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王都の精鋭騎士団である第一騎士団団長、アルーラ=リドリクスは、生い茂った草木をかき分けながら大きなため息を吐いた。

調査という名目でこの大きな森に駆り出されたはいいが、どうやらこの森には呪いがかけられており、人間が入ると一生森から抜け出せなくなるようだ。現になぜこの森に調査が入ったかというと、この森に魔物討伐で派遣された騎兵部隊と連絡が取れなくなり、捜索のため次から次へと出した兵士も連絡が途絶え誰一人として帰還することはなかったのだ。そのためにわざわざ第一騎士団の精鋭である団長のアルーラ=リドリクス、副団長のユディ=シードラン、その他騎兵と共にやってきたが森に足を踏み入れた瞬間視界が真っ白になり、元に戻ったと思った時にはすでに一人だった。


おそらくこれは、この森に住む精霊の仕業だろう。森を人間から守るためか、それとも別の何かを守っているのか……。精霊の力では、人間の魔力がどんなに高くてもそれを超えることはできない。つまりここを抜け出すには精霊に乞うか、元々森に住んでいるものに出口までの案内を頼むしか生きる術はないのだが、精霊は『お願いします、出てきてください』といってでてきてくれるようなものではなく、まず精霊に頼むのは不可能と判断していいだろう。神の使いと呼ばれる彼らは、滅多に人間の前に姿を現すことはないのだ。

だとしたら、ここに住む者に道案内を頼む方が現実的ではあるが、森に入ってからというもの姿を現すのは魔物ばかり。それも精霊の呪いのおかげか、比較的弱い魔物ばかりだ。魔物は話し合えるほど知能は高くないので、出口を案内してもらうのは無理である。


正直お手上げだ。さっさと死んだ騎兵の骨を拾って帰るつもりが、ここが自分の墓場になりかねない展開になるとは夢にも思っていなかった。もしかしたら騎士団の誰かと再会できるかもしれないと希望を抱いていたが、体感でもすでに5時間ほどは歩き続けているだろう。もちろん通信機などもシャットアウトされているし、魔法は使えるが外と連絡を取るような魔法はすべて使えなかった。


一度休憩をして作戦を練ろう。こんな辛気臭いところで死ぬのなんて御免である。魔物の生臭い血のついた魔剣を降って軽く汚れを落とせば、腰の鞘に納めてその場の適当場所に腰掛けようとしたとき、傍で魔物の気配がして咄嗟に茂みへ身を潜めた。


(あれは……子供か?)


森の中は日があまり当たらず暗くてよく見えないが、人間の幼子のように見える。幼子はどうやら魔物に襲われているようで、今にも飛び掛りそうな様子で周りを取り囲んでいた。

これはまずい状況だと、なぜこんなところに幼子がいるのか気にはなったが、人命救助を優先した結果すぐに魔法を放って周りの魔物を仕留めた。そのときに炎が消えゆく中で見えた、真っ白な髪の毛と、同じく白い三角の耳とふさふさとした大きな尻尾、毛並みと同じように白い素肌は透明感があり陶器のように美しかった。そしてサファイアをはめ込んだのではと思うほどキラキラした大きな瞳と、小さな鼻、赤く膨らんだ愛らしい唇。まるで天使のような姿をした猫の獣人を、アルーラは見逃さなかった。


まさかこんなところで獣人に会えるとは、運がいいのか悪いのか。ここマルニア王国には人間の他に精霊や魔物なども存在するが、その中でも絶滅危惧種とされている種族がおり、それは獣人と言われている。昔は人間と獣人も共存していたらしいが、獣人は決まって美しい姿をした者が多く、人身売買をされたり、拐われて奴隷にされたり、性処理道具として扱われることが増え、いつしか数を減らし今となっては獣人は空想のお伽噺の登場人物に成り下がっていた。


しかし数は少ないが生きている種族もいるだろうとなにも根拠がないのにそう言う学者も存在したが、まさか本当に会えるとは思っていなかった。今や獣人は国で保護しなければならない存在であり、その対象者が目の前にいる。早急に保護をしなければと考えてすぐに体が動いていた。しかしアルーラが動くよりも早く、対象者であるリドルは素早く頭上の木々に隠れてしまった。


「警戒するな。俺は王都の第一騎士団長、アルーラ=リドリクスだ。お前は……人間かと思ったが違うな。獣人か?」


魔法で引きずり下ろすことは可能だが、あまり手荒な真似はしたくない。それに獣人が人間を警戒するのは当たり前だろう。人間が行ってきた許されない行為は獣人たちの記憶として残っているだろうし、例え幼子でも親がいれば人間に近づくなと教えこまれているはずだ。


「言葉がわからないか?」


警戒している故に姿を現さない可能性もあるが、根本的に言葉がわからない可能性もある。昔は会話ができていたかもしれないが、それはあくまで昔の話であり今は獣人たちの中で言語が変わっているかもしれない。そう思い問いかけたがやはり返事はなく、その代わり獣人はアルーラの前に降り立った。

目の前で見る初めての獣人の姿に、アルーラは気づかない間に緊張していたのか口の中に溜まっていた唾液をごくりと喉を鳴らして飲み込んだ。


語彙力が貧しいが、美しい、その一言だった。遠目で見た時とは比べ物にならないくらい、アルーラが生きてきた22年間の中で、一番とはっきり断言できるほどリドルはこの世のものとは思えないほど美しかった。

白く長い髪が着地と同時にふわりと弾み、真っ直ぐ意思の強い幼子のサファイアの瞳がアルーラを見つめる。


「たすけてもらったのに姿をかくしてわるかった」


見た目にそぐわぬ男らしい喋り方に、アルーラは目を瞬いた。ただ子供らしい呂律のはっきりしない喋り方ではある。見た目は完璧に可憐な美少女だが、男なのだろうか?幼いということもあって判断し兼ねるが、今はそんなことを考えている暇はない。


「いや、かまわない。猫の獣人で間違いないか?」

「うん。ねこの獣人だ。このもりに家族とすんでる」

「家族と……そうか」


やはり家族はいるらしい。もしかしたら精霊はこの猫の獣人を人間から守っているのかもしれない。憶測でしかなく、定かではないが。

ぴこぴこと耳を動かし、アルーラの動きをみながら揺れる尻尾は愛らしく、アルーラは思わず唇をかみ締めた。獣人がこんなに愛らしい姿をしているとは思っていなかった。許されることではないが、昔の人間が獣人にしたこともわからなくはない。


「名を聞いてもいいか?」

「……リドル」

「リドルか。リドル、俺はこの森で迷ってしまったんだが、出口まで案内してもらうことは可能か?」


警戒心を隠しもせず、リドルは険しい表情のまま名を告げた。次いで出口までの案内を頼めば、零れ落ちそうなほど大きな瞳はさらに開いて驚いてみせる。


「まいご……?」

「……そう、なるな」

「たすけてもらったし、いいけど」

「そうか、助かる。俺の仲間も誘導して欲しいんだが、できるか?どこにいるのかはわからないんだが」

「う〜ん……精霊にたのめばいけるかも。あとでたのんどく」

「……そうか、助かる」


やはり獣人と精霊は密な関係にあるらしい。いまだ警戒心をとく気配のないリドルに、アルーラはようやく本題を持ちかけた。


「リドル」

「なに?」

「今、獣人は絶滅危惧種と呼ばれており、国で保護対象となっている。出口まで案内してもらったら、お前の身の安全を確保するために国に連れていこうと思うんだが……」

「ことわる!」


即答でリドルが答えれば、そう簡単に話が進むわけがないとアルーラは冷静でいる。ましてや相手は6歳くらいの子供だ。いきなり保護だの国に連れていくだの言われたところで、親もいるだろうしはいわかりましたとなるわけがないのだ。


「おまえをしんらいしてるわけじゃないし、何より保護してもらうほどこまっていない」


拒否を示す子供を無理やり引きずって親元から離し国に連れ帰るのは、さすがにアルーラも気が引ける。アルーラは早くも諦めたように息を吐いた。

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