アイドルグループを追放された私が新プロデューサーと共にざまぁします
「アイカ。お前をグループから追放する」
コンサート会場の舞台裏には、ステージに立つアイドルたちのポップな歌声が響いている。スポットライトに彩られたステージとは異なり、照明の少ない舞台裏は薄暗かった。
今日は全国のご当地アイドルが一堂に会するアイドルライブの日で、私の所属するPinkyは先ほど出番を終えたばかりである。アップテンポの激しめのダンスを終え、薄っすらと汗をかいて舞台裏に戻ると、そこには小太りでスーツ姿の男性が腕を組んで待ち構えていた。50代半ばのパッと見オタクにしか見えないその男性が、メンバーの中から私を見つけてこう言った。
――アイカ。お前をグループから追放する。
私はただ茫然と立ち尽くし、何の言葉も発することができなかった。
Pinkyの発足からのメンバーで、グループが地下アイドルの頃から懸命にレッスンに励んできた。なかなか人気が出ずに初期メンバーが次々と辞めていく中、いつか売れると信じて歌と踊りを続けてきた。そして、結成から5年が経った今、Pinkyはメジャーデビューを目前にしている。
18歳で上京してからアイドルをはじめ、私ももう23歳。なんども辞めようと思った。だけど夢を捨てることができず「いつかきっと」と自分に言い聞かせ、その夢がついに叶う、そう思えた時に追放……。
反応のない私にプロデューサーが苛立ちを露わにする。
「聞いているのか? お前を追放する」
再度そう言われて、私はハッとした。私は今までプロデューサーに意見したことなどない。それは今までプロデューサーを信じていたからだ。信じてついていけば、一緒に夢をかなえられると思っていたから。
目上の人に意見するのは怖い。だけど、ここで勇気を振り絞らないと全てが終わってしまう。
「何故ですか? プロデューサー。何故、私を追放するんですか?」
震えながらそういう私を見て、彼は鼻で笑った。
「何故だと? それはお前がこのグループに不要だからだ。だから追放する」
「私が不要って……。私はグループ発足時からのメンバーです。今まで新規メンバーに色々と指導してきました。グループのために尽くしてきました。その私を追放するなんて」
周囲にいるメンバーの声が聞こえてきた。
「何が指導よ。いつも偉そうに命令ばかりしてさ。何様のつもりだってんの。そんなんだから追放されるのよ」
「昔からいるってだけの癖に偉そうよね。いつも上から目線でさ。追放されて当然よ」
「言い方ってのを知らないのよね。そんな性格だから人気ないのよ。素直に追放されろってんの」
「あいつがいなくなればグループの雰囲気も良くなるわ。追放賛成」
聞こえよがしに放たれるメンバーの言葉に私はすっかり委縮してしまった。好かれているとは思っていなかった。あえて嫌われ役を買って出た。それでも、こうも悪意を向けられると心が萎えてしまう。目頭に涙が溜まってきた。
それでも、ここで引き下がるわけにはいかない。ヘラヘラと笑うプロデューサーに、私は頭を下げた。
「お願いします……プロデューサー。私を……追放しないでください」
メンバーの誰かが堪えきれず笑い声をあげた。どうしようもない敗北感が胸の中に広がった。
プロデューサーの言葉は無情なものだった。
「しつこいぞ。お前を追放する。このグループはメジャーデビューに向けて新しいコンセプトでやっていくんだ。そこにお前はいらない」
「新しいコンセプトってなんですか? 私、そのコンセプトに合うようにがんばります。だから追放しないでください」
恐る恐る顔を上げると、プロデューサーが憐みの視線を向けていた。
「新しいコンセプトは『おっぱいがデカいアイドル』だ。お前以外は全員巨乳だぞ。まな板はコンセプトに合わない。だから追放する」
その言葉を聞き、私の心は完全に折れてしまった。もう何を言っても無駄だ。私に生き残る道はない。何も言い返せなくなった。
その様子を満足げに見つめたプロデューサーが私の肩に手を置いた。
「ようやく追放を受け入れたようだな。お前みたいに胸も華もない奴は、さっさと田舎に帰って彼氏でも作れよ。もう恋愛は自由なんだからさ」
立ち去っていく彼の足音と共に、グループメンバーの耳障りな笑い声が聞こえてきた。
「追放。追放」と誰かが囃し立てていた。
耐え切れず、目から大粒の涙が零れ落ちた。一人残された私は、涙がおさまるまでこの場に留まることにした。
ステージからの音楽がやみ、別グループのアイドルたちが舞台裏に戻ってくる。私は彼女たちに泣き顔を見せまいと、壁の方を向いて両手で涙をぬぐった。
「ねぇ、あの子、泣いてない?」と誰かが言った。
どれくらいの時間が経っただろう。涙がおさまり、気持ちを何とか落ち着けることができた。
控室へ行こう。そして、さっさと着替えて帰ろう。そう思って振り返ると、紫色のスーツを着た筋肉質の男性と目が合った。40代前半と思われる色黒の男は、Yシャツの胸元を大きく開けている。金色に染めた髪の毛をオールバックにし、両耳には銀色のピアスがいくつも連なっていた。いつからそこにいたのだろうか。
彼の容姿に恐怖を覚えた私は、足早にその場を離れようとする。すると、見るからにチンピラといった風貌の男が声をかけてきた。
「もう、大丈夫か?」
見た目と不釣り合いな優しい声だった。思わず足を止めた私は小さく返事をした。
「はい……」
男が少しだけ私のほうに歩み寄った。非常に身長の高い男で、ほりの深い顔をしている。若い頃はさぞかしモテたであろう。
愛想がいいとは言い難い彼が、あまり感情のこもらない声でこう言った。
「ダンス、よかったよ」
突然そう言われて私はどう反応していいか分からなかった。黙っていると、彼は言葉を続けた。
「俺、元ダンサーなんだよ。だから、ダンスの良し悪しは分かる。あのグループのダンスはお世辞にも良いとは言えないが、お前のダンスだけは別だ。よく練習している」
その言葉を聞いて、私の目から再び涙が零れだした。そして、出会ったばかりの男に弱音を吐き出してしまった。
「だけど……だけど私、追放されたんです……。コンセプトに合わないからって……」
ポロポロと泣き出した私に、目の前の男は少しだけ困った表情を浮かべた。
「ああ。見てたから知ってる。つらかったな」
私は口を押え、必死に嗚咽を漏らすまいとした。
しばらくの時間が経ち、ようやく落ち着きを取り戻した私に男がぶっきらぼうに言った。
「実は俺、今度アイドルのプロデュースをすることになったんだ。お前、俺のグループに入れよ」
願ってもない誘いだが、素直に承諾する気にはなれなかった。彼は同情で誘っているだけなのだ。可哀想だから、手を差し伸べているに過ぎない。そんなものでやっていけるほどアイドルビジネスは甘くないだろう。
「お断りします」
「あ?」と男が驚きの声をあげた。まさか断られるとは思っていなかったのだろう。
私はあわてて両手を振った。
「違うんです。話はありがたいです。だけど、私みたいなのがいたらグループが駄目になります。だから……」
そういうと、今まで優しげだった彼が眉間に皺を寄せた。
「私“みたいなの”って、なんだよ」
彼にそう凄まれ、私は少しばかりの恐怖心を覚え、必死に弁明を始めた。
「だって、私、追放されたんですよ。私、ダメダメなんですよ。だから、他にもっといい子をみつけて……」
男は呆れたように深くため息をついた。
「お前さぁ、俺の見る目を疑ってるのか?」
「いえ、決してそういうわけじゃ……」
男は私の目を真っすぐに見つめ、不機嫌そうにこう言った。
「だったらよ、素直に『はい』って言えよ。お前のダンスは紛れもなく本物なんだからさ。俺が作りたいのは、まがいもののアイドルじゃない。色物のアイドルでもない。本物のアイドルグループなんだからよ」
彼の迫力に気おされた私は首を縦に振っていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
あれから一年後――。私は、私たちはテレビ局スタジオの舞台裏にいた。今日は歌番組の生放送の日である。
大きく深呼吸した私はメンバーの方へ振り返り、皆を鼓舞した。
「みんな。今日が私たちの晴れ舞台。がんばるよ」
全員が笑みを浮かべて頷いた。みんな、いい子だ。一生懸命で、まっすぐで、ファンやスタッフや仲間に感謝して、決して誰かを小馬鹿にしたりはしない。プロデューサーがそういう子だけを選んだのだ。
ステージから女子アナの声が聞こえてきた。
「続いては、世間を騒がせているアイドルグループ・フラット36!! TV初登場です!!」
薄暗い舞台裏から、光り輝くステージへと私たちは歩んだ。照明の光が眩しくて、一瞬目がくらんだ。
私たち36人はMCであるグラサンの横に立った。グラサンは私たちの格好を見て驚いている。
「噂には聞いてたけど、すごい格好だね」
私たち、フラット36は上半身裸である。乳首丸出しである。『乳首が見えるアイドル』としてデビューし、先日は武道館ライブを成功させた。
グラサンは目のやり場に困っているようだ。
「これ? 本当にいいの? だってオッパイ丸出しだよ? 生放送で大丈夫なの?」
心配そうにスタッフに確認をとるグラサンにリーダーの私が言った。
「グラサン。私たちはオッパイを出してはいません」
グラサンはまったく理解できていないようだ。
「いや……だってさ、実際に……」
「グラサン。私たちにオッパイはありません。私たちは全員アンダーとトップの差がゼロです」
「ゼロって……大胸筋とかどうなってるの……」
「完全なる幼児体形です。全員オッパイはありません。なので、電波にのせても大丈夫です」
ここまで言ってもグラサンは納得できてないようだ。博識で知られるグラサンだが、その博識ゆえに頭が固いのかもしれない。
「だってさ、乳首、出てるよね」
「はい。乳首は出てます。ですけど、男性タレントはTVで乳首を出していますよね。なのに女性はダメなんですか?」
「いや……でも、女性はオッパイが……」
「ですから、私たちにオッパイはありません」
「でも……だけど……」
なおも反論しようとするグラサンに私は言い放った。
「グラサン。オッパイって何ですか?」
オッパイってなぁに? 私の発したこの命題が、その後、世界中に激しい論争を巻き起こす事になった。
乳首こそがオッパイである。
否。男性にも乳首はあり、男性にはオッパイはない。故に乳首はオッパイにあらず。
乳首の周囲にある脂肪こそがオッパイである。
否。それなら肥満男性にもオッパイがあることになる。故に脂肪はオッパイではない。
オッパイは女性にのみ存在するもので、女性の胸部こそがオッパイである。
否。胸部にゆたかな脂肪のないものをオッパイと認めるのは嫌だ。だからオッパイじゃない。
論争は未だに決着のメドすらたっていない。そんな難問を一タレントでしかないグラサンに即答できるはずもなく、その時の彼は押し黙ることしかできなかった。
場の雰囲気を察した女子アナが動揺を抑えて進行した。
「それではフラット36の皆さんに歌っていただきましょう!! 『持たざる者』!!」
女子アナとグラサンのいなくなったステージで私たちは踊りだす。必死にレッスンした。懸命に努力を重ねた。まがい物ではない本物を見せるために。
体中を動かすたびに汗が飛び散る。呼吸が苦しく、心臓が早鐘を打つ。それでも、最高の笑顔を絶やさず、腹の底から歌声をあげる。すべては本物を見せるため。
舞台袖でプロデューサーが私たちを見つめている。彼の名前は田中J太郎。
かつてJポップの生みの親と称される男がいた。山本J助。そのJの遺志を継ぐ者――。j soul brothers。J太郎はその三代目である。
J太郎は私たちを眩しそうに見つめていた。まるで大切に育てた雛鳥が大空へと飛び立つ姿を見るように。私たちを押し上げてくれた彼のためにも、最高のパフォーマンスを演じなければ。
私は心の中で繰り返していた。ありがとうございます、プロデューサー。本当にありがとうございます。感謝しています、と。
歌が終わり、会場に拍手が鳴り響く。再び舞台に現れたグラサンは勃起していた。舞台袖のJ太郎も勃起していた。理由は分からない。
舞台裏に戻ると、そこにPinkyとそのプロデューサーがいた。彼女たちはオリコン6万3872位。私の脱退後、グループのパフォーマンスは目に見えて落ちている。元々練習嫌いの子ばかりだった。それに拍車がかかったのだろう。
レコード会社のゴリ押しでこの番組に出ているが、オリコン20週連続1位の私たちとは人気も実力も段違いである。
彼女たちは私と目を合わそうとはしなかった。元プロデューサーもバツの悪そうな顔をしている。そんな彼女らを無視し、私たちはJ太郎の元に駆け寄った。
「お前たち。最高のパフォーマンスだったぞ」
照れ隠しにぶっきらぼうにそう言うJ太郎を見て、私たちは満面の笑みを浮かべた。
翌朝、母親からの電話で目が覚めた。
「アイカ!! あんた、東京でなんばしよっとね!!」
母親の剣幕に私はうんざりした。田舎の両親にはアイドル活動をしていることを秘密にしていた。しかし、TV出演でそれがバレてしまったに違いない。
「なんばってなんね?」
「近所の鈴木さんが言いよったとよ!! お宅のアイカちゃんがTVでオッパイば出しとったって!!」
どうやらアイドル活動がどうというより、上半身裸でTVに出た件で電話をしてきたようだ。
「うちはオッパイは出しとらんよ!!」と私は否定した。
「嘘言いんしゃい!! 鈴木さんだけじゃなか!! 親戚の吾郎おじさんも言いよった!! TVでオッパイば出しとったって!!」
「たしかに上半身裸でTVには出たばい!! ばってん、私、オッパイなかけんオッパイは出しとらんとよ!!」
「あんたはなんば言いよっと!? 東京行っておかしくなったとね!?」
「あ~、もう、うるさか~!! もう電話切るけんね!!」
スマホの電源を切り、冷静に考え、私は今までJ太郎に洗脳されていたことに気づいた。だが、もう取り返しがつかない。
稼げるだけ稼いで海外に移住しよう。私はそう決意した。