第1章:青髪のイェーガーは女神を従えて−3−
オフィスを出て、先程の食堂の戻ってΩ牛のサンドイッチを回収。皿料理がジューシーなホットサンドに変わっていのは、忙しくても片手間に食べられるように店主が気を利かせてくれたようだ。
なんだ良いヤツじゃないか。これから「アレク・サンド・リア」に着た時は必ず立ち寄ることにしよう。今度こそ皿料理で食べたいものだ。あぁ、本当に美味しいわねこれ。
もぐにゃもぐにゃとホットサンドを食べながら、大通りで中央へ向かうトランスポーターを物色する。ここから中央都市「エイト・GW」へは長旅というほどではないが、寄り道もすることになっているので、しばらく借りっぱなしでも拠点としても使えるようにランクの高いトランスポーターを探すことにした。
ホットサンドを食べ終えたころ、ちょうど良さそうなトランスポーターが見つかった。さっそく業者を捕まえて商談だ。
当面の生活には困らない程度の資金を得たこともあって、相場よりちょっと色を付けた金額を提示すると、業者は渋い顔を一転させて大喜びで受けてくれた。寄り道のことも考えて4日で契約。出発の準備に1時間はほしいというので、それまで物資の補給を兼ねて商人街をうろうろすることにした。
『迷宮に入るのは久しぶりねぇ』
<記録によれば最後に迷宮へ入ったのは47日前となってイます>
『1月半も……念のために薬品は大目に買っておくべきね』
<同意シます、装備点検も推奨>
『今回はそこまでの時間的な余裕はないわね、中央に戻ったらにするわ』
<了解、通知予定に登録シました>
迷宮にはいろいろな生き物がいる。人々はそれらを「ディメント」と呼んでいる。
ペットとして可愛がられている小型のおとなしいディメントもいれば、手当たり次第に攻撃を加えてくる凶暴で凶悪なディメントもいて、奴らが地上を我が物顔で闊歩していた時代もあったそうだ。
どれほど昔なのか見当もつかないほどの大昔。当時の人々は防壁に防壁を重ね、徹底した防御の姿勢で生活圏を確保し、時にはディメントの軍勢と大規模な戦争を繰り広げたりもしたそうだが、のちに「八賢者」と呼ばれた8人の英雄が7つの巨大な地下迷宮を作り上げ、超常的な力でディメントたちを押し込んで、地上に出てこられないように封印したという伝承が残っている。
その後、八賢者たちは迷宮の封印をさらに強めるために「オヤシロ」を建てた。それは当時の人々の拠り所となり、長い年月をかけて今のような巨大都市へと成長していったのだそうだ。
そんなディメントたちは今も生き残っていて、彼らの生活圏となった地下の世界を私たちイェーガーは主な仕事場としている。
時を経て、地表にひょっこりと繋がってしまった迷宮への入り口。浅い層は危険なディメントに遭遇することは少なく、薬の素材や良質な鉱石などが手に入るので、その手の職人たちや弟子たちがよく採集に来ている姿を見る。
迷宮は深く潜るほどに危険が増していき、5層も潜れば危険さんが足を生やして歩き回っているような状態になる。素人が足を踏み入れようものなら、クリスタルすらも残さず破壊されつくされてしまうだろう。
しかし、そこにはイェーガーとなって危険を冒すだけのメリットがある。私が腰に下げているコレもその一つ。
迷宮にはなぜか不思議な力を持つ武器や防具、魔導石と呼ばれる結晶体など、高価な宝物が見つかったりする。ディメントが持っていることも多いが、時には“そのために作られた”としか思えない部屋に鎮座していることもある。
学者たちの間では、誰が、どこで、いつ、なんのために作ったのかの研究が盛んに行われているが、不思議としか言いようがない。迷宮は謎で溢れているのだ。
補充も済んだし、そろそろ時間だ。戻るか。
久しぶりの迷宮にちょっぴりワクワクした気持ちでトランスポーターに戻ると、何やら一帯が騒がしい。何かあったのかと思っていたら、私が予約したトランスポーターの業者が何者かに絡まれているようだった。
「なんとか……ならんのですか!」
「なんとかって言われてもねぇ……さっきから言ってるけど、ウチのはもう貸切契約で料金も受け取ってるんだ。無茶を言わんでくれよ」
「中央に行く予定で席に空きのあるトランスポーターはこれだけなんです!どうにか乗せてもらえませんか…!」
「だから貸切でもう……」
『なにごとだ?』
「あぁ、これはお客様。お待ちしておりました」
「アナタが貸し切っている人ですか!お願いです、私も乗せてください!」
出会い頭に挨拶もなしとは、なんなのコイツ。
無駄に元気の良さそうな小娘を、露骨に嫌そうな顔をしながら見る。
仕事終わりの帰路。緊張から開放された私の手には良く冷えたエール、手が届くところにピリ辛の小料理なんてものがあれば、あとはひたすらまったりと読書にしけこむだけ。次の仕事への英気を養う、これ以上にない至福の時間……が、待っていたはずなのに!
『私は1人が良いの、だからわざわざ高い金を払って貸し切っているわけ。お断りよ』
「そこをなんとか、どうしても中央に戻らないといけないんです!」
『知らないわよ、なにをそんなに必死に……』
「大事な約束があって、予定通りならもう中央についているはずだったんですが……」
『ですが…?』
「南部方面に少し問題があるそうで、使う予定だったトランスポーターが行き先を変更してしまったんです。それで足止めを食らっちゃってまして……お願いします、おとなしくしてますから!なんなら荷台でも構いませんので!」
中央、南部方面、問題……あっ。
新しく見つかった迷宮の入り口、もし街道沿いにあるのなら……業者がいつものルートを使えなくて、仕方なく別方面の便として鞍替えすることもあるか。彼らにとって「安全」という言葉は雛へのすり込みレベルで絶対的な存在になっている。
「5日後までに中央へ戻りたいんです。他のトランスポーターの業者さんにも聞いてまわったんですが、みなさん他の都市にルートを変えるか、西方や東方を経由して中央に行くルートしかなくて……これからここにくるトランスポーターも同じだろうって……」
『なるほどね、他はそんな感じなのね』
たしかに、業者の人と話しているときも中央に向かうのを嫌がっていた。私がイェーガーであることを伝えて、簡単な予定を教えると、何かあった場合は護衛もするという条件に加え、色付きで代金を前払いしなければ、きっと「客」として扱ってくれなかっただろう。
「はい!でもそんなときに1台だけ、中央に行くトランスポーターがあるって教えてくれたんです!あっちの方にいる業者さんが!」
『ほほう』
その一言余計なヤツはいつか懲らしめてやる!
『まぁいいわ。野暮用があるから少し寄り道するけど、それで良いなら乗せてあげる。4日後には中央に到着する予定よ』
「ほ、ほんとに!? やったー!助かります、本当に!」
『その代わり、道中は静かにしててね。あまり騒がしいのは好きじゃないの』
「わかりました!もちろんです、しっかりきっかり静かにしていますね!」
だめだこいつ、絶対に静かにできないタイプだ。昔、一緒に仕事をした子にこんな感じのタイプがいたことを思い出しながら、ささやかな幸せの時間が消え去ったことに消沈する。
いや、もしかしたら彼女は新しい何かのきっかけになってくれるのかもしれないと、かろうじてポジティブ思考を引っ張りだし、これも何かの縁だと彼女に問う。
『私はリリー。アナタの名前は? 呼び名でもいいけど』
「はい、リリーさん!私はシャルロット15です、シャリーって呼んでください!」
これがのちに私の人生を大きく変えることになるシャルロット15とのファーストコンタクトである。