曙 あけぼの
次に依頼が入っているのは、曙という神だった。空様に同じようなタイミングで生み出されたこともあり、瞑の同期の男だった。ちょうど日が昇る直前、東の空がほんのりと赤く染まり、夜が明ける白い光が差す、そんな時間を担当していた。
曙のブースは、真ん中に緑色のラシャ張りの小さめなカジノテーブルが置かれていて、その上にはたくさんの色とりどりで様々な大きさの、半透明なサイコロが置かれていた。奥の壁にはダーツボードがかかり、その横にキャンバスと、創作に使う道具が散乱している。曙はカジノテーブルの前に座ってサイコロを振っていた。エプロンはつけず、絵の具で汚れたワイシャツを着ていた。
「よお、瞑か。久しぶりだな」
曙の手を離れたサイコロは透き通る光を乱反射しながらテーブルを転がり、やがて止まる。
「私はもう瞑じゃない。藍だ」
「そういえばそうだったな」
軽い調子で曙は言った。
「私は管理員になった。管理員として連絡がある。依頼だ」
「ありがと」
藍の差し出したメモを受け取ると、曙はそれをポケットに突っ込み、サイコロの目をガラスペンでメモ帳に記録し、また振り始める。曙は空をサイコロで出た目に従って描く。依頼はそれなりに入る時間帯なのだが、曙が依頼に真剣に向き合っているのを今まで見たことはなかった。
「我々の仕事は人間の幸せを創ることだ。お前は真剣に依頼に取り組んだことはあるのか?」
曙は納期は守るし、画材も規定の量以上を使うことはない。規則で決まっている雨や雪などの気象現象もバランスよく描いていた。表面上だけ見れば注意の対象ではないのだが、曙の仕事に対する態度が昔から藍は気に食わなかった。
曙は肩をすくめる。
「俺はいつも真剣にこの仕事をやってるよ。決して不公平がないように、真剣にサイコロを振ってる」
「幸せにしてあげようという意志はそこにないわけだ」
「幸せにはなってほしいさ。それを手助けするのが俺たちの仕事だからな。でも、あまりに恣意的になりすぎるとよくない。神も時々はサイコロに頼っていかなくちゃならない」
藍は縹と目が合う。そろそろ次のデザイナーの元へ向かった方がよさそうだった。
背を向けた藍に曙が呼びかける。
「今度飯にでも行こうぜ。久しぶりに地上に行こう」
神は食事をしない。食べ物を口に入れて呑み込むことはできたが、食事をしなくても寿命までは生きられる。睡眠についても同じだった。神が食事をするのはもっぱら神同士の交友を深めたり、勤務意外の時間に情報を交換しあうという意味あいであった。天界の場合、小惑星の欠片をしゃれた加工を施して食べたり、地上の場合、雨や霞を食べたりする。神の食事処を開いて、神たちの交流の場を作ることが役目である神も存在するのだ。
「わかった。行こう」
藍は返事をした。自分が役目を移動させられ、曙はまだその役目に就いているという今、曙ともっと仕事についての話がしたいと思っていたし、地上にはしばらく行っていなかったので、久しぶりに地上の空気を楽しみたいとも思っていた。
カジノテーブルの上でまた光が踊った。