
視覚を繋いでおいた美術館主階入口の監視カメラの映像を脳内に投影する。
前に用意しておいた“仕掛け”が到着したのを確認する。
ブゥッブーッ!!
広場に光り出す一台の液化天然ガストレーラーのハイビーム。それが遠隔操作の通り、展示ホール目がけて突っ走ってくる。
ビシビシンッ!!
飛んでくる触手を斬り、適当なタイミングで地階から主階へ離脱する。
「ラヴラ!一つだけ教えろ。お前が、水希を化け物にしたのか?」
「傀儡ノ一々ヲ私ガ覚エテイルカ!傀儡ハ記憶サレル者ニアラズ。唯使役サレルタメニアリ。傀儡ハ須ラク覇者ノ道具デアリ……」
「もういい黙れ」
「ソモソモ傀儡ガ傀儡タル由縁ハ、ソノ者タチガカ弱ク、私ニ傀儡ヲ想起サセルコトニ因ガアル。偽善者ヨ心得ルガ良イ。窃盗ハ悪デハナイ。盗マレル側ニ悪ハアル。盗マレル側ガ盗賊ニ盗ミヲ想起サセ扇動スルコトコソガ悪ナノダ。殺戮モ凌辱モ支配モマタ然リ。コレハ摂理デアル」
「黙れ!!」
轟音と共にトレーラーは壁を破ってホールに突っ込み、底の抜けた地階へと速度を落とさず走り落ちる。
「!」
ゴキブリを苗床にしていた植物のようなラヴラにトレーラーが思いきり正面衝突する。触手は獲物を絡め取ろうとする蛸足のように、トレーラーに急ぎ巻き付いていく。
「腐った脳ミソぶらさげて身勝手の限りを尽くしたお前への贈り物だ」
間髪入れず、作った手榴弾をラヴラの元に放る。即、門扉に向かってダッシュする。
「沈め。もう二度と漂うな」
四秒後、小さな爆発が起き、
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!
ガソリンと積荷の天然ガスに火が回り、巨大な爆発が発生する。
――全テハ、無駄ダッタ……。
赤く燃え上がる美術館と、その中心部から立ち上る太く黒い煙。そして低く響く声。おそらくこれで……
「死ん、だ?」
拭き戻しの風が済んだ後、いつの間にか隣にイオスがいる。
「たぶん。ラヴラは壊れた」
言葉を返す。
よく見るとイオスの体は、とってつけたようにボロボロだった。髪もコートも炎のせいで焼け焦げ、手も顔もススと血にまみれていた。
次元封鎖ヲ解ケ――。
私ノ傀儡ヲ利用スルダケデハ飽キ足ラズ……――。
“館内放送”を冷静に分析してみる。殺すつもりで誘い込んだ相手に、つまりあの状況でラヴラが嘘をつくとは思えない。とすれば、あのつぶやきは本意だろう。
次元封鎖のせいで困っている――。
私の傀儡を殺すだけでなく、利用したな――。
ラヴラは自分で好き好んでこの島に残ったんじゃない。誰かほかのやつがやったせいで、出られなくなった。しかも傀儡を「利用された」ときている。あの強化されたような変な魔隷、特にイオスだけを狙っていたのは、ラヴラがつくったわけじゃない。そういうことになる。
……。
……イオス。
たぶんこいつが裏で手を引いている。ラヴラとかいう馬鹿が死んだところで、おそらく事態は何も変わらない。そもそも水希は本当にラブラにやられたのか?こいつが、このシルフの女が水希を殺したんじゃないか?もし全てを仕組んだのかこいつなら、水希を殺したのは結局このイオスになる。だとしたら、ふふ、あとはアレしかないよな……。
「これで、終わったのかしら」
「……」
「ソーマ?」
「ああ、もう終わりだ」
「……」
「館内でラヴラが言っていた言葉、聞いたか?」
「……ええ」
「まとめると、次元封鎖は自分の仕業じゃない。加えて、魔隷を誰かに利用されている。つまり自分はハメられているって話だった」
「そうね」
「……」
「……」
「ベンジアス。ラヴラ。……この島に、この地に、そんな大それたことができる奴はほかに誰が考えられる?」
「……」
「そうか」
「疑っているのね。私を」
「……」
「まだ風の中に、魔隷の気配は残っている。特に私を狙っていた、あの魔隷の気配だけだけど、風の中にかすかに感じる」
「……」
「率直に言うわ。私もあなたを疑っている。……私を敵視している、あなたの中のドワーフを」
「だよな。……ふっふっふっふっふ」
視線を腕時計に落とし、意味もなく時刻を確認する。午後十一時五十二分。確認した後、隣をゆっくりと向く。予想通りイオスは既にいない。
「疑いを晴らすには……どっちかが死ねばハッキリする。そうだよな?」
広場の中心でうつむきながら、俺は姿を消した精霊に向かって確認する。もちろん声が返ってくるなんて期待していない。
ドムンッ!
言葉の代わりに、十二・七ミリライフルの運命を告げる音が俺の心臓部分に正確に飛び込む。
ドバンッ!!
俺は倒れて、赤い液体を流す。
……。
……。
……。
そう、確認するためにお前は戻ってくる。イオス。
「もう、死ねないのね、それじゃ」
「……」
「見え透いた芝居はやめなさい」
「……ふふ」
「……」
「見ての通り、お前の銀玉鉄砲じゃ俺の命には届かない。俺の鉄闇は貫けない」
炸裂した胸を金属片が覆っていく。心臓以外に体液循環のためのポンプは二つ用意してある。つまり俺の心臓は三つ。タコやイカと同じ。メインポンプを修復している間にサブポンプ二つをフル稼働させる。
「自分が、何になっているのかわかっているの?」
流出血液回収終了まで毛細血管十%収縮。心筋細胞のギャップ結合修復開始。
「対戦車兵器が効かない未成年」
流出血液回収開始。フィルターによるろ過準備完了。
「……」
「自動運動するオモチャだよ、俺は」
ろ過完了。血管系循環開始。毛細血管収縮終了。
「いいかげんに気づきなさい。乗っ取られているわよ。ドワーフに」
「俺とあいつは乗っ取る、乗っ取られるの関係にはない。地衣類と同じだ。共同体なんだ、暗い運命をともに背負う」
「そう。それで、この事件は全部あなたたちが仕組んでいるの?」
「俺らに何ができる?そのセリフ、そっくりお前に返す。血も涙もない嘘つきのシルフめ」
「……」
「図星か?今のその傷は演技か?今のその言葉は虚構か?今まで誰をはめてきた?今まで誰を殺してきた?今度は誰と寝る?今度は誰を裏切る?」
「……」
「お前を信じる奴なんてこの次元にはいやしない。なぜってお前を信じる奴はすでにお前のせいで命を落としたからだ」
「……」
「その点“俺たち”は問題ない。そもそも最初からお前を信じていないし、それにほら、ラヴラが言った通りさ……」
美術館地階北東端の“切り札”を作動させる。
「?」
バゴバゴンッ!ドガンッ!……
「人間でも、ドワーフでも、シルフでも……」
イオスが咄嗟に飛び退き、俺と距離をとる。
「生きても死んでもいないから。簡単には壊れない。お前に、俺は、壊せない」
ビュオオオンッ………ドゴオオオオオオオンッ!!!
「さあ、始めっぜ」
“ゴキブリ”退治の時からじっくり時間をかけて完成させた“オベリスク”がミサイルのように廃墟の美術館から飛び出し、今、広場の中央、俺の隣に突き刺さり地割れを起こす。
柄頭。グリップ。鍔。剣身。切先。全てを含めて長さは七メートル。
「これはバスタードソードじゃない。墓標だ。お前の」
重量は二十トン。電車の一車両の約半分。しかも“指紋”照合つき。
「ふふふ」
ジャンプし、鍔の上に降り立ち、グリップに触れる。
「歯紋照合開始」
手の平を突き破って出る歯車とグリップの歯車がかみ合い、それが剣の中の往復運動を開始させる。白金色だった剣が暗い感じの赤紫色に光り出す。
「準備しなくていいのか?二十ミリじゃなくて、魔法付きの、この間の魅力的な火砲」
「……」
「ゼツメツノコクイン?あの間抜けな科学者を騙して作らせたアレだ。ドワーフの軍団とシルフの精鋭を殲滅した時のように、本気で撃ってみろよ。それならあるいは壊せるかもな、“俺たち”を」
剣に“風”を、送る。筋肉と機械装置だけで二十トンの重量は素早く振り回せない。
「本気っていうのが重要だぜ?何せこっちはエイナモイネンより頑丈だ。オビヤも効かないよう改造してある」
「そこまで知って……」
二十トンの刃。今の俺なら振り回せなくもないが、それだけじゃ殺せる刃にはできない。
ゆえに、風。
一体のドワーフの哀子がたどり着いた簡素な答え。
風を使いこなすドワーフなら、どんなシルフだって斬れる。
ドワーフが風を使うということは、風が何かを理解しているということ。理解すれば分析できる。分析できれば予測できる。シルフの風を予測できれば、シルフをシルフでなくすることもできる。シルフをシルフ足らしめる風を破ることができる。
“風”の精霊――。
そこから風をとったら何が残る?ただの羽虫に過ぎない。それに対してこっちは何だ?ドワーフだ。一万貫の土で生き埋めにしてやる。何匹でも。何億匹でも。
パパパパパパパパパパパパパパパパパ……
「あ~、それから来るのか」
素早く取り出したイオスの左手の突撃銃が火を噴く。イオスは左手を伸ばし、フルオート射撃で三十発すべてを自身の真横に発射する。発射された銃弾はそのままイオスの周囲をグルグルと公転し始める。無論それ自体自転しながら。
「確かに私は醜い。だけど今のあなた、私よりずっと醜いわよ」
公転を続けるうちに、弾丸が青く乱れ光る。
「余計なお世話だ。下種め」
こっちを睨むイオスの左手が下りる。三十発の銃弾がスピンを保ったままソードの鍔の上にしゃがむ俺に向かって突撃してくる。
基部転換。…………見せてやるよ。
ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャッ!!
この剣と俺の威力を。
ボッ!
力を籠め、剣を抜き、弾に向かって刃を落とす。
ドギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャンッ!!
ドワーフ仕込みの風をまとった今、俺は木刀よりも速くこの巨剣を振れる。加えて銃弾のスピードにはもう慣れている。それより少し早いくらいの攻撃なら問題なく対処できる。
「魔法を使える自分は特別、とか考えているとすぐに壊滅するぞ?お前の魔法はこの剣の前では無力だから」
ギュイイイイイイイイイイイイヤアンッ!!ボシュゥゥゥ~……
剣が青い蒸気を吐き出す。イオスの銃弾に込められた魔力を吸引したものだ。剣と衝突する寸前に魔法を剣が吸い上げ、ただの弾丸に戻す。事が済めばこうやって掃き出し、捨てる。別に俺があいつの魔力を利用できるわけじゃないが、これなら、相手はただの銃を持った人間と変わらない。
「……!」
イオスがマシンガンを捨てる。ダラリと垂らした彼女の袖口に覗く指が一瞬、わずかにだけど動く。隠し武器か。刃物か。今度は何だ?
ヒュンッ!
「?」
突如鈍い光の線がこちらに突っ込む。剣ではたくとそれはただの苦無であると知る。
ビュビュインッ!
苦無をはたいた瞬間、前方のイオスとは全く違う後方二箇所から音が響く。鎖が風を切る音。
ガジャガジャジャンッ!!
剣に二本の鎖が絡みつく。その鎖をそれぞれ握っているのは……ははっ、失礼。咥えてたか。
「灰豺マンティコイヤに青銅狼ベルーダ……ドワーフ以外にもペットを飼ってたのか」
全身を武装した銀色のヤマイヌは眼球の収まっているはずの一カ所から鎖をのばしてこちらの剣を封じ、ブルーメタリックに輝くオオカミは口に咥えた鎖でこちらの剣を封じている。
ニヤリ。
そう思っているだけだ。お前らは。
グ。
いつの間にか刺突専用の武器を構えたイオスが足の筋肉に力を籠める。……こいよ。
ダムンッ!
イオスが消える。レイピアより無骨なタックに似た刺突武器を俺は後ろに逃れる形で躱し始める。
ボッ!
オオカミの青く輝く長い尾がその俺の動きを止めようと後ろから迫る。イヌ科の分際でどうしてこんなに尾が長い。
ゴビョッ!!
そう思っていたらヤマイヌの方から何かが飛んでくる。痰?漆?真っ黒くて重いドロドロの液体が左腕に着く。
パパパパパンッ!
捨てたはずのマシンガンを拾い上げていたイオスがこっちに向かって銃弾をまき散らす。魔法も何も纏っていない弾丸が左腕に貫通した瞬間、ボロリと、黒い液の付着している部分の左腕が落ちる。まいった。強塩基性の毒液か。いくら俺でも食らい続けると面倒だ。
剣は鎖で封じられ、オオカミの尾が潰しにかかり、ヤマイヌの毒液が溶かしにかかり、イオスの刺突剣とマシンガンが致命傷を狙いに来る。仕方なく俺は空中に逃れる。
ボゴンッ!!
「!?」
ヤマイヌとオオカミが同時に跳ね、まさかとは思ったが、俺の剣が鎖によって地面から引き抜かれる。
「はあああああああっ!」
その剣をイオスが両手で握りしめる。傲慢で恐ろしく強い風がその体を駆け巡る。俺の真似……。
ドゴオオ――ンンッ!!
まさか、振れる奴がいるとは思わなかった。こんな重くて無骨な物を、俺以外が。
「すごいな、さすがイオス。殺し屋の中の殺し屋」
「……」
既に再生し終えていた左腕で二十トンの剣を受け止める。肋骨の隙間から空気を噴射させ、体勢を空中で安定させる。
「でも所詮、シルフの世界のおとぎ話だ」
イオスがコートの懐から取り出した刺突武器で俺の眉間を刺し貫こうとした瞬間、剣に“俺の”風を送る。
ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!
一瞬にして超高速回転に入る剣から慌ててイオスが脱出する。
「「!」」
「風使いですら出られるかどうか。ましてやお前らケダモノじゃ無理だ」
ハリケーンの渦の中心に引き寄せられ磨り潰されるヤマイヌとオオカミを剣の上から見ながら、腕の再生を本格的に終える。全ては元通りになったところで、剣の回転を止める。風の壁が消え、その下に広がる地面のタイルはことごとくはがれ、土が耕されたようになっていた。その上に、二本の痛ましいほどに傷ついた剣が落ちている。あぁ、そう。そうやって武器にまでされて命をしゃぶり尽くされ、そうやって朽ちて逝くんだ。アイツの前では誰も彼も。
「そうだよな、イオス」
ボロボロの剣二本がフワリと浮き、イオスの下へと弱々しく飛びながらその姿を霞め、掻き消える。
「もう、あなたを人間だとは思わない」
言いながら刺突武器を地面に突き刺す。イオスの手を離れた武器はそのまま光の塊となり、砕け、地面に散る。
「そいつはうれしい。そして遅すぎる」
地面に散った光で照らされるイオスの細い顎のラインを見ながら俺は優しく微笑む。
「……人と土の交魂のもたらした忌機」
「俺のことか?俺はただのウィンドブレイカー。お前たちシルフの風を壊す者。シルフのお前を壊す慰藉なき毀壊者。それ以上でもそれ以下でもない」
ダイヤモンド以上に頑丈で時計以上に精巧な剣を握りなおす。歯車の回転速度を調整。完了。七十七通りの往復運動を全て確認。完了。風量は?……問題ない。完了。
「……」
ミリタリーコートを脱ぐ。久しぶりに見た白のタートルニットは血に染まっている。その背中にゆっくりとイオスが右手を入れる。取りだしたのは、巨大なクリスタル。
ピシッ!
亀裂?割るつもりか?
ピシンッ!カシャンッ!!
破片が落ち、落ちた破片が閃光を上げて広がり、地面を光で埋め尽くす。光の拡大はとどまることを知らず、俺の足の下を光らせ、美術館の残骸跡を光らせ、トレーラーでぶち破ったゲートを光らせる。
「……」
光の爆心地にたたずむシルフの手には、何かが握られていた。
「……ダガー?」
短剣………キドニーダガー?ちょっと違うな。刃に黒く文字のようなものが彫られている。イモウロナ……確かシルフ達の古代文字の一つ。とするとあれは、第十一次黙示戦争時の聖遺物。行方知れずの超一級品魔法剣コスマリガ。……間違いなく切り札。
「それで?その刃欠けナイフで止めるのか?俺のイチモツを」
地面の光が収まる。割り砕き、吹き飛ばしたタイルは一切が元通りに戻っている。封印に使用していた希晶石の正体は時曳きの呪脂……水晶牢バルショエメグリか。……芸が細かい。
「そうか……。歴史を変えた幻の聖遺物はお前が隠し持っていたのか」
短剣が、イオスの腕が、全身が、青い輝きに覆われ始める。……ドレス?城?戦?虐殺?幻影?何だ?世界に立ち上るこの幻は何だ?むき出しになった土を震えさせるこの幻は一体何だ?
「これなら、終わらせられる」
輝きはさらに増し、青い火花を宙に上げ始める。周囲の空気を強引に巻き取り、こちらは息苦しさを覚える。城が、広間を埋め尽くす無数の騎士が、叫びが、炎が、灰が、夥しい血液が、それら一切の光景がイオスの体へと煙のように吸い寄せられ、彼女の首から下が霞み、気づけば純白のドレスに包まれている。まるで婚礼衣装。
「この感じ……魔力と風だけで製出された鎧か。そんな芸当、かび臭いおとぎ話だとばかり思ってた……」
「……祭鎧ラハブヤンカシュ。あなたほどの物知りなら当然知ってるわね?」
「凄ぇ。法と魔のオールスターだ。“寵魔種”の聞こえは伊達じゃないってわけか。さすがは風霊シルフ様。ふっふっふっ……」
「“おとぎ話”の瞬間に立ち会え。ドワーフ憑きの元人間」
ドレスが急に膨張してイオスをのみ込む。忽ち繭のようになり、青い光の球を繭の周囲に浮かばせ、怒らせ、まき散らす。それはたちの悪い静電気のように容赦なく当たりのものを感電させ、時に焼き散らしていく。俺は体をいじり、握る剣から流れる電流を地面に逃がしながら、イオスの“羽化”を待つ。
やがて白い繭が収束し、イオスの全身の形にフィットする。青い光が追いかけるようにして真っ白の体に接触し、閃光をあげる。……ウェディングドレスはすでになく、白金に光る甲冑を纏っていた。
パカッ。
花が咲くように、イオスの首から上を覆っていた白金の蕾が割れる。閉じていた瞼が開かれ、燃えるように赤い瞳が俺を捉える。
「殺すというよりも裁くって感じだな。ふふふ……」
ようやく本気になったか。……なんだろう、嬉しくて仕方がない。殺せる。壊せる。シルフを。あのイオスを。
「立ち会えて光栄です。高貴で悲劇で滑稽な姫君殿。それとも死神のほうがいいか?」
そして俺は剣を、本気で振ることができる。
……。
部活動で剣道をやっているときに、あるいは爺さんに武道の稽古をつけてもらっているときに、あるいは剣そのものを握っているときに、いつも渇望していたことをこれから実行しよう。すなわち、
「願いましては……」
最重最速の剣――!
ボッ!
今からそれをお前に見舞う!!
ヒュボアアンンッ!!
キドニーダガーの青い輝きに全力でぶつかる。青い光のしずくがはじけ飛ぶ。衝撃の余波が大地を裂く。
「っ!」
短剣を止めた妖精の足が地面を割り、クレーターを生む。同時に妖精の背中からジェットエンジンの噴射のように青い気流が噴出し始める。
ギュイイイイイイイイイイイインッ!!ボシュ~……
俺の剣がその気流を吸引し始める。けれど吸引しきれる量を遥かに超える光と風がダガーから上がっている。面白い。面白い!
ダムンッ!!
ダガーの残光を残して、イオスが消える。直後、俺は背中に強烈な痛みが走る。どうやら俺は背後から蹴られたらしい。
「ははっ!圧縮しきった力が沸騰してやがる。痛って~こりゃあ」
剣を旋回させ、背後にいるはずの敵を斬る。
シュンッ!!
けれど空振り。誰もいない。
「切り崩す!」
再び背後から聞こえるイオスの声。そうか、本気ともなると速い。きっと剣の攻撃はもっとずっと重いんだろう。
スパンッ!!
「!?」
素早く剣を手放し、俺はイオスの袈裟斬りをかわす。すぐに剣を回収し、反撃に出る。
「ぶつけてみろよ、ギリギリまで引き絞ったお前の命をっ!」
ガキンッ!! ギャギャンッ!! ガンッ!! キイイ――ンッ!!
「はああああああっ!!」
完全武装した風の精霊の剣がことごとく俺の剣を受け止め、いなす。
ガオンッ!! ガンッ!! サシュッ、パパンッ!! ブオンッ!!
「無駄よ!あなたの出鱈目な剣は軽い!」
青い光刃と白金の甲冑に守られたイオスが叫ぶ。
「……」
俺はチャンバラをやめ、後ろに飛び退く。
「……ふふ」
「何がおかしいの?」
「いや……ふふっ、ふふふっ」
……。
……。
見くびられたもんだ。
本気が、聖遺物が、神話が、この程度なのか。風の精霊……やっぱり最低だ。つまらなすぎる。そしてこんなのに振り回されていたのか、誰も彼も世界も。
「ふふ……世界を剣で満たそうとする羽虫よ。教えてやる。最強はそんなところにはない」
みんなして、クソすぎる。
「ペッ!」
唾を吐く。初撃の後、わざと握りを甘くし、手のひらと剣のそれぞれのギアがかみ合わないようにしていたグリップを握りなおす。ギアをしっかりと合わせる。
「ギアチェンジ……」
ガチャ――ンッ。
「最強とは剣に世界を閉じ込めること」
ガッチン! ブシュブシュウウ――ッ!!
「……?」
ギリギリギリギリギリギリギリギリ……
最重最速の剣の極意は、何もかも剣に閉じ込めること。
「林檎が木から落ちた時、独りの男が呟いた。男はそして、月がなぜこの星に落ちてこないのか答えた。……我が剣名はかの男に因み、エムエイコーレフ」
グッチンッ。ドッチンッ。ジョッチンッ。ボッジンッ。
「重さに加速度を掛け合わせれば、即ち力。ならば最重に最速を掛け合わせればどうなる?」
筋力も、怒りも、憎しみも、悲しみも、妬みも、辛さも、闇も、時も、虚無も何もかも!
「解は最強。故に名は質量m×加速度a=(イコール)力F。シンプルだろ?」
カチャ。……ドックン――ッ!
「ちっ!」
「まあ話は最後まで聞けよ」
逃げようとしているのか?回避しようとしているのか?刃向おうとしているのか?止めようとしているのか?全部無駄だ。
「これが、この剣の本当の使い方だ」
「!?」
「剣はすでに事象を斬り捕った。お前は事象の地平面の先に在る。お前のあの時はこの時、お前の遠くは近く。お前の後ろは前。お前の外は内だ。確かなのは俺の剣のみ」
有限ではあるが剣は世界を歪める。イオス。お前の目がお前自身の後頭部を見ているのは幻覚じゃない。世界が赤く染まっているのは光すら例外なく剣が歪めるから。さっき触れたのはお前の未来。今から聞くのはお前の過去。
「剣は世界を歪め、生死の去来を絡め取る。命は自ら剣の審判に赴く。生きるべきは剣が決め、死ぬべきもまた剣が決める」
つまりこの剣を握る者から身を守ろうとするのは不可能。
「では裂き乱れろ。剣のもたらす方程式の解は唯一“絶望”だ」
剣力の生む時空の歪みはお前を逃さない。
ザシュンッ。 ザシュンッ。
ひたすらひざまずけ。
ザシュザシュンッ。 ザシュザシュンッ。
そして斬られろ。
ザシュザシュザシュンッ。 ザシュザシュザシュンッ。
悉く。 悉ク。
ザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュンッ!!!!!!!!!!!
風の城から現れる無数の兵隊。演目は唯一つ。最重最速の剣による滅多切り。
ザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュンッ!!!!!!!!!!!
神話の森から飛び出す無数の獣。面目は無意味。特異剣は何者も容赦しない。何物も。
ザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュザシュンッ!!!!!!!!!!!
天地を埋め尽くす精霊たちの命の叫び。舞台は千撃。否。殲劇。
「はあぁ~、はあぁ~、はあぁ~、はあぁ~……」
自ら生み出した時空の歪みに剣が耐えきれず、呑み込まれる。最強剣の量子的宿命か。
「……」
溢れるブルージェットはもう、なかった。ダガーも、もうなかった。砕けた鎧をまとう血まみれのシルフがボロボロになって倒れているだけだった。魔力を使った防壁の一切を剥ぎ取り、叩きつぶした。ドレスにまとわりついた幾万の魂も削り斬った。
「ははっ、はははははははははははははは」
腕も足も斬り飛ばすつもりだったけど、そこまではいかなかった。でも、問題ない。代わりにあらゆる生命力を斬り飛ばした。これで、これで、終わりだ。
「やっと、やっと……ミズキ……」
念のためにコイツの心臓を抉り取ってその小さな口に押し込んでおくか。ふっ、これは“念のため”じゃないな。ただの怨恨目的の快楽殺人……
パンッ。
「?」
硝煙が上がる。俺の首に弾丸のめり込んだ気配がある。触らなくてもこれは、分かる。……四十五口径。たいしたことじゃない。
「まだ、そんな元気があるのか」
「……」
血でズブ浸しになって横たわるイオスの震える手に握られた拳銃から硝煙が上がっている。十二・七ミリライフルが効かない俺にそれは失礼だろう?
「イオス、残念だけどそれはロケットランチャーじゃない。ただの水鉄砲だ……・・・・・・?」
?
なんだ?
黄昏?黎明?
暗い川?霧?
虚無?風の唸り?
目の前が?急、に明るく……なる?
……。
うん?
……。
え?
……。
なんだ?
いや、違う。
また暗くなって……あっ、え?
「はあ、はあ、はあ、はあ……そんな、何だ、何で……」
どうして?
どうして俺はエレベーターの中にいるんだ?
しかもこのエレベーター……いやだ。
「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ」
うずくまる。嫌だ。嫌だ!狭い!狭いエレベーターは嫌だ。
「くそ、何だ、どうして俺、なんで俺、くそ、くそっ!」
狭いのが嫌だ!エレベーターが嫌だ!
――どうして?
どうして?だってそれは……
「!!!!!」
背後からそっと自分の両耳に誰かが触れる。触れられた瞬間、心臓が止まりそうになる。
「……ああ」
けれど降り注いでくる匂いで、後頭部がジリジリとしびれてくる。
「姉、さん……」
見上げる。黒と白のブラウスにコットンパンツ、そしてネックレスをつけた姉がそこにいた。
「はあ、ああ……姉さん……」
キュゥ―ンッ。ガタンッ。
「!」
突如エレベーターが止まる。停電が起きる。
キュイイ――ン。
けれど停電はすぐに治り、エレベーターが動き出す。俺はもう一度姉を見る。
「あっ!!!」
俺の顔に触れる姉の首はあらぬ方向に曲がり、血をこぼしていた。
「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!」
耳に触れていた姉さんの冷たい両手の人差し指が伸び、俺の眼窩に容赦なく侵入してくる。
「!?」
眼球は押し込まれ、弾け、さらに眼窩の中を指は突き進み、脳を圧迫し始める。
「うっ!うあああああああああああ……」
当然のように目の前が真っ暗になる。顔面の中を途中で指がグリグリと動き回り、それが脳に達する。
「うっ、ううっ、うああああっ」
いくらあがいても手も指も顔面を、頭がい骨を解放しない。指だけがひたすら頭部の中を突き進む。
「やめ、て……」
脳みそをかき回す激痛に、意識がはじけとびそうになる。
ゴジュジュッ!
「!」
両耳の穴に別の細い指が侵入する。ガサゴソという不快音を立てながら鼓膜を突き破り、中で暴れまわった後、俺は天地がわからなくなる。闇がグルグルと上下左右に好き勝手に回転し出す。
「ウオエエエッ!!」
身体を振り回されながら脳みそを侵される激痛と嫌悪感でどうしようもない吐き気を催す。気持ち、悪、い…。
ガジュッ!!
「……」
鼻がチクリとし、スースーする。たぶん上から一気に食いちぎられた……血が咽喉……詰ま……
「ゴホッ!ケヘッ………」
……。
………。
…………。
沸騰しそうだった血液が徐々に冷えてくるのを感じる。
「……」
温度が分かるようになってまもなく、目の前の視界が再生する。聴覚が再生する。
「……」
倒れていたはずの、イオスが二本の足でちゃんと立っている。
「……」
そしてたぶん、俺は地面に倒れている。
「一度は破った」
「……」
「でも、今度は果たした」
「……」
「託された約束、今度は確かに果たしたわ。ベンジアス」
「……」
何だろう。服を着たまま雨に濡れたように、体がものすごく重い。頭が、ぼうっとする。
「魂傷を増幅できる茨神ヌアメシュリの髄を込めた心死弾」
それ、どこかで聞いた。
「これが切り札。……あの時殺したベンジアスがもう一発だけ、隠し持っていたの」
ああ、どこかで聞いた、同類の名前。負け犬の名前。……俺も結局同じ負け犬か。
「剥離した心の持ち主、それも人間に使うのは酷だけれど、ごめんなさい」
…。
……。
………剥離。
なるほど。どうやら、“お前”と離れたみたいだ。
くそっ!力が奪われる!このままじゃ負ける!このままじゃ無駄に壊れる!
「……ごめん」
剣は!歯狂魔は!?このままじゃ全てが!全てが無意味になる!
「ミズキ……ごめん」
動け。動け。動け。動け。動け。
「母さん……ごめ……」
動けっ!動けっ!動けっ!動けっ!動けっ!動けっ!このガラクタ!!ロクデナシ!
「無理……ごめん、お前を……救ってやれなくて………」
うるさいっ!ボクを救いたいならそいつを壊せ!!
「イオス……」
「……」
「ごめん……疑ったりして……」
「……」
早く立つんだ!撃たれるぞ!刺されるぞ!殺されるぞ!壊されるぞ!
こんなクソに壊されるのは、もう二度とごめんだ!
こんなクソに奪われるのは、もう二度とごめんだ!
絶対に絶対に絶対に絶対に許さない!
あっちを壊せず、こっちが壊されるのなんてまっぴらだ。
ドワーフを壊すシルフなんて大嫌いだ。
壊しに来るシルフなんて破壊しろ!
だから早く立て!この死神を壊すんだ!
!?
見ろ!起きてちゃんと見ろ!
シルフがこっちから離れていく。……あっ!?
狙撃されるぞ!今心臓を突き破られたらもうボクじゃ直せない!
だから起きろ!起きて、起きて……お願いだから、アイツを殺して、壊して……
「……」