副産物
また、雪だ。
家の前の街灯に、雪が積もっている。
そんな背景を目に写すと、僕も寂しさを感じる年頃になってきたようだ。
「なあシャイン、ちょっと遠くへ行かないか?」
デートのようなお誘いをしてきたのは、通称ダーク。音楽ゲームの世界で言うなら、僕の『相棒』のような存在である。
「遠くってどこさ」
僕はその『遠く』が、通学に使う定期の圏内での地元から遠い場所、だと思っていた。
しかし彼が提案したのは、僕にとって未知の領域、だった。
「池袋、さ」
僕は昔から、人混みが嫌いだった。だからできるだけ友達と遊ぶ時も田舎の地元で済まし、買い物などもできるだけ近くで終わらせた。無論学校は都会にあるが、登下校時はできるだけ人の通らない道を通るようにしていた。
ある意味それらが、僕の『出逢い』を制限していたのかもしれない。
学校ではなくゲーム繋がりでの恋愛を成功させようと思っていた僕にとって、彼の提案は非常に理想的であった。
「行こうじゃないか、一度行ってみたかったんだ」
ダークはこの上なく嬉しそうに、スキップしながらゲームセンターを出て行った。
誰かと、出逢えるだろうか。
中学とはまた違う恋愛が、僕にできるだろうか。
ありったけの希望を膨らませて、僕は『池袋遠征』 へと向かったのだった。
「おはようシャイン、今日はいい天気で助かったぜ!ありがとうお天道様!」
とても気分が高揚しているようで、僕を見つけるとすぐにスタスタと駅の改札へ向かっていった。
「僕も、運命的な出逢いを見つけるんだ」
そう心に決めると、何故だか自然とウキウキしてくる。
出逢いが、待ってるんだ。
雪が、ひたすらに積もっていく。
吹雪は力を弱めることを知らず、もう僕の靴は雪に埋もれてしまった。
出逢いは人を不幸にする。
僕の出逢いは人を傷つける。
僕が誰とも出逢わなければ…。
「やっべ、出口どっちだっけ!?!?!?シャイン、お前はわかるか!?!?!?」
青ざめた顔のダークが辺りを見回し困っている。見る限り、看板に書かれているのは4つの出口。
「僕が知るわけないだろ、初めてなんだから」
でも確かに、何度来ても迷う理由はわかる。絶えず大勢の人があっちこっちへ流れていて、気を抜いたら飲み込まれそうで、目的地までの正確なルートなんて覚えられそうにない。
「ダーク、多分こっちだ、オタクがたくさん流れていってるからな」
「シャイン、当たり前だが君もオタクだろう?」
「黙れオタク」
第3出口を出ると、視界が大きく開けた。
立ち並ぶ高層ビルと、大きな電気店、地下通路への入口、横幅が広すぎる横断歩道…その全てが、僕には新しかった。鮮やかだった。
同じような景色を、いつも登下校で少しは見ているはずなのに、人気のない道へ入る前に目に入るはずなのに、今はとても眩しい。
「池袋、かぁ…」
ダークが不思議そうにこっちを見ていたのに気づき、僕は少し照れながら、「ほら、いくぞ」と横断歩道を早歩きで渡った。
「まっ待ってくれよおシャインーーー!」
勢いで人混みをぬって、通りに出た。
そこは、僕らゲーマーにとってオアシスだった。
「すげえ…人がいっぱい…」
よく見ると通りの左側にゲームセンター、右側にもゲームセンター…
ひたすら僕は目の前の空間に感動していた。
「さあシャイン、驚いてばっかじゃなくて行くぞ、本命の場所へ」
やけに決め台詞っぽく言ったが、彼に連れて行かれたのはただのゲームセンターだった。
今の僕には、それが一番だったのだが。
エスカレーターを登り、お目当てのスターストリームがある階へ着く。
見渡す限り、目も離さず熱心に音楽ゲームに打ち込む老若男女。
僕は嬉しかった。地元のゲームセンターでは、いわゆるガチ勢と呼ばれる人口が減少傾向にあって、同じ上手さで張り合える相手がいなかったからだ。
「ここなら、もっとゲームを楽しむことができるかもしれない…!」
僕が感じたのは、計り知れない向上心。上手くなって、楽しくなりたい。ただそれだけだった。
「じゃあシャイン、早速スタスト(スターストリームの略)やるか!」
そう言って僕たちは待ち列に足を運んだ。
僕は周りの雰囲気に飲み込まれ、当初の目的なんてすっかり忘れていた、そのはずだった。
前でプレイしていたのは、間違いなく女の子だった。低い身長に不釣り合いな、長く綺麗な黒髪が、僕を誘惑していた。
僕はすっかり虜になって、その子から目を離せなかった。
彼女は1曲終えると、視線に気づいたようにこっちを振り返った。僕と目が合った。
そして笑って、手を振ってくれた。
僕はすっかり、彼女に惚れていた。