眠り姫
ある中学校の三年四組に一人の少女がいた。
身長は150cmぐらいで低く、いつも授業中は眠っていた。
先生が起こしても起きる事はなく、無理矢理起こしても、すぐに眠ってしまう。
休み時間も大体眠っている。
体育の時間はかろうじて起きているが意識はほとんどない。
授業中に起きている事があれば、槍が降るなどよく噂されていた。
もうすぐ受験なのに成績は壊滅的。
彼女には、誰にも見えない未来があった。
その、小さくていつも眠っている少女は『眠り姫』と呼ばれた。
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三年四組に存在する二班。
その班に眠り姫は所属していた。
この学校は班の関係をとても大切にしていた。
この班には七人のメンバーがいた。
デカイ班長。
メガネの男子。
生徒会の女子。
ゲームの好きな女子。
不登校の女子。
眠り姫。
そして、ムードメーカーの男子。
眠り姫はそのムードメーカーの男子に恋心を抱いていた。
これといって目立つ特徴を持たない彼だが、彼が学校を休んだ時、この班は静かだ。
この班は五人(一人不登校なので)では成り立たない。
それこそ、七人で揃いたいのだが、時々、二班は別室で不登校の女子(いわゆる保健室登校)とお弁当を食べ、少しずつ溶け込めるように頑張っている。
とりあえず、彼がいるだけで二班は楽しいのだ。
彼は期末テストが終わり、班長に話を持ち込んだ。
「夏休みにさー。班で集まって勉強会と言う名の遊びをしようぜ」
「おお!それいいな!」
そして、班長はメンバーに聞いた。
最初はメガネ。
「塾あるけど、暇な時なら可」
と、メガネに問題は無かった。
次は生徒会の女子。
「受験の所為で塾が多くて、土日ならいけると思うよ」
土日に絞られる。
ゲーマー女子は。
「うちは土日だったら日曜ならいける」
日曜だけになる。
そして班長は眠り姫を起こそうとした。
「・・・」
けれども起きない。
こいつは勉強しないし、呼ばなくてもいいかなと班長が思った時。
「おい、起きろ」
近くにいた彼が眠り姫を叩き起こした。
「…ん」
眠たそうに机から体を起こす眠り姫。
「⁈」
目の前に彼の顔がある。
彼に起こしてもらった事に気づき、顔が赤くなる。
そして、赤い顔をみせないよう、目線を合わせず。
「…何?」
と、普通に用件を聞いた。
「班で夏休み集まるんだけど、お前は暇か?」
「…うん。…行く。」
眠り姫は夏に彼に会えるチャンスなので迷う事なく、返事をした。
メンバーで話し合った結果、合計二日、班で集まる事になった。
一日はゲーマーの女子の家で勉強。
もう一日は隣町の夏の花火大会だった。
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夏休み。
眠り姫はしっかり起きている。
学校へ行かない分、家でゆっくりできるからだ。
眠り姫が寝る理由。
それは家事である。
眠り姫は団地に住んでいる。
両親共働き。
兄と姉もバイト。
まだ小さい弟と妹。
五人家族の一番間に生まれた眠り姫は家事で家族の支えになっていた。
夜遅くまで家族に尽くし、朝早くから家族に尽くす。
しかし、眠り姫は今までそれを苦に思った事は無い。
それ程、家族が好きなのである。
それと同時に彼の事も考えてしまう。
何故、好きになってしまったのか。
それすらもわからない。
「「姉ちゃん!おはよう!」」
眠り姫の元気な弟と妹が起きてきた。
眠り姫は台所から言った。
「顔を洗っておいで。朝ご飯にしよう」
元気な弟と妹は洗面所へと向かう。
眠り姫はご飯をよそい、味噌汁を用意して、その他のおかずを五回に分けて、机に運ぶ。
朝ご飯と言ってもそれ程豪華でもない。
戻ってきた弟と妹と朝食を食べる。
眠り姫は最初に味噌汁を口に運んだ。
「そういや、おねーちゃん。彼氏いないの?」
眠り姫は思わず、味噌汁を吹きそうになる。
眠り姫は妹がその類いの事を知っていることに驚いたし、聞いてきたことにも驚いた。
「なんだ?それ?」
卵焼きを食べながら、弟が妹に聞く。
「んー、よくわからないけど、好きな人と付き合えたら、一緒にお買い物に行ったり、一緒に遊園地に行ったりするんだって」
「ふーん」
一番小さい弟にはそんなことはよくわからないのだろう。
「で、ねーちゃんにはかれーし?って人がいるの?」
「い、いないよ?」
「「ふーん」」
じっと顔を見つめてきたので、眠り姫は目線をカレンダーに移した。
明日は班で集まる一日目。
眠り姫の頰が思わず緩んだ。
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一番初めにゲーマーの女子の家に着いたの眠り姫だった。
「おはよう」
「…うん、おはよう」
今日の為に今日の分の仕事を昨日やっていると、やはり遅くなってしまった。
いつでも家の外では眠り姫は眠り姫なのだ。
その後、男子三人が一緒に到着し、最後に生徒会の女子が到着した。
「じゃあ、勉強会を開こう!」
班長が言う。
みんなは夏休みの宿題を出し、やり始めた。
眠り姫は別に高校に進学する事を目指していない。
兄と姉は高校へ行ったが、中学校を卒業したら働いて家族の助けになり、将来は彼に尽くそうと考えている。
だから勉強はしなくてもいいのだが…。
「ほら、あなたもしなさい」
と、生徒会の女子に言われたので仕方なく数学のワークを開いた。
勿論、真っ白である。
更に解き方もわからない。
ワークを開くものの、何もできないのである。
「それすらわからないのか、俺でも教えれるぞ」
彼は馬鹿にしながらも眠り姫に勉強を教え始めた。
彼の顔が間近にある。
眠り姫の心拍数が上がり、それでも動揺しないように振る舞った。
来てよかったと、眠り姫はしみじみと思った。
しかし、一時間もすると。
「あー疲れた。遊ぼうぜ」
メガネが飽きた。
二班の他のメンバーも飽きてきたので、遊ぶ事になった。
そして決まったのは王様ゲームだった。
トランプのカード1〜5とババを用意して、ババを引いたら王様。
命令は番号制になった。
「王様だーれだ?」
眠り姫が最初に引いたのは5番。
王様は…
「俺だ!」
最初に引いたのは彼だった。
「じゃあ、5番が…んー」
眠り姫はいきなり当たってしまったことに少々、動揺した。
ひょっとして、王様に…
「よし、5番が3番にデコピン!」
「俺かよおおお!」
3番はメガネだった。
眠り姫は何を思いたったのか全力でデコピンをメガネにお見舞いした。
「いだああ!」
そして二回目。
さっさといい感じになりたいので眠り姫はババを引こうと決心した。
「王様だーれだ?」
眠り姫は4番を引いた。
「あっ!私だ」
引いたのは生徒会の女子。
「じゃあ、1番が2番に壁ドン」
引いたのは…
「お前ら!俺に恨みでもあんのか⁈」
またしてもメガネが1番を引いていた。
2番は…
「ったく、俺かよお」
班長だった。
「うわぁ、キモ」
彼が気持ち悪そうに言った。
「「おおおおお」」
なぜか盛り上がっている二人の女子。
眠り姫はなんとも思えなかった。
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その後も王様ゲームは続いた。
時々、王様になるもののいい案が思いつかず、彼と近づけるような事はできないでいた。
あと、ここに記されていないが、ゲーマー女子がオムライスを振舞ってくれた。
味は…言わないでおこう。
しかし、そろそろ遅くなってきた。
「じゃあ、次で最後にしようか」
班長が言った。
全員の緊張感が高まる。
「王様だーれだ?」
眠り姫が最後に引いたのは1番。
王様ではないのだが、最後の命令に賭ける。
「お、最後はうちだ」
ゲーマーの女子が王様。
そして最後の命令は凄かった。
「じゃあ最後だし、1番が2番に、2番が3番に、3番が4番に、4番が5番に、5番が1番に床ドン!」
「俺2番。1番は?」
「あああ!」
2番はなんと、彼だった。
メガネがなんか言っているが今の眠り姫には届かない。
自分が床ドンするというのが少し気にくわないが、仕方ない。
結果、眠り姫が彼に。
彼がメガネに(女子二人が盛り上がる)。
メガネが班長に(最初から2番目と反対女子二人がさらに盛り上がる)。
班長が生徒会の女子(たいそうキモがられ、1秒もかからず終わる)。
最後に生徒会の女子が眠り姫(なんとなく変な空気になる)で終わった。
「じゃあ、次は来週の花火大会だな」
班長が最後の挨拶?をして、男子三人は帰った。
花火大会。
眠り姫は浴衣でも着て、お洒落しようかなと思った。
「ねぇ」
ゲーマー女子が眠り姫に話しかけた。
眠り姫もそろそろ帰ろうとしていたのだが、耳を傾けた。
「あんた、アイツの事好きでしょ」
・・・。
「ふぇ⁈」
思わず当てられて、変な声が出てしまう。
「あなた、もうバレバレだよ?」
生徒会の子にもバレていた。
眠り姫は焦る。
ひょっとすると彼にも、もう気付かれているのだろうか。
「いや、それはないと思う。男子三人はまだ気付いていないんじゃないかなぁ」
眠り姫はホッとする。
でも、ひょっとするとという不安が脳をよぎる。
「ねぇ、花火大会で告白しよう!うちも協力するからさ!」
「そ、そんな」
「いや、案外いけると思う。あなた、可愛いし」
友情に流されやすい自分を眠り姫は呪った。
という訳で眠り姫は花火大会で告白する事になった。
「そうだ、班長とメガネにも協力を要請しよう」
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その日の夜。
携帯の通信アプリのグループに『眠り姫の眠り姫による眠り姫の為の恋愛相談会』というグループができた。
メンバーは彼を除いた班の五人。
決して彼をいじめている訳ではない。
メガネから返信が来る。
「まさか、あいつが好きだっんだなぁ」
「うるさい‼︎」
班長とメガネはやはり気付いていなかった。
二人とも驚きを隠せれずにいた。
そして、班長が宣言(メールのやり取りだが)した。
「じゃあ、作戦を立てよう」
その結果(長くなるので過程は省略する)。
花火が始まるまで、班全員で遊び始まると、出店を買いに行くと言って、眠り姫と彼を残して全員バラバラになる。
そして、四人合流し、揃って帰ってしまうという作戦だ。
ちなみに、帰った四人は電車から花火を見る。
「よし、これでいいな?」
班長の呼びかけに全員が同意する。
眠り姫は、少々気が引けたものの、応援してくれる班員の為、頑張る事にした。
「「「「健闘を祈る」」」」
そんなメッセージが眠り姫に送られた。
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次の週の日曜日。
運命の日である。
男子三人は駅に着き、女子三人を待った。
「これは女子の意識の高さが、分かるな」
「なんだ、そりゃ?」
メガネの言葉に彼が聞く。
「ここで浴衣とかを着て来ると、絶対に誰か意識してると思う。ここでリア充になれるかもしれんぞ」
「マジか」
これも一種の作戦である。
メガネはこれで彼を意識させるのだ。
「それに知ってるか?昔、浴衣は寝る時用の下着みたいなもんだったんだ。ということは…」
後ろからメガネの肩がトントンと叩かれる。
そこにいたのは浴衣を着た女子三人だった。
「「「死ね」」」
三人から暴行を受けるメガネ。
とはいえ、彼は疑った。
揃いに揃って三人とも浴衣である。
ひょっとすると班長とメガネという可能性もあるがこれは十分に高いと、彼は思った。
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ドン、ドンと花火の音が轟く。
電車に乗って会場まで歩き、出店で色々楽しんでいると、花火が打ち上がった。
「俺、唐揚げ買いに行ってくるわ!」
「俺は射的」
「私らりんご飴買いに行く!」
と言って、班のメンバーはどこかへ行ってしまった。
そして今。
眠り姫と彼は二人きりになった。
彼はただ、空に打ち上がる花火を見ていた。
眠り姫は花火を見ているようでそれでいて彼の横顔を見ている。
顔が花火のように一瞬で赤くなる。
心臓の鼓動が早くなる。
小さく深呼吸して眠り姫は。
「あのさ」
彼の目線は眠り姫へと移る。
胸のあたりがどんどん重くなり、喉が思うように動かなくなる。
余談なんかいらない。
ただ直球に。
「私ね」
体がだんだん暑くなり。
脳は一つの事しか考えられない。
あともう少し。
小さな勇気を。
「あなたのこと」
新しい花火が音を立てて昇っていく。
そして一瞬暗闇の中に消える。
そこからピカッと咲いた。
「好き」
ドン。
花火の音が眠り姫の心を刺激する。
やっと言えた嬉しさと恥ずかしさが眠り姫の体の中を駆け巡った。
今にも燃え上がりそうな乙女の心と今すぐ逃げてしまいたいような激しい感情。
眠り姫は彼の答えを待った。
二人はしばし見つめ合った。
そして、彼は答えた。