僕は桜の下に眠る
桜の樹の下には屍体が埋まつてゐる!
君はこの有名な言葉を聞いたことがあるだろうか?
梶井基次郎先生の書いた作品の冒頭文だ。
初めまして、僕はミサヲという名前の14歳だ。
君は僕からのこの手紙をどうやって読んでいるのだろうか。
町中で見かけた猫の首輪に差し込んであった紙を開いてだろうか?
それとも海から浜辺に流れついたビンを拾ったのだろうか?
もしかしたら風船に括り付けて飛ばした手紙が君の手元に落ちてきたのかもしれないね。
まぁそんなことはどうでもいいや。
君に僕の一人語りを聞いてもらえるのならば、その過程なんてものは些末なものだ。
この手紙を読んでくれた顔も名も知らない君に僕は独白をしよう。
僕は桜の樹の下に埋まっている死体になりたいんだ。
死んで、そして腐乱した体から流れ出る僕の体の汁が美しい桜を彩るなんて、なんて、なんて素敵なことだろうか。
梶井基次郎先生の作品を読んだとき僕はそう思った。いや、思ってしまった。
先生は体から流れ出る汁を「水晶のやうな液」とおっしゃった。
その言葉を聞いた時の僕の衝撃たるや想像してほしい。
ただ漫然と学校に通い、日々をただただ消費していく僕が死ねば水晶のように美しい汁を流すのだ。
「薄羽かげらふ」の様に意味もなく幻のようには生きていたくはないと思っていた僕はなんておろかだったのだろうか。
死んだあとが美しく意味のあるのならば、生きているときがいかに空虚であろうと悩む必要なぞないのだ。
そして例え僕が桜の樹の下で眠る死体になれずとも、「薄羽かげらふ」のように死んだあと水面に美しい「石油を流したやうな光彩」を作れるのであれば僕に生きている価値はあるのだろう。
ねぇ、君はどんな風に生きてどんなふうに死ぬことに意味を見出している?
小説文章の一部青空文庫より引用
底本:「現代日本文學大系 63 梶井基次郎・外村繁・中島敦集」筑摩書房
1970(昭和45)年7月15日初版第1刷発行
1987(昭和62)年9月15日初版第14刷発行
初出:「詩と詩論 第二冊」
1928(昭和3)年12月
入力:hoge
校正:小林繁雄
2008年1月28日作成
2011年5月22日修正
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