スイート・メモリー
ちょっと長いというのとタイトルあんまり関係ないです…w
「2人きり、ってことはもしかして周りからするとデートに見えたり…しないか」
今日は12月16日。好きな人と池袋で出会ってから1週間が経った。
「ごめん待たせた、行くよ」
僕は好きな人と出かけていた。こんな奇跡が起こるなんて、と驚愕するばかりだ。
この日のために新しい服と新しい鞄を買っておいた。何も気づいてもらえなかったが、少しは良い印象を持たれただろうか。
「それにしてもなんで遊園地?」
僕たちは今、とある遊園地に来ていた。いわば初デートが遊園地とは、なんと積極的なカップルなのだろう。
「いやまぁ、遊園地の中に広いゲームセンターがあるからゲームするついでって感じ?」
彼女はあはは、と照れくさそうに笑いながら、歩くスピードを速めた。
「あっちょっ待ってよ」
遊園地は土曜日の為か子供連れで賑わっていて、背の低い彼女はすぐ見えなくなりそうだった。
「さすがに迷子にはならないか」
と思ったのも束の間、彼女は目の前から姿を消した。というか、子連れの集団によりかき消されたと言った方が正しいのだろうか。
「いや仮にも高校生だし自分で僕のこと見つけられるでしょ…」
僕は1人、ゲームセンターに向かった。
しかしそこに、彼女の姿はなかった。
「おいフリルー?いるのかー?」
そう言って、いる可能性の低い迷子センターの近くを見回した。
しかし不自然だったのは、子供が誰1人見当たらなかったところだった。迷子がいないのはいいことだろうが、今日に限ってはぐれる子供がいないというのはにわかに信じ難かった。
「幸太?幸太だよな?」
僕に向けて、聞き覚えのある声がした。一瞬でわかった、睦月だ。
「なんで君がここに?」
誰が見てもわかるほど青ざめた表情の睦月が答える。
「妹がいなくなったんだ、中1とはいえど心配で迷子センターを見に来たらこの有様だった」
人口の少なさには睦月も疑問を抱いているようだったが、それよりも彼は焦っていた。
「妹を早く見つけないと…」
僕が喋り出す前に、睦月は迷子センターの裏へ駆けていった。
僕も早くフリルを見つけなければ。
5分と経たないうちに、遊園地の入口から警察が入場してくるのが見えた。
「なんだ?事件でもあったのか?」
僕のいる場所の近くまでやってきた警察官に、今起こっている全てを聞いてみた。
「この遊園地内での子供の捜索願が今日だけで5件もあったんだ、君は何か知って…っておい!」
最後まで話を聞かず、僕は睦月とフリルの捜索に走った。一刻も早く見つけないと、嫌な予感がする。
観覧車、ジェットコースター、お化け屋敷、ほぼ全てのアトラクションの周りを調べたが、2人がいた痕跡はなかった。
「と、すると…」
あとは一箇所しかなかった。
「広いな…こんなんじゃ見つかんないよ」
一般的に見れば広い程度のゲームセンターが、巨大迷路に見えた。探し出すのは至難の業であるとすぐに悟った。
「どこだ!睦月!フリル!」
僕は中学時代に鍛え上げた声帯を限界まで振り絞って叫んだ。これで誰からも返事が来なければ、探すのを諦めようと思っていた。
「こ、幸太!!早くこっちにきてくれ!トイレの近くにいる!!」
それは安心ではなく、悲痛の叫びだった。
「今すぐ行く!待ってろ!」
僕の叫びでこちらを凝視していた人々の間を駆け抜け、トイレの前に着いた。
トイレの横に、謎の空間があった。そしてそこに、何かを抱えてうずくまる睦月と、壁にもたれて座り怯えているフリル。
フリルの視線の先には、黒服の男がいた。
「めんどくせえなあ、早く女を寄越せ」
サングラスをかけたその男は、ゲームに出てきそうな典型的なヤクザの格好をしていた。
「おい!何してる!」
僕は怯え震える拳を固く握り、重い足を運び、ヤクザに近づいた。
「あ?なめてんのかガキィ!」
次の瞬間、左頬にヤクザの拳が飛んできた。
今まで感じたことのない痛み。命がけで好きな人を守ろうとしたのはこれが初めてだった。
「幸太ぁぁぁぁぁ!!」
朦朧とした意識でぼやける視界に、睦月がヤクザを倒す一部始終が映った。
そういえば、睦月はハサミを常備していたんだった…
「…くん…シャインくん…?」
フリルの声が聞こえる。僕はフリルを道連れにしてしまったのか…
「ごめん…ここは天国かい…?」
「なわけあるかアホか」
女の子にしては低めな変に可愛い声が、気づくと男らしい太めの声に変わっていた。
「大丈夫か、幸太」
恐る恐る目を開けると、そこには僕の顔を覗き込む睦月とフリルの顔があった。
「うええええ大丈夫だっいってえええ」
飛び起きた勢いでベッドから派手に落下した。ふつうに痛い。僕は生きてる。
「頬殴られたくらいで死ぬと思ってるのか?」
半ば呆れている睦月と、涙目になっているフリルを同時に見ている。なんと反応すればいいのか。
「ごめんね、シャインくん…あたしのせいで…永原くんにも迷惑かけたし」
シャインというハンドルネームは睦月には知られてるのだろうか。とても恥ずかしい。
「わりぃ、俺は妹のところに行ってくるから、2人きりで楽しんで」
睦月は多少の笑みを残し、部屋を出て行った。
「…って、ここ病院なのか、情けない」
白い天井を見上げ、自然と呟いた。
何よりも、ヤクザに調子乗ったことほざいて一発でやられるザコキャラみたいなシーンを、フリルに見られていたことが一番情けなかった。
「君が助かってよかった、睦月に感謝しなければね」
僕が言い終わると、フリルは涙を流していた。
「ごめんねあたしのせいで…永原くんもシャインくんも…」
『永原くんとシャインくん』というのはちょっと面白かったが、このタイミングで言うことでもなかった。
「僕はいいのさ、自分でかっこつけて派手にやられただけだし、自業自得さ」
僕はどうにかして、自分の精神的ダメージを減らそうとしていた。かっこ悪かったと直に言われるのがひたすらに怖かった。むしろ早く、かっこ悪かったと言って欲しかった。
次のフリルの言葉はそんな期待とはかけ離れていた。
「シャインくんもかっこよかったから!」
僕は耳を疑った。逆に、どうすればいいのかわからなかった。
「なんで?僕は調子乗ってボコられただけなのに」
素直に受け取ることができなかった。
「あたしを守ろうとしてくれたんでしょ?かっこ悪いわけないじゃん」
天使、いや神。舞い降りちゃった。こんなにも嬉しい言葉は、親からでも頂いたことはなかった。口から出す言葉を、頭の中でしっかり考えていたら、数秒後には盛大にパンクしていた。
「ほんと、好きだよ」
つい、本音が出てしまった。あっ、という口のまま、僕は閉じることができなかった。
なんか話を逸らさなければ…としばらく沈黙してしまった後、フリルがこちらを鋭い眼差しで見つめた。
そして次に、ふわっと表情が和らいだ。
「あたしも、君のこと好きになっちゃった」
吹雪が完全に落ち着いた。
極寒の地で、ただ足先が雪に埋もれている。
凍傷が悪化しつつある体とは対照的な、ほのかな温かさを心に感じ、足下に視線を送った。
一輪の花が、顔を出していた。