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14-1



 温かな日差しが、整備された広大な庭園に照りつける。


 整えられた芝生やまっすぐに通された白い道、季節ごとに見栄えがするよう計算して植えられた花々。名のある造園家が趣向をこらしてデザインしたのが良くわかる造りだ。


「本当に、美しい庭ですね」


 噴水の中央にある黄金の馬から水しぶきがあがるのに感嘆を漏らしたアリシアは、となりに腰掛けるベアトリクス・クラウン外相夫人を見やった。


 涼やかなサマードレスを身にまとった夫人は、アリシアにこたえて優美な笑みを浮かべた。


「この庭で、歴史に名を遺した数々の先人たちが、重要な会合を行ってきたのです。そのような場で茶会のホストを任されるというのは、とても誉れ高いことなのですよ」


「それこそエリザベス様の、ベアトリクス様への信頼の証ですよ。ベアトリクス様でなければ、陛下も安心してすべてをお任せすることはできないはずですもの」


「あらあら、シャーロット。本当にあなたはお上手ね。あまり私を調子に乗らせるようなことを言ってはいけませんよ。嬉しくなってしまうのだから」


 さぁっと音をたてて風が通り抜け、噴水の水しぶきが太陽を受けてきらきらと輝きながら広がる。


 古代文明を模した建造物がつくる日陰の中、白いレースが敷かれたガーデンテーブルの上に、焼き菓子やティーセットが並ぶ。それを囲むのは茶会の主人であるクラウン夫人、隣国からの客人であるアリシア、エアルダール王室の幼い姫君、そして―――。


「えっと……、私もあなたのこと、シャーロットとお呼びしてもいい?」


「もちろんです! むしろ、呼んでいただきたいくらいです!」


 顔を輝かせて、シャーロット・ユグドラシルが声を弾ませた。無邪気そのものの笑顔を前にして、アリシアとしては少々複雑な心地となるが、仕方がない。


 実は、美しい庭園から近くに目をうつせば、小さい声であればぎりぎり聞こえないほどの距離に、両国の護衛騎士が控えている。しかし、そんな物々しい雰囲気を露とも感じさせず、ベアトリクスは優雅にティーカップを口元に運んで微笑んだ。


「本日は、女だけの気軽なお茶会です。どうか皆さま、楽しんでいってくださいな」







 ベアトリクス・クラウンが催した茶会には、二つの意味がある。


 一つは、今まで交流のなかったアリシアとエアルダール王室とを近づける狙い。


 エアルダール王室には、直系の子供がフリッツ王子の他にも4人いる。うち二人は王子で、二人が姫だ。女帝やフリッツ王子とアリシアが初対面だった通り、他の子供たちにしても今まで会ったことはない。そんな両国の関係を改めて築くために、あえて王子や女帝が同席しない、幼い二人の姫とアリシアとの席を設けたのだろう。


 そしてもう一つは、滞在中の世話役であるベアトリクスとシャーロットに対し、アリシアの警戒心を解かせる狙い。


 今回の訪問を通じて、女帝はアリシアに王の器があるか、その人となりを見極めようとしている。世話役である二人についても、アリシアの様子を報告させているとみて間違いない。


(まぁ、私もこの子のことを知りたいから、好都合ではあるわね)


 小鳥がさえずるのに目を向けるふりをして、アリシアはシャーロット嬢を盗み見た。そのシャーロットはというと、きらきらと目を輝かせて菓子を見つめる双子の姫のうちの妹、リリアンナの皿に焼き菓子を取り分けてやっている。


 しばらくの間は様子を見て、シャーロット嬢との付き合いには一定の距離を保つように。黒髪の補佐官はそう何度も念押しをしていたが、アリシアとてただ指をくわえて事態を見守るつもりはない。


 さて、どう切り込むべきか。


 表面上は優雅に茶会を楽しんでいる風を装いながら、らんらんと目を光らせて機会を伺うアリシアの緊張は、しかしながら純真無垢な幼女の一声で粉々に砕かれた。


「ねぇ、ねえ、シア姉さま。姉さまとフリッツ兄さまは、いつ結婚をされるの?」


「ふっ!?」


 危うく紅茶を吹き出しそうになったアリシアは、すんでのところでなんとか踏みとどまった。危なかった。いくらなんでも、ハイルランド王室の姫としての品位を損ねてしまうところだった。


 とはいえ、動揺も収まらぬうちにアリシアはひくひくと笑顔を引き攣らせ、双子の姫のうちの姉、ローレンシアに顔を向けた。


「困りましたわ、ローレンシア様。私と殿下とは、将来を誓った仲ではございませんのよ」


「けれども、姉さまと兄さまは運命の糸で結ばれているのでしょう? ねぇ、リリ」


「母さまも女官たちも、そういっていたもの。ねぇ、ララ」


 頬杖をついて、「「ねー」」と頷きあう二人の王女に、アリシアは愕然とした。こう期待に満ちた目をされてしまうと、なんと否定しづらいことだろう!


 まさかとは思うが、これもエリザベス帝の計算のうちなのだろうか。すなわち、遠回しに、それも純粋無垢な娘たちを使って揺さぶりをかけ、それとなく結婚せざるを得ない空気を生み出す作戦……。


 なかば被害妄想にちかい疑念に慄いたアリシアであったが、はたと、これは好機ではと思い直した。そして、慌ててシャーロットへと視線を移した。


 もしも、シャーロット嬢がフリッツ王子に秘めたる想いを寄せているのだとしたら、幼いとは言え直系の王族がこのような発言をすれば、決して心穏やかではいられないだろう。どれほど心を押し隠すのがうまいとしても、少しはボロを出してもおかしくない。


 おかしく、ないのだか。


「そうですね、リリ様、ララ様。アリシア様とフリッツ殿下は、たいそうお似合いでしたよねー」


「でしょでしょ!」


「ほら、シャーロットもこう言っているよ!」


「「ねー」」


「そう、ですか」


 平和そのものの笑顔を浮かべて王女たちに同意するシャーロットに、アリシアは思わず腰掛けている椅子からずり落ちそうになった。


(この子、本当にフリッツ王子とは何もないの……?)


 これでは寵姫として王の腕に守られていた前世の姿のほうが、夢幻であったのかという気すらしてきてしまう。


 尚、純真な王女二人による追求は、困惑するアリシアの様子を縁談話への戸惑いだと受け取ったらしいベアトリクスが助け舟を出してくれたことで、何とか納めることができた。


 その後もアリシアは、些細な表情の変化をも見逃すまいとシャーロットに注意を払っていたのだが、気立ての良い娘だという印象が深まるばかりだ。


 そうこうするうちに、お茶も菓子も堪能しつくした双子の姫たちが、庭園を散歩したいと提案してきた。なんでも、お気に入りのバラ園をアリシアに見せたいのだという。


 目をきらきらと輝かせる二人の王女の愛らしい申し出を、断る理由があるはずもない。ちょうど薔薇が見頃の時期だというベアトリクスの一押しもあり、一同は連れ立って庭園の中をのんびりと移動した。


「危のうごさいます、姫さまがた。そんなに急いでは、転んで怪我をしてしまいますよ?」


 きゃっきゃと蝶を追いかけて先導する双子の王女に、その少し後を追いかけるベアトリクスが優しくたしなめる。しかし、相手は遊びたい盛りのなかよし姉妹だ。


「リリが転んだら、ララが助けてあげるもの」


「ララが転んだら、リリがナデナデしてあげるもの」


「「ねー」」


 得意げに胸をはる王女二人があんまりに可愛らしくて、アリシアの顔が緩む。だが、彼女は忘れていた。彼女の隣には、(あくまで向こうは覚えていないにせよ)因縁深い相手が並んで歩いていることを。


「かわいいですよね。リリアンナ様とローレンシア様は本当に仲が良くて、二人はいつも一緒にいらっしゃるんですよ」


「え、ええ……」


 初夏の日差しを浴びて気持ちよさそうに目を細めつつ、シャーロット・ユグドラシルがにこりと微笑んで話しかけてくる。その時になって初めて、図らずもアリシアはシャーロットと二人きりで話す機会を得たことに気が付いた。


 改めてアリシアは、自分と年の変わらない少女に目を向けた。


 愛らしい少女だ。顔の造りは決して派手ではないが、はつらつとした大きな瞳も、夏に咲く花のような素朴で明るい笑みも、すべてが好ましい。彼女には前世で見せた強張った表情よりも、笑顔の方が何倍も似合う。


「―――シャーロットは、リリアンナ様やローレンシア様と親しいの?」


「え?」


「ほ、ほら。お二人のこと、愛称でお呼びしているし」


 探りを入れるような、不自然な調子ではなかっただろうか。一瞬、不安に駆られたアリシアであったが、シャーロットの側には特に気にした様子はない。むしろ、アリシアから話しかけたことが嬉しかったのか、ぱっと表情を明るくした。


「本当は、私みたいな立場の者が愛称でお呼びするなんて、おこがましいことなのですけど……。お二方とは、ベアトリクス様とご一緒にいるときに、たびたびお会いしたのです。それで、愛称で呼ぶことをお二人が許してくれて」


 彼女の話によると、元王族で女帝からの信任も厚いベアトリクスは、城に上がって王子や王女の相手をすることが多いのだそうだ。確かに、夫クラウン外相と共に数々の外交の場を渡り歩いてきた彼女以上に、ふさわしい教育係はいないだろう。


 一方で、宰相エリック・ユグドラシルの娘であるシャーロットも、以前から父に連れられて王室の子供たちと関わることがあった。


 そうしたわけで、ベアトリクスのもとで行儀見習いをするようになってからは、夫人も積極的にシャーロットを伴って王城に上がった。彼女がリリアンナ姫とローレンシア姫と親しく話すようになったのは、そのためだという。


「では、フリッツ殿下とも?」


 思い切って切り込んだアリシアに、シャーロットは拍子抜けするぐらい呆気なく「まさか!」と笑った。


「殿下と親しくだなんて、そんな、とても恐れ多くて」


「どうして? あの方とも、顔を合わせることはあるのでしょう?」


「あるにはありますし、お話もしますけれど……」


 本気で考え込んでいるらしいシャーロットは、しばらく腕を組んで宙をにらんでいた。それから、ぽつりとつぶやいた。


「殿下は、あまりお心の内を、人に見せようとはしませんから。……あっ!」


 思わずといった風に顔を青ざめさせると、シャーロットはぱっと口を両手でふさいだ。無理もない。今の発言は王子への不敬と取られてもおかしくないし、話している相手は隣国からの客人、それも王族だ。


 だが、目を白黒させて慌てるシャーロットには悪いが、アリシアはようやく安心した。気立てもよいし、話している感じでは頭の回転も悪くない。しかし、駆け引きをするほどの器用さは、彼女には備わっていない。


 信用、してみるか。


 いまだに慌てているシャーロットを落ち着かせようと、アリシアは手を伸ばし、口を覆っていた両手をそっと引きはがさせた。そして、咲き誇る花に注意をひかれている風を装いながら、シャーロットの耳に己の口を寄せた。


「大丈夫。騎士たちも遠いし、ベアトリクス様は姫様たちに夢中。今のお話を聞いたのは、私しかいないわ」


「で、ですが」


「当たり前でしょ、誰にも言うものですか。もちろん、ベアトリクス様にも。そのかわり、もっとよく知りたいの。フリッツ殿下のこと、あなた自身のこと」


 驚いて目を丸くするシャーロットに、アリシアは悪戯っぽく人差し指を唇に当てた。


「お願い。ね? 私たちだけの、ひみつ」


「アリシア様……」


 ……恋に落ちた乙女のごとく、シャーロットの頬が薄紅色に染まった気がしたが、アリシアはそれを気にしないことにした。


 この時点で重要なことが何かといえば、エアルダールの中に重要な情報源をひとつ作ることができたという、そのことに他ならないのである。




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― 新着の感想 ―
[一言] エアルダールにフリッツ以外の王子がいる状態で、フリッツが皇位継承権を持ったまま王配になったというのは違和感が。ハイルランドが完全な属国になっても厳しいように思えるのですが、そこは女帝の力でし…
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