6.ヒロイン攻略
ミレイ・ケインズはメイシェデ王国のケインズ男爵家の三女として生を受けた。
転生の記憶は生まれながらにもっていたわけではない。5歳の頃に1歳下の弟を見たとき、記憶がよみがえったのだ。
彼女の弟、ユーリ・ケインズそのひとは、かつてプレイしていたゲームに出てきた攻略対象だったキャラクター。赤茶の髪に面影とその名前、そして王国の名が繋ぎ合わさり、ゲームを思い出し、前世を連想したのだった。
最初こそ困惑はした。夢かとも思った。だが、確かにトラックは突っ込んできたし、強烈な痛みにもがいた記憶もある。そっと肋骨あたりを押さえて、痛みは発生しないままばくばくとする鼓動を感じて、数日経ってやっと落ち着いて事態を受け止めた。
そうしてすぐに。
この世界がまさしくゲームの世界と同等であるならば、ヒロインが登場することは必須であると、彼女は悟って。
甘え上手の可愛い系男子だった弟や、そのほかキャラクターなどにヒロインを渡すことなく、自分がヒロインの可愛い姿を見るのだという強い意志で、今生を全うすることを決めたのだ。
ミレイは三女の立場もあって、子育てになれた両親にそこそこ甘やかされてきた自覚はあった。それをフル活用して、姉たちが引くくらいに我が儘をしたし、かといって学園に入るため勉学を疎かにすることもなく、自意識が高い令嬢が完成していた。
もちろん姉たちと弟をかわいがることを忘れてもいない。
将来ヒロインとユーリが出会ったときを考えると可愛い属性からチェンジさせたい気持ちもあったが、可愛いものは可愛いままにしておきたかった。
だって心が安らぐから。
だいたい、弟が入学したところで、だれが接触したところで、ヒロインをだれかに譲る気など一切無かったのだ。
そうして学園にも余裕で合格入学、ヒロインの名前はプレイヤー設定だったためわからないままクラス表を眺め、入学式の列に並んだときに見つけたその麗しい姿に、彼女はたまらず声をかけたのだ。
本音を言うとハグぐらいしたかった。が、淑女としてそれはできない。
名前を尋ね、名を名乗り、そっと手を取り、あれこれと褒め称え、ぴったりとくっついて教室へ向かった。
クラスにはアラルドとコンラートが居て少し警戒したが、こちらから声を掛けに行くこともしなかったし、ただのクラスメイトとして存在するものだと断定。それよりもヒロイン攻略することが最優先であると、ミレイはカーティアと共におしゃべりする時間を多くとったのだ。
周囲はそれこそミレイの異常性を感じ取ったが、彼女の魔法力の高さと知識の量、他人に対する接し方などからもの申すこともできず、少し経てばそれが普通ともなった。
ロガスとの出会いは学食でカーティアと昼食を取っている際だった。前世の名が呼ばれたときは嘘だろと思ったものだったが、自身が転生しているんだからなくはななと仕切り直した。
その際にカーティアには隠し事をしないよう全てを話し。
好感度が爆上がりして、互いに呼び捨てで呼ぶようになった時に、アラルドとの接触があった。
なにを隠そう、移動教室の際にふいに中庭の端に人影が見え目線を追うと、王太子ともあろうお方が地面に這っていたのだ。そりゃあ驚く。高貴なお方のすることではない。
思わず止まった足に、カーティアも視線を追ってアラルドを確認する。
「殿下…?」
「そうね、殿下だわ。信じられないけど、信じられないことが起こるのが現実ですもの」
「にゃ~、君はどこからきたのかにゃ~、美人さんだにゃ~」
「殿下?」
「そうね、にゃんか言ってるけどきっとたぶん殿下なのでしょうね」
予鈴の鐘が鳴ってアラルドが慌てて顔を上げ、おそらく時計を確認しようと振り返ったのだろう、目が合って。
「ねこちゃんが! いるんだよ!」
言い訳なのか、報告なのか、土と葉を身につけた彼はそう叫んだのだった。
衝撃の出会いを果たしたわけだが、アラルドは猫好きとその態度がバレてからは、猫カフェや猫集会などに彼女たちを誘うようになる。
クラスメイトたちの視線もありあれこれと理由を付けて誘うが、結局のところ猫のところに行くのに同行者がほしいのだった。あふれ出す想いを伝えられる同行者が。
ミレイにとってはカーティアとのデートの時間を邪魔されるのは腸が煮えかえるくらい嫌だったが、仮にも王族を無下にするわけにもいかず、かつ猫とふれあうカーティアがあまりにも尊かったので妥協した。
「あなたはくつしたを履いているのにゃあ?」
手足先だけが白い黒猫をだっこしながら話しかける少女を眺め、その姿はまさしく聖女だ、と感涙しながら手を合わせ拝む令嬢の姿と。
「すごく……美麗なお顔でにゃ~……撫でてもよろしいでしょうか……」
猫に媚びへつらう、まさか王太子だとは夢にも思わぬ銀髪イケメンの青年の姿は、猫カフェでも見慣れた光景となりつつあった。
今回は少し長かったかも。
ナンパの仕方やふれあい方は…ご想像にお任せします!
大体想像通りの微妙な気持ち悪さです。