期待
12月16日が、僕らの記念日となった。
次の日は日曜日だったが、僕は半日病院生活で遊ぶことは叶わなかった。
そして退院、月曜日はまた学校へ行かなければならなかった。
「はぁ…」
僕は大きなため息をついて、朝の食卓に並ぶ食事を眺めた。
「そんなに不味そう?」
そう言った母の目には悲しさではなく疑いの意が込められていた。
「なんか悩みでもあるの?」
母は僕が小学5年生の頃から、僕が何か悩んでると思うとすぐにこんな感じで聞いてくる。いじめられていたのに母に相談しなかった当時の僕が悪いと言えば、間違ってはいないのだが。
「なんも、ないよ…ため息ついてごめん」
僕はすぐ他人に依存する体質だから、彼女と次の土曜日まで会えないのが苦痛でしょうがない…なんて言えたもんじゃない。
「行ってきます」
土日あったことが全て夢だったかのように、学校という現実に引き戻された僕は、まず満員電車のタチの悪いサラリーマンと、人混みのストレスに押しつぶされていた。
「混んでんのにスマホなんかいじってんじゃねえよ!」
1週間に一回は誰かが怒鳴る朝の満員電車は、苦痛でしかなかった。いつ自分が怒鳴られるかという恐怖感にも襲われる。
「うっせえなあジジイ、俺の他にもスマホいじってる奴はいっぱいいるだろうが!」
キレる年配の男に狙われた若いサラリーマンが逆ギレし、怒り心頭の男を突き飛ばした。
「いってえなあ!」
次は突き飛ばされた男にぶつかられた、背の高い高校生らしき男がキレる。
ただただ騒がしくて、悪循環しか生まない無意味な争い。これも日常の一部となってしまっているのは、やはり僕も『生粋の日本人』になってしまっているのだろう。
今思えば、僕には刺激が足りなかった。
人を好きになり、その恋愛が成就し、日々愛を育むという一連の行為が、僕の空白な人生をプラスな思い出で埋め尽くしてくれると思っていた。
だからフリルのことを好きになった『と思い込んだ』のかもしれない。
考えても無駄なことで、恋人となった今、好きという気持ちは思い込みでしたなんて言えない。
付き合っていれば、付き合ってさえいれば、自然と僕の人生に刺激が生まれてくれると思っていた。
「えっ今日って授業ないの?」
ちょうど近くにいた睦月に聞く。睦月は笑って答えた。
「ないよ、今日は終業式だぞ?」
12月18日。僕は自分がどれほどボケているのかを思い知った。
そういえば、期末テストは先々週に終わっていたじゃないか。痴呆だ。
「永原くんすごいね!!ヤクザぶっ飛ばしたんだって!?」
睦月の元に見た目完全ギャルな女子3人組が駆け寄ってくる。そうだ、睦月は僕や彼の妹やフリルを救ったヒーローなんだ。モテモテになるんだろうな…と、少し羨ましかった。
ただそれとは逆に、僕は一途だからいいや、とも思った。
いや、思い込んだの方が正しいだろうか。
「そろそろ終業式始まるから体育館に集まりなさーい」
担任の掛け声で皆が一斉に教室から出る。それに僕もついていった。この時も頭の中はフリルでいっぱいだった。
終業式が始まると、僕は1人、2学期あったことを思い出そうとしていた。
一年の中でイベントが最も多い2学期の、もう二度と戻ってこない、初々しい体験の記憶…『普通』の高校1年生なら、思い出しきれないほどの『初体験』が、きっと脳を駆け巡るだろう。
僕にはなかった。まっさらな砂漠のような一本道を、ただ無心で突っ走ってきただけだったことに、気づかされるのみだった。
でも、これからは違う。
僕には彼女がいる。
これからの未来を明るく照らしてくれる彼女が。
空白の人生に数々の思い出ファイルを作成してくれる彼女が。
今までのことなんてどうだっていい。
これから、これからが僕の人生なんだ。
僕にとって全く意味のない終業式は、あっという間に終わった。