親友の修羅場をゲラゲラ笑って見ていたら、大変なことになった。
学園の中庭で、腕を組んだ男女と一人の女が対峙している。周囲にはそれなりに人が居て、そのやりとりをじっと見つめている。
卒業式が終わり、成人祝いを兼ねた祝賀会であるガーデンパーティーの真っ最中、私は肩を震わせていた。
「ひどいですマリーナ様! そんなだから、ニコラス様に厭われるんですよ!」
「まぁ、それは気が付きませんでしたわ。教えてくださってありがとう存じます、エイミー様。では金輪際関わらないようにいたしますね」
「えっ、つまり、婚約破棄されても構わないと?」
「あらあら、そう聞こえました? わたくしは、ニコラス様のご意思に従います」
「そんな! 愛の無い婚姻なんてひどい! 破棄するべきよ!」
「それがニコラス様のご意思なら、従います」
ヒートアップする女と、淡々と返事をする女。瞳を潤ませ大袈裟な身振りで相手を責める女と、一切の感情を見せず冷えた瞳でそれを眺める女。
盛 り 上 が っ て ま い り ま し た !
いいぞもっとやれ!!
私はゲラゲラと笑い出しそうなのを必死に堪え、女二人のやりとりを見つめた。もちろん、内心では抱腹絶倒している。ゲラゲラ転げてヒィヒィ悶えている。そのくらい面白おかしい現場を目撃しているのだ。
しかし腐っても貴族の令嬢として、内心で抱腹絶倒していることはおくびにも出さない。眉間と口端と腹筋に力を入れて、真剣な表情を繕っている。……まぁ少しくらい、口元が歪んでいたところで、誰も気づかないだろう。というか、気づかないでください。
肩が震えるのは、もう見逃してください。
私は大好きな親友を応援している。貴族令嬢らしく感情を抑え、完璧な淑女たる親友に落ち度は一切無い。はぁ、かっこいい。
この状況は言いがかりとしか思えないが、仕掛けてきた相手からすると、その完璧すぎる態度が気に食わないんだろうな。
ここで私が堪えるのをやめてゲラゲラ笑いだせば、きっと周囲の視線を逸らすことができる。大好きなマリーナのためなら、人々の注目を集めて抱腹絶倒女と嘲笑されるのも吝かではない。でもそれは彼女が望むことじゃないから、我慢する。
それにしても、会話が全然噛み合ってないなぁ。マリーナが可哀想。エイミーの言いがかりもどうかと思うけど、その隣に突っ立ってるニコラスは何がしたいんだ。
あいつ木偶の坊だったのかな? 一言も発さないし全然動かない。なんだ? 置物か?
「ニコラス様、もう、はっきり仰ってください! マリーナ様とは婚約破棄すると!!」
エイミーの言葉に周囲がざわめいた。当然である。
こんな公衆の面前で繰り広げるものではない。外聞とか羞恥心とか持ってないのかな? 淑女教育もここまで効果が無いといっそ潔い。貴族向いてないよ。平民ならなんの問題も無かったのにね。
「エイミー、それは、」
「だって、ニコラス様も困ってるって、気詰まりだって仰ったじゃないですか!」
なるほどな、そんなこと言ってたのか。内心で抱腹絶倒していた自分はひょいと棚に上げ、親友を疎かにするバカ男に不快感がこみ上げる。
「そ、それは、」
「はっきりさせるのも優しさです! さぁ、ニコラス様!」
周囲をまるっと無視して、お互いしか目に入ってないだろう二人を見ながら、マリーナが一つ溜息を吐いた。わかる、このタイプは見てるだけで疲れるよね。
呆れたり嘲笑したりする周囲の視線について、バカ二人は一切気づいてないようだ。さすがバカ。
「マリーナ。きみとの婚約を、破棄する」
「……承知しました。わたくしからもお父様へ進言しておきます」
ニコラスの宣言に、エイミーはニコニコしているし、マリーナは楚々と首肯した。周囲はざわめくが、それだけ。野次馬は野次馬でしかない。自分には関係ないことだから。
勝ち誇ったような顔で、エイミーがマリーナに言葉を投げる。
「マリーナ様、もうニコラス様に付きまとわないでくださいね!」
よくもまぁそんなことが言えたものだ。厚顔無恥とはこの女のことを指すのだろう。
「……もうお会いすることも無いでしょうから、ご安心くださいませ」
楚々と淑女の礼をするマリーナは、やっぱり完璧な淑女だった。はぁ、指の先まで美しいなぁ。
そんなマリーナの様子を見て、エイミーは可愛らしさの欠片も無い邪悪な笑みを浮かべている。ニコラス、隣を見て。すごい顔した女が居るよ。
……だめ、もう耐えられない。
「ぷっ……あはははははは!!!!」
ひくひくしていた口元から、堪えきれない笑いが飛び出した。一人で抱腹絶倒する私を、周囲は呆然と眺めている。まぁわかる。この場面でいきなり笑い出すのは、わりとヤバめな自覚はあります。
マリーナだけが、仕方ないな、とでも言うような顔で、ひっそりと嘆息した。いやだって、私にすれば我慢したほうでしょ。めっちゃ堪えてたんだよ、これでも。
「ど、どうしていきなり笑ってるんですかっ?」
「ぷくく……ご、ごめ……いや、でも、お、おかしくって」
エイミーが眦を吊り上げて私を詰る。しかし抱腹絶倒している私はそれどころではない。もうエイミーとニコラスが並んでるのを見てるだけで面白い。
しんと静まり返った中庭に、私の笑い声だけが響く。貴族令嬢としての外聞とか諸々が儚く砕け散っていく気配をひしひしと感じるが、どうしようもない。これ以上堪えるのは無理だったのだ。
私はただゲラゲラと笑い転げていた。本当は二人を指さしてやりたかったけど耐えたことは、褒めてもらいたい。
いっそ私が抱腹絶倒女になることで、ここで起こった出来事の印象を塗り替えてしまいたい。マリーナが傷物令嬢として謗りを受けるのは、我慢ならない。
「……ケイト」
「あっごめん、ちょっと立て直すね」
マリーナに困ったような声をかけられ、ぴしりと背筋を伸ばして気持ちを立て直す。危ない、このままじゃ親友の婚約破棄をゲラゲラ笑うだけの女になってしまうところだった。
いや、まぁ今のところ事実そうなんだけど。抱腹絶倒女にも矜持ってものがありますので。
「……はぁ、失礼しました。それで、なぜ笑ってるか? でしたっけ」
「そうです! 突然笑い出すなんて、失礼にも程があります!」
「ではこのような公衆の面前でマリーナを辱めることは、失礼ではないのですか?」
「えっ」
「あ、趣旨がズレてしまった。失礼しました。……それで、私が笑っていたのは、元貴族とはいえど伝手も無くコネクションも無く、爵位も無い二人がどうやって生きていくんだろうと、面白くなってしまったからです」
「は?」
やっと、エイミーの隣に突っ立ってるばかりだったニコラスが、反応した。
そうそう、食いついてくれないと、私も演説し甲斐がないからさぁ! エイミーは言葉の意味がわからない、とばかりに首を傾げている。
「あら、ご存知ありませんでした? ニコラス……様、が伯爵家を継ぐのは、マリーナと結婚するのが条件ですよ。だって、嫡男なのに、領地運営の知識もスキルも、何も、全く、持ってないですよね? バ……勉強嫌いだから。それで、何でもできるマリーナと結婚することで、名前だけ伯爵になって、実質的にはマリーナが領地運営をする予定になってたんです。現伯爵夫妻が婚約を渋るマリーナの両親に是非にと頭を下げたのに、全部パァですね、残念ながら。私がこのことを知っているのは、マリーナのご両親から、ニコラス……様、はマリーナが結婚するに値する男かどうか、見極める役割を仰せつかったからです。それが結果としてこんな形で婚約破棄だなんて……。私がマリーナの両親に報告することによって、つまり、ニコラス……様、は爵位継承どころか廃嫡され、弟君が爵位を継ぐことになります。なので、ニコラス……様、と結婚しても伯爵夫人にはなれず、二人で手に手を取り合い、頑張って生きていく必要があります。どうか、愛のために頑張ってくださいませね」
私がにっこりと笑いかけると、ニコラスは真っ赤になったり青くなったり、顔色を変えるのに忙しくしている。エイミーはその隣で、真っ赤になってぶるぶると震えていた。もちろんこれは、怒りで、だろう。
「そ、そんなの聞いてないわ!!」
「えぇ……そんな内情、他人に話すわけないでしょう。でも、ニコラス……様、は、知ってたはずなんですけどね。忘れてたんですか? まさか伯爵夫人にしてあげる、なんて言ってませんよね? それじゃ詐欺ですよ」
当のニコラスは真っ青を通り越して真っ白になっている。これは、たぶん、まぁほぼ間違いなく、忘れてた反応だなぁ。そしてなんなら、伯爵夫人にしてあげるとか言ってた反応だなぁ。
「嘘ですよね、ニコラス様? 婚約破棄して、私を伯爵夫人にしてくださるって、仰ったじゃないですかぁ!!」
般若のような顔でニコラスに詰め寄るエイミー。そんな顔もできたんだね。
ニコラスは何も言わないまま、エイミーにがくがくと揺さぶられている。魂が抜けかけてるのもわかるけど、ちゃんと自分で説明する誠実さは持った方が良いですよ、まぁニコラスじゃ無理だろうけどね!
「それに、婚約とは家と家の繋がりであって、個人の意見や意向などは一切関係ないんです。忘れてしまいました? 本当に、学園で何をお勉強されたんだか。きっと忘れてると思うので念の為にお伝えしますが、破棄というのは何かしらの原因がある方が責任を負わされる形になりますので、この場合は破棄ではなく、解消が正しいかと思います。それに、どう考えても破棄するのであればマリーナから、ニコラス……様、の不貞を原因としたものになるかと思いますわ」
口端を吊り上げ、私が考えた最高にカッコいい悪女っぽい笑みを披露する。
くすくすと周囲から笑いが起こった。
私の抱腹絶倒には及ばないものの、確実に多くの人間が、私の言ったことに対して笑っている。つまり、エイミーに対して。
エイミーは顔を真っ赤にして、ぶるぶると震えている。なんだ。ちゃんと羞恥心あるんじゃないか。なんでさっきは平気だったの? 自分の行動が傍から見ておかしいって気づかなかったのかな?
私が呆れた視線を投げると、耐えきれなくなったのか、右手を振り上げた。なるほど、やっぱり頭が空っぽ。
そっと目を閉じて歯を食いしばったものの、一向に訪れない衝撃に、そろりと瞼を上げると、目の前に壁があった。正確には、壁と見紛うくらい大きな背中。え?
ぽかんと呆けていると、柔らかい掌が私の背中を撫でた。マリーナだ。
「ケイト」
私を気遣うようなその声に、どうやら流れが完全に変わったことを察した。いや、どういうこと?
しかもマリーナは、訳知り顔で頷いているのだ。いやいや、ほんとにわかんない。何? 今、何が起きてるの?
目の前の壁、もとい、大きな背中から向こう側を覗けば、私に振り下ろされるはずだったであろうエイミーの腕を、壁男(便宜上、そう呼ぶことにする)が掴んでいた。
「ケイトに手を上げるということは、子爵令嬢への攻撃と認識するが、覚悟はおありか?」
低くて落ち着いた声が落ちる。いい声だな。
その声にびくりと体を竦めたエイミーは、さっと手を引いた。いやいや、言われないと気づかなかったのか。
なんとか引っかかってるだけとは言え、子爵家で良かったなぁ。少なくともエイミーの男爵家よりは家柄が上なんだから。
それにしても、私をケイトと呼ぶこの人は、いったい誰だろう? こんな壁男、知り合いに居たかな……。
「そんな! 私はただ、ひどいことを言われたから……、だから、」
危ない、うっかり思考に耽るところだった。壁男が誰かなんて、今考えることじゃない、思考から追い出しておく。
瞳を潤ませ、ひどく傷ついた顔で壁男を見上げるエイミーは、完璧な女優だった。この庇護欲を煽る表情、仕草、どれを取っても完璧だろう。相手が私でなければ。
「公衆の面前で婚約破棄されたマリーナは、ひどいこと言われてないの?」
「そ、それはっ!」
即座に反論されるとは思ってなかったのか、さっきまでの涙を引っ込め、眦を吊り上げたエイミーが私を睨みつける。演技には一貫性を持たせた方が良いよ、さっきからブレブレじゃん。それじゃあ主演女優にはなれないね。今のエイミーは、せいぜいが三流だ。
「自分が他人に恥をかかせるのは良くて、他人から自分が恥をかかされるのは嫌だなんて、まるで小さな子どもね。ここまで来ると、完全に淑女教育の失敗だわ。なんて嘆かわしい。せっかく卒業したところだけど、もう一度入学して勉強し直した方がよろしいのではなくて?」
私が溜息まじりに告げると、今度はくすくすなんて可愛らしいものでなく、ドッと笑いが起きた。男女関係なく、居合わせた人々が堪えきれなくなったらしい。
そうだよ、どうせ笑うならこっそりじゃなくて、開き直って笑いなさいよ。私みたいにね!
真っ白な棒立ちニコラスの隣で、真っ赤になったエイミーがパクパクと口を開閉するも、何も言い返すことができないらしい。まぁ、あの空っぽ頭では何をどう言い返せば反論を封じることができるかなんて、考えつかないだろう。
マリーナに恥をかかせるからだ、ざまぁみろ! 二度と逆らうなよ!!
「以上が、私の突然笑いだした理由になります。それでは皆様、ごきげんよう」
マリーナには遠く及ばないものの、彼女の隣に並んでも恥ずかしくないレベルには、淑女教育を頑張ってきた私だ。自己ベストを更新する淑女の礼を披露し、くるりと踵を返して、マリーナと並んで退場した。
馬車寄せへ向かう道を二人で並んで歩き、なぜか壁男が私たちの少し後ろをついてくる。
マリーナが乗り込んだ馬車に私も乗り込む。いつものことだと咎められることもなく、マリーナの隣に座ってドアが閉まるのを待っていたら、なぜか壁男まで乗り込んできて私たちの向かいに座った。えっ?
驚いているのは私だけで、やがて馬車が走り出した。いや、なんでマリーナは驚いてないの?
痛いくらい沈黙した馬車の中、どう切り出すか迷いながら、向かいに座った壁男を観察しようと目線をやると、ばちっと音がしそうなくらい、しっかりばっちり目が合った。ひぇ。
思わず変な声が出そうになるのを必死に堪え、無理やり作り笑いで誤魔化しておく。向こうも小さく笑みを返してくれた。よし、なんとか淑女の体面は保てた……はず!
今度は目が合わないよう、やや目線を逸らしながら観察する。ダークブロンドの髪に、瞳は深い青。体が大きい。強そう。しっかりとした生地の服を着ているが、たぶん貴族ではない、はず。見たことないし、名鑑にもこんな特徴の人は載ってなかった、と思う。でもあの瞳、どこかで見たことある、ような……?
「……ケイト」
マリーナの声に、意識が戻ってきた。いけない、また思考に沈んでいた。
「マリーナ、お疲れ様。すごくかっこよかったよ。言われた通りにしようと思ったんだけど、つい口が出ちゃった。ごめん」
「いいえ。私のために怒ってくれたんだから、気にしないで。きっと丸く収まるでしょう」
「それなら、良かったけど……」
マリーナの言葉に、あの場面を思い出すだけで、口元がヒクヒクしてくる。
「あはっ、ごめん、もう我慢できない!!!」
二人で顔を見合わせて、同時に吹き出した。私は何に憚ることもなく、ゲラゲラと。マリーナは淑女らしく、ころころと鈴が転がるように。マリーナがこんなふうに笑うのも、珍しい。今回は本当に面白かったんだろうな。
「ニコラスの顔! もーほんとにおかしくってさぁ!」
「えぇ、あれは本当に、ケイトのおかげね」
「明日には社交界で囃し立てられてるだろうけど、たぶんマリーナの婚約破棄より、真実の愛に走ったニコラスが廃嫡される話の方が盛り上がってるんじゃない?」
「そんな予感がするわ」
「あと、あの場面で抱腹絶倒した私がトップニュースになる予感がある」
「それは……、ケイトがあまりにも勢いよく笑うからよ。フォローはしてみるけど……」
「あー、別にいーよ! だって私が抱腹絶倒女だったのは事実だし。今更良縁な婚約者なんて、要らないし」
そう、私はむしろそれを狙った部分もある。まぁ正直なところ、狙わなくても我慢できずに抱腹絶倒してしまった部分も大いにあるのだが。
しかし私が抱腹絶倒女になることで、マリーナへの嘲りを少しでも軽くできるなら、本望だ。事実として私は正真正銘、抱腹絶倒女だったわけだし。
どうせ学園を卒業したこのタイミングで、我が家は爵位を返上して平民になることも決まっている。
生憎とマリーナの侍女になることは叶わなかったが、孤児院で修道女見習いとして生きていくには困らない。俗世を捨てる私に良縁なんて必要ないし、あっても困る。
私の全ては、目の前で綺麗に微笑む親友のためにあると言っても過言では無いからだ。
私はラミー子爵家の一人娘として生を受けた。貴族とは名ばかり、貧乏子爵家だ。
領地がそもそも作物を育てるには向かず、貧しい土地だったのもあるし、両親は人がよく、領民の生活を思うあまり税は最低限しか取らなかったのもある。よく子爵家に引っかかっていられたものだと思う。たぶん爵位こそなくても商家の方がよほど豊かな暮らしをしていると常々考えていた。
それでもなんとか生活できるだけの収入はギリギリ入ってきて、必死に生きていた。領民との関係も良好で、けれどそれだけで貴族の体面を保つのは難しい。正直、いつ爵位を返上してもおかしくなかった。
家令が一人にメイドも一人しか居らず、ほぼ平民の生活だし、なんでまだ返爵してないの? と思っていた。
あれはたしか、六歳になってすぐの頃。
我が領地と隣り合った領地であるトワル伯爵家の令嬢、マリーナと顔合わせをした。
一応は友達の形をとっていたが、我が家はしがない貧乏子爵家。私だけでもゆくゆくはマリーナの侍女として仕えることのできるよう、縁つなぎをしてくれたんだろうなと、今になると思う。
トワル家は伯爵家ながらも豊かな資源と領主の手腕により、王家からも一目置かれる存在。その伯爵家にはマリーナ一人しか子が居らず、親戚の中からマリーナの婿を選んで跡を継がせる予定になっていた。
そのためにマリーナは淑女教育と平行して領主教育を受け、跡継ぎとしてしっかりとした基盤を整えていた。
私はそんなマリーナの手助けができるよう、側仕えとしての教育はもちろん、マリーナの友人として社交をするため淑女教育もビシバシ受けた。正直、側仕え教育よりも淑女教育のほうが過酷だった。
なんだよ鉄壁ながらもほんのりとした微笑みって。知らん。
マリーナは当時からしっかりした貴族令嬢だった。正直、同い年とは思えないくらい落ち着いていて、大人びていて、非の打ち所がないくらい完璧だった。キリリと美しいマリーナに、私は一目見てファンになった。だって憧れないとか無理でしょ。
熱烈にアプローチして、なんとか下僕くらいにはなれないかと頼み込んだ私に、マリーナは悲しそうに言った。
「気持ちはとてもうれしいけれど、わたくしと居ると、将来ご迷惑をかけることになるかもしれません」
これは遠回しにお付き合いを断られているのか? と、ややショックを受けた。
そりゃこんな貧乏子爵家の子どもと仲良くしてもな……と自覚はあったので、引き下がろうとした私に、マリーナが決心したように続けた。
「こんなことを言うと、頭がおかしいと思われるかも知れませんが……」
それからマリーナは語った。自分には前世の記憶があることを。そしてこの世界が、そのときに遊んだゲェムなるものにとてもよく似ていること。そしてその中でマリーナがアクヤクレイジョウなる役割を持っていること。将来マリーナが他の伯爵家と婚約を結び、ヒロインなる人物によってその婚約者を横取りされること。最終的にマリーナは婚約破棄されてしまい、伯爵家は未曾有の危機に陥り、それに連なる派閥も揃って没落してしまうこと。
正直、私には言われたことの一割もさっぱり理解できなかったが、どうやら私と関わるのが嫌だということではないらしい、ということだけわかった。私にすれば、それさえわかれば他はどうでも良かった。
なんせ、六歳なので。
「しんじます! 私はこれから、マリーナのためだけにはたらきます! だから、なかよくしてください!」
没落回避の対策はどうするのかとか、具体的に何をすれば良いかとか、全くわからないまま、とにかくマリーナと親しくなるチャンスを逃すものかと、前のめりになる私に、マリーナは驚いた顔をしたあと、泣きそうな顔で笑った。
「わたくしの話を、信じてくださるの?」
「はい! だってマリーナはウソをついてる顔じゃありません! まぁでもウソでもいいんです。私はこれからもマリーナの言うことをしんじてついていきます!」
こうして私は、マリーナの盲目的信者になることを許され……違った、友達だ。でも大ファンだし信者でも間違ってないと思うんだよなぁ。
それからは二人で、どうすれば伯爵家の危機を免れるかを考えた。
六歳が何を、と言われそうだが、なんとマリーナは前世で三十路を超えるくらいまで生きたそうで、大人びた、どころかしっかりと大人だった。そりゃ同い年と思えないわけだ。
この時点ではまだマリーナは他家から婚約の打診すら来ていなかったし、それを回避できればなんとかなると思っていた。
けれどそれだけだと不安なので、とりあえず将来を見越して、慈善活動に力を入れることにした。
端的に言って、孤児院への支援だ。将来もし婚約破棄されたなら、普通の縁談は望めない。どこかの後家に入るか出家するか。その出家したときのため、孤児院に恩を売っておこうということになった。
六歳の女児二人が孤児院へ行き、物資を支援したり、孤児たちに混じって遊んだり、勉強したり、刺繍したりした。
この孤児院とはもちろん、マリーナの領地にあるものだ。我が領地に孤児院は無い……というか、そんな余裕無かった。一応、合同孤児院とはなっているが、実質はマリーナの家から援助してもらってるようなものだ。
両家ともに両親は喜んだ。貴族としての意識を高く持っているとかなんとか……褒められてなんとも言えない顔になったのは仕方ないと思う。
私なんか、孤児院の子どもたちと一緒になって走り回り、泥だらけになって畑仕事をするから、迎えに来たメイドに「子爵家の令嬢とは思えない」と呆れられたくらいだ。
その点マリーナはさすが、孤児らに絵本を読み聞かせてやり、字を教え、刺繍を教えた。これが本物の令嬢ってやつか……。
我が家のメイドが羞恥に小さくなっているのは申し訳なかったが、適材適所というやつだ。私は走り回ったり畑仕事をする方が向いていたし、そんな私が居るからこそ、孤児らも心を開いてくれたと信じている。たぶん。
足繁く孤児院に通う私たちに、かなり懐いてくれた孤児たちだけど、その中でもひときわ懐いてくれた孤児が居た。
アレックスという名の、小柄な子だ。私たちより二つか三つ年上らしかったが、栄養が足りてないのか、私よりも小さかった。けれど綺麗な顔立ちをしたアレックスは、将来さぞ美人になるだろうなぁと思わせる美少女だった。
ハニーブロンドに青い瞳が絵本に出てくるお姫様のようで、私は密かに貴族ではないかと疑っていた。まぁ実際は普通に孤児だったわけだが。
アレックスは物静かでおとなしい少女だったが、正反対な私によく懐いてくれた。自分にないものに憧れたのかもしれない。
正直、孤児らはそのほとんどが令嬢らしい令嬢であるマリーナに憧れることが多かったので、私を一心に慕ってくれるアレックスは、とても可愛かった。妹が居ればこんな感じだろうか、なんて思いながら、私は全力でアレックスを可愛がった。
朗読は苦手だったがアレックスが聞きたいと言えば絵本を読んでやったし、勉強も好きではなかったがアレックスが教えてほしいと言えば同じ机に着いた。もうこれだけでも、私にすればアレックスは特別だった。
私たちが支援を始め、孤児らに教育を施したことで、孤児院の評判が上がった。領地外からも孤児を引き取りに来る貴族が増え、また領地を超えて連れてこられる孤児が増えた。良かったのか悪かったのか……。
なんにせよ私たちがやることは変わらない。孤児院を支援し、環境を整えた。
ゆくゆくは我が家も返爵し平民になる可能性が大いにあったし、その場合にマリーナの家で雇ってもらえなければ、この孤児院で修道女になることも検討していたからだ。
月日は流れ、私とマリーナが十歳になる頃、優秀なアレックスを引き取りたいと申し出があった。比較的裕福な商家からの申し出だった。
私は寂しさと嬉しさが半分ずつくらいで、アレックスの巣立ちを心から喜んであげられない自分に戸惑った。自分で思っていた以上に、アレックスのことを大切に思っていたらしい。
アレックスは喜ぶかと思ったが、予想外にごねた。孤児院を出て私と離れるのは嫌だと泣く様子を見て、私は胸が温かくなった。
美少女は号泣する様子も美少女だった。
「アレックス、あのね。私はたぶん、成人する頃には貴族ではなくなるの。うまくいけばマリーナの家に雇ってもらえるけど、そうでなければ、没落貴族の元令嬢として世間の荒波に放り出される。そのとき、アレックスが私を拾ってくれると、とても助かるのだけど」
私の突然の告白に、アレックスは目を瞠った。綺麗な青い瞳が、零れ落ちそう。
「……わたしが商家の養子になって、きちんと大人になったら、ケイトはうれしい?」
「もちろん。そりゃ、寂しいけれど、アレックスがしっかりと成人できるのはうれしいし、将来無一文かもしれない私を拾ってくれるなら、すごく助かる」
「ケイトはわたしの……家族に、なってくれる?」
「すてき! 私をアレックスの家族にしてくれるの?」
私が手を叩いて喜ぶと、アレックスは花が咲くように美しく笑った。それはそれは、もう絶世の美少女だった。
その後、納得したらしいアレックスは、商家に引き取られることになり、トントン拍子に話が進み、あっという間に別れの日が来た。
「先方でも頑張ってね、アレックス。ケイトのことは心配しないで」
「なんで私? そんな危なっかしいの? 大丈夫だよ?」
「マリーナ様、よろしくお願いします」
「ねぇなんで? 私そんなに?」
「任せてちょうだい。しっかりと見守ります」
「どうか、くれぐれも頼みます」
私の頭越しにマリーナとアレックスが話しているが、全然納得できない。そんなに心配かけてるのか……?
「ケイト」
アレックスが真剣な顔で私を呼ぶ。マリーナは私の肩をポンと叩いて、立ち去ってしまった。きっと最後のお別れを二人でできるよう、気を遣ってくれたんだろう。
「ケイト、わたし、頑張るから。ケイトに頼られるくらい、強くなるから。大人になったら、家族になってくれる?」
どうやら不安がってるらしいアレックスを元気づけようと、私は胸を張った。
「アレックスは今でも頼りになるよ! これからも頼りにしてる! それに、私とアレックスは(この孤児院を家と考える広義では)もう家族だよ!」
小柄なアレックスを胸に抱きしめると、アレックスからも痛いくらいに抱きしめ返された。思ったより力が強い……忘れがちだけど、アレックスは私よりも年上なんだっけ。
「わたしのこと、忘れないでね、ケイト。大好きだよ」
きつく抱きしめた腕を緩め、アレックスは私の喉にキスをした。突然のキスに驚いたものの、アレックスがここまで私を好きで居てくれたんだなと嬉しくなった私は、お返しとばかりに、アレックスの額にキスを返した。私の胸元に居るアレックスにキスを返すには、額が一番近かったので。
「ケイト、違う。わたしと同じところに、返して」
キスを返して満足した私に、不満そうにアレックスが指示する。言いながら伸び上がったアレックスが、喉元を指差した。注文が多いなぁ。
「私も大好きよ、アレックス。元気で居てね」
心を込めて喉へキスを送れば、とろりと幸せそうな笑みを浮かべたアレックスが私を見ていた。キス一つで、そんなに嬉しいもの……?
「必ず、迎えに行くから」
最後に力いっぱい私を抱きしめたアレックスは、名残惜しそうに私への抱擁を解くと、渋々といった様子で迎えの馬車に乗った。
馬車の窓から身を乗り出して、見えなくなるまで手を振ってくれた。私は最後まで泣かないでいようと思っていたのに、結局手を振りながら零れる涙を堪えることはできなかった。
アレックスの涙は美しいのに、私が泣いても普通にぐちゃぐちゃになるのが解せない。何が違うの? 造形の緻密さ?
馬車が見えなくなっても、しばらくグスグスと泣き止まない私に、マリーナは静かに寄り添ってくれた。優しく背中を撫でてくれる温かな掌に、私は途方もなく安心したことを覚えている。
馬車に揺られながら、これまでのことを思い出し、少し感傷的な気分になる。
「あーあ。楽しかったなぁ」
「まぁ、どうしたのケイト。そんな、これが最後みたいな……」
「いやだって、最後だし。我が家は返爵するから、もう今までみたいにマリーナにも会えないし、私は孤児院で修道女になるんだし、」
「ならない」
私とマリーナの会話に、突如として壁男が割り込んできた。そういえば、居たね。びっくりした……。
「ケイトの家は返爵しないし、ケイトも修道女にならない」
落ち着きのある良い声が、きっぱりと断言する。そんな、当事者みたいに……と思っていたら、私の隣に座るマリーナまで、うんうんと頷いているから驚きだ。
「え、なに? どうしてあなたがそんなこと知ってるの? というか、マリーナも何か知ってるってこと?」
もしや私以外は皆が知ってる何かがあるってことなのか?
「……もしかしてケイト、本当に知らないの?」
私の様子に、マリーナの顔に驚きが広がる。マリーナがこんなにわかりやすく感情を表すのも珍しい。
ぽかんと呆ける私を見たマリーナが、さっと壁男へ視線を投げると、心外だとでも言わんばかりに肩を竦めた。
「順番が前後したのは申し訳なく思っている。だけどこうでもしないと、ケイトは逃げ出すと思ったから」
胸元から丸められた紙を取り出した壁男は、私にそれを手渡した。よくわからないまま受け取ると、そこにはしっかりと封蝋がされており、正式な貴族院からの通達であることが見受けられた。
き、貴族院からの書類?!
「ひぇっ……」
おかしな声を上げて紙の筒を受け取ったまま動かない私に、焦れたらしいマリーナがそれを取り上げ、さっさと開封した。そのままざっと目を通したマリーナがにこやかに頷き、私の手元にペラリと紙を返してくれる。
「ケイト、将来への不安が解消されて良かったわね」
全くさっぱり、意味がわからないまま、手元の紙へ視線を落とすと、そこには端的に事実だけが記されていた。
【ケイト・ラミーをラミー子爵家の正統な跡取りとして、アレックス・ドーバを伴侶として迎えることにより、子爵家を継承することを許可する。】
……………??????????
意味がすんなりと理解できず、とりあえず五回ほど読み直したが、何回読んでも同じ文面しか読み取ることができない。
言葉に秘められた裏の裏を読むのか? それとも何か暗号が? はたまた、火で炙ると新しい文面が浮かんでくるのか?
混乱したまま、何度も視線で文面をなぞり、裏返して余白を睨む私に、見かねたらしいマリーナが口を開いた。
「書いてある通りの意味よ、ケイト」
「チョットイミワカンナイ」
私が伴侶を迎えることにより継承を許可って……どういうことだ? あとアレックス・ドーバって誰???
相手についてさっぱり思いつかず、うんうんと頭を抱える私を見て、マリーナが呆れたように溜息を吐いた。
「……ケイト、あなたまさかと思うけど、忘れたの?」
「なにを?」
「結婚の約束をしていたでしょう」
「……………………えっ?」
あまりの衝撃に、人生ベスト記録を更新するくらい目を瞠る。目玉飛び出すかと思った。
いやいやいや、知らん。なにそれ。こわ。
「や、やだなぁマリーナ、令嬢ジョークはやめてよ〜!」
顔が引きつるのを堪えながら笑い飛ばすと、マリーナは私を可哀想なものを見る目で見つめた。なんで?
「ジョークではないし、そもそもこんな場面で冗談なんて言うわけないでしょ。忘れっぽいとは思ってたけど、本当に覚えてないの? 別れるとき、あんなに泣いてたのに」
「泣いてた?」
「そうよ、号泣してたわ。後にも先にも、あんなに泣いてるあなたを見たこと、無かったもの」
私は一応、貴族令嬢として、感情を表に出さないようにしている。内心はピーヒャラしてるけどね! 表に出さなければセーフ!!
なのに、号泣した? そんなこと、あったかな……?
「ケイト」
突然、壁男が私を呼ばう。驚きつつも顔を向けると、彼が嬉しそうに笑う。
「約束通り、迎えに来たよ」
「???」
だから、この人は一体誰なの? こんな知り合い、居ないと思うんだよね。そもそも知り合いが少ない私は、人の顔を覚えるのが得意なのだ。でも、この人のことは知らないし、見覚えだって……。
「ケイトは、わたしの家族になってくれるんでしょう?」
「かぞ、く……?」
「別れるときには、もう家族だって言ってくれたのに……お互い、喉にキスし合った仲だろう?」
喉元を指さして笑う顔は、全然知らない人なのに。どうして、私がそんなところにキスしたことがあるって知ってるんだろう?
綺麗な青い瞳。その見覚えのある色に、瞼の裏に懐かしい顔が浮かぶ。
「……アレックス?」
私の知ってる綺麗な青い瞳の持ち主を呼べば、目の前に居る壁の人が、太陽のように眩しく笑う。
「思い出してくれた?」
その笑顔は全然知らなくて、見覚えもなくて、だけど瞳の色はどうしようもなく懐かしくて。
なのに自分の中にある記憶との、その大きすぎる齟齬に混乱する。
「なんで? どうして? アレックスは、私のアレックスは、女の子なんじゃないの??? 髪の色だって……」
「たしかにあの頃は、華奢で女の子みたいだったけど……ケイトに釣り合う男になりたくて、努力した。髪の色は、成長と共に落ち着いたんだ」
いや、努力しただけでこんな劇的ビフォーアフターする? もはや詐欺じゃない?
私の可愛いアレックスが! 絶世の美少女だったアレックスが! クソデカ壁男になっちゃった!!
あまりの衝撃に二の句を継げない私をそっちのけで、照れて笑うクソデカ壁男、改めアレックスは、私を見つめて目を細めた。
「必ず迎えに行くって約束したのに、あっさりと修道女になろうとするし……それじゃあ家族になれない」
「えっなんで? 同じ孤児院を故郷とする家族だよ」
アレックスは私の言葉に苦虫を噛み潰したような顔をしてから、一つ溜息を吐いた。
「やっぱり。ケイトは全然、わかってない」
やれやれ、と言わんばかりのアレックスに、私の隣に座るマリーナまで、同じように溜息を吐いているのは解せぬ。どうして。
一応、私は当事者のはずなんですけど! どうしてこんな、置いてけぼりなんですか!!
「ケイトを迎えに行くために、引き取られた先で商会を大きくした。とにかく金が必要だと思ったから。それから、子爵家と関わってもおかしくないレベルで、社会貢献活動にも力を入れた。嫁を貰っても婿に入っても問題ないよう、頑張ったんだ。結果として、子爵家を残すために婿入りすることになったけど、商会もついてくるし、資産もかなりあるから、ケイトに苦労はさせないよ。領地運営についても、ある程度は勉強してきたけど、これからもっと勉強するから、だから、」
アレックスが真剣な顔で、私に向き合う。マリーナは極限まで私から距離を取って、存在感を消している。私は混乱の境地に投げ出されたまま、呆然とアレックスを見つめる。
なんだこのカオス。
「だから、結婚して。わたしの家族になって」
綺麗な青い瞳が、見たことのない熱量を漲らせて私を射貫く。正直、状況もよくわからないし、なぜこんなことになっているかもわからない。
ただ一つだけハッキリしてるのは、私はこの、綺麗な青い瞳に見つめられると、いつだって、否とは言えないのだ……。
「……はい」
ほぼ初対面のクソデカ壁男なのに、知らない人同然なのに、それでも、私は昔から、この真っ直ぐに私を射貫く、青い瞳に弱いのだ。正確には、アレックスの瞳に。
私が小さく返事をして、こくりと一つ頷くと、アレックスはやっぱり、眩しく笑った。
あぁ、昔はあんなに、花が咲くような笑みだったのに、随分と印象が変わったものだ。それでも私を見つめる、美しい青い瞳は、何一つ変わらない。アレックスなんだなぁと実感する。
ふいにアレックスが私の腕を掴んだ。
どうしたのかと首を傾げていると、ひょいと引き寄せられ、そのまま私は軽々とアレックスの膝に抱えられた。
抵抗のためにも身動ぎしてみたが、さすがクソデカ壁男、私の抵抗なんて歯牙にもかけず、なんなら涼しい顔で腰を支えるように抱きしめられた。
もうどこから突っ込めば良いのかわからない。マリーナに助けを求めようと視線を投げるも、全く目が合わないどころでなく、そもそも顔がこちらを向いていないし、なんなら体ごと窓の外を見ている。なにそれ?
「ケイトのご両親もトワル家に集まってるから、そこで婚姻証明書にサインしよう」
耳元で告げられた事実が俄に信じられず、ぼんやりとアレックスの顔を見上げれば、大きな掌が頰を撫でた。
「マリーナ様は予定通り親戚から婿を迎えるし、ケイトはわたしと子爵家を運営しながら、マリーナ様の補助をしていく予定だよ」
なにそれ知らん。いやいや、当然でしょ? みたいな顔で言わないでください。
マリーナも、そっぽを向きながら頷くのはやめてください。どうりで私がいくら「侍女にして」って言っても頷いてくれないわけだよ。修道女になる話をしても、生ぬるい目で見つめられるわけだ。
……いや、教えてくれても良くない? なんで当事者の私が知らないの? おかしくない??
思わず遠い目になってしまう私は、悪くないと思う。外堀は埋められまくってるし、もはや選択肢なんて一択。そして、知らなかったのは私ばかり……ってやつ……。
これが他人事なら笑えるんだけど、うーん、我が事となると、さすがに笑えない。
どうせ平民になるし……と、貴族である親友の修羅場をゲラゲラ笑って見ていたら、まさかの後継者に認められて貴族生活続行で平民になれなかったし、妹のように思っていた相手が男として結婚相手として現れるし、これからも貴族として親友の補佐を続けることになるし、大変なことになった。
修羅場を見ながら「盛り上がってまいりました」なんて面白がったのは悪かったと思うけど、この展開は予想外すぎるし、まず予想できるわけない。
美少女がクソデカ壁男になるなんて、誰が予想できる?!
私の可愛い妹を返して!!
n番煎じではありますが、一度くらいテンプレっぽい話を書いてみたくて、思いついたままに書いてみました。
書きたいところだけ書いたのでふわっとしてますが、書いてて楽しかったです。