自己欲求
終業式からの通知表という流れは、殆どの日本人が経験したことがあるはずだ。僕も例外ではない。
高校生にもなると、その流れにも慣れる。出席番号順に返却されていく絶望感、返された後の通知表を開くまでのドキドキ、そこまで悪くなかった時の安堵。まだ1年生だから成績の基準がわからないが、そこまで悪くないことはわかった。
「どうだった?成績」
そう言いながら、睦月が駆け寄ってくる。睦月が通知表を受け取るところを見ていたが、彼は天に召されたかのような笑顔をしていた気がする。どちらの意味で笑っているのかはさておき。
「んー、悪くはないかな」
周りにいる、成績良いくせに謙遜して好かれようとする性格悪い奴とは違い、僕は謙遜などしない。第一に、それができるほどの成績ではない。
「成績良い奴はもっと誇って欲しいよなあ、低い俺らが悲しくなるから」
睦月は左頬を膨らませて言った。その顔は全く可愛くもないし、需要はゼロだ。
「僕と君を一緒にしないでくれ」
僕は悪い成績じゃない。もう頭の悪い人とつるむのはやめて、平凡な頭を持った人と会話してもいい頃合いではないのか。
なんて思ったが、成績悪い人とつるんでれば自分が少しでも優れた頭を持っている、と優越感に浸れるからやめておこう。
成績渡しも終わり、解散が告げられた。
「なあ幸太、一緒に帰らね?」
久々に誰かと帰れるチャンス?だったが、僕は早く帰ってフリルのいる池袋に出向きたかった。
「ごめん、僕急いでるから、じゃあね!」
少し悲しそうな顔をした睦月が見えたが、今は気にしている場合ではない。
校門を出て走り、駅のホームに着く。電車が来るのは1分後。走って良かった。
汗をかきやすい体質、代謝がいいとも言える僕の体は冬にもかかわらず汗でびっしょり。
男のくせに制服が透けて、下着が見えていた。特になんの興奮要素もないが。
向こう側のホームに目をやると、とてつもない人の多さだった。こっち側の電車で良かったと、つくづく思う。
その大量の人の中に、見覚えのある顔が見えた。
睦月。
そして、僕は彼と目があった。
次に、睦月は叫んだ。
「この…裏切り者!!」
叫んだあと、彼は向こう側のホームに到着した電車で見えなくなった。
何一つ、理解できなかった。僕は睦月を裏切ったことなど一度もない。というかそれほど親密な関係であるとも思えない。
無実の罪で怒られた、そうとしか考えられなかった。
僕がいる方のホームにも電車が来て、人の少ない車両に乗り込む。逆側とは違って中はガラガラだ。
テキトーに席に座り、ぼーっと窓の外を眺める。思うことはたくさんあった。
睦月のさっきの言葉はなんだったのか、友達ってなんなのか、今日フリルと何をしようか、全部考えなければならなかったが、優先順位的にはフリルに関することがトップを占めていた。
今日は何をしよう。どっか買い物にでも行った後食事でもしようか。
たくさんのプランが思い浮かんだ。そして、自分にはガールフレンドがいる事実を噛み締めるのだった。
「あっ、シャインくん!行こう!」
フリルに会った瞬間、今日溜めたストレスが跡形もなく吹き飛んだ。
ガールフレンドというのは、リア充というのは、こんなにも幸せだったのか。
「どこ行くー?」
「私はまずアイスクリーム食べたい!」
フリルの要望に応え、池袋のアイス人気店に立ち寄った。
「えーっと…レギュラーコーン500円!?」
僕は今、ゲーム代1000円しか持っていない。
というかデート(?)なのに、こんな貧乏な中身の財布を持って来てしまったのだろう。
「どうしたの?」
フリルがこちらの顔を見る。
「いや、500円のアイス買っちゃったらお金が…」
1000円しか持ってないとは言えず、『アイスに500円はもったいない』の意思表示をしてみた。
「んーでも一緒に食べた方が美味しいでしょ!今日は私の奢りね!」
目の前に女神が舞い降りた。男として恥ずかしかったが、これぞ物理的な幸せ。彼女って素晴らしい。
「ありがとう…今度返すよ」
「奢りって言ってるんだから素直に奢られてよ〜」
フリルはぷくっと頰を膨らませた。睦月がむくれた顔より、いやそれとは比べてはいけないくらい尊い。守りたくなる。
そしていつもより美味しく感じたチョコレートアイスを仲良く食べ、2人でゲームセンターへ向かった。
また、吹雪だ。
僕の足がまた、ゆっくりと雪に埋もれていく。徐々に冷えて、足が動くのをやめる。
きっとこれも、僕への罰。
人間はいつも大事なところで選択を誤る。
正しい選択は自ら選ばれようとはしない。
間違った選択は進んで前に出てくる。
欲望に抗えず間違いを選ぶ人間は愚かだ。
間違い、罪を犯す人間は愚かだ。
僕は、愚かだ。
リア充楽しいぞ〜みたいな感じになってますが違います。全くもって違います。